第一話 町への帰還
一通りアルメザークと会話をした後、俺はすぐさまアルメザークの家を出発することにした。準備をする間、メルルとセーラは一口も俺と言葉を発することはなかった。
行きと同じ様に馬車に揺られながら、未整備の道路を進んでいく。
セーラは手綱を引きながら、器用に馬を操っていた。
荷台には契約締結祝いとして、アルメザークから保存食が大量に詰め込まれている。この様子であれば、旅路でシュテールに寄らずにパレッタに直行できそうだ。
少しでも早くパレッタに帰られるのであれば、それに越したことはない。アルメザークの好意で長居してしまったこともあり、パレッタの近況を長い間把握できていないのは非常に不安だ。
この世界に携帯なんて便利なものがあれば良いのだが、携帯が作れるほど文明が発展しているのであれば、恐らく俺はこの世界に転生させられることはなかっただろう。
一度来た道を辿るだけだったため、行きで4日間かかってたパレッタに着くまで、2日半しか掛からなかった。
しかし、必要最低限の会話以外、セーラとメルルと話すことはなかった。常に明るく、笑っていた二人の表情を道中見ることはなかった。
「何か、様子がおかしい」
パレッタについた俺は様子がいつもと異なることを察する。
メルルとセーラも何か感じたようで、あたりを注意深く観察していた。
「嫌な予感がします……」
いつも賑わっている商店街ですらエルフ一人見かけない。試食を配っているあの商店の陽気な店主の声すら聞こえない。まるで寂れたシャッター街の様相だ。
「とりあえず、町長の家に行ってみましょうか。ニーダ様であればこの不穏さの原因を何か知っているかもしれません」
「……そうだな」
俺はセーラの提案を素直に受けることにした。
町長の家に行くまで全くエルフと会うことはなかった。全ての民家が例外なく戸締りをしており、極力自分の気配を隠す様にしている。
俺はふと民家の扉に耳を当ててみる。中で家族が談笑する音や料理をする音が聞こえる。生活音がする以上、流石に全員失踪したということではないようだ。最も恐れていた大量虐殺が行われたというわけでもないらしい。
俺たちはニーダの家に到着する。
コンッ、コンッ……。
セーラがニーダの家の扉をノックする。
「ニーダ様、いらっしゃいますか? セーラただいま戻りました。リュウ様も一緒です」
ガタン、という大きな物音と同時にニーダの叫び声が聞こえる。
「セーラか!? ここへ来るな!! 今すぐに立ち去れ!! この町から一刻も早く脱出するのだ!! ……グアアアアア!!」
「ニーダ様!?」
ニーダの鈍い声が町中を木霊する。
「……扉を蹴破るぞ。離れろ」
俺は助走をつけて、思い切り木製の扉に向かってドロップキックを放った。俺の体重に耐えきれなくなった扉は鍵が外れ、バタンと倒れる。
「……セーラ、来る……な!!」
俺たちが扉を開けた瞬間見えたのは、血だまり上に横たわり、体に無数の痣が残されていたニーダの姿だった。ニーダの体をなるべく動かさない様気をつけながら、容態を確認する。
「酷い出血だ。このままだとショック死してしまう。メルル君、セーラ君。君たちは治癒魔法を使えないのか? この出血だと、俺が持っている薬草でも治癒力が足りない!」
「わ、私は混血なのでほぼ魔法が使えません……。リュウ様申し訳ございません」
「私は使えるよ、かすり傷しか治せないけど……。でも、ちょっとやってみる!! 神の癒しの力をこの手に宿したまえ、『キュア』!!」
メルルは魔法で治癒を試みるが、ニーダの脈はどんどん弱まって行くばかりだった。かなり深く傷を負っている様である。
「と、止まらない……どうしよう」
「……ドスン!」
「誰だ!!」
二階の物音に反応し、セーラが叫ぶ。
ニーダは一人暮らしだったはずだ。時折メイドが家事の手伝いをしていたが、もしメイドであればこんな非常事態の時に隠れている必要はない。
「……見つかっちまったか、町長が死ぬところを看取ってやりたかったんだが、しかたあるまい」
帝国軍の服装を身に纏った、大柄の男が二階から姿を表す。 肩につけられた星の数から察するに、恐らく以前商談をしたバルマンテ司令官と同等の位であろう。
「貴様がリュウだな。ここにいたか。待ちくたびれたぜ」
「……随分ご丁寧な演出だな。俺が目的だったのだろう」
「ああ、敏腕商人様には分かっちゃうよなあ、噂通りじゃねえか」
大男は頭を掻きながら、見下した様な笑顔で俺たちを見つめる。
「そうだ、王の命令でな、お前を捕まえにきた。しかし、ここの連中は中々意地っ張りでな、お前の居場所なんて誰も吐こうとしない。それだけじゃなくて、やけに反抗しようとする。……まあ、何発か殴ったら大人しくなったら、別にいいんだけどよ」
「そ、そんなこと……。許されると思ってるんですか!?」
「おっと、威勢のいいちびっ子だな」
「……っ!?」
大男はメルルの首元に剣を突きつける。
「許されるに決まってるだろ? 王の命令なんだからよ。お前、自分の立場分かってんのか?」
住民が家の中から出てこなかったのも、身を隠す様に戸締りをしていたのも、帝国軍の兵士が至る所に隠れていたからだろう。目立つ様なことをすれば痛い目に合わされる。あの静けさの裏には恐怖心が隠れていたのだ。
「おい、リュウとやら。王の命令だ。俺についてきてもらおうか」
「り、リュウ様を連れて行ってどうするつもりだ!?」
セーラは慌てた様子で大男へ話しかける。
「そうだな、まずは王の前で尋問、そっから……」
大男は不気味な笑顔を浮かべながら、セーラを睨みつける。
「処刑台だな。首が飛んだらこの町に持ってきてやるよ。はっはっは!!」
「……!?」
大男はメルルの首元に当てた剣を持ち直す。
剣がメルルの首元を少し擦り、血が流れる。
「おい、リュウ! ついて来るのか、こないのか。変なことをしたら、こいつの首を切り落とす!!」
「ちょ、ちょっと待って!! この子は関係ないでしょう、剣を離して!!」
「混血エルフなんて出来損ないの話なんて聞きたくないなあ。俺はリュウっていう商人と話してんだ、出しゃばって来るな。それともこのちびっこの首が跳ねるところでもみたいのか?」
大男の発言にセーラは身動きが取れなくなった。
「んで、リュウ。ついて来るよなあ?」
選択肢は一つしかない。
「……ああ。あんたらについて行く。その代わり、メルルから剣を離せ」
「へへ、物わかりが良くて助かるぜ! こんなちびっこの命、興味ねえからな。……おい、野郎ども、こいつを連行しろ」
大男を取り巻いていた兵士が俺の腕を掴み、ニーダの家の外へ誘導する。
「リュウを、リュウを連れて行かないで!! あなたたちがリュウを連れて行くのなら、私も行く!!」
「……なんだこいつ、あっちいけ!!」
「きゃあ!!」
メルルは這いつくばりながら、突然取り巻きの一人の足を掴むと、取り巻きはメルルを蹴飛ばした。
「余計なことをいうな、メルル!! お前死にたいのか!!」
「いやだ!! もうリュウが辛い思いをするのは嫌なの!! もうリュウを一人になんてさせない!! 私もついて行く。もし処刑するのなら私も一緒に処刑して!!」
「えっ……メルル!! 馬鹿なことを言ってるんじゃない!! 俺がいけば十分なんだ、なんで被害者を増やそうとする!! もっと合理的に考えろ!!」
「合理的、合理的って、そんなこと、私知らない!! 私は何がなんでもリュウのそばにいる!!」
大男は呆れた様子で、ため息をついた。
「……こいつも連れて行け。ついでだ」
「……クソ、バカ野郎が!」
俺は思わず昂った感情を表に出す。
歯を食いしばりすぎて、歯茎から血が出ている。口の中に血の匂いが充満している。
俺は咄嗟にアルメザークから受け取った指輪を外し、セーラに投げる。
「……セーラ君、この指輪を受け取れ。早くニーダの指にはめて魔力を注入するんだ。アルメザーク公爵ならなんとかしてくれるはずだ」
「で、でもこの指輪がないと、リュウ様は……」
知っている。 この指輪がなければ、俺にはもう逃亡する手段はないと。
「……あとは頼んだぞ、セーラ」
俺とメルルは大男に連れられ、犯罪者用の密閉された馬車に乗り込んだのだった。




