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第二話 天才と物価水準

 俺はメルルに道案内を依頼し、真っ先に商店街へ向かった。


 とある地域の経済事情を知りたいのであれば地元のスーパーに行ってみるというセオリーがあるが、この異世界では画一化された大規模な小売店がまだ存在していないので、個人商店を覗きに行くしかない。


 そして俺たちはある程度の広さがある商店に入る。


「お、両方とも見かけない顔だねえ、どうだ、商品を見てってくれ! パレッタの町で知らぬ者はいない『ポポ商店』さ!」


 陽気なエルフが俺たちを出迎えた。エルフの町ならではといったところだろうか。


「中々大きな商店ですね、リュウ様!」


 メルルは初めて来たかのようにはしゃいでいる。

 シュテールの町で服屋には連れて行ったが、これほど大きな商店には連れて行っていない。


「……ああ、シュテールには及ばないが、そこそこ品ぞろえはよさそうだ。特にこだわりがなければ、ここでの生活必需品はこの商店だけでおおよそ揃うだろう」


 俺は棚に陳列されていたパンをおもむろに手に取る。


「店主、このライ麦パンはいくらだ?」


「ああ、それは大銅貨3枚だ。毎日食べるもんだからな、極限まで安くしてるぜ!!」


「そうか。じゃあそれを二つもらおう」


「毎度あり!!」


 メルルは俺に問いかける。


「リュウ様、お腹すいてるんですか? まだ荷物袋にいくつか保存食があったと思いますが」


「いや、お腹はすいていない。ただの調査だ」


 俺は布袋から大銅貨を6つ取り出すと、店主に渡し、紙袋に包まれたライ麦パンを二つもらった。

 俺とメルルは店から出ると、近くのベンチに腰掛ける。


「メルル君、お前は今日の朝食でシュテールの町のライ麦パンを食べただろう? このライ麦パンを食べて率直な感想を聞かせてれ」


「わかりました! 食べることなら任せてください!!」


 メルルは紙袋から、ライ麦パンを取り出し、口に含んだ。

 俺も今買ったばかりのライ麦パンを袋から取り出す。


 シュテールの同じような商店で購入したライ麦パンよりも硬く、バターの匂いも全くといっていいほど感じない。

 焼き色もつきすぎており、素人が作ったのが丸見えである。


 メルルに渡したライ麦パンを見ると大きさもバラバラだ。

 正直あまり食欲をそそられない。


 個人的には金を出してまで食べようと思わない。

 だが、これも調査だ。致し方ない。


 俺はライ麦パンを口にした。


「……なるほど、これは中々酷いな」


 見た目通りの味、といったところだろうか。

 味もなければ、噛み切れない。風味もないので、匂いから味わえるものも何もない。

 『食べられる段ボール』という二つ名がふさわしい。


「ううん! おいしいです!! 噛めば噛むほど味が出ます!!」


 俺のリアクションとは裏腹に、メルルは笑顔のままうっとりしていた。


「……メルル君、本気で言っているのか? このパンが美味しいと?」


「ええ! 噛めば噛むほど味が染み出るので、食べ飽きませんね!! モグモグモグ……。もちろん、シュテールのパンのほうが美味しいですが、このパンも全然いけちゃいます!!」


 まるで『乾燥したスルメ』でも食べているかのような感想だが、メルルが食しているのはあくまでも『パン』である。決して『あたりめ』ではない。


 まぎれもない『ライ麦パン』なのである。


「そうか……じゃあこのパンも食ってくれ」


 俺は自分のパンの食べかけ部分をちぎり、残りをメルルに渡した。


「わーい!!」


 幸福度が最も高まる人に流れることが出来て、このライ麦パンも本望だろう。


「……因みにリュウ様、何を調査するおつもりだったのですか?」


 メルルは段ボール食感のライ麦パンをかじりながら俺に話しかける。


「……味音痴な君でもわかるほど、このパンはシュテールのものと比べておいしくない。……しかも驚くほど安い」


「あ、味音痴とは何ですか!! ……こーんなに美味しいのに、もったいないですね」


 非常に申し訳ないが、俺にはこのライ麦パンの良さを理解できそうにない。

 メルルは頬が膨らむほどパンを堪能している。


「……この規模の商店は基本的に売れ筋しか売らない。様々なメジャーな商品を仕入れ、多くのお客さんを取り込んで成り立っている。この商店で陳列されている商品の質や値段がこの町の経済状況だ。この町の人々がどのような物価で生活しているのか、つまり物価水準を知りたかった」


「んん? どういうことですか?」


「簡単な話だ、パレッタの町の人々はシュテールの町の人々より不味いライ麦パンを買うぐらいの収入しかないということだ……。まあ、味音痴の君には実感がわかないかもしれないがな」


「なるほど……。ってまた味音痴って言った!」


「事実を述べたまでだ。君は相当な味音痴だ……段ボールを食せるのだからな」


「し、商店のおじさんに、しししし、失礼な!!」


 毎日このライ麦パンを食べるとは、刑務所ではないか。

 下手すれば日本の刑務所の飯のほうがましだ。


 そもそもこの商店街は異常なほど商店が少なく、ほとんどが生活必需品を売っている。

 詳しくはよくわからないが、全てがシュテールの町よりも安価だ。恐らく質も値段相応なのだろう。


「そうだ、メルル。君はエルフなのだろう。魔法は使えるのか?」


「えーっと……多少の生活魔法と生産魔法であれば……」


 歯切れが悪いところを見るとどうやら、魔法はあまり得意ではないようだ。

 エルフは魔力値が高いと一般的に言われているが、あくまでも個体差、ということか。


「魔術書の読み方はわかるか?」


「え、あ、はい。……まあ、簡単なものであれば」


 俺は老婆から購入した魔術書をメルルに渡す。

 この魔導書は大銀貨一枚、つまりライ麦パン300個分の価値があるのだ。このまま放置するのも勿体ない。


「それは好都合だ。……俺に読み方を教えてくれ」

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