第二章26 剣の戦い①
大広間の扉を抜けた先には、魔族は一人もいなかった。
ベリトは文字どおり、バアルまでの最後の番人だったのだろう。
城の最奥を目指して歩く俺たちは、玉座の間に続く長い階段を上る。
そこを上りきると、歴史を感じさせるこげ茶色の木の扉に出迎えられた。
「フラン、今度はどう?」
「マナは一人分だけです。罠もなさそうですし、奥から動く気配がありません」
「やっぱりか。敵意も、なんだかベリトと比べると弱いと言うか……柔らかい、って言えばいいのかな。とにかく、不意打ちをされそうな感じはないよ」
「……開けるぞ」
リズ、フラン、ジャックのやり取りを聞いた後、ギデオンは扉をゆっくりと押し開けた。
「おう、来たか。……ベリトは、やられちまったんだな」
低く粗野だが、どこか人間味のある声が俺たちを出迎える。
玉座の間はそれなりに広く、大広間の半分ほどの大きさだった。
天窓に色とりどりのガラスが嵌め込まれ、そこから射し込む光が白亜の部屋を美しく照らし出している。
その奥、床や壁と同じ素材で出来た真っ白な玉座。
そこに不遜な態度で座る、ソイツこそ。
「一応、自己紹介をしておこうか。俺の名はバアル。ネラジム王国が四天王の一人だ」
こげ茶色のボサボサな髪に無精ひげ。
ゴツく彫の深い顔を斜めに横断する大きな傷跡。
体格は魔族として標準的ながら、身に纏う威圧感は他と比べ物にならない。
脱力した様子で腰掛けているのに、隙が微塵も感じられない。
そして、玉座に立てかけられている剣。
何の変哲もない両手剣だが、鞘が若干くたびれていて、長年愛用してきたことが窺える。
佇まいと併せて考えれば、彼が一廉の剣士だということが嫌でもわかった。
「お前たちと戦うことは望んでいたが……ベリトがやられちまったのは悲しいな。オレブやその部下たちも。俺なんかのために、アイツらは立派に働いてくれた」
バアルは天を仰ぎ、物憂げな表情を浮かべる。
その様子を見たギデオンは、無表情に剣を抜いた。
「さあ、早く剣を取れよ」
切っ先を向け低い声で迫るギデオンに、バアルはしかし焦る様子もない。
「まぁ少し待て。黙祷くらいはさせてくれよ――よければ、お前たちもそうしてくれ。敵とは言え――」
部下を思い、仲間の死を悼む言葉。
それは、途中で遮られた。
「ふざけるな……!」
「ギデオン!」
ギデオンが唐突に、彼に斬りかかったからだ。
ジャックの制止の声を完全に無視して。
憤怒の表情を浮かべるギデオン。
対照的に、バアルは変わらない物憂げな表情で、その攻撃を受け止めていた。
――いつの間にか抜いていた剣で、しっかりと。
いや、どんな反応してんだ。速すぎる。
「なんだ、情緒のねぇ野郎だな」
「うるせぇ、俺はてめぇを殺しに来たんだ……!」
「ま、敵に情緒を求めるのも筋違いってもんか……いいぜ、やってやるよ」
そしてバアルは、剣をそのまま振り抜いた。
ギデオンが飛び退き、バアルが立ち上がって構える。
やはり隙は全くなく、一目で彼の力量が見て取れた。
「らぁっ!」
ギデオンが雄叫びと共に斬りかかる。
右足を踏み込みつつ、右上から袈裟切り。
バアルは剣を左に構え受け止める。
ギデオンはすぐに剣を引き、今度は右から真横に薙いだ。
バアルは手首を返し、刀身を下に向けてもう一度受け止めてみせる。
そのまま、即座に剣を振り上げる。
ギデオンの剣を撥ね上げ、流れるように袈裟切り。
ギデオンは右足を引きながら、盾でそれを受け止めた。
続いて鋭く突きを繰り出す。
左半身を引くように身を捻り躱すバアル。
そして一転、右足を踏み込みながら、左から右へ大きく剣を薙いだ。
体重の乗った一撃。
ギデオンは辛うじてそれを盾で受ける。
が、不安定な体勢のせいで踏ん張りが利かず、そのまま大きく後ろへ吹き飛ばされた。
「くっ……」
「そら、休ませねぇぜ?」
地を滑りながら着地したギデオンに、即座にバアルの追い打ちが掛かる。
駆けて来た勢いそのままに繰り出された刺突。ギデオンは盾で受け流すも逸らしきれず、左肩をバアルの剣が掠めていく。
「っの……!」
反撃に出ようとするギデオンだが――それは叶わない。
「かっ……」
バアルが振り上げた右脚が、ギデオンの鳩尾を強かに捉えたのだ。
体を浮かされたギデオンに、バアルの容赦ない斬撃が襲いかかる。
右から横薙ぎに振りきられる剣。
ギデオンはなんとか盾を持ち上げ、直撃を防ぐことに成功した。
しかし空中に浮いた体は、当然大きく吹き飛ばされる。
砲弾のように飛び出したギデオンの体は、玉座の間の壁に激しく叩きつけられた。
バアルの視線はしっかりとギデオンを追う。
追撃をかけるべく飛び出そうとしたところで――
「『ディウン』!」
ジャックがバアル目がけて、風の塊を放った。
が、バアルはそれを横目で見ると、剣をさらりと一振りする。
「な……魔法を斬った!?」
驚きの声を上げるジャックを他所に、バアルはギデオンに向けて駆け出した。
「『プリクトーション』!」
次に動いたのはリズで、バアルの行く手に光の防壁を作り出す。
しかしそれも、
「邪魔だぜ」
バアルの振るう剣により一刀両断され、そこから崩れるように霧散した。
当たり前のように魔法を斬るバアル。
ギデオンもやっていたが、あれは彼の天命によるものだ。
奴が天命を持っているはずがない。となれば――
「ジャック、跳んで!」
と、唐突にフランの声が響く。
ジャックは何も言わずに応え、バアルに向かって大きく跳躍した。
そして、フランは杖を床に向けると一言詠唱する。
「『モンシーブ』!」
「これは……!」
すると、バアルの足が突然止まった。
ただ立ち止まったのではなく、足が床に張り付いたかのように。
そこへ、跳び上がっていたジャックが上から襲いかかる。
「はぁっ!」
落下の勢いを乗せたジャックの拳。
バアルは首だけ振り返り、剣を体の後ろに回して受け止めた。
「『レファイ』!」
「けっ」
着地し、そのまま間近で炎を放つジャック。
しかし、バアルは剣を手首で僅かに振っただけで、その攻撃を掻き消してしまった。
そして剣を逆手にくるりと持ち替え、後ろに向けて突き出した。
「なっ――くっ!」
ジャックは首を傾けて躱すが、頬を僅かに切っ先が掠めた。
「ほー、今のを躱すか」
バアルは感心したような声を上げると、逆手に持ったままの剣を床に突き立てた。
甲高い金属音と、物を突き刺す低い音が同時に木霊し――
「おっと、動くなよ?」
バアルはすぐさま剣を引き抜くと、ジャックに向き直り、その喉元に剣を突きつけた。
床に張り付いていたはずの足は、いつの間にか解放されていた。
ジャックは身を固め、成す術無くじろりとバアルを睨み付ける。
「――今のはベリトの魔術か。随分面白い能力を持っているようだな、嬢ちゃん?」
バアルに視線を向けられ、びくりと身を震わせるフラン。
リズはバアルに警戒の目を向けつつ、フランをかばうように腕を差し出す。
「そ……そっちは、マナを散らす術式ですね……?」
「ああ、そうだとも」
恐る恐る声を返すフランに、ベリトはニヤリと笑って答える。
フランは『賢者』の力でベリトの『結合』の魔術を再現し、それを床にかけてバアルの足を止めていたらしい。
しかし今、バアルの足は解放されている。ここまでの現象と併せて考えれば――
「『斬魔刀』。魔法やら魔術やらをぶった斬って、マナにして散らすってだけの単純な魔術さ。ベリトやオレブの足元にも及ばねぇよ」
バアルの説明は、およそ予想どおりのものだった。
確かに単純だが、それ故に仕組みがわかったところで対処のしようがないものだ。
「クソが……」
その間に、ギデオンが頭を振りながら起き上がってきた。
「ギデオン! 無事かい?」
「このバカ、金トゲ空頭! 慎重にって言ったでしょ!?」
心配するジャックと、独断専行を責めるリズ。
「ああ、悪い」
そう返すギデオンだが、歯を食いしばる表情に反省の色は見えない。
そこから読み取れるのは、苛立ちと憎しみだけだ。
「けっ、魔法を斬るだって? それくらい俺でもできるってんだよ!」
吐き捨てつつ、ギデオンはまっすぐ駆け出して斬りかかる。
バアルが向き直りその攻撃を受け止めると、
「『ディウン』!」
切っ先を外されたジャックが戦闘に加わった。
バアルは一振りで、ギデオンの剣とジャックの魔法を振り払う。
続いてギデオンたちが左右から同時に襲いかかるが、後ろに跳び退って躱された。
「『ジフ・ハーデント』!」
そこへ、フランの極大の雷が放たれる。
目も眩む雷光は、一直線に駆け抜け――
「無駄だって言ってんだろ?」
バアルが剣を縦に大きく振るう。
それだけで、強力なフランの上級魔法すらあっさりと掻き消えた。
魔法も魔術も効かない。
近接戦ではギデオンを吹き飛ばし、ジャックと二人がかりでも軽くあしらわれるほどの実力。
――正に、化物。
「これが、四天王……!」
その圧倒的な存在に、俺は思わずそう零した。




