Episode1-2.どうやら俺に彼女ができたらしい。
「どうしました?アルくん。何だかすごく遠い目をしてます」
隣で歩くタマが心配そうに声を掛けてくる。
「いや、先月のタマからの告白を思い出してたんだ」
「へぇ……そう。ふふっ、もう、1ヶ月だものね……。これって長かったのか、それとも短かったのか……?」
それを聞いたタマが何か意味ありげに微笑みながら、何だか意味あり気なセリフを呟く。しかし俺は知っている。
この子は緊張している時、いつも何かしら含みのある笑い方をし、何だか意味あり気セリフを言う癖があるだけなんだ。
そして俺は1ヶ月前のやり取りをもう一度思い出したのだった。
「大っ嫌いです!付き合ってくださいっ!!」
それは俺が経験する生まれて初めての告白だった。
彼女、えーっと、鏑木さん?は耳まで真っ赤に染めて、俺に嫌いな事を告げた上で付き合ってくれなんて事を言ってくる。
ってちょっとおかしくないか?
「え?えーっと、鏑木玉三郎さん?」
「あ、あの、私の事はタマって呼んでください。親からはからはそう言われてまして、本名だとおそらく反応できませんので……」
「あ、うん、タマさん?」
「タマです」
「タマ?」
「はい合格です」
「でさ、タマ?」
「はい?」
「おかしくないか?」
「何がです?」
「いや、嫌いなのに付き合ってくれって……」
そう俺が言うと、タマは何かに気付いたような表情をする。
「ハッ……!確かに!」
いや、そこに気付いてなかったのかよ?
「あ、あの、だ、大嫌いってのは言葉のアヤってやつでして……」
すると今度はそのメガネに隠された顔をこの季節に相応しい桜色に染める。
あれ?そこって照れるとこ?
それにそんな直情的な言葉のアヤってある?いや、普通は無いよな?
「あ、あの、大嫌いってのは本当なんですけど、あーえっと、実は嘘なんですけど……。あれ?えーっと、なんて言いましょうか……えーっと、そのー……」
何だか言葉が出てこない様子。
これって何だろう?語彙力が無いとか?それとも焦って出てこない?
このタマと言われる子、ストレートの黒髪を肩より長めにし、メガネを掛けていてかなり理知的で大人しそうな見た目、なんだけど……。
……もしかするとこの子、普通にアホの子か?
なかなか言葉が出ないのがもどかしいのか涙目になってきてるし。
「えーっと、苦手とか、不得意とか?」
ついつい俺が助け船を出してしまうと、タマは先ほどのようにハッとした表情をし、「そう、それそれ!それですっ!」なんて嬉しそうな声を出す。
ああ、そういう事ね。それならば嫌いって言われ、深く傷付いた俺の心の傷も幾分癒される。
人生初の告白がいきなり「大嫌い」だなんて、結構傷付くもんな。
いや、「苦手」とか「不得意」もそれなりに傷つくんだけど。そこはあまり気にしない方が精神の安定って意味で良いだろう。
彼女は俺に無事伝える事が出来てホッとしたのか、メガネを外して滲んできた涙をハンカチで拭いている。
いや、そこまでなるか?
そうだな。話を元に戻そう。
つまり先ほどの告白の言葉を直すと……。
『アルくん!苦手で不得意だけど付き合ってくださいっ!』
よし、脳内変換完了!
そしてどっちにしろ納得いかないからお断りするとしよう!
「ごめんなさ………い?」
俺はその時タマの素顔を見てしまった。
その昔、幼稚園の頃だったか?
朧気な記憶の中の少女。
えーっと名前がどうしても思い出せない!
タマにはその女の子の面影があったのだ。
まさか彼女本人なのか?
いや、でもそれだとおかしいぞ?
俺の憧れたあの思い出の少女は、こんなにアホの子じゃなかった。
いや、それどころか幼稚園児なのにすごく大人っぽくて、何でも知っていて、それでいて……。
俺はその子に憧れて、常に成績上位に食い込めるほどに勉強をするようになったんだ。
「え……」
先程の「ごめんなさい」が聞こえたのか、タマはショックを受けているように見える。ってそんなんで成功するって思ってた事に俺はびっくりだよ!
さあどうしようか?
何だかこのまま終わりにしてしまったら、その記憶の少女との元々見えなかった微かな接点が完全に消えてしまうような気がする……。
ガシッ!
気がついたら俺は不安そうな表情をするタマの両手を掴んでいた。
「うん、俺達、付き合おう!」
彼女の右手にはメガネが握られていたんだけど、壊さないようにそっと握る。
するとタマは驚いたのか、メガネを掛けていたときにはわからなかったその大きな目を見開き、そして照れてしまったのかすぐに俯いてしまった。
アホの子の割に何だかちょっとかわいげのあるリアクションをするもんだな。
しかもかなりの美人さんだ。
身長は160センチ代後半ぐらいか?
結構細身だ。
「………………ぃゃ」
へ?何だか微かにタマの声が聞こえたような……。
そして次の瞬間だった。
「いやぁ──────!離してぇ────────!!」
そして次の瞬間、タマが俺の手を振りほどき、メガネごと右手を握り締め、俺の鳩尾目掛けて一直線に拳を振り抜いたのだった。
ポコッ!
ん?
ポコッて……?
そして俺は恐る恐る目を開けて、自分の身体に起こっているであろう被害状況の確認を急ぐ事にした。
軽い衝撃のあった部分を見てみる。
そこには身長の割に小さな握り拳が突き刺さるでもなく置かれていた。
「タマ、まさかとは思うけど……これって全力のパンチなのか?」
タマはおもむろに拳を俺の鳩尾から離すと、涙で濡れた顔を拭う。
「か……」
「か?」
「顔が濡れて力が出ない……」
お前アン○ンマンかよっ!?
って、ちょっ!右手、顔っ!血っ!
ま、まさか気付いて無いのか?
「た、タマ……お、お前……み、右手……」
俺がタマの右手を指差すと、タマが明らかにムッとした表情になる。
「何なんですか?お前だなんて早速彼氏気取りですか?まぁ、お付き合いする事になったんだし、別に良いですけど………ヒッ!」
僕の指差す先を追ったタマが自分の右手を見た次の瞬間。
バッターン!
「お、おい、タマ、タマ!しっかりしろって!」
なんとタマは自らのパンチでメガネを握り潰してしまい、手の平が折れたフレームか金具で切れてしまったようだ。
そしてタマは自らの右手の怪我を見て、まるで魂が抜けてしまったかのように気を失ってしまったのだった。
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