第一章16 イオンの理由⑦
しかし、俺の試練はまだ終わっていなかった。
「イオニアス・コクレン。君を自宅謹慎処分とする」
翌日、俺に下された処分だ。
今まで俺が受けた仕打ちは全て無視され、パレスも他の連中もお咎めなし。
まあ、退学にされなかっただけ温情というところだろうか。
全く納得はできなかったが、正直どうでもよかった。もう学院に通う意味すら怪しい。
この先頑張っても、何ができるわけでもない。
「ただいまー……」
そうして、久々に戻った実家で。
「なんてこと、してくれたの」
ドアを開けるなり引っぱたかれ、言われたのがそれだ。
見れば、お袋が憤怒の形相でこちらを睨みつけていた。
「悪かったって、反省はしてるよ。俺もちょっとやりすぎたって――」
「反省したって、もう遅いの!」
言い訳する俺を遮って、お袋は俺に一枚の紙を突きつけてきた。
一体何なんだと思って、それを受け取った俺は、
「は……? 親父が、除名……?」
そこでようやく、自分のしでかした罪の重さを思い知らされたのだった。
貴族にも序列がある。
俺のコクレン家は、貴族としてはかなり下の方。
対して俺が手を出したパレスは、相当に上流にいる貴族だったのだ。
それまでは互いに気にせず接していたから、すっかり俺は忘れてしまっていた。
本人の意思など関係なく、彼の身には価値と力があることを。
「お前は、お父様の期待を裏切ったばかりでなく、その誇りまでも奪ったのです。よくもまあ、抜け抜けと帰って来られましたね」
その言葉は、俺の心に突き刺さった。
親父は――いや、コクレン家は、貴族としては下流であるものの、騎士としては高名だった。
先代当主のじいちゃんが騎士として武勲を立て、コクレン家はある程度の力を得た。
現当主の親父も、騎士団の中では隊長という立場にある。
単純な家柄だけでは貴族の最下層に位置するコクレン家。
その息子である俺がローレイ学院に入れたのも、二人の騎士としての立場故だ。
要するに、コクレン家は騎士団という後ろ盾の元に今の立場を保っていた。
お袋が持っていた紙は、そんな騎士団からの書面で。
そして、それは――
親父の、騎士団からの除名処分を伝えるものだった。
「そんな……俺、そんなつもりじゃ……こんなことになるなんて……」
俺は、親父のことを誇りに思っていた。
普段はパッとしないが、一度剣を持つと、凛々しく、強く、格好いい親父が好きだった。
最初に剣術で一番を取れたのだって、親父が稽古をつけてくれたお蔭だ。
俺もいつか、親父みたいに立派な騎士になる。
ずっと、そう思ってきた。
そんな親父から、俺は――
「おかえり、イオン。二人ともこんなところで話していないで、早く上がりなさい」
打ちひしがれる俺に、不意に声がかかった。
誰あろう親父本人が、いつもと変わらない穏やかな表情でそこに立っていた。
「親父……俺、俺……っ」
一体、どの面下げて、何を言えばいいんだろう。
どうすれば許されるんだろう。
いや、許されるようなことではない。
何より、俺が俺を許せない。
何も言えずに俯いて震える俺の肩に、親父はそっと手を置いた。
「いいんだ。お前は戦った。逃げなかった。それだけで十分だ」
普段と何も変わらない、穏やかで優しいその声が、何よりも辛かった。
いっそ怒鳴り散らしてくれたら、どれだけ楽だっただろう。
「ごめんなさい……ごめん、なさい……」
俺は、泣きながらそう繰り返すことしかできなかった。
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かくして、俺は全てを失った。
平穏な生活も、ちっぽけな誇りも、家族からの信頼も、大切な友人も、何もかも。
お袋と弟は、俺を疫病神扱いするようになった。
親父の仕事を奪ったんだから、そんな態度も当たり前だ。
騎士としての収入を失った我が家は、貴族としての収入だけではやって行けず、見る間に衰退した。
親父は変わらずに接してくれたが、やはり騎士団からの除名は堪えたらしい。
以前のような覇気はなくなってしまった。
親父を見るたびに、俺は申し訳なさでいっぱいになった。
学院ではあれ以来、全てを大人しくやり過ごすようになった。
パレスに突っかかることもなく、学業も剣術も魔法も、全てをほどほどの成績で収めた。
馬鹿にする種を少なく、しかし目立たないように。
そのパレスはと言うと、向こうも大人しくなった――と言うより、俺を無視することに決めたようだ。
不意打ちに近いとは言え、俺にやられたのは確かだ。
思い出したくないから近づかない。そんなところだろう。
そして、リズはあれから、俺を突き放すような態度を取るようになった。
名前を呼ぶときも、向こうは俺を「コクレン」と呼ぶようになり、俺も「ラインス」と呼ぶしかなくなった。
そうやって、何もかもが変わってしまった生活の中で。
俺の心は、ゆっくりと、枯れ果てるように死んでいった。




