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第一章1 幽霊になりました①

 改めまして、俺はイオニアス・コクレン。愛称はイオン。

 幽霊だ。


 マジか。


 そもそも、なぜ俺がこんなことに――幽霊になって、魔王を倒さないとあの世に逝けない、なんてことになったかと言えば。


****************


「もう、最悪……なんで私がコクレンと……」


 エリザベート・ラインスは、その綺麗な碧眼(へきがん)で俺を睨みつけた。

 パチッと目が合うとものすごい勢いで逸らされ、二つに結われた金髪が弧を描く。

 うーん、美しい軌跡ですね。これは芸術点高いです。なお点数は俺への攻撃力に変換されます。つらい。


 何なら、「最悪」はこっちの台詞だ。


 周囲からは悪意あるヒソヒソ声。

 きっとあれ、「リズ可哀想」とか言ってるんだろうな。


 俺のほうが可哀想とか思わないんだろうか。

 思わないんだろうな。

 うん、俺も思わない。


「さっさと終わらせればいい」


 俺はそれだけ言うと、魔草採集用の籠をさっさと背負った。



 俺たちは、バーテイン王国で最高水準の教育機関、貴族学校『ローレイ学院』の生徒だ。

 その日は首都ルーンドの学び舎を離れ、東の国境付近の村『カルテンルビー』に校外学習に来ていた。

 そして、「魔草を一種類採集、もしくは魔物を一体討伐して素材を持ち帰ること」という課題を出されたところ。


 課題は二人一組。

 公正なるくじ引きの結果、俺のペアに選ばれたのがラインスだった。

 のだが――


「い、言われなくてもそうするわよ! ……足、引っ張らないでよね」

「善処する」

「はぁ!? 何その言い方、ウッザ!」


 このとおりである。

 さて、なぜ俺がこんな扱いを受けているのかと言うと。


「ちょっと、本当にわかってるわけ? 魔物と出くわしてもアンタには……っ」

「ああ、俺は『天与なし』のクソ雑魚だよ。さっさと魔草採って戻ってくる、それでいいだろ」


 『天与』。それは神から与えられる才能。

 意味不明な動きができるようになる『身体強化』とか、火を操る『火操術』とか。その他いろいろ。

 俺にはそれがないのだ。


 世間一般で言えば珍しいことではない。

 ただ、ことこの学校に限って言えば、使えない者はほぼゼロだ。


 血筋の影響を大きく受ける『天与』は、ざっくり言えば王族に近いほど授かっている確率が高い。

 王族なら確実に、貴族でもほぼ全員。


 つまりこの学院において、『天与なし』は紛うことなき落ちこぼれの烙印だった。


 ま、俺が爪弾つまはじきものにされてるのは、それだけが理由じゃないんだけどさ。


「……そう、そうね。決まったものは仕方ないし。それに、アンタの治療をさせられるなんて……絶対に、嫌だから」

「ああ、そうだな」

「はあ? アンタ何様よ、私の治療を受けたくないっての!?」


 っていうかラインスさん、さっきからしつこくないですか。

 何なの? 前世はロッコディールか何かなの?

 一度噛みついたら死ぬまで離さないの?

 そんでそのまま回転して肉を引きちぎる感じ?

 いや殺意高いな。


 そんなに嫌いなら話しかけなきゃいいのに……。


「あー、はいはい俺が悪かったよ」


 適当な言葉を置いて、俺は先に立って歩き出した。

 こういうときは逃げるに限る。


 普段は話すらしない。

 ただ、こういう関わらざるを得ない場面になると、ラインスとはぶつかってばかりだった。

 いや、一方的にぶつかられてるんですけどね。

 どちらかと言うと轢きに来てるまである。

 うん、やっぱ殺意高いな。


****************


 そんなわけで、険悪な空気のまま俺たちは森の中を進んでいた。


「ん、これとかそうじゃね?」


 と、俺はその日一番テンションの高い声を上げた。

 早々に魔草らしき物を見つけたからだった。

 これでようやくこの空気から解放されるぜ。


 死んだ目をしていても俺は目敏い。何せ常に周りを窺って生きてるからな。

 その他大勢に合わせ、なおかつ被りはしないように動く。

 これが日々を目立たずにやり過ごすコツだ。


「……そうみたいね」


 相変わらずの不満げな声だが、ラインスも頷く。


「よし、じゃあさっさと摘んで戻ろう」


 そうすれば早く俺と離れられるだろ――と言外に伝えつつ、さっさと魔草に手を伸ばした。

 雑に引っこ抜いては籠にポイポイ投げ入れていく。


 しかし、何故かラインスは動かない。

 おかしいな、てっきり一刻も早くこの時間を終わらせたいんだと思ってたけど。


 そんなに俺との共同作業が嫌か。

 うん、俺も俺との共同作業とか嫌だわ。

 じゃあしょうがない。ごめんなさい。


 そんな情けないことを考えながら、手だけは黙々と動かし続ける。


 そっちがその気なら別にいい。そう思った矢先、


「……ねぇ、剣でバッサリ行ったほうが早いんじゃない? この魔草、薬効あるの葉の部分だけだし」


 何のことはない、もっと早く終わらせる方法を考えていたらしい。

 なるほどね。


「たしかに。じゃあそうするわ」


 そう言って、俺は腰に下げた剣を抜いた。

 魔物が出る森だから、一応護身用で持ってきている。

 いろんな意味で(・・・・・・・)役に立たないと思っていた剣だが、思わぬところで役に立った。


 片膝をつき、魔草の密集地帯に向け、地面スレスレに剣を凪ぐ。

 ヒュンッという軽やかな風切り音と、ザンッという小気味よい切断音が鳴り、魔草は地面に散らばった。


 うむ、我ながら文句なしの一閃。まぁ草刈っただけなんだけど。


「じゃ、籠に入れるのは手伝って――」


 くれよ、と言おうとした言葉は途切れてしまった。

 ラインスが俺を見る視線が、いつもと全然違ったから。

 その柔らかな表情に、目を奪われる。


 と、ラインスはハッとしたように表情を切り替えた。


「し、仕方ないわね。ほら、さっさと片付けるわよ」


 不満げに見える顔になった彼女は、そう言って俺の横にしゃがんだ。


 時間にすればほんの一瞬だったと思う。

 だが、柄にもなく心臓が高鳴り、じんわりと掌が汗をかく。

 摘まれたばかりの草から青い匂いが漂って、俺の鼻腔を刺激した。


 脳裏に過るのは、かつての彼女の姿。

 ――やめろ。

 そんなもの、思い出すんじゃない。


 だが、視線はどうしても彼女のほうを窺ってしまう。

 今見せた表情は何だったのか、そんな埒もないことを考えて――


「……ん?」


 死んだ目をしていても俺は目敏い。

 ラインスの向こう側で、茂みが動いたのを見て取った。


「ほぇっ?」


 反射的にラインスの腕を引っ張ると、彼女は間抜けな声を上げた。


 が、すぐに異変に気がついたらしい。

 いよいよ音を立てて揺れ出した茂みに、俺たちは警戒の眼差しを向けた。

 間違いない、何かがいる。

 魔物か、それとも別の何かか。


 ラインスが杖を取り出す。俺は剣を構え直す。

 ジリジリと後ずさりし、距離を調整する。

 額の汗腺が開く嫌な感覚を無視し、視線は茂みに固定。

 震えそうになる手を力で抑え込み、無意識に止まった呼吸を細く吐き出す。


 来るなら、来い。


 ガサッと大きな音が鳴り響く。

 そして、茂みの中から飛び出してきたものは――

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