第三話 身元保証
「す、すごいですね、この量の本……初めて見ました……」
セーラは周りを書庫を見渡しながら、驚いた様子でつぶやく。
庭園に隠された地下への階段をたどっていくと、無数の本棚が一面に敷き詰められた空間が現れた。
面積は恐らくアルメザークの家ほどだ。
窓一つなく、空気はかすかによどんではいる。しかし、過度な湿気の匂いも、カビの匂いもない。しっかり管理されている証拠であろう。
「わしはもともと前国王の教育大臣だったからのう。今の愚王が変な政策を打つ前に、一通り必要な本は集めて隠しておったのじゃ」
「数学に図鑑、魔術書もあれば経済経営の本もあるな……ほとんどのジャンルはそろっていそうだ」
「こう見えて昔は学問が発達していたのじゃ。学校もあったし、わしにとっては楽しい時代じゃった。わしは本が好きじゃからのう」
科学の本が薄く、魔術書のほうが棚の大部分を占めているのはこの世界の特徴なのだろう。俺らの世界とは対照的に魔法で発展しようと試みていることが見て取れる。
「なぜこの本を俺らに見せるんだ? ……王にバレたらあんたは処刑されるんじゃないのか」
俺は素朴な疑問をアルメザークにぶつけることにした。
「そうじゃのう、まあ王は既に知っておろう。実際わしを処刑しようと幾度もわしを連れ出そうとしたのじゃ。わし自身を好いておらんというのもあるが、この本を処分することも一つの目的じゃろう。とはいえ、所詮は人間の王。このわしが作った結界を破ることはできんからな。この家の中でわしを探し出すことも、本を探し出すこともできんよ」
幾度となく粛清を免れたのはこのエルフの魔法によるものだったようだ。
単なる人間である俺に魔力の検知能力があるわけではないが、このエルフから醸し出されるオーラは非常に説得力がある。ただの魔術師、というレベルを遥かに超越しているように見える。
「あんたはなぜここまでして王へ歯向かう? 何か理由でもあるのか?」
「おや、異世界人よ。本題に入りたいのかのう?」
アルメザークは俺の心の中を読み取ったかのように問う。
「……ああ、そうだ」
「まあよいじゃろう。おぬしらも長旅だったのじゃ、用事を済ませてゆっくりしたいのじゃろう。しばし昔話でもしてやろうじゃないか。知っての通りわしは王が嫌いじゃ。あの小僧、わしが作り上げた全てを破壊した……許せるわけがなかろう」
「全て……っていうのは?」
メルルが会話の中に入ってくる。
「全てといえば全てじゃ。わしは公爵として、そして王の側近として今まで仕えておった。前国王も、前々国王も、前々々国王も、わしはともに汗を流し、ともにこの国を発展させようと試みた。そのためにも時には戦し、膨大な犠牲を払いながらも今の国を作り上げることが出来たのじゃ」
アルメザークは続ける。
「わしが外で傍若無人な公爵であるという噂が流れていることは知っている。しかし、それはある意味仕方がないこと。……時に国は汚いことをしなければならない時期がある。王は常に神聖であり、正しくなければならない。わしは汚れ役を買って出ていたのじゃ。わしの名を使って王の手を汚さなくて良いのであれば、それはわしにとって名誉」
「アルメザーク公爵……」
セーラは副族長の心境に何か感じるものがあるのか、少し体が震えていた。
「……かつての王はそれでもわしを、そしてわしが育てた国民を守ってくれていたのじゃ。血を流すのであればともに血を流そうと言い、常にわしをそばに置いてくれた人間たちじゃった。エルフは人間に比べて成長が遅く、寿命が長い。この寿命差があるから、エルフと人間は似たような容姿にも関わらず、お互い距離を置くことが多いのじゃ。……じゃが、歴代の王たちは……、王家は常にわしをそばに置いてくれた」
淡々と昔を思い出すアルメザークの目は潤い、涙をこらえているように見えた。
「おぬしはわかるか? 血で作り上げたこの国が、血によって崩れ去っていくこの気持ちが……? エルフのわしにとっては国民全てが自分の赤子のようなものじゃ。今までわしが育て上げてきた赤子が全て殺され、積み上げてきた学問が全て灰となったこの気持ちが、おぬしにはわかるか!?」
「……」
俺ら一同はその力強さに、沈黙せざるを得なかった。
「今の王は前国王の息子じゃ。それには間違いない。だが、あやつはあやつ。わしは今までの王が、わしが尊敬する王たちが守ろうとしてきたものを守りたいのじゃ。……だからこそわしはいつの日かあやつを引きずり降ろしたい。このエルフの副族長の名に懸けてのう」
「だが、そんなことを表立ってしてしまったら、エルフと人間との全面戦争になるだろうな。だから民衆を扇動しようとたくらんでいるというわけか」
「ああ、そのとおりじゃのう。しかし、わしは人々に血を流してほしくはない。だから、人選とタイミングが大事なのじゃ」
ニーダもそうだが、エルフの偉い人というのは義理と人情が厚い人々のようだ。
愚王が人間であることに、同種族として恥ずかしさを感じてしまう。
「……あんたの気持ちは分かった」
「……わしは十分に話したつもりじゃ。恐らくニーダの推薦状がなければ、こんなことを他人に話すことはなかろう。さて、異世界人よ。次はお前の番じゃ。話したいことを話してみよ」
アルメザークに促されるように、俺はここへ来た目的を語りだす。
「あんたが王家に対して謀反を起こそうとしているのは知っている。俺は単なる商人だ。それに関してとやかく言うつもりはない。俺がここに来たのは取引をしに来たからだ」
「なるほど、取引、とな。」
「――俺のディールはこうだ」
俺はおもむろに用意していた紙とペンを取り出し、契約書を書いていく。
とはいえ、契約条件などは全て事前に考えていたものだ。
「あんたには俺の身元とパレッタの安全を保証してほしい。最近あんたは数百年王に仕えてきたこともあって、政治力は王家に匹敵するほどだと聞いている。俺と、俺がやっていることの後ろ盾にあんたがいるということを証明できる何かが欲しい。俺が大きな商売をやったせいでパレッタが王から目をつけられている。守るにはあんたの力が必要だ」
「なるほどのう……パレッタ……か」
パレッタの名前を懐かしむように天井を見上げる。
「その代わり、わしは何を得られるのだ?」
「ああ、そうだな」
これは神聖なる取引だ。
だからこそ、等価交換として対等なものを差し出さなければならない。このエルフは十分すぎるほど金をもっている。いまさら金貨でどうこうできる相手ではない。であれば俺が差し出せるものは一つしかない。
「俺は、――俺の知りうる全ての知識をあんたにやろう」
「リュウ様!? 本気ですか!?」
メルルは俺の腕を強く引っ張ると、見開いた眼でそう俺に問いかけた。
「ああ、本気だ……アルメザーク公爵、俺は異世界ではかなり優秀なほうだった。あんたが知らないこともこの頭の中には入っている。魔法で俺の知識を抜き出そうが、本を書かせようが、何をしてもかまわない。ただし、俺とパレッタの安全を完璧に保証してくれ」
アルメザーク公爵はにやりと微笑みながら、手で顔を触る。
「ほう、それは面白い取引じゃのう……異世界の知識か。ぜひ欲しいものじゃな……」
取引は相手が欲しいものを差し出さなければ意味がない。自分が欲しいものだけを伝えても意味がないのだ。
俺は紙をアルメザーク公爵に手渡す。アルメザークは紙を受け取り、確認をすると、笑顔で俺と目を合わせる。
「……なるほどのう。ふふっ……そういうことか。全くずる賢い商人じゃのう。……まあ、今答えを出す必要もなかろう。明日の朝に改めて話でもしようではないか」
俺は安堵した。速攻でお断りの返事をもらうよりかは保留になってもらったほうが気持ちとしては楽だ。
「……わかった、それでいい」
アルメザークは書庫の外へ出ると、庭を警備していた兵士を呼びつける。
「おい、そこの守衛よ。この者たちを客室に連れて行っておくれ。客人としてもてなすのじゃ」
「はっ! かしこまりました!」




