第三章21 魔術女王④
「クソっ、あのバカ――」
『バカって……ジャックのこと?』
悪態を吐きながら走る俺に、ファムが問いかけてきた。
大正解だ。
「そうだよ! あの野郎、涼しい顔して自分の感情を優先させやがって……」
『どういうこと? っていうか、こっち来てよかったの?』
「こっち」というのは、俺がジャックたちを追いかけてきたことについてだろう。
「しょうがねぇだろ。そりゃリズを見てたいけど、俺にできることがあるとすりゃこっちだ。っていうか、ホントはギデオンがこっちに来るべきなんだよ!」
アイツが来れば、『楔』を斬って目的達成だったのに。
それに、感知の二人組が抜けたら雷撃を事前に知る術がない。
『たしかに! なんでジャックは……』
「んなもん、決まってんだろ」
俺にだってよくわかる。ジャックの気持ちくらい。
でも、だからこそ。
「アイツはそろそろ理解するべきだ。……俺と違って、受け入れにくいのも分かるけどよ」
なんて、愚痴なのか説教なのか分からない戯言を吐いてる間に。
「いた!」
俺は二人を――いや、三人に見つけた。
すでにサニアの分身と交戦している。
場所は一階の大広間。
分身がぶち破って入ってきたのだろう、壁に大きな穴が開いていた。
分身と相対してるのはジャック。
フランのほうは、来た時は素通りした扉を睨んで難しい顔をしている。
「『シアー・セピア』!」
土の槍で雷獣を迎撃するジャック。
っていうか、分身もやっぱり本物と変わらない魔術が使えんのか。
多少攻撃の勢いは弱く感じるけど、マジでサニアが二人いるのと変わんねぇ。
「本当に変わんねぇのか――これで試してやるよ!」
サニアのもとまで走って辿り着いた俺。
本体が斬れないのはわかってる。
でも、魔術で生み出された分身なら?
振り抜いたファムの刃が、分身の首を捉え――
『ごめん、やっぱりダメっぽい!』
「マジかよ! クソ、これじゃこっちでも大差ねぇな……!」
斬れませんでした。
悪魔の加護は、分身にもしっかり行き届いているらしい。クソったれ。
『どうする? 戻る?』
「いや……戻る時間ももったいねぇ。どっちにしろマナの供給を止めなきゃ勝ち目はねぇんだ。フランを送り届けるのが最優先!」
それに――何となく、今はこっちを見守ったほうがいい気がする。
「つっても、現状本当に見守るくらいしかできねぇけど……」
ジャックはよくやっている。
一人でサニアの攻撃を凌ぎ、フランが集中する時間を作っているらしい。
大方、扉に封印でもかけられてるんだろう。
「――解除できた! ジャック!」
「ああ!」
やっぱり。
二人は開いた扉に飛び込んだ。
サニアは空中を滑るように移動し、その後を追う。俺はそのさらに後。
だってみんな速いんだ。ズルい。
飛び込んだ先は下り階段。
幅は2ダリーほどで、その中でも攻防は続く。
「ちっ、ちょこまかとよくやる……」
「迎撃は得意でね。そっちは、さっきより火力が落ちてるんじゃない?」
雷の鳥やら獣やら、あるいは単純な電撃やらを、ジャックは走りながらも防ぎ続けていた。
拳聖の『敵意察知』のお陰で、防御に守ったジャックを打ち崩すのは容易ではない。
「ほう? 刺激が足りないならくれてやろう」
あーもう、だからって煽っちゃダメだろジャック。
サニアは少し間を置いた後、強力な電撃を放った。
しかもそれは二手に分かれ、ジャックを左右から挟むように襲いかかる。
「乗ってくれてありがとう」
が、ジャックはそこまで見越していたようだ。
一瞬で方向転換し、電撃の隙間を縫って一気にサニアの目の前に移動する。
「はぁっ!」
ジャックの右拳が唸る。
が、それは現れた雷の壁に阻まれた。
即座に身を引き、ジャックは再びフランの後ろについて走り出す。
「さすがにそう簡単には行かないか……魔術の反応速度が速すぎる」
「魔法でできるような児戯なら、息をするより容易い。貴様らが相手にしているのは、この世で最もマナを操ることに長けた者と心得よ」
そう言って、杖を地面に振り下ろす。
「! フラン、飛ぶよ!」
ジャックの反応は速かった。
フランを脇に抱えて跳躍、そのまま風の魔法を操って空中を飛び跳ねて進む。
地面には、サニアの電流がしばらく持続していた。
「さて、避ける場所はないが?」
サニアが再び強力な電撃を放つ。
通路を埋め尽くす一撃だ。
「フラン、頼む!」
「『ハーデント・ロウル』!」
が、そこはフランが防いだ。
生み出された雷の壁が、サニアの電撃とぶつかって嘶く。
サニアの攻勢を防ぎきり、着地した二人は――
「――あそこです! あの扉の向こうに『楔』があります!」
どうやら、目的地まで辿り着いたらしい。
階段を下りきって通路の先、小さな扉が見えた。
「『シデムリバス』!」
解除魔術を唱え、扉を開くフラン。
その向こうにチラと見えたのは、確かに『楔』だった。
そしてその上に、何やら複雑な文様が張り巡らされている。
それがマナの供給をしている術式なんだろう。
コイツを解除すれば。
フランはそれを一瞥して、
「ごめん、これの解除は時間が掛かりそう。時間稼ぎ、お願いできる?」
どうやら、ここが踏ん張りどころだ。
ここさえ乗り切れば、戦況は大きく動く。
「「もちろん!」」
ジャックへの言葉だっただろうが、思わず俺を返事してしまった。
まぁ、気合いの一声だ。
「『シアー・ロウル』」
と、ジャックの静かな詠唱。
生み出された土壁は、扉を守るように覆い隠す。
そしてサニアを睨み、一声。
「さて。ここは絶対に通さないよ」
対するサニアが返したのは、冷ややかな笑みと実力行使。
通路を埋め尽くす雷の魔術が、ジャックに向けて放たれていた。
フランがいない今、ジャックはその火力に対し――
「『レファイ・ディウン』!」
詠唱と共に、両方の拳を突き出した。
一瞬見えたのは、左右の拳がそれぞれ炎と風を纏っているところだった。
引き起こされたのは――爆発だ。
魔法による爆発はサニアの雷とぶつかり合い、その勢いを殺してみせた。
「炎と風の魔法をぶつけ、爆発を生む――か」
「ご名答。実は僕、魔法もそれなりに得意なんだ。生まれつき属性に恵まれててね」
魔法と拳闘の合わせ技がジャックの戦い方だ。
今までも複数の属性を使っているのは見ていたが――それを同時に使って、さらに効果を上げるとは。
どうやら、これがジャックの本気。
「ふん。その小手先の戦いでどこまでできるのか、見ものね」
「うん、まぁこれで勝てるとは思ってないさ。
でも、見物料はいただくよ。君の大事な時間をね」
「あら。すぐに店じまいにならなければいいけど」
軽口を叩きつつ、緊張感が高まっていくのが分かる。
「行くぞ!」
二人の声が同時に響き、魔法と魔術が炸裂した。




