第二章6 恐怖と勇気①
土を踏みしめ靴音を鳴らしながら、ギデオンがゆっくりと歩いていく。
行く手には、薄い灰色の石材で出来た大きな門。
黒い鉄の門扉は開いているが、代わりに通行者の行く手を阻む門番が待ち構えていた。
「おい貴様、止まれ! 何者だ!」
鎧を身に着け、槍を構えた魔族が二人。
その警戒の視線を一身に受け、しかしギデオンは頬を歪め不敵に笑った。
「何者かって? 俺はな……」
静かに発しながら、ゆっくりと剣を抜き放つ。
白銀の煌きを露わにし、その切っ先を街の方へ向けて。
「俺の名はギデオン・イリアス。――この街を救いに来た!」
叫ぶのと同時、彼は駆け出す。
応じるように、門番の二人が即座に槍を構えた。
剣と槍。当然槍の方が長い。間合いを見計らった門番たちの槍が先に動く。
二本の槍が、ギデオンの体に目がけて勢いよく突き出された。
魔族の膂力をもって繰り出されたその刺突は、常人なら反応すら難しいだろう。
しかし――彼にとっては、そうではない。
「なっ――」
魔族が目を見開く。
その視線は槍の穂先に向いている。
つい先ほどまで、そこにはギデオンの姿があったはずだ。
その槍に貫かれる肉体を幻視したはずだ。
だがそこには、虚しく空を切った己の武器があるばかり。
ギデオンは跳躍していた。
魔族が槍を突き出すのに合わせて跳び上がり、空中でくるりと身を返している。
そして、空中で逆さまになった体勢のまま――
「ふっ!」
体を捻り、手に持った剣を水平に大きく薙いだ。
そのまま魔族とすれ違い、反対側に悠々と着地する。
「くたばれ」
次の瞬間、声を上げることもなく、門番たちの首がずるりと落ちた。
槍を避けつつ宙返りして敵を跳び越し、すれ違いざまに斬りつけて首を刎ねる。
すごいはすごいが――
『何あれ、曲芸? 普通に斬ったほうが早いのに』
ファムの呆れた声が言い得て妙。曲芸じみた、なんとも無駄の多い動きだ。
一体何を考えてるんだ、と思いきや――
「よっし。今の、なかなか派手だったんじゃね?」
派手に行く、派手に。
そう呟きながら、ギデオンは街の中へと足を向ける。
「いや……派手にって、そういうことじゃないからな」
俺は呆れ声とため息を盛大に吐き出しながら、彼の後ろを付いて行く。
本当に大丈夫か、コイツ。
「おーい、交代の時間……なんだお前は!?」
その時、都合が良いのか悪いのか、街の中から別の魔族が二人現れた。
ギデオンを見つけ、そして倒れた門番たちの亡骸を見ると、
「て、敵襲! 敵襲だ!」
懐から黒い石を取り出し、そう叫んだ。
――ここまでは、予定どおり。
「おう、そうだぜ。――いくらでも、かかって来い!」
ギデオンは再び剣を構え、堂々と声を張り上げる。
辺りに響き始めた喧噪に向かって、彼はもう一度頬を歪めた。
****************
「ところで。流れでギデオンが囮役になっているが……本来なら、ギデオンをリ・ハード城攻略に回したほうがいいんじゃないか? 『楔』を確実に破壊できるのはギデオンだけだろう」
再び時は遡り、作戦会議の続きである。
先輩がそう言うと、ギデオンとジャックが顔を見合わせた。
「うーん、それはそうなんだけど……囮役をできるのもギデオンだけなんだよ。能力の都合上、フランとリズは一人では戦えないし。
僕も、一人で大勢を相手にするのは難しいかな。一撃の威力も低いし、魔法を使うから魔力切れも怖い」
聞けば、彼は魔力に関しては特に強化されていないらしい。
まぁ『拳聖』というくらいだから、近接特化な強化は納得だ。
拳一つでも十分に戦える実力があるはずだが、慣れというのはある。
魔法と拳打の合わせ技が彼の戦い方なのだから、魔力切れは確かに恐怖でしかないだろう。
「その点ギデオンは純粋に剣の実力で戦えるし、基本的に一発で敵を倒せるだろう?」
「まあな! っていうか、魔法使えねぇし!」
水を向けられたギデオンは、相変わらずアホ丸出しでドヤ顔をしている。
いやジャック、そこまでおだてると逆に危ないんじゃね?
てか魔法使えねぇのかよ。
「そう言えばギデオン、君の天与は何なんだ?」
「おいおい、俺は平民だぜ。天与なんて持ってるわけねぇだろうが」
続いた先輩の問に、やはりあっけらかんと答える。
その反応に、俺は正直面食らった。
『天与がない』という事実もそうだが、それを笑って話せる辺り。
「まぁ、ギデオンは天与なしでも十分強いから」
というジャックの言はもっともではあるが――ほんの少し、ギデオンに共感と羨ましさを覚えてしまった。
いや、ほんの、ほんの少しだけな。
……と、そんな俺の感慨はさておき。
「『楔』に関しては、いてくれた方が確実ではあるけど、こっちはまだ創意工夫の余地がある。
囮役は単純にやられたら終わりだからね。全員の生存率まで考えるなら、これが最良だと思うよ」
ジャックは説明を加えると、「僕だって死にたくないしね」と締めた。
なるほど、この布陣に納得はできた。
先輩も同じようで、「そうか」と端的に返す。
ジャックは頷きを返して、今度はリ・ハード城攻略組の三人で話し始めた。
細かい作戦を詰めるのだろう。
「……さて、イオン。君はどちらに付いて行くんだ?」
こちらも作戦会議――の前に、先輩に訊かれる。
「へ? まぁ癪っすけど、俺もデルトラムに向かいますよ。四天王も『楔』も、俺の手に負えるもんじゃないし」
『エゼキエラの話からしたら、四天王は斬れないもんねー』
「ふむ、妥当だな。だがいいのか、彼女を放っておいて」
彼女とはもちろんリズのことだろう。
先輩は人の悪い笑みを浮かべているが――
「もちろんよかねぇけど……でも、役に立てねぇのはもっとダメだ。俺は自分にできることくらい、わかってるつもりっすよ」
リズと離れるのは確かに嫌だし不安だが、俺が傍にいてもできることは少ない。
それなら、間接的にでも役に立つ方がよっぽど建設的だ。
「なんだ、からかい甲斐のない奴だな。しかしまぁ、そのとおりか」
先輩はつまらなそうにそう返すと、
「さて……ナッシュ。君に二、三聞いておきたい」
「な、なんですか……?」
次はナッシュに水を向ける。ここからは真面目な話らしい。
突然話しかけられた彼は、緊張の面持ちを浮かべた。
「まず、君の家族の居場所は分かるか?」
「えっと……たぶん、街の牢屋にいると思います。他に人をつかまえておける場所がないから」
「ふむ。それはどの辺りにある?」
「西のはじっこの、その辺りでいちばん大きい建物だって、聞きました。その、街の西がわは危ないから行っちゃダメって言われてて……」
考え考え喋るナッシュはそこで言いよどみ、何やら後ろめたげな顔をしていた。
「なるほど、行ったことはないわけだ」
「ごめんなさい……」
ズバリ言い当てられ、ぽそりと謝罪を呟く。が、
「謝るようなことではない。君のような子供には縁のない場所だからな、当然だ。
それに問題ない。それだけ情報があれば、行けばわかるだろう」
淡々とそう返され、ぽかんと口を開けた。
まぁ、先輩のような応対をする人は稀だろう。
子供に対しても普段と何ら変わらない口調と態度。びっくりするのも当然か。
そんなナッシュを他所に、先輩は質問を続ける。
「後はそう……街を占領した魔族だが、おそらく頭がいるはずだ。ソイツのことは分かるか?」
「あたま?」
「あぁ、一番偉い奴という意味だ」
「えらい……うーん……」
ナッシュは必死に考え込み、やがて「あ!」と声を上げた。
「そう言えば、『オレブさまからのご命令だ』って、魔族が言ってた気がします!」
「なるほど、それが敵の大将の名か。居場所の予想はつくか?」
「たぶん、お役所だと思います。街のまんなかにある、いちばん大きな建物。あそこも、魔族がいっぱいだから近づかないようにって、お父さん言ってたから」
「街の中心か、妥当な線だな。わかったよ、ありがとう」
そうして質問を終えた先輩に、ナッシュは窺うような視線を投げ――
「これで、お父さんたちを助けられますか?」
せっつくように、そう訊ねた。
その声には不安と焦燥がありありと感じられる。
「それはわからん。だが、君の情報で勝率が上がったのは確かだ」
だが、先輩は相変わらずの調子でそう返すだけだった。
本当にこの人は、誰が相手でも取り繕うということをしないらしい。
「安心しろってナッシュ。俺が絶対に助けてやるからよ!」
「はい!」
そこへ横からギデオンが入ってきて、ナッシュの頭をワシワシと撫でた。
根拠のない発言もどうかと思うが、ナッシュの不安が晴れるならそれもアリか。
今のは馬鹿だからこそのいい言動だな、金トゲ空頭。
「よし。ではギデオン、君にでもわかるように簡単に作戦を説明しておこう」
「おう! ……今もしかして馬鹿にされたか、俺?」
おう、お前にしちゃ察しいいな! そのとおりだぞ!
というわけで、先輩からの指示が飛ぶ。
「君がやることは簡単だ。街に入ったら、目に付いた魔族を片っ端から倒しつつ、街の中心を目指せ。『オレブ』という敵の大将が現れたら、ソイツを最優先だ」
「魔族を殺す、街の中心に行く、『オレブ』って奴をぶっ殺す、だな。余裕だぜ」
「ああ。できるだけ派手に行け」
「おう! 派手に、だな!」
ちゃんと復唱できてるのに不安が拭いきれないのは……しょうがないな、ギデオンだし。
ま、何とかなるだろ。
「イオン、君は最初ギデオンに付いて行ってくれ。ある程度魔族が集まったと判断できたら、街の入口で私たちと合流だ。そこから西の牢獄に向かい、ナッシュの家族を救出する」
先輩は続けて俺にも指示を寄越す。
――その指示に、引っかかる部分はある。
が、結論としては俺の考えと全く同じだったので、「了解」とだけ返した。
「よし。では行こうか」
先輩がそう宣言して、俺たちは行動に移る。
かくして、デルトラム攻略、ナッシュの家族救出作戦が開始された。




