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第三章6 悪辣な的①

 薄暗い船室。重苦しい空気の中心、椅子に座らされているのは一人の船員だ。


「答えろ。貴様はネラジムの密偵か?」


 先輩の冷たい声が響く。

 問われた船員は、ごくりと唾を飲み込んだ。


「……ち、違う」


 どもりながら答える船員。

 その頬を汗が一筋伝う。

 先輩が目を細めて睨みつけると、彼は目を泳がせた。


 その先にいたのはギデオンで、脅すように剣をカチャリと鳴らす。

 船員の目が釘づけになり、唇が震えるのが見えた。


 船員を挟むようにギデオンとフランが陣取り、背後の壁際では船長たち幹部陣が腕を組んでいる。


 天命の戦士二人と、上司三人。

 彼らに囲まれる船員は生きた心地がしないだろう。


「……ふむ」


 と、船員を正面から凝視していた先輩が口を開いた。

 船員は再び先輩に視線を戻し、再びごくりとやる。


「コイツは白だな。次だ」


 ほぅ、と場の空気が緩んだ。


「すまんな。次の奴を呼んできてもらえるか」


 サムに呼びかけられ、船員は「いえ、承知致しました」と柔らかく答える。

 扉の前で全員に敬礼を残すと、船員は部屋を出て行った。


「あーもう、こっちまで緊張するわ! あと何人やんだコレ!?」


 ギデオンが喚くと、サムが淡々と答えた。


「今十人目ですから、あと二十一人ですな」

「マジかよ……なぁ、コレ俺要る? 慣れてねぇんだよ、こういう空気」


 ギデオンはそれはもうげんなりした顔だ。

 恨めしそうな視線の先、しかし先輩は涼しい顔で答える。


「何を言っている。一度引き受けた仕事だろう」

「いや、そうだけどよ……」

「そもそも、私の護衛は君たち天命の戦士の任務でもある」

「いや、それは聞いたことねぇぞ!?」


 バーテインにとって先輩は重要人物。

 ギデオンたちについてきた理由の一つは、「彼らに守ってもらえばむしろ安全」という言い訳による。


 俺が適当に言ったヤツだけど。


「相手が何を隠しているか分からない以上、最高戦力をぶつけるとしたものだろう。君が適任だと思うよ、ギデオン」

「……んだよ、仕方ねぇなぁ」


 早々にギデオンの性格を見抜いたであろうエドが、そう言って宥めすかす。

 答えるギデオンは言葉と裏腹に口の端がにやけていた。


 なんというかもう、


「最高にチョロいな」

『チョロいねー』


 チョロすぎて俺でも攻略できそうだ。別にしたかないけど。


「ま、身体検査よか楽だ。せっかくマリーのお陰で早く済むんだ、文句は言えねぇ。だろ?」


 船長の言葉はもっともで、ギデオンも「まぁな」と肩を竦める。


「仕方ねぇ。よっしゃ、次来い次!」


 頬をパチンと張り、気合の一声。

 コンコンと扉をノックする音が、次の来客を知らせている。 


 一言も喋らなかったフランは、不安そうな顔で扉を見つめていた。


****************


 船員の中に、おそらくネラジムの密偵がいる。


 その事実が明らかになり、さてどうするかという議論になった。

 面子はいつもの、船の幹部陣に天命の戦士と先輩だ。


 最初は身体検査をするという話になりかけたんだが、


「尋問でよかろう。私の天与は嘘を見破れる」


 と、先輩がいきなり新事実をぶち込んできたのであった。


「はぁ? アンタの天与は魂を見ることじゃなかったの?」


 低い声で問い質したのはリズだ。


「その副次的効果でな。嘘を吐いた人間は、そういう魂の色をしているのだよ」

「そんな胡散臭い話を信じろって? 私たち全員の命がかかってるのに」

「私が嘘を吐く理由がどこにある」

「さぁね、実はアンタが密偵なんじゃないの?」


 言い争い――というより、一方的に言いがかりをつけるリズを、ジャックが「その辺にしといたら」と窘めた。

 個人的な感情から突っかかっているだけなのは明らかだ。


 リズは不満げながらもぐっと黙り込んだ。


「……ただ、リズの言うとおり間違ってたら大変だ。見落とせばあの雷がまた襲ってくるし、間違ってたら失礼じゃすまない」

「ふむ、いいだろう。では、誰か適当に嘘か本当かわからないことを言ってみたまえ」


 話を元に戻したジャックに、先輩はそう提案する。

 それに答えたのは船長だった。


「実はな、エドは九歳まで寝小便が直らなかったんだぜ」

「おいジョージ!?」


 いや、勝手に人の恥を晒してあげるなよ船長。


 ジャックが吹き出し、ギデオンが「あっはっはマジかよエドさん!」と大笑いする。

 フランも申し訳なさそうに笑い――リズもちょっと頬を緩めた。


『もしかして、和ませようとしてくれたのかな』

「かもな。ああ見えてあの人船長だし」


 そんな盛り上がりを他所に、先輩が淡々と答えた。


「嘘だな」

「当たりだ。本当は十歳までだ」

「おいジョージィ!」


 怒鳴るエドだが、「本当だ」とまたも淡々と告げた先輩に諦めてため息を吐く。


「ああもう、いいだろう。

 ただし、俺とジョージ、サムは立ち会わせてもらう。船員を一人ずつ順番に呼んで尋問。それでどうだ?」


 エドが提案し、先輩は「問題ない」と答える。そして言い添えるに、


「ただ、犯人が抵抗したときのために護衛は必要だ。

 ギデオン、フラン。頼めるか?」

「おう、いいぜ」


 ギデオンは軽い調子で答える。

 後にさっきの文句を垂れるから安請け合いもほどほどにしろという話だが。


 フランのほうは、「わ、私が護衛ですか……?」と戸惑いを浮かべていた。


「狭い室内での護衛なら、フランより僕の方が向いてると思うけど……」

「フランは感知役だ。君は雷撃への警戒をするべきだろう?」


 ジャックが割って入るが、先輩の言うことがもっともだ。

 次の雷撃がいつかわからない以上、警戒を続けなければならない。


「……そうだね、わかった。僕とリズは甲板で、いつでも雷撃を防げる体制を取っておくよ」


 少し考えたものの、ジャックもそれを受け入れる。

 そんなわけで、先輩を軸とした尋問は開始されたのだった。


****************


「違います」

「……白だな」


 先輩の審判が下り、また一人船員が解放された。


 ここまで全員が白。

 順調と言うべきか否か。


 否、だろう。なにせ――


「……今ので最後の一人でしたが」


 サムがそう告げた。


 船を襲った謎の雷撃。その原理。

 船の位置がわかる『的』を持ち、手引きした密偵がいるはずだ――


「その予想は外れ……ってことか?」


 船員は全員、先輩の問に否定で答えた。

 嘘を吐いた奴はいなかった。


「……いいや」


 先輩が否定の言葉を口にする。

 それは俺に向けてだったのか、あるいは――いや、どちらでも意味はいっしょだ。


「まだ尋問していない人間がいるだろう? 三人も・・・な」


 そう、まだ終わっていない。


「船長、エドワード、サミュエル。三人の尋問がまだだ」

「……それは、本気で言っているのかな?」


 先輩の宣告に、エドが幾分冷えた声でそう言った。


 まぁ、自分が疑われたらそんな態度にもなる。

 昨日の宴でギデオンたちとも打ち解けた分、思うところもあるだろう。


「本気も何も、ただの事実だ」


 もちろん、先輩がそんなことを気遣うわけないんだけど。


「おいおい、俺たちまで疑ってんのかよ」

「当たり前だ。むしろ自分たちが疑われないと思っていることが信じられないな」

「この船は、俺たちが指示を出して動かしてるけど?」

「だから?」


 船長とエドの反駁を、ばっさりと切って捨てる。

 なおも口を開こうとした二人に、


「いや、もういい。一分で終わることをごねるんじゃない」


 有無を言わさぬ声でそう告げた。


 まぁ、間違っちゃいない。密偵じゃないなら、「いいえ」と答えれば済む話だ。

 心情さえ置けば、身の潔白を手っ取り早く証明できるのだから。


「船長、あなたはネラジムの密偵か?」

「そんなわけねぇだろうが」


 噛みつくように答えた船長を、先輩がじっと睨みつける。


「では、参謀殿。あなたがネラジムの密偵か」


 何も言わずにその視線を移し、続いてエドに問いかける。


「違う」


 短く答えたエド。

 先輩の視線が、何かを見透かすように注がれる。


 そして――


「兵士長。あなたは、ネラジムの密偵か?」


 兵士長、サムはすぐには答えなかった。

 先輩と真っ向睨み合い、口を真一文字に引き結んだままだ。


「おいサム、さっさと答えろ。癪だけどよ、否定すりゃそれで終わりだ」

「そうだサム。こんな茶番はさっさと終わらせるに限る」


 船長とエドが呼びかける。

 ようやく口を開いたサムは、先輩ではなく二人に答えた。


「……ええ、そうですね。否定すれば、それで終わりです」


 ふっと、口の端を吊り上げて。

 その笑みに込められた思いは、俺には計り知れない。


「もう一度問おう。兵士長サミュエル。あなたがネラジムの密偵か?」


 そして先輩がもう一度、問を振りかざした。

 サムは表情を引き締め、先輩の目をまっすぐ見据えると。


「違う」


 一言、そう答えた。


 先輩の視線がサムを突き刺す。

 魂を見るその目には、一体どんな世界が見えているんだろうか。


 時間にして僅か数秒。けれど、あまりに長い数秒だ。

 誰かが唾をごくりと飲み込む音が聞こえた。


 ――そして。


「……黒」


 ギデオンが、即座に剣を抜いた。


 他の誰もが身を固くする中、その切っ先はサムの喉元に突き付けられる。

 その後で、先輩が再び口を開いた。


「彼が、ネラジムの密偵だ」


 間違いなく、疑いようもなく。

 先輩の目が、サムの魂を見つめていた。

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