第八話 イノベーションの裏側
「カンパイです!!」
ささやかな祝賀会を開きたいということで、再びパレッタの個室の酒場で食事をすることにした。普段の食事でもこの酒場は利用させてもらっているので、特段新しさはないのかもしれないが、心なしか多少値が張るものを注文することにした。
値が張ると言っても、こんな大衆酒場。相場なんてたかが知れている。ここは適当にメルルに注文させることにした。
「店員さん、注文いいですか!! えーっと、『鶏肉のから揚げ』と『ベラのほほ肉ステーキ』、『シャホイのチーズグラタン』に『ミーザメのスープ』を全部大皿でください!!」
鶏肉のから揚げしか料理のイメージがわかないのだが、異世界の料理といえばこんなものなのだろう。
早く固有名詞を覚える必要があるな。
図鑑などがあればよいのだが、いくら探しても見当たらない。
これほどまでに自分に知識がないと感じたのは生まれて初めてだ。
「かしこまりました、『鶏肉のから揚げ』、『ベラのほほ肉ステーキ』、『シャホイのチーズグラタン』と『ミーザメのスープ』を全て大皿で、ですね。ただいま準備いたします」
「ありがとうございます!!」
店員はしっかり注文を確認し、お辞儀をするとゆっくり個室のドアを閉める。
「いやー、上手くいきましたね! リュウ様!!」
「ああ、そうだな」
「まさか地面を深く掘るだけで地下水が湧き出るなんて……よく知ってましたね!!」
「変なことには無駄に頭が回るだけだ。大したことではない」
こちらとしては、この世界に井戸がないこと自体が驚きだ。
俺らの世界では紀元前から井戸を掘って活用していたというのに、この世界の文明観は極めて歪だ。魔法や魔石といったものが中途半端に発展してしまったがゆえに、それらの力でカバーしていたからなのだろう。だが、それにしても発展が遅すぎる。
科学が発展しなくても、せめて魔法が発展しそうだが、高度な魔法を使っている魔法使いにも出会ったことがない。
俺も職人ではないし、実際に井戸を作ったことはないので、あくまでも本で読んだことがある簡易的なものを設置したに過ぎない。それでこれほどまでに市場を変えてしまうとは……。
自分でも驚いているぐらいだ。
何を隠そうこの異世界には学校もなければ、研究開発の機関もない。 ろくな本も市場に出回っていないとなると、このような発展の速度はある意味自明……か。
「はあ……今ならあの天使言うこともわかる気がするな……」
「え、て、天使? ど、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。ただの独り言だ」
「ふう……。そうですか」
もうこの異世界に来てまだ4か月ほどだが、人生をやり切った感じがする。
こんなに時間の流れが遅く感じた4か月間は始めてだ。
「でもよくこんなに早く鉱山の価格を下げられましたね……。どうしてなんですか?」
「ああ、それか。まあ……、君の頑張りのおかげだな」
「ええ!? わ、私……ですか? えへへ!!」
あまり期待していなかったが、メルルの働きは予想以上だった。
さほど頭は良くないが、しっかり指示をすればしっかり動いてくれる。基礎的ではあるが生産魔法も使えるので、俺が絵で図面を描けば彼女も同じように『クリエイト』することが出来たのも大きい。
井戸に必要な滑車も、石棚も、屋根も、ほぼ彼女がクリエイトして作ったものだ。
俺が全集中力を投資して魔法を使うよりも、多少魔法適性が高いエルフのメルルにやってもらったほうが圧倒的に効率的だ。
奴隷で檻の中にいたとき、隅っこにちょこんと座っていた過去を知っている俺としては今でもにわかに信じがたいが、元の性格が底なしに明るいので、色々な人から好かれるというのも俺にはない才能である。
機動力に関しては俺よりも圧倒的にビジネスしていると言ってもよい。
「革新的な発明が起きれば、市場は壊滅し、社会はより進化する。井戸水もそうだ。今まで人々はアニミストを買うしか水を得る方法がなかった。だが、今は町のいたるところに井戸があるから、少し歩けば無料で水を得ることが出来る。家の中に井戸を作ればもう家から出る必要すらないかもしれない」
「そうですね、みんな地面から水がわいてきて凄く驚いてましたね! 『まさか地面から土以外のものが出てくるなんて!!』って。私もみんなのリアクションを見て笑っちゃいました!! はっはっは!!」
メルルはその時の人々のリアクションを思い出したのか、腹を抱えて笑っている。
正直3か月で間に合ったのは彼女の動きがあったからというのが大きい。
井戸の設置に興味がある商人を様々な町からかき集め、井戸の部品を流通させ、各地の設置工事の確認に走り回った。相手は軍隊で、武力で阻止されることを懸念していたが、メルルが隠密に動いてくれたおかげか裏に我々がいることは最後までバレることはなかった。
彼ら自身が自分の商品を過大評価していたというミスにも助けられた。どんなに顧客に浸透していようと、必要とされていようと、革新はいつか必ず起き、商品の寿命はやってくる。それは例外なく、絶対である。
「……君は意外とビジネスの才能があるのかもしれないな、バカだが」
「バカとは何ですか!!」
メルルは立ち上がり、眉間にしわを寄せて前のめりになる。
「ふん!! 仕返しにもっと頼んじゃいます!! 店員さーん!!」
「食べ物が全てなくなっている!? 『シャホイのチーズグラタン』とやらをまだ食べていないというのに……。フードファイターなのか君は?」
「食べてないのであれば、頼んじゃいましょう!! 『シャホイのチーズグラタン』をお代わりと、『ミサンヌとマーマー鳥のサラダ』、あと『タタ豚のとんこつラーメン』行きましょう!!」
「もはや何を頼んでいるのかさっぱりイメージが沸かないな……」
相変わらず食費がかさんでかさんでしょうがないが、最悪ライ麦パンでも満足してくれるので、考えようによっては省エネかもしれない。ただし、一緒の食事をするので、彼女がライ麦パンを食べるということは俺もライ麦パンを食うことになる。
段ボールパンは二度と食べたくない。精神衛生上極めて害だ。注文した料理がテーブルに置かれるとメルルは再び一心不乱に胃袋に突っ込んでいく。
どうやら俺の箸が出る幕は、またまたなさそうだ。
「はあ、メルル君、これで仕事が終わったと思っていないか」
「ほえ?」
「……とりあえず麺をすすれ」
「ほい……、ズズズズッ!!」
メルルはきょとんとした表情を見せる。
「このままだとパレッタの町は無価値同然の鉱山を手に入れることになる。今まで鉱山で仕事をしていた人は仕事をなくすことになるぞ。お前が望めばここで俺は君との約束を果たしたことにしてもよいが、どうする? もちろん報酬は頂くがな」
「そ、それもそうです!! だ、ダメ!! 絶対にダメです!! しっかりパレッタの町を最後まで面倒見てください!! で、でも、どうすれば! どうすればよいのでしょう、リュウ様!?」
「……落ち着け、メルル。焦らずとも方法は一つしかない」
「一つ?」
アニミストだけでは利益が取れない。それでも、パレッタの町の人々の雇用を維持するためにはどうすればいいか。方法は一つしかない。
「――第二次産業への発展だ」