第一章4 幽霊になりました④
というわけで、幽霊になったらしい俺。
今は俺自身の葬儀を見ている真っ最中。
あぁ本当に死んだんだなぁと、それだけは受け入れざるを得ない。
「でも、幽霊って……俺、自分の人生にそんな未練ねぇよ」
ぼっちの寂しい奴だった俺が、この世に未練などあるはずもなく。
死後の世界に期待を賭けてたまである。
『もう、そんなこと言わないの』
優しく叱るように話しかけてくるのは、『ファム・ファタール』ことファム。
剣だ。
「はは、剣に叱られた人類なんて、俺が初めてだろうな」
ないわー。
剣が喋るとかないわー。
しかも可愛い女の子の声で。
さすがにそこまで痛々しい奴になった覚えはない。
『もう、そうやってすぐ誤魔化す。ほら、見て』
しかし、ファムの声は変わらず俺の頭に響く。
その言に顔を上げれば、
『イオンが死んじゃったことを悲しんでくれる人が、こーんなに……こんなに……こんな……』
ファムの声が途中で尻すぼみになる。さもありなん。
「ああ、こんなもんだろうな」
神父の祈りの声を聞く参列者は、父と学校の先生の二人きり。
家族くらいは全員揃うかとも思ったが、日頃の関係性から言えば妥当だ。
先生も来たかったわけではなく、俺が学校行事の最中に死んだから仕方なくだろう。
思いっきり欠伸してるし。
『ごめん、今の忘れて……私が無神経だった……』
「その発言もけっこう無神経だけどな。ってか剣って神経通ってんの?」
『たしかに! 生まれながらの無神経でした!』
さいですか。
『でも、私悔しいよ! そりゃ、イオンは影薄いし性格ねじ曲がってるしいつも目が死んでるけど……!』
「おいこら」
事実を言うのは止めなさい。これでもちょっと傷つく。
『でも……良いところだって、いっぱいあるのに!』
なんて言っているファムは、曰く『俺の事は何でも知ってる』らしい。
俺が『魔剣ファム・ファタール』を与えられたのは、もう十年も前のことだ。ずっと意識があったなら、そりゃ色々と知ってるだろう。
その彼女――でいいんだろうか――にそう言われると、むず痒い。
褒められるなんて、記憶にないほど久しぶりだったから。
『ねえ、あの先生また欠伸してるんだけど! 斬っちゃわない!?』
「斬っちゃわないよ。親父に疑いが向けられたらどうすんだ」
続く言葉が物騒すぎて台無しだった。
人を斬るという選択肢があっさり出るなんて危ない奴――いや、コイツ剣か。なら仕方ないか。
仕方ないか?
しかも『むー』とか言ってるから、割とマジで言ってるっぽい。
うん、マジでやめて。
「……にしても、自分で自分の葬儀を見る羽目になるなんてな。すっげぇ変な気分」
呆れながら、俺は話題を変える。
『そう?』
「そりゃそうだろ。まあ、変な気分って言ったら幽霊になった時からだけど――」
自分を客観的に見るというのは、やっぱり変な気分だ。
目の前の棺には、俺の体が横たわっている。
ついでに言えば、その手にもファム――魔剣ファム・ファタールが握られていて。
どうなってんの? とファムに聞いたら、『私も幽霊になってるから』と言われた。剣の幽霊とはこれ如何に。
さて、俺の体のほうだが。
眠っているみたいとはよく言ったもので、あれだけ悲惨な死に方をしたのにパッと見は綺麗なものである。
これが死化粧ってやつか。生前より生気あんじゃね?
ファムの言うとおり、普段から目は死んでたし。ただ、
「勝手に化粧されたり、似合わない花で包まれたり、冷たい聖水ぶっ掛けられたり。……死者から見た葬儀って、結構ひどくね?」
『うーん、このひねくれ具合……死んでも治らなかったかー』
「おう、そうだな」
親父が俺の体に聖水を浴びせる様子を見ながら、そんなやり取り。
まあ、『馬鹿は死んでも治らない』って言うが。誰が馬鹿だ。
そもそも、普通は死んだらそこで終わりなわけで。
「結局、俺ってなんで幽霊になったわけ?」
『あ、まだ言ってなかったっけ。それはねー……』
親父の次に先生が聖水を受け取るのを見ながら、ずっと気になっていたことを訊ねた。
いや、先生掛け方雑すぎない?
せめて手元見ろよ。俺、仮にも死者ぞ? 化けて出てやるぞコラ。
いや、もう化けて出てたわちくしょう。
マジでファムの錆にしてやろうか――
『――イオンの”天与”のおかげだよ』
「……は?」
続けられたファムの言葉に、俺は下らない文句を思い浮かべるのをやめた。
いや、完全に思考が停止した。
『だからね、イオンの“天与”は“幽霊化”だった、っていうことなんだよ』
繰り返された言葉が、ゆっくりと頭に染み渡る。
「はああぁぁぁぁ!?」
思わず俺は叫び、そして愕然とした。
『天与』。
それは、俺が欲しくて欲しくて、喉から手を出したうえでもう一本そこから手を生やしてでも欲しかったもので。
それでいて、絶対に手に入らないと思っていたものだった。
「なん、だそれ……」
それを実は持っていた、と。
しかもそれが、死んでからでないと効力を発揮しないクソ能力だった、と。
『あと、イオンが幽霊なのに魔族を攻撃できたのは、私の能力のおかげだよ。私の能力、”幽霊にも使える”って能力だから』
「はぁ!?」
俺が絶望している間に、ファムはさらに衝撃の事実を告げてくる。
長年の謎だった、魔剣ファム・ファタールの能力。
今になって判明したそれは余りにも俺に都合が良すぎて、作為しか感じない。
『それと』
「いやまだあんのかよ!」
もうお腹いっぱいなんだけど。
これ以上詰め込まれると、もう一回お腹裂けそうなんですけど?
『イオンがあの世に逝くには条件があって――』
「はあぁ? 条件ん?」
なんだそりゃ。あの世に逝くのは全人類共通の真理では?
死んだら永い眠りについて、最後の審判で目を覚ます。
そこから天国か地獄か振り分けられるってのが常識だ。
いや、俺すでに常識からは外れまくってたわ。
永い眠りについてもいないし、存在しないはずの幽霊になっている。
そして、実際あの世に逝く方法は皆目見当がつかない。
「何だよ、その条件って」
ならファムの言うことを信じるしかない。
そう思って問いかけて――そのことを、死ぬほど後悔した。
うん、と軽い調子でファムが答えた内容は。
『イオンはね、魔王を倒すまであの世に逝けません!』
魔王。魔族を統べる王。
力こそ全ての魔族において、当然の如く一番強い。
それを倒せと。
つい先日、一般通過魔族に殺された俺が。
本当に聞かなきゃよかったと、死ぬほど後悔して――
「いやふざけんなあああぁぁぁぁぁぁ!」
再び響いた俺の叫びは、やはり誰にも届かないようだった。
――そっか。そう言えば俺、もう死んでたわ。