第一章1 幽霊になりました①
改めまして、俺はイオニアス・コクレン。愛称はイオン。
幽霊だ。
マジか。
そもそも、なぜ俺がこんなことに――幽霊になって、魔王を倒さないとあの世に逝けない、なんてことになったかと言えば。
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「もう、最悪……なんで私がコクレンと……」
エリザベート・ラインスは、その綺麗な碧眼で俺を睨みつけた。
パチッと目が合うとものすごい勢いで逸らされ、二つに結われた金髪が弧を描く。
うーん、美しい軌跡ですね。これは芸術点高いです。なお点数は俺への攻撃力に変換されます。つらい。
何なら、「最悪」はこっちの台詞だ。
周囲からは悪意あるヒソヒソ声。
きっとあれ、「リズ可哀想」とか言ってるんだろうな。
俺のほうが可哀想とか思わないんだろうか。
思わないんだろうな。
うん、俺も思わない。
「さっさと終わらせればいい」
俺はそれだけ言うと、魔草採集用の籠をさっさと背負った。
俺たちは、バーテイン王国で最高水準の教育機関、貴族学校『ローレイ学院』の生徒だ。
その日は首都ルーンドの学び舎を離れ、東の国境付近の村『カルテンルビー』に校外学習に来ていた。
そして、「魔草を一種類採集、もしくは魔物を一体討伐して素材を持ち帰ること」という課題を出されたところ。
課題は二人一組。
公正なるくじ引きの結果、俺のペアに選ばれたのがラインスだった。
のだが――
「い、言われなくてもそうするわよ! ……足、引っ張らないでよね」
「善処する」
「はぁ!? 何その言い方、ウッザ!」
このとおりである。
さて、なぜ俺がこんな扱いを受けているのかと言うと。
「ちょっと、本当にわかってるわけ? 魔物と出くわしてもアンタには……っ」
「ああ、俺は『天与なし』のクソ雑魚だよ。さっさと魔草採って戻ってくる、それでいいだろ」
『天与』。それは神から与えられる才能。
意味不明な動きができるようになる『身体強化』とか、火を操る『火操術』とか。その他いろいろ。
俺にはそれがないのだ。
世間一般で言えば珍しいことではない。
ただ、ことこの学校に限って言えば、使えない者はほぼゼロだ。
血筋の影響を大きく受ける『天与』は、ざっくり言えば王族に近いほど授かっている確率が高い。
王族なら確実に、貴族でもほぼ全員。
つまりこの学院において、『天与なし』は紛うことなき落ちこぼれの烙印だった。
ま、俺が爪弾きものにされてるのは、それだけが理由じゃないんだけどさ。
「……そう、そうね。決まったものは仕方ないし。それに、アンタの治療をさせられるなんて……絶対に、嫌だから」
「ああ、そうだな」
「はあ? アンタ何様よ、私の治療を受けたくないっての!?」
っていうかラインスさん、さっきからしつこくないですか。
何なの? 前世は鰐か何かなの?
一度噛みついたら死ぬまで離さないの?
そんでそのまま回転して肉を引きちぎる感じ?
いや殺意高いな。
そんなに嫌いなら話しかけなきゃいいのに……。
「あー、はいはい俺が悪かったよ」
適当な言葉を置いて、俺は先に立って歩き出した。
こういうときは逃げるに限る。
普段は話すらしない。
ただ、こういう関わらざるを得ない場面になると、ラインスとはぶつかってばかりだった。
いや、一方的にぶつかられてるんですけどね。
どちらかと言うと轢きに来てるまである。
うん、やっぱ殺意高いな。
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そんなわけで、険悪な空気のまま俺たちは森の中を進んでいた。
「ん、これとかそうじゃね?」
と、俺はその日一番テンションの高い声を上げた。
早々に魔草らしき物を見つけたからだった。
これでようやくこの空気から解放されるぜ。
死んだ目をしていても俺は目敏い。何せ常に周りを窺って生きてるからな。
その他大勢に合わせ、なおかつ被りはしないように動く。
これが日々を目立たずにやり過ごすコツだ。
「……そうみたいね」
相変わらずの不満げな声だが、ラインスも頷く。
「よし、じゃあさっさと摘んで戻ろう」
そうすれば早く俺と離れられるだろ――と言外に伝えつつ、さっさと魔草に手を伸ばした。
雑に引っこ抜いては籠にポイポイ投げ入れていく。
しかし、何故かラインスは動かない。
おかしいな、てっきり一刻も早くこの時間を終わらせたいんだと思ってたけど。
そんなに俺との共同作業が嫌か。
うん、俺も俺との共同作業とか嫌だわ。
じゃあしょうがない。ごめんなさい。
そんな情けないことを考えながら、手だけは黙々と動かし続ける。
そっちがその気なら別にいい。そう思った矢先、
「……ねぇ、剣でバッサリ行ったほうが早いんじゃない? この魔草、薬効あるの葉の部分だけだし」
何のことはない、もっと早く終わらせる方法を考えていたらしい。
なるほどね。
「たしかに。じゃあそうするわ」
そう言って、俺は腰に下げた剣を抜いた。
魔物が出る森だから、一応護身用で持ってきている。
いろんな意味で役に立たないと思っていた剣だが、思わぬところで役に立った。
片膝をつき、魔草の密集地帯に向け、地面スレスレに剣を凪ぐ。
ヒュンッという軽やかな風切り音と、ザンッという小気味よい切断音が鳴り、魔草は地面に散らばった。
うむ、我ながら文句なしの一閃。まぁ草刈っただけなんだけど。
「じゃ、籠に入れるのは手伝って――」
くれよ、と言おうとした言葉は途切れてしまった。
ラインスが俺を見る視線が、いつもと全然違ったから。
その柔らかな表情に、目を奪われる。
と、ラインスはハッとしたように表情を切り替えた。
「し、仕方ないわね。ほら、さっさと片付けるわよ」
不満げに見える顔になった彼女は、そう言って俺の横にしゃがんだ。
時間にすればほんの一瞬だったと思う。
だが、柄にもなく心臓が高鳴り、じんわりと掌が汗をかく。
摘まれたばかりの草から青い匂いが漂って、俺の鼻腔を刺激した。
脳裏に過るのは、かつての彼女の姿。
――やめろ。
そんなもの、思い出すんじゃない。
だが、視線はどうしても彼女のほうを窺ってしまう。
今見せた表情は何だったのか、そんな埒もないことを考えて――
「……ん?」
死んだ目をしていても俺は目敏い。
ラインスの向こう側で、茂みが動いたのを見て取った。
「ほぇっ?」
反射的にラインスの腕を引っ張ると、彼女は間抜けな声を上げた。
が、すぐに異変に気がついたらしい。
いよいよ音を立てて揺れ出した茂みに、俺たちは警戒の眼差しを向けた。
間違いない、何かがいる。
魔物か、それとも別の何かか。
ラインスが杖を取り出す。俺は剣を構え直す。
ジリジリと後ずさりし、距離を調整する。
額の汗腺が開く嫌な感覚を無視し、視線は茂みに固定。
震えそうになる手を力で抑え込み、無意識に止まった呼吸を細く吐き出す。
来るなら、来い。
ガサッと大きな音が鳴り響く。
そして、茂みの中から飛び出してきたものは――