Episode9-3.どうやら俺は間違ってしまったらしい。
まさかチコが起きていたなんて……。
「もしかして、狸寝入りしてたのか?」
「うん、さすがにあの場面で起きる事はできないよ」
まあチコの気持ちはわかる。俺とクリスも直後は気まずかったけど、チコだって気まずかったんだろうな。
チコは相変わらず俺を真剣な眼差しで見つめている。
その表情からは特に怒りも呆れも感じ取れない。だけど少し悲しそうな表情なのはよくわかる。
もしかするとあんな事をしてしまった俺やクリスに対して失望しているのかもしれない。
「まさかタマ先輩と別れたとかか?」
チコがさらに疑問を口にする。
だよな。あの場面を見たらそう思いたくなる事だろう。
チコって変に鋭いとこがあるし、誤魔化すよりはきちんと隠さずに話しておいた方が良いんだろうけど……。
「いや、別れていない。それとちょっと待ってくれるか?先にクリスに確認取っておくわ。俺としては言っても良いんだけど、さすがにこれはクリスにも聞かないとな」
そして俺はrineでクリスを呼ぶ。
すると案外クリスはすぐに来たので俺は彼女に事情を説明したのだった。
「ごめんね、チコちゃん!私がお兄ちゃんに浮気させちゃったの!」
チコに全ての事情を話す。
クリスが実は俺の事が好きだった事。
寝ぼけてキスしてしまった事。
そしてなかった事にしようってなった事。
「だからさ、チコには悪いんだけど、黙っていて欲しいんだ」
するとチコはまた俺をジッと見る。
「アル、信じて良いんだな?」
何だかチコの視線は俺を値踏みしているように見えて居たたまれなくなる。
「ああ、信用してくれて大丈夫だ。俺はタマを裏切らない」
するとチコは納得してくれたみたいだ。
少し悪戯っぽい表情に変わってきた。
「まあ、アルひとりの言い分だったら信用しないけど、クリスちゃんの言う事だしね。信じてやるよ。もちろんタマ先輩には何も言わない」
何とも上から目線な物言い。
だけど信用してくれたみたいで良かった。
クリス自身は自分の気持ちがチコに知られた事を恥ずかしがってるけどな。
その点については俺もフォローなんて出来ない。
頑張れ、クリス。
夕食は予定通りのメニューを作った。
そして今日のぬか漬けはクリス特製の若いマンゴー。シャキシャキ食感で、初めて食べるアンとチコは驚いていた。
この他にも南国フルーツって結構ぬか漬けにできたりする。例えばパパイヤとかバナナとかアボカドとか。
ぬか床って本当に万能だ。
そして今日も相変わらずぬか床の攪拌と明日の為に野菜を漬け込む。
見てて楽しいんだろうか?
クリスは自分のぬか床の攪拌を終えると俺の作業をジッと見つめている。
ちなみにクリスのぬか床は今日の攪拌後から2日間は冷蔵庫でお休みだ。
「あのさ、見てて楽しいもんじゃないだろ?」
「ううん、何だかアルが頑張って攪拌してるとこ見るのって結構好き。ずっと見てられる」
「そんなもんか?」
そんなクリスの視線に晒されながら漬けられる今日の野菜は人参ときゅうりだ。ぬか漬けとしては定番だな。
いつもの4人分に加え、1人分。クリスの分だけど、漬ける野菜の量はいつもざっくりだから、あまり増えてるようには見えない。
それでもクリスに見られながら作業する事で、いつものぬか漬けが美味しくなりそうな気がするのは、まあ気のせいなんだろう。
そんなこんなで俺は攪拌を終えて手を洗うと、部屋に戻ったのだった。
さて、部屋に帰った俺はどうすべきか……。
勉強は昼間に進んだってのもあるし、クリスとの事があって、何だか集中できそうにない。
クリスからはなかった事にしてくれって言われたし、俺もそれに同意したけれど、実際にしてしまった事は取り返しようのない事実であり、記憶から消す事なんて無理な話だ。
俺、次に会った時、まともにタマの顔を見られるんだろうか?
そんな事ばかり考えていたら、部屋にチコが遊びにきた。
「アルー、遊ぼうぜー」
相変わらずノックもせずに入ってくる。
チコは既に風呂に入った後みたいで、パジャマ姿だ。
そんなチコの無邪気な姿に俺は少し楽になった。
「ああ、じゃあ、マリカーでもするか?」
「うん、するする!私のコッペでぶっちぎってやるよ!」
最近は勉強ばっかりで、それ程チコに構ってなかったからな。
もしかしたら少しは気が紛れるかと思いつつ、俺はチコと一緒にゲームを始めたのだった。
「持ち主なのに相変わらず下手くそだよな、アルって。ほら、これで4勝目!」
ちなみに先に5勝した方がアイスを奢る事になっている。
でもいわゆる奢りって言ってもどうせ俺もチコもお金の出所は同じだし、あまり大きな意味はない。
せいぜい買い物の時にアイスを買って来てもらえる権利をもらうようなもんか。
「相変わらずチコって対人ゲーム上手いよな」
別に俺もすごく上手い方ではないんだけど、それ程チコと実力差があるとは思わない。
チコって全般的に駆け引きが上手いんだ。
多分直感的に動いてるんだろうけど、相手の心理を読む事に長けてるんだろうな。
「じゃあ次、私が勝ったらダッツだね」
って、おいおい、ダッツって……せめてゴリゴリくんにしてくれよ。
シグナルが赤から青に変わり、俺のマリノとチコのコッペが並んでスタートする。
まずは最初のアイテムでコッペをスピンさせて、俺がリードを奪う。
よし、次は俺の勝ちだ!
「なあ、アル……?」
「ん?どうした?チコ」
ゲームの画面をぼーっと見ながらチコが呟く。
「クリスちゃんとの事、なかった事にするって言ってたじゃん?」
まさかここでチコがその話を蒸し返してくるとは思わなかった。
「ああ」
俺も画面を見ながら短く答える。俺にはそんな事を聞いてきたチコの真意が読めないでいた。
「私もその事には賛成だし、協力しようとは思ってる」
チコもクリスの考えに賛同して、改めてそう言ってくれたのは嬉しい。
「助かる」
そうなんだ。黙ってさえいれば、この先誰も不幸にはならない筈。チコもそれはわかっている筈だ。
「でもさ、これだけはアルの口から聞いときたいの。私さ。アルを信じて良いんだよね?クリスちゃんとは絶対にこれっきりって誓える?」
あれ?俺のマリノがいつの間にかコッペに抜かれている。いつの間にかアイテムを使われて抜かされていたみたいだ。
そして無情にもチコのコッペがゴールを通過する。
「ねえ、誓えるの?アル」
チコが俺の顔を見上げる。
チコのその大きな瞳を湛えたその顔からは、勝利の喜びなどは微塵も感じさせない、すごく真剣な表情が窺える。
……そうか。考えてみれば、チコって両親が離婚してるんだよな。
さすがにその原因とかは俺は知らないけど、チコはタマほどじゃ無いにしろ、多少、男性不信気味なのかもしれない。
そうだよな。俺とクリスのした事って、タマだけじゃない。俺を信じてくれているみんなへの裏切りになるんだ。
チコが真剣な眼差しを俺に向ける。
早く誓わなきゃいけない。でないと俺はタマだけでなく、大切な家族であるチコまで裏切る事になってしまう。
なのになんで俺の口からは言葉が出てこないんだ?
「お……俺は……」
「アルちゃん、果物切ったから食べる……?ってチコちゃんもここだったんだ。ね、チコちゃんも一緒に食べよっ!」
またアンがノックも無しに入ってきた。
一緒にクリスと奈緒もやってくる。
「あー……。私は良いや。もう眠いから寝るね。おやすみ!」
そう言ってチコは俺の部屋から出て行った。
……あれ?もしかして俺、少しホッとしてる?
「えー?今日はチコちゃんの好きな梨だったのに……」
アンが残念そうな表情でチコの去っていった階段の方を見る。
時計を見ると今は21時。
眠くなったってのは多分嘘だな。
だいたいチコは俺の部屋で18時頃まで寝てたんだ。
そんなすぐに寝る事なんて出来ないだろう。
少しチコの事が心配になったけど、取りあえず俺はアンの切ってきた梨をみんなで頂いたのだった。
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