第五話 パレッタ王国
「わしに王になれというのか?」
アルメザークは俺の突然の提案に驚いた様子だった。
王との商談から帰還した俺は、アルメザークをパレッタに呼び、話し合いの場を設けた。もちろんニーダを返してほしいということもあったが、それと一緒に独立に伴う相談事があったからである。
「ああ……あんたは今まで王に仕えていて、政治を理解している。そもそも俺が知っている人物の中で最も学があるのはあんただ」
帝国軍が去ったパレッタはいつも通りにぎわっていた。 商店の売り子は道で人々の呼び込みをし、露店では買い手と売り手が値段交渉している姿が垣間見える。
俺たちはニーダの家へお邪魔し、アルメザークと今後のパレッタについて話すことにしている。
「私もお前ならこの町……、じゃなかった。この国を任せられる。お前のお陰で私の命も助かったしな」
「……ニーダまで」
指輪によって転送させられたニーダは無事、アルメザークの治癒魔法によって完治した。
かなり重症だったらしく、少しでも遅かったらアルメザークの治癒魔法をもってしても助からなかったという。
「建国には相当の労力が必要だ。しかも、俺が突然独立を決めてきてしまったがために、今やスピード感も求められる。法政治の知識がない人物を王においても仕方あるまい」
アルメザークには内密に手紙を出して、独立のことを根回ししていたが、ニーダたちには話す機会がなかった。独立が決まったことをニーダに伝えたときは目が飛び出るほどびっくりしていたものの、王国への反発心のほうが強かったこともあり、独立を歓迎してくれた。
「では、わしではなくとも、おぬしでよいのではないか? お前であればあらかた全分野の知識が頭の中に入っておろう」
「俺は……そういった柄ではない。そもそもエルフではないから市民権もないしな。俺が王になるのはふさわしくない。だからこそあんたを呼んだんだ」
「エルフに、エルフの統治をさせる、ということか。……まあおぬしの言い分もわからなくはないな」
確かに俺の頭の中には前世界の世界史の知識と法学の知識が入っている。その知識をトレースするだけで、あらかた必要なものは出来上がってしまうかもしれないが、それだと意味がないのだ。
建国においては『何を作ったか』だけではなく、『誰が作ったか』も大事な要素だ。パレッタで上手く商売をやれているからといっても、実際エルフの副族長を務めているアルメザークやニーダの信頼とカリスマ性には到底及ばない。
「さて、アルメザーク公爵……ではないか。アルメザーク王。独立したてのこの国の課題は山積みだ」
俺はこれから建国に向けての課題について話すとした。
「まず法がない。今まで王国の支配のもと、従っていればよかったがこれからは違う。自分で法を作り、実行し、時には裁かなければならない。アルメザーク、お前を王として任命するとは言ったが、そもそもこの国を君主制にするのかどうか、そこから決めていかなければいかけない」
「……ああ、そうじゃな」
アルメザークはしばし考えをまとめると、続けた。
「そもそもわしは血の繋がった子孫はおらぬ。全国民が自分の子供のようなものじゃ。わしが死んだあとは、国民の中から優秀な奴を選抜して王においてくれれば、それでよいじゃろう」
この世界に民主主義などというものは存在しない。
アルメザークが民主主義を知っているかどうかはさておき、彼女の思想自体は民主主義のそれに近しい。パレッタが世界で最も先進的な政治システムを持つのは、もはや時間の問題だ。
「そして、軍や警察も持っていない。このままではいつ他の国に戦争を仕掛けられ、武力を行使されればあっという間に潰れてしまう。せめて必要最低限の軍は作るべきだろう。自国の治安維持が出来なければと国として失格だ」
「……しかし、私たちは小国だ、いくら軍を作ったとしても隣国に勝てるわけがないぞ」
ニーダは不安がるように俺の言葉に反論する。
「武力で勝てるすべはある。武器や魔法の研究開発を進め、膨大な破壊力を持つ武器や魔法を作ればいい。そうすれば反撃を恐れた国々は変に俺たちを攻撃することはなくなる。適切に研究者を育てていけば、いつかは可能になるはずだ」
「で、でもそれは……」
ニーダは平和主義者だ。武力を武力で制圧するという考え方を好まないのは知っている。
「武力で勝たなくても、隣国と勝てる方法はある」
「それは、いったいどういうことですかな?」
俺は机に置かれたペンをいじりながら、ニーダに答える。
「……経済だ。この国は経済で隣国に勝てばいい」
「……経済、とな?」
「ああ。そうだ。生活には欠かせない商品を独占的に販売し、そして稼いだ資金で他国に融資する。そうすれば他国は俺たちの債務者になる。しかも、ライフラインが止められるのを恐れて俺たちに下手な反抗をすることが出来ない。……こうすれば誰も血を流さなくてもいい」
「そ、そうか……経済か……」
「まあ、セーラなら上手くやってくれるだろう。彼女は努力家だし、何より筋がいい。俺が教えたこともしっかり実践できている。もちろん裏では俺がバックアップするが、彼女に経済を任せてもよいと思う」
ニーダは経済に理解が深いエルフではない。
納得しようとはしているが、どこか府に落ちない部分もあるのだろう。セーラが上手く働いてくれれば、徐々にニーダも心から理解してくれるようになるはずだ。
「最後は教育だが……アルメザーク公爵、あんたであれば大丈夫だろう。学校を立ててくれ。あの書庫にある本を活用する日が来たぞ」
「ふふ、そうじゃな。わしに任せておれ。この世界で最高の学術都市にしてやるわ! あの王の開いた口を塞がらなくしてやるからのう!!」
自分の本分がようやく発揮できるアルメザークは、とても可愛くはしゃいでいた。
遥かに年上なのだが、容姿は単なる子供なので、非常にほほえましい。
「先ほどからの話で一つ疑問に思っていたのじゃが……」
アルメザークは何かを察したかのように、俺の顔を眺める。
「貴様はどうするのだ?」
「……」
俺は俺の決断に自信を持っている。
間違っていないはずだ。
この世界に来ても、俺は俺の居場所を探していた。俺の自分の役割を探していた。
命を懸けてでもやることが仮にこの世界であるのであれば、俺がやることは恐らくこれに違いない。
「……俺はこの町を出る」




