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第一章12 イオンの理由③

 やがて父親が退室し、使用人が食事を積んだ台車を置いて行った。

 だがリズはそれに目もくれず、ずっとベッドの上で項垂うなだれている。


「……料理、冷めちまうぞ」


 意味もなく、そんなことを口にしてみる。

 もちろん、彼女は反応しない。


「……まったく、もったいねぇ。俺なんか、もう食いたくても食えねぇんだぞ」

「……イオン」

「うお!? いや、独り言か……」


 いや、独り言でいきなり名前呼ぶなよ心臓に悪い。心臓、動いてないけど。


 見ると、彼女はベッドのすぐ横にある小机に手を伸ばしていた。

 そして、そこにあった物を大事そうに握りしめている。


「それ……! まだ、持ってたのかよ……」


 それが何かを見て取って、俺は思わず呟いた。


 それは彼女が昔使っていた、碧色の瀟洒しょうしゃな髪飾りで。

 小さい頃、俺が彼女にあげたものだった。

 瞳の色とお揃いだ、なんて言って。


 ――てっきり、とっくに捨てられたもんだと思ってたよ。


 もう何年も、彼女がそれを着けている姿は見たことがなかった。

 そう――俺と決別した、5年前のあの日から。


****************



「98……99……100!」


 最後の数字を叫ぶと同時、俺は横薙ぎに剣を振り抜いた。

 黒い軌跡を残した漆黒の刀身が、陽光を浴びてきらりと光る。


 ローレイ学院に入って、そろそろ一年が経とうという頃だ。

 学院の寮の裏庭。やたらと広いその場所は鍛錬に持って来いで、そこで剣の素振りをするのが俺の日課だった。


「ふぅ……」

「おつかれ」


 額に滲んだ汗を拭った俺に、芯のある心地よい声がかかる。

 振り向いた視線の先に立っていたのは、澄まし顔の一人の少女。


「おう、リズ」

「ん。飲むでしょ?」

「ん、ありがとな」


 少女が差し出す水筒を受け取り、ぐいっとあおる。

 喉を潤してそれを返すと、彼女は受け取りながら少し頬を緩ませた。


 エリザベート・ラインス。俺の幼馴染である。


「今日も精が出ますねぇ。学年一位を守るには、やっぱりそれくらい頑張らないといけないんですか、優等生さん?」


 碧い髪飾りで二つに束ねた金髪を揺らし、茶化すようにこちらを碧い眼で覗き込んでくるリズ。

 俺はそんな彼女からふいと目を逸らし、ぶっきらぼうにそう返す。


「別に、一位にこだわってるわけじゃねぇよ。俺がそうしたいからやってるだけだ」


 健康的な桃色の肌。すっと通った鼻筋。若干吊り目気味の大きな目に、血色のいい薄い唇。


 世間一般で言って可愛い部類に入るだろう。

 近頃は体つきも少しずつ女性らしくなってきていて、俺としてはいろいろと意識せざるをえない。


 逃げるように、俺は言葉は続けた。


「まあ、頑張らねぇとってのは思うけどな。いろいろ期待されてるわけだし。それに――」


 当時の俺は、優秀だった。

 運動、学業、剣術に魔法と、全てにおいて学年一位。


 元々それなりに何でもできたのだが、一度剣術で一位を取って以来、その達成感が忘れられずにいろいろと頑張るようになった――ということもある。


 だが、頑張りたい一番の理由は。


「じいちゃんや親父みたいな、立派な騎士になる。そのためにも、鍛錬は欠かせねぇよ」


 俺に最初に剣を教えてくれたじいちゃん、学院に入るまで稽古をつけてくれた親父。

 二人は王国の騎士団に所属し、そのなかでも指折りの実力者だった。


 俺は二人のことを思いながら、二人から受け継いだ魔剣ファム・ファタールに触れる。

 いつかコイツを使って、立派な騎士として戦う――それが、俺の夢だった。


「ふーん。でも、毎日毎日、辛くないわけ?」

「んー、別にかな。頑張るのって意外に楽しいし、皆から褒められるのは嬉しいし」

「わー、さっすが! 優等生は言うことが違うわー」

「リズだって成績いいし、魔法も上手いじゃん。この前の回復魔法とか凄かったしな」

「え!? み、見ててくれたんだ……。あ、ありがとね……」

「え、いや……どういたしまして?」


 赤面するリズに、俺もなんだか恥ずかしくなってしまう。

 二人してモジモジして、チラチラと互いの様子を窺っていると――


「イオニアス・コクレン! 僕と勝負してもらおうか!」


 ……ものすごく邪魔が入った。


「……なんだパレスかよ。お前、ホント懲りねぇな」

「ああ、勝つまでやるとも。木剣のみ、十本先取でどうだい?」

「長ぇわ! 三本で我慢しろ、俺このあと魔法の訓練したいんだよ」

「ちっ、仕方がないな。よし、構えるがいいイオン。ティナ、合図は任せるぞ」

「うん、お兄ちゃん! 行きますよー!」


 パレス・アンティパスにティナ・アンティパス。


 髪はお揃いの水色だが、顔は全く似ていない。

 ただし、どちらも美形というくくりには入るだろう。パレスのキザったらしい表情がむかつくが。


 二人は双子の兄妹で、兄のパレスの方はことあるごとに俺に張り合ってきた。

 実際彼も相当優秀で、剣術は俺に次いで二番を譲ったことがない実力者だ。


「よーい……始め!」


 ティナの合図と共に、パレスは勢いよく俺に打ちかかってくる。


「はあっ!」

「ふん!」

「ははは、そんなものかイオン! 食らえ!」


 響くのはパレスのかけ声ばかりで――うるせぇ。いちいち声を出さないと剣を振れねぇのか。


 勢いよく突き出されたパレスの木剣を、俺は手首を返して軽くいなす。

 そのまま一歩踏み出すと、彼の首元にピタリと木剣を添えた。


「そんなもんか?」

「ちっ、のらりくらりと……!」


 意趣返しとばかりにニヤリと笑うと、パレスは恨めしげな視線を向けてくる。


「うう……イオン、一本ですー……お兄ちゃん頑張れ! 二本目よーい、始め!」


 兄を応援するティナの声と共に、勝負は進行した。


****************


「うう……イオン、三本目。イオンの勝ちです……」

「くそっ……今日も、勝てなかったか……」

「はいお疲れさん。またの挑戦をお待ちしておりますよっと」


 軽い口調で答えつつ、俺は再び汗を拭う。


 実は余裕綽々(しゃくしゃく)というわけでもないので、コイツの相手はそれなりに疲れるのだ。

 それだけ良い訓練になるので、ちょっとありがたかったりもする。


「ふん、だが見ていろイオン。明日・・には、君は僕の足元に倒れ伏していることだろう……!」

「いや、倒れ伏すまではやらねぇよ。でも、そうか……明日なんだよな」

「そうね。『天与命名の儀』、かぁ……」


 俺とパレスとのやり取りに、横からリズが入ってくる。


 彼女が口にした、『天与命名の儀』。

 それは『天与』を判別し、命名する儀式である。


「僕の『天与』は、きっと他に類を見ない素晴らしいものだろう。ふふ、明日が楽しみだ……!」

「どんだけ自信過剰なんだよ、根拠なさすぎだろ……まあ、楽しみってのは同感だけどな」

「イオンだって、けっこう妄想してるくせに。でも、うん。楽しみだね」

「はい、楽しみですね!」


 楽しみ。それが全員の共通認識だった。


 『天与』は『神から与えられた能力』だから、生まれた時には既に持っている。

 ただし、名前が付くとその性能が向上し、使用が容易になるという特性があった。


 つまり、今まで無自覚に使っていた能力が儀式を機に強化され、晴れて真に自分のものになるのだ。

 誰もが胸を躍らせ、期待を寄せていた。


 そしてもちろん、俺もそのうちの一人で。


 しかし――翌日に控えたそれは、俺の人生を激しく狂わせることになる。

 この時の俺は、そんなことは知る(よし)もなく。


「明日の儀式が終わったら、さっそく再戦してもらおうか、イオン」

「おう、望むところだ!」


 その約束を死ぬほど後悔することになるのも、やっぱり知る由がなかった。

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