第一章20 天命の戦士①
そこから応接室らしき部屋に通され、先輩の凄まじい追及が始まった。
せっかく座り心地の良さそうなソファがあるのに、先輩も立ったまま、俺も立たされたままだ。
「ははははは! こんな幽霊は初めて見た! 何故そんなにはっきりと像を保てている? どうして普通に会話ができる? どうやって幽霊になったんだ?」
「いや、そんないっぺんに聞かれても……」
「なら、一から順に聞かせてもらおうか。魔族と戦って真っ二つにされた、というところまでは知っているが」
「いや、かろうじて真っ二つじゃないっす、パレスと違って。パレスと違って!」
「死に方なんぞどうでもいい。そこからどうなったか、だ。それを全て、包み隠さず、余すことなく教えろ」
「いや凄ぇな圧が」
といった具合である。
角度を変えて眺め回すのはまだいいが、普通に手を突っ込んでくるのはだいぶ怖い。
先程までは、俺といい勝負の生気のない目をしていたのだが。
今はその目を好奇心に爛々と輝かせていた。
ともあれ必要な事なので、俺がこれまでの経緯を語っていると。
「……ちょっと待て。君の言い方だと、まるでその魔剣が意思を持っているようだが」
「はい、そうっすよ?」
『はいはーい! 私、魔剣ファム・ファタール! 気軽にファムって呼んでね!』
「ファ……け、剣が、喋ったあ!?」
またも気持ちのいい驚きっぷり。
いや、逆に今まで気がついてなかったのかこの人。
「じゃあ、コイツの声は何だと思ってたんです?」
「いや、大した腹話術だなと。しかし空想の女友達を演じるというのはかなり痛々しいから、あえて触れなかった」
「俺そこまで残念な奴に見えてた!?」
そしてそこから、先輩の興味は一気にファムへと移る。
「そんなことはどうでもいい、よく見せろ! 口はあるか? 当然ないな。他の人間にこの声は聞こえないんだな? ならやはり、魂の声ということになる。しかし魔剣とは言え、剣に魂が宿っているなんて聞いたことがない! ははははは、どういう仕組みなんだ。面白い、面白すぎるぞ君たち!」
『ちょ、この人凄い圧が凄い! 助けてイオンー!』
などというドタバタ劇を、しばし繰り広げた後。
「――で、どうしたらいいですかね?」
ようやく、「魔王を倒したいんだけど幽霊が強くなる方法ありますか?」という疑問に辿り着いた。
「知らん」
「えぇー……」
しかし、開口一番それだ。
こっちのことは聞くだけ聞いて見返りなしとか、たまったもんじゃない。
「仕方なかろう、君の例が特殊すぎる。そもそも幽霊というのは、普通もっとぼんやりした影のような存在だ。君のようにしっかり自分を保てる者は少ないし、歩いたり喋ったり、まして『強くなりたい』なんて願うことはない」
「へぇー……でも、だったら死霊術師って何するんすか? てっきり、幽霊を使って戦う人だと思ってたんですけど」
「戦えと言われても無理だな。幽霊は現世の物に影響を与えられない、これは常識だぞ」
『うんうん』
「だから、そんなもん知るわけねぇっすよ……」
では実際、先輩が死霊術師として何をしているかと言うと。
「まぁ、主に死者との対話だな。我が家に伝わる魔法を使って、幽霊に力――いや、自我を少し取り戻させる。その間に、遺言やら情報やらを遺してもらうわけだ」
「それ、俺にやったらどうなります?」
「何も変わらんだろうな。そこまではっきりと自分を保てているんだ、いきなり強くなんてなるはずがない」
思いつきで訊ねてみたが、それは先輩に一蹴された。
まぁ、俺に思いつくことを先輩が思いつかないわけないか。
『そっかー……じゃあやっぱり、イオンが強くなる方法はないのかな?』
「ふむ……まぁ、私から言えることがあるとすれば……」
「『すれば?』」
と、先輩の意味深な発言に、俺もファムも期待を胸に続きを待つ。
「幽霊の強さを決めるのは、膂力でも魔力でもない。『魂の在り方』だ」
「魂の、在り方……!」
『なんか、それっぽい……!』
おお……なんか、すごく、カッコよさげな……!
「……で、具体的にはどうすれば?」
「知らん。今のは我が家の家訓みたいなものでな。言葉だけが伝わって、真意は伝わっていない」
『わー、絵に描いたような有名無実ー』
カッコよさげなだけだった。
「まぁ、なんだ。とりあえず今日はこの辺にしておいてやろう。というか眠い」
先輩はそう言うと、それは大きな欠伸をかました。
いや女性としてどうなんだ、その顔を人に晒すのは。
『もう夜中も夜中だしねー。また明日にしてあげたら、イオン?』
「ま、そこに関しちゃ文句は言えねぇわな。押しかけてるのはこっちだし」
「全くもってそのとおりだ、私は寝る。話はまた明日聞いてやるから安心しろ。眠るなら、屋敷内の空き部屋を適当に使って構わん」
……やっぱりこの先輩、意外に優しいな。もっとヤバい人かと思ってた。
ただ、
「せっかくですけど、俺たち眠れないんで。適当に暇つぶししてます」
「ほう、そうなのか。なら好きにしたまえ。ではな」
最後にそう言い残して、先輩はさっさと部屋を出て行った。
「……さて、今日はどうすっかな」
取り残された俺は、しばしその場で考える。
眠れない体。最初は便利だと思っていたが、なかなかに辛い。
夜がこんなに長いものだとは、全く知らなかった。
『先輩の寝姿でも覗きに行く?』
「お前、俺のことなんだと思って……いや、いいや答えなくて」
どうせ変態とかクズとか言うんだろ。ぐうの音も出ません。
『じゃあ、しりとりでもする? いつもみたいに』
「いや、さすがに飽きたわ」
暇を持て余した結果、それは既に何度かやっている。
この短期間で語彙力が急激に増えるわけもないから、いつも似たような展開になってグダグダに終わる。
「……たまには、素振りでもするか」
『ホント!?』
俺の呟きに、ファムは嬉しそうに声を上げた。
彼女もやっぱり剣だから、振ってもらえると嬉しいらしい。
あの日――預言者を助けた時以来、剣は振っていなかった。
あの、生々しい感覚を思い出すのが嫌で。
しかし――
「まぁ、戦うって決めたわけだし。無意味かもだけど、何もしないよりは、な」
『うん、それがいいよ!』
たとえ強くなる手段がなくとも、戦うと決めたことは変わらない。
俺は部屋の扉をすり抜けると、屋敷を歩き庭へと向かった。
庭に出て夜空を見上げる。
月が明るい夜だ。こうして落ち着いて見ると、この館の姿も、幻想的と言えなくもない。
青白く光る庭の芝生を踏みしめ、俺はファムを鞘から抜き放った。
漆黒の刀身は、月明かりによく映える。
「ふー……はっ!」
俺は呼吸を整えると、無心に素振りを始めた。
ファムの刀身が空を切る感覚が、心地よく手に馴染む。
数は数えない。夜は長い。
好きなだけ、ただ無心に、夜が明けるまで、剣を振り続けよう。
よく澄んだ夜の空気に、風を切る小気味良い音が、何度も、何度も響いた。




