第一話 協力関係
採掘権を手に入れてからパレッタの町に来るのは久しぶりだ。
メルルにお願いし、とある人物を紹介してもらうよう調整した。立ち並ぶ他の民家と比べて一回り大きい家がその人が住んでいる家とのことだ。召使らしき女性エルフが扉を開けると、親切に応接間に通してくれた。
応接間には年老いたエルフが杖をつきながら座っていた。
「リュウ様、こちらがパレッタの町長さんです。ニーダ様、こちら私のご主人様であるリュウ様です。商売人をそのまま人間したような冷たい人ですが、宜しくお願いいたします」
初対面への紹介でなんてこと言うのだろうか、このバカエルフは。
「あなたが新たに鉱山の採掘権を取得されたリュウ様ですか。その節は大変お世話になりました。これからは何卒宜しくお願いいたします」
「リュウ様はすごいんですよ、戦わずして鉱山の採掘権を取り戻したんですから!!」
ニーダはコクリとうなずく。
「ええ、お話はメルルから聞いております。話し合いだけで採掘権を取り戻すことが出来たとか。ありがたや、ありがたや」
「これで採掘権もパレッタの町に戻りますね! ニーダ様!」
ニーダも、メルルもテンションが上がっているようだ。
水を差すようだが、事実を伝えなければならないだろう。
「何勝手にはしゃいでいるのだ? 今のお前たちに鉱山の採掘権は渡さない。渡したとしても無償で渡すなんてことはしない。危険すぎる」
「ええ、なんでですか!! 鉱山の採掘権をパレッタの町に戻すっていう約束じゃないですか!! この、裏切り経済学者!!」
メルルは今にでも俺に噛みつきそうな勢いだ。まるで犬のようにグルル言いながら俺を睨みつけている。
「渡さないとは言っていない、タイミングが今ではない、というだけだ。あんたを含め、ここの住人は経営に関して未熟すぎる。このまま権利を委譲したとしてもすぐに潰れるのがオチだ。それでもいいなら、移譲しよう。そうだな……大金貨15枚で譲ってやろう」
「だ、大金貨15枚……!!」
ニーダは突然の大金に驚きを隠せないようで、ソファーに倒れこむ。
「リュウ様!! 何が何でも高すぎます!! 大金貨10枚だったじゃないですか!!」
「メルル君、君は経費を計算したことはないのか? 君の食費、軍基地への交通費、俺たちの宿泊費。諸々の経費を入れたうえで本の少ししか利益を上乗せしていない。非常に良心的な価格設定だと思うが?」
「そ、そんな大金払えるわけがない……!!」
想定内だ、こんなくたびれた町にそんな大金を用意できるわけがない。
俺は井戸の部品を流して儲けた分があるので、当面金に困ることはない。美術商に日本円を売った時ほど贅沢はできないが、しばらくメルルを食わせていけるほどの余裕はあるつもりだ。
だが、ボランティアをするつもりはさらさらない。
商売はしっかりしなければならない。適切な等価交換は経済活動の絶対条件だ。
「払えないなら、仕方があるまい。取引をしよう」
俺はペンと紙を取り出す。
「――俺のディールはこうだ」
俺がスラスラと書いていく契約書を、メルルとニーダは食い入るように見ている。
「俺はこれから、アニミストを使った工場を立ち上げ、そこに投資をする。その工場の立ち上げにパレッタの土地を提供してほしい。パレッタはその土地代分、所有権を持つことになる。当然俺と町で利益分配されるが、大金貨15枚分を完遂するまで、町が得るべき利益分配を全て俺に入れることを約束しろ。完遂しきり次第、鉱山の採掘権をこの町に譲ってやるし、その後の利益分配は町に入る。好きに使えばいい」
平たくいえば土地代分、工場に投資をしろということだ。大金貨15枚をポンっと出せるほどの資金力がパレッタにないのであれば、所有しているものを差し出すのが最善。
「うむ……。つまり、パレッタは土地だけ提供すればよいということかね?」
ニーダは契約書の文言を確認しながら、俺に質問をする。
「ああ、そうだ老人。老人はハンモックにでも揺られながら本でも読んでいればいい。あとは工場がでかくなって、俺への借金が完遂するのを待て。この町が金で潤う姿を見たいだろう?」
「しかし、そんな都合の良い話……」
「……老人、あんたにはさほど選択肢はないはずだ」
確かに良い条件の取引は疑ってかかった方がいい。
だから、この老人が抱える違和感はあってしかるべきだ。
だが、自分が持っているカードはしっかり把握しておかないと『実行すべきいい条件の取引』なのか、『避けるべき条件の取引』なのか判別できなくなる。
「あんたも知っているだろうが、最近周辺の町や村では『井戸』というものができた。地面を地下深くまで掘り、地下にある水を汲み上げる装置だ。アニミストの市場価値はほぼ皆無に等しい。このままではパレッタの人々が食えなくなるぞ」
「うぬぬ……」
「あんたは土地を提供するだけでリスクはほとんどないと言ってもいい。仮に失敗しても俺が工場へ投資した分の金がなくなるだけだ」
「それは……わかっているが……」
頭の硬い老人エルフめ。
エルフは最長で千年生きることもあるらしいので、このエルフも既に夕に800歳は超えているのだろう。ここまで人生経験が長いと無駄に慎重になるのかもしれないな。時代が変わるスピードに置いていかれては論外ではあるが。
「老人、工場ではパレッタの住人を優先的に雇用することを保証しよう。パレッタの住人を露頭に迷わせることはしない」
「……本当か?」
ニーダは心なしか安堵した表情を浮かべる。
「ああ、本当だ。俺は契約したことは必ず守る。それが経済と経営を重んじる人間のプライドだ。……契約書にもしっかり盛り込んでやろう」
俺は契約書に優先的にパレッタの住人を雇用することを書き記した。
「……わかった。であれば協力させてくれ」
ペンをニーダに渡し、サイン欄にサインするよう促す。
ニーダはパレッタの代表として契約書にサインをし、鉱山の採掘権を所有する事業主としてサインした。
「――商談成立だ」