似た者同士
「ねえ、誰かに死んでほしいって思ったことある~?」
歩いて下校する最中、後ろの明美にさらっと聞かれた一言は突拍子もないものだった。
「うーん」
私は悩んだ。
本当のことを言っていいものやらと。
私はこの隣にいる、今話しかけてきた張本人である明美が嫌いだ。
控えめに言って、ナイフでメッタ刺しにしたい程には。
この女は決して笑顔を絶やさない。
どんな時でも、どんな状況であっても。
それが私にとっては凄まじく腹立たしい。
なんでこいつは私の前で笑顔で居られる?
毎日のように。
いや、ほとんどいつでも私の近くへ寄ってきておいて、愛想を振りまく。
最初こそただ面倒くさいだけだったが、積もり積もるとなんとやら。慣れることなく殺意へと変わった。
私は良く笑う太陽みたいな人が嫌いだ。
騒がしい人ならまだいい。ただ、笑顔だけは何年経ってもダメだ。気持ちが悪い。
今までは笑顔の人が近づいてきたなら、睨んだり、疎ましい表情をすればそれだけでその場から去って行き、二度と話しかけてくることはなかった。だから平穏無事にこれまでの人生を過ごすことができた。
それなのにこの明美という女は毎日のように近づいてきて、気持ちの悪いことをしてくる。
笑顔とかクソが。ぶっ殺してやろうか。
しかし、この本音を言ったところで、この女は決して動じることは無いだろう。
この明美という女は、バイト中に恫喝されていようが、強盗に遭おうが決して表情を変えることはない。
そういえばこの女、私がストーキングしている最中に、行方が分からなくなることがあるな。
嫌いな奴の苦悶苦痛の表情を見たくてひっそりと帰宅後のこいつの動向を伺っているのに、角を曲がった先で誰も居ないなんてこともよくある話。殴り絞ってやろうか。
それに、時折私の後ろをつけてくることがある。気付いているんだぞ私は。
ほんとに一体何なんだ。やっぱり今すぐ殺したい。今がピークだ。
……だが待て。
今殺したとて、それで私の気が晴れるだろうか。
私がここでナイフを突き立てても、きっとこの女は笑顔を絶やすことは無いだろう。すると、死の直前まで笑顔が崩れない。いや、笑顔のまま死ぬ可能性もある。それが私にとって幸福となり得るだろうか。
後味が悪すぎはしないか。
どうせ殺すのなら、こいつが笑顔を崩したその時がいいのではないか。
「いない」
私はいつもと何も変わらない無表情で答えた。
殺すのも惜しいぐらいに『嫌い』ということだ。
こいつに一生ついていって、表情を変えたその時に殺す。
それでいいじゃないか。
「そっか。嘘ばっかりだね」
「え?」
「私は真っ暗なあんたが大嫌い」
明美は刃物を取り出してそう言った。
これまでの彼女には考えられないような、悍ましい声。
鳥肌がビンビンだ。
私はこの時を待っていた。思わず笑みがこぼれてしまう。
興奮のあまり、私もナイフを取り出した。
彼女の表情は、誰よりも美しかった。
そして気が付いた。
彼女もまた、私を殺す日を伺っていたということを。