Episode1-3.どうやら俺に彼女ができたらしい。
「いや、あの時は驚いたな。まさかタマが自分の血を見て気を失うなんて」
俺があの日の事を言うと、タマは少し恥ずかしそうに顔を逸らす。
「あ、あの、あの日は保健室まで運んでくれて、ありがとうございました!」
恥ずかしそうに礼をするタマ。
そうなんだ。普段のこいつは結構素直。緊張が高まるとあの含み笑いが出る。
「そう言えば聞きそびれてましたけど、あの時、どうやって私を保健室に運んだんですか?」
「うーん、聞かない方が良いと思うぞ?」
聞き分けの良いタマはそれだけ言うとわざわざ追求などしてこない。
まあ実際はお姫様抱っこをして運んだんだけどね。
ただそれをタマに言ってしまうと精神的ショックを受けてしまうかもしれないから言わないでおく。
俺もまさか彼女が出来た初日にいきなり彼女をお姫様抱っこする事になるなんて、想像もしなかった。
あの時、タマをお姫様抱っこで保健室に運んでいたときは色々な人に……特に一番見られてはいけない2人にも見られてしまった。
あれは失敗だったな。
「あ、駅、着いちゃいましたね。アルくん、今日もありがとうございました!」
そう言ってタマは一礼すると、駅の中へ消えていった。
タマは毎日電車通学。
さすがに登校時はアンとチコがいるから一緒には行かないけど、下校時はやはり彼氏として駅まで一緒に行く事にしている。
何だかんだでちゃんと彼氏っぽい事してるよな、俺って。
「さて、買い物でもしてから帰るかぁ……」
独りごちつつ帰路につく。
俺とタマの間には愛情などはおそらく全く無い。
まあそれでも1ヶ月の間一緒にいた事で、多少の愛着は湧いてるとは思うんだけど、この先進展する事なんてないだろう。
だいたい俺達の関係なんて、タマの男性恐怖症が治るまでの間だ。
そう実はタマは男性恐怖症。
アホの子なのに男性恐怖症なのだ。
いや、そこらへんはアホとは関係ないか。
そう、これはタマが倒れて保健室に運び込んだ翌日の話だ。
『放課後、校舎裏の記念樹の下でお待ちしています。タマ』
またこのパターンかよ!?
あっ、でも名前がタマに変わってる。
まあまだ連絡先の交換とかしてないからな。
普通にこういう連絡方法しかないのだろう。
だいたい俺はタマのクラスさえ知らないし、何よりあいつに用なんて無い。
って言うか、普通彼女ができた日の翌日ってもっと気分がウキウキして世界がバラ色に見えるもんなんじゃないのか?
俺はそんな気分とは全く真逆の気分で校舎裏に向かったのだった。
「ふふっ、随分と急いで来たみたいね。そんなに私に会いたかったのかしら?」
またこいつは妙な含み笑いをする。
彼女の右手には包帯。
俺は昨日、保健室にタマを連れて養護教師に引き渡し、状況などを掻い摘まんで説明したらとっとと帰ったんだ。
心配ではあったんだったけど、その日は買い物しなきゃいけなかったし、先生も帰って良いって言ってくれた。
それに冷静に見なくても死ぬほどの出血じゃなかったしな。
で、こいつは相変わらずの含み笑い。
昨日とはデザインの違うメガネだったけど、ちゃんと見えているようでそれは良かった。
そうなんだよな。
俺の記憶の中の彼女って、幼稚園児なのにこういうふうに含み笑いが多くて、何だかすごくミステリアスな雰囲気を纏ってたような気がする。
「いや、別に?で、右手は大丈夫か?」
俺は正直に答えた上で右手の状態を尋ねる。
「あ、き、昨日はご迷惑をお掛けして申し訳ありません……」
タマが急に謝る。
さっきの態度とのギャップがすごいな。
一応付き合う事は昨日決まったんだけど、まだ色々と話しておかないといけない事がある。
それは俺とタマが付き合う理由だ。
いや、そこらへんが曖昧なままで付き合うのってどうなの?って突っ込まれそうだけど、昨日はその事を話す前にこの子が気を失ってしまったんだ。しょうがない。
「なんで大嫌いなのに俺と付き合おうと思ったんだよ?」
「あの、実は私、男性恐怖症でして……」
いや、男性恐怖症なのに俺みたいなガタイの良い男って普通苦手じゃないか?
「それで、それを治したくてお付き合いを申し込ませてもらいました!いわゆるショック療法的な?そんな感じです。ふふっ、どう?意外でしょう?」
ああ、意外だ。この俺の目の前にいる女の子がまさかこんなアホな発想の出てくるアホの子だったなんてな。
これはもしかすると、保護が必要なレベルなのかもしれない。
まあ、それでもよしとしよう。付き合っていれば同時にこの珍獣の保護もできるだろう。
「で、なんでそこで俺なんだよ?」
ここもはっきりさせておこう。
タマの目的を考えるなら、別に俺じゃなくても男なら誰でも良い筈だ。
「えっと、背が高くて、がっしりしていて、すごく男らしい人だと思ったからです。なんて言うか、まるで男性の象徴のようで……」
って、言い方!
そんな事言われるとまるで俺自身が卑猥なモノみたいじゃないか!
「あ、あの、こ、これからよろしくお願いします」
そう言ってタマは震える手で俺の右手に紙切れを渡す。
昨日は触るだけでものすごい拒否反応を示すほどだったのに、勇気を出したんだろうな。
「ふふっ、悪用、しちゃダメよ?」
そう言ってタマはまた何か意味あり気に笑う。
そして俺の手に握られた紙切れには、メッセージアプリ「rine」のIDが書かれていたのだった。
あれからちょうど1ヶ月。
俺とタマは毎日のように下校を共にしている。
ちょうどその下校初日にはトラブルがあったんだけど、それ以降は結構順調だ。
しかも最近はちょっとかわいいかも?なんて思える事もある。
これはタマと一緒に下校を始めて2日目の事だ。
「あのさ、俺って顔が怖いらしくてな。タマは俺の顔、怖くないのか?」
「確かにかなり鋭い目ですよね。でも悪い人ではないと思いました」
あの時は横を歩いていて笑顔で見上げるタマに不覚にもドキッとさせられてしまった。
タマの男性恐怖症は少しずつだけど治ってきているように感じるんだけど、俺の方は幼稚園時代の女の子の記憶、その手掛かりすら掴めていない。
タマとの日々を過ごす事で、その子の記憶の糸口でも掴めればって思ったんだけど、逆にこの1ヶ月間でタマと記憶の中のその女の子の違いがどんどんと積み重なっていくようで……。
「取りあえずタマが満足するまでは、それに付き合うか……」
何だか田舎暮らしが長くなると、自然と独り言も多くなるようだ。
こうしてタマと付き合い始めて1ヶ月記念の5月8日、俺は帰りに夕食の食材を買って、帰路についたのだった。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
取りあえず初日の本日は4本上げさせていただきました。
明日は起きてから11本を上げる予定です。
さて、この第1話では主人公のアルくんとヒロインのタマちゃんとの出会いを描きました。
なんとも癖の強めなヒロインですが、読み進めていくうちに少しずつかわいい部分が出てくる予定です。
ちなみに今作では私の大好きなツンデレ属性のヒロインは出てきません。
もしツンデレが見たい!って方は前作、『僕とメイドと~』を読んでいただければチョロい系で大天使なツンデレお嬢様と、クールでツンデレな女子高生メイドが登場しますので、よろしければそちらもどうぞ。
次回はストーカー姉妹とアルくんのプライベートのお話となります。よろしければお付き合いください。
それではまた♪