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第二話 天才と天使

 気づくと俺は暗闇の中にいた。

 水面に浮かんでいる感覚だ、あたりを見渡しても何もない。


 死んだことは、残念なことに、非常に鮮明に覚えている。

 推測するに、ここは死後の世界に違いないのだろうが、これから何されるのか見当もつかない。死後の世界は天才でも未知の領域であり、そもそも俺は死後の世界など信じてはいなかったのだから。


 どうやら魂というものは本当にあるらしい。

 俺の仮説が間違っていたことが明らかになった。


「隆一郎、聞こえますか……」


 大人の女性の声が直接俺の脳内に響き渡る。テレパシーなのだろうか。

 テレパシーで会話するすべを知らない俺は、生前で慣れ親しんだように口から発声することにした。


「……ああ、聞こえる。一体ここは何なんだ。そして、お前は誰だ」


 得体のしれない存在を警戒しながら、俺は返答する。


「申し遅れました。――私はルナ、ここ転生の間を担当している天使でございます。そして、この転生の間は死んだ生き物が次の生を選ぶ場所……あなた様をこちらに招待したのは、転生についてあなたと会話がしたかったからでございます」


 なるほど。

 俺は死んだから転生先をここで選べ、ということか。


 しっかり相手方と合意を結んでから、実行に移す。

 うまく合意主義が徹底されているところは評価できる。


「この転生の間は選ばれた者しか招待しておりません」


 だが、どうやら転生は全ての生物に与えられた平等な権利ではないようだ。


「……選ばれる人の基準は何だ」


「……相変わらずの冷静さでございます。噂にたがわない天才経済学者っぷりですね、隆一郎」


「単刀直入に言え、時間の無駄だ」


 天使の明るい笑い声がエコーのように脳内に響き渡る。

 赤の他人である俺の下の名前を呼び捨てしてくるのも、癪である。


「では、お望み通り早速本題に入りましょう。……ここに呼んだのは他でもありません。あなたに力を貸していただきたいのです」


「ほう、人間の俺が天使にどのような力を貸せるというのだ」


「あなたも自覚しているでしょう。……あなたは天才でございます。経済や経営という商売に関わることだけではなく、政治などにも精通している……恐らく天使である私どもと匹敵する、またはそれ以上の知能をお持ちになっております」


「そんなことは聞きたくない。だから何だ」


「あなたに異世界を任せたいのです。そして文明を発展させて頂きたい」


「……なんだと」


 天使ならではの、俺のような人間風情では理解できない次元の話が繰り出される。

 無宗教の俺には死後の対処法など微塵も考えたことがないし、異世界なんて存在すらあいまいなものも信じていない。非科学的であり、非合理的なのだ。


「つまり、お前は俺に天使か、神にでもなれというのか?」


「いえ、あなたにはそのまま人間として転生し、人間としての人生を歩んでいただく……。ただそれだけでございます。他の世界と比べて少し文明の発展が遅い異世界に行っていただき、その才能を生かしながら人生を歩んでいただく。ただそれだけです」


「……単に生活をして、文明を発展させる、だと? 大体、お前たちの仕事だ。お前たちを信仰している人間に啓二でもなんでも与えればいいんじゃないか。ましてやお前たちがその異世界に直接降りればいいだろう」


「私たち天使はあくまでも別次元の存在。下界に関することは下界に任せるのは基本ルールとなっております。」


「……全く意味が分からない。異世界の人間を転生させてもいいのに、普通に暮らしている人間がどうやって異世界をの文明を変えればいいというのだ?」


「その答えは明白でございます」


 天使は自信満々な口調で続ける。


「――私が知りうる人間の中であなたなら出来ると私が知っている。だから変えられるはずでございます」


「……どういうことだ?」


「深く考える必要はございません。転生するか、それとも浄化して天国を彷徨う霊体になるか。ただそれを選択するだけでよいのです」


 深く考えるな、といわれても今まで考えることが仕事だった俺にとって急遽方向転換はできない。様々な疑問が頭の中を駆け巡っていく中、俺は頭を整理し深呼吸をする。


「等価交換だ」


「……今なんとおっしゃられましたか?」


「等価交換だと言っている。この世の中は等価交換だ。貴様が何か俺に要求をするということは俺も何か貴様から得るものがあるはずだ」


「なるほど、それは『合理的』ですね……ふふっ」


 この天使に若干掌で転がされている感覚がする。腹立たしい。

 人間だったらかなり苦手なタイプだ。


「良いでしょう。あなたが異世界への転生を約束して頂ければ、次回転生はあなたの好きなように選べるようにして差し上げましょう。容姿はもちろんのこと、家柄ももちろん、もう一度天才として生まれようが、性別を変えようが、あなたの自由でございます。如何でしょう?」


「なるほど、それは……」


 俺は心の中をのぞいたかのように俺の感情を奮い立たせる提案だった。

 でも、俺は一つ確認しなければならないことがある。


「……平凡に生まれるということも、可能なのか?」


 天使はその回答を待っていたかのように、平坦な声で回答する。


「……ええ。もちろん可能でございます。あなたがそう望むのであれば」


「そうか……」


 嫉妬され、恨まれ、過度な期待を与えられ。

 ――そして裏切られる。


 仮に次の人生でこの記憶がなくなったとしても、もう二度とこんな人生を味わいたくはない。


 普通に学び、普通に失敗し、普通に恋愛して、普通に死んでいく。

 それが保証されるのであれば十分な等価交換だ。


 もう俺は天才に生まれたくないのだ。


「わかった、それでいい。俺は異世界へ転生し、今まで通り人間として余生を過ごす。文明の発展はよくわからないが、貴様としては俺がとりあえずその異世界とやらに転生すればよいのだろう? であれば、どのような人生を歩むかは俺の自由とさせてもらう。それでかまわないのであれば、俺に異論はない」


「はい、それで問題ございません。ただし、自害した際には契約違反として、あなたの魂は他の死んだ魂と同様に浄化させて頂きますので、ご注意ください」


 異世界に渡った瞬間に成功条件が満たされるという歪な契約条件だ。


 逆に、この天使は俺に何を期待している?

 なぜ俺が転生することにこれほどまでにもこだわるのだ?


 いくら考えても答えが出ない。

 この天使がどれぐらい先を読んでこの契約条件を快諾しているのかわからない。

 不気味でしょうがない。


 俺が考えられる範囲では、圧倒的にメリットがデメリットを上回っている。

 ここは『ディール』するしかない。


「いいだろう。商談成立だ」


「ふふっ、承知いたしました……」


 そう俺が答えると、今まで暗闇で包まれていた空間の全方面から明かりが俺の体を照らし始める。

 目を閉じても、腕で目を覆いかぶせても、光が瞼の裏まで突き刺してくる。

 

「隆一郎、運命に身をゆだねなさい。――文明はあなたに託されているのですから」


 最後のルナの声を聴くと、俺は気を失った。

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