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第2話『まるで将棋だな』④

 レヴィアに案内されたのは、彼女の寝室とは反対側の小さな扉だった。

 小さなとは言ってもレヴィアの寝室や正面玄関の扉に比べれば小さいというだけで、扉としては普通のサイズである。

  

「ここからは貴方一人でお行きになって。わたくしに泣き顔を見られたくはないでしょうから」


 小声で耳打ちして、立ち去る彼女の足取りはやけに軽く見えた。

 この状況を面白がっているのか、仲間が増えて浮足立っているのか。

 どちらでも構わないが、仮に前者なのだとすれば考え物だし、後者なのだとすれば考えが足りていない。しかし、まぁ、後者の方がよっぽど誠実だ。

 俺の人生において、年頃の少女相手にマジ喧嘩してから仲直りするというロビンソン・クルーソーも真っ青の大冒険をしたためしはない。

 でも大丈夫、上手く出来る。

 殴らないと気が済まないのであれば好きなだけ殴ってもらえばいい。顔も見たくないというのなら仮面を被って出直せばいい。

 レヴィアの言うように泣いているのであれば――その時はその時だ。


「……はぁ」


 これは溜め息ではなく深呼吸。

 意を決し、木製の扉を三回ノックした。


「メルティ、いるか――?」


 問いかけてみても返事はない。

 だが、明らかに人の気配がそこにはあった。

 布団に潜り込むような、重い布同士が擦れる音が微かに聞こえる。


「入るぞ」


 思えば女子の部屋に単身乗り込むのはこれが初めてだが、特にどうということはなかった。

 こじんまりとした小奇麗な部屋。

 天井はレヴィアの寝室の様に高くないし、壁際に置かれた机も、隙間なく詰まった本棚も、温かみのある木の床も、至って普通で何の変哲もない。

 質素なベッドを覆った布団がこんもりと浮かび上がっている理由はわざわざ語る必要もないだろう。


「起きてるか?」

「…………」


 返事はなかった。

 だが代わりに、鼻をすする音と動く布団が返事をしてくれる。


「レヴィアと話してきた。俺を執事にしてくれるってさ。何十分か前まで頑なに拒んでたのは寝起きで機嫌が悪かったからだと。切り替えが早いというか、気が変わりやすいというか。一人であのお嬢様の世話をするのは大変だったろ? 今日からは俺もあいつの世話係だからさ、色々教えてほしい。機嫌が悪い時はどうすればいいかとか」


 何事もなかったかのように、出来るだけ普通に話してみるが、やはり返事はない。


「執事がやるべき仕事もたくさんあるだろ? あんまり役に立たないかもしれないけど力仕事なら任せてくれ、これでも結構鍛えてるから腕力には自信があるんだ。剣道っていう竹で出来た模擬刀で戦う武道を十年以上続けてきたからそこそこ強いんだぞ? だから俺はお嬢様を護る騎士になるって言ったんだけど、わたくしのナイト様がいるからお呼びじゃないってよ。あの騎士の正体が俺だって知ったらどんな顔するんだろうな。俺としてはショックを受けて呆然とするか、拍子抜けで唖然とするかの二択だと考えてるんだけど、お前はどう思う?」


 少しの間返答を待ってみたが、相変わらず返ってくるのは啜り泣きの音だけ。

 レヴィアが想定した通りの状態だ。

 泣くくらいなら初めから喧嘩なんか売らなければいいのに――なんて一般論はこの娘が一番分かっているだろう。自分の吐いた言葉が如何に滅茶苦茶で無茶苦茶で、独りよがりなのかを誰よりも理解しているだろう。だからこうして、誰の胸も借りずに泣いているんだ。

 そして、独りよがりだったのは俺も同じだ。むしろ彼女の態度の方が正しいと言えるだろう。

 調子に乗って、格好つけて、こんな少女を不安にさせて。

 彼女に対して「最低だ」と俺は言ったけど、それはそのまま俺のことである。

 頼りにしてくれた、たった一人の少女を不安にさせるなんて、ヒーローが聴いて呆れる。


「……ここだけの話さ、俺がどんな力を持っているのか自分自身わかってないんだよ。変身したのは昨日が初めてだし、その前までは変身できるなんて思ってもみなかった。だから調子に乗っちゃったんだ。いつでも変身できると思って格好つけて、いざ変身しようとしたらうんともすんとも言わないんだ。それが恥ずかしくて逃げちゃったもんだから、もっとばつが悪くなって、あんな曖昧な態度を取ったんだ。そんな敵か味方か分からない奴を信用しろってのが無理な話だよな。悪かったよ、不安にさせて」


 年端のいかない二人の少女がこんな屋敷で三年間も暮らしていたのだ。

 頼りになる大人は周りにおらず、いつ敵が襲ってくるかもわからないだなんて、想像してもしきれないほど辛くて寂しかったことだろう。

 それに同居相手が自身の主というのなら愚痴りたいことも愚痴れないだろうし、ストレスも溜まって然るべきだ。

 もしかすると、昨日召喚していたドラゴンを話し相手にしていたのかもしれない。一方的に話しかけるだけでは話し相手と言えるのかどうか微妙なところではあるが、それだけで多少は気が晴れるというものだろう。

 でもそのドラゴンも蛇鳥に丸のみにされてしまった。

 俺がもっとうまく立ち回れていれば助けることができたかもしれないのに、結局助けることができなかったし、そんなことを考えている余裕はなかった。

 ひじきという名の小さなドラゴン。きっと彼は数少ない彼女たちの味方であったはずだ。

 それでも亡くした悲しみを少しも表面に出さなかったのは、そういった経験をこれまで幾度となく繰り返してきたからなのかもしれない。


「すごいよお前。たった一人でお嬢様を護りながらこの屋敷を管理するなんて、俺には真似できない。でもさ、幸運にも俺には最初からお前がいる。これからはお前にも俺がいる。言いたいことがあればなんでも言えばいいし、疲れた時は俺に任せて休めばいい。また聖騎士軍が現れたって何度でも俺が追い払ってやる。上手く変身できるか分からないけど、できなくたって絶対に護るから。レヴィアの事は暗黒騎士(ナイト様)に任せといて、俺はお前のナイトになるから。だからもう、一人で泣かないでくれ」


 この娘たちが『悪魔』という汚名を受け入れ理不尽に抗おうというのなら、俺は『暗黒騎士』を名乗り正義に反旗を翻そう。

 七聖騎士が『天使』だというのなら、『悪魔』であるべきは暗黒騎士である俺だ。

 彼女たちが『人間』に戻れるその時まで、俺が戦えばいいだけの話だ。

 なに、難しい事なんてない。少女なら生前助けたことがある。今回はそれが二人になっただけなんだから。


「俺はこれでも大人だ。子どもに胸や肩を貸すくらいの甲斐性ならあるからさ。だから――」

「――――ッ!」


 重そうな布団が宙に舞った。

 飛び出した赤毛のメイドは、すがるように、立ち尽くす俺の腰にしがみついていた。


「――ごめんなさいシンヤ様、ごめんなさい……」

「俺も悪かった、ごめんな。でも、もう大丈夫だから」


 頭を撫でると、硬いものが手の側面に引っかかった。

 頭頂部から生えた短い二本の角。髪の中に隠れしまうほど小さいそれは、少女を悪魔と断定する材料としては余りに頼りない。


「もう強がらなくていい。強くあろうとしなくていい。それは全部俺に任せろ」


 嗚咽を漏らして泣き崩れる彼女を我が子の様に愛おしく感じる。

 きっと、子どもの頭を撫でるマスクナイトもこんな豊かな気持ちだったのだろう。


「だから、泣きたいときは泣きたいだけ泣いて良いんだ。お嬢様の前では無理でも、俺の前でなら簡単だろ?」


 彼女は何も言わなかったが、ただ顔を擦るように頷いた。

 それからどれくらいの時間が経っただろう。

 メルティはひとしきり泣いて、俺から手を放した。

 目の周りは赤く腫れ、頬は紅潮していた。


「もう大丈夫か?」

「は、はい……お恥ずかしいところをお見せしてすみませんでした。服も汚してしまって……」

「気にすんなよ。それに恥ずかしい事なんかないさ。お前は十分立派だよ」 

「いえいえ! 私なんてなにも……」


 大げさに首を振る彼女は、話を逸らすように「そ、そうだ!」と、大きく声をあげた。


「シンヤ様が私を護ってくださるのなら、私もシンヤ様に何かお返ししなくては釣り合いが取れません! こんな私に出来る事があればなんでも仰ってくださいね!」

「ありがとう。じゃあ執事の仕事でも教えて――いや待てよ」


 すっかり忘れていた。

 執事の仕事よりも大切なことがあるじゃないか。

 俺は彼女たちの騎士となるのだから。

 それにあの約束を忘れたわけではない。


「メルティ。早速させてもらうぞ」

「え――? えっ!? シ、シンヤ……様?」


 困惑する小さな肩を掴み、ベッドにゆっくり押し倒す。

 すらっと伸びた太腿を両膝で挟み込むように馬乗りになると、彼女は緊張のせいか、紅潮した頬をさらに赤くし、蒼い瞳に薄っすら涙をためて見せる。


「そ、その……私、はじめてで――」

「優しくするから俺に任せて」

「……でも私怖いです……」

「大丈夫。天井のシミを数えている間に終わるよ」


 俺は彼女に顔を埋め、今にも壊れてしまいそうな飴細工でも扱うかのように躰を重ねた。


「あっ……んっ――シンヤ様ぁ」


 嬌声にも似た震える声は、俺の衝動を加速させる。

 

「ごめんメルティ。ちょっとだけ激しくするぞ」

「あっ、ダメ! ――あんっ」


 軋むベッドの音と荒れる互いの息遣い、激しさを増していく彼女の心音。

 艶やかな声音(こわね)が火照った躰を通り抜け、湿った頬に絹の様な赤髪が纏わりついた。

 ちぐはぐだった動きも次第に形を成して、彼女は蜜月の仲であるかのようにその全てを委ね始める。


「んっ……。シンヤ様、イキそうなんですね」

「あぁ、もうそろそろだ。いいか?」

「は、はい――あんっ、このまま思いっ切りイってください――」


 歯止めも効かぬまま細く柔らかい躰を乱暴に引き寄せ、二人は最期の時を迎えようとしていた。


「メルティ、イクぞ――」

「あっ、シンヤ様、シンヤ様、シンヤ様――――きてっ、早くきてぇ!」

「あら貴方たち、どちらへ行こうというのかしら?」

「うわっ! って、レヴィアか」

「お、おおお嬢様!?」


 突如として扉を開いたレヴィアに、俺もメルティも飛び上がった。

 このお嬢様はどうしていつも不意を突くように現れるのだろうか?


「シンヤ。仲直りなさいとは言いましたけれど、まさかここまで進展するとは思ってもみませんでしたわ」

「は? 進展ってなんだよ」

「メルも、昨日今日会ったばかりの殿方に体を許すなんて(はした)なくってよ。淑女である自覚をお持ちなさいな」

「ちちちち違いますよ!? これはその――」

「兎に角。わたくしの部屋まで声が響いておりますの。気が散って読書もできませんわ。するなとは言いませんけれど、節度をお守りなさい」


 汚物でも見るような目で一方的に言い放った彼女は、バタン――と扉を閉め、ツカツカと足音を響かせながら自室へと戻ったようだった。

 

「なにが気に食わないんだよあのお嬢様は。天空地獄車を習得すれば強力な必殺技になるってのに。なぁメルティ?」

「ああああああ――ッ! 死にたいですッ!」

「メルティさん!?」

「バカっ――!」


 どうしたことか、枕に顔を埋めた彼女は悲痛な叫びをあげた。

 かと思えば、掴んだ枕で俺をポカポカと殴り始めたのだ。


「いてっ! 急になにすんだよ!?」

「シンヤ様のバカっ! へたくそっ!」

「えっ!? ちょっと待ってちょっと待って!? マジで何なの!? 思春期なの!?」

「真空地獄車を傍から見ればどんな印象を持たれるのか忘れたのですかっ!」

「そりゃお前、超カッコいいマスクナイトの必殺……あ」


 興奮のあまり忘れていた。

 マスクナイトの様に華麗な天空地獄車ならいざ知れず、俺の未完成形では相手に覆いかぶさり胸に顔を埋めつつ前後運動をしている不審者と見紛われる場合があるということを――。


「それに私もお嬢様も思春期真っただ中ですよ!」

「確かにそんな感じだよな……」

「どうしましょうどうしましょう! お嬢様のトラウマになったらどうしましょう!」

「青少年保護育成条例が……」

「なに訳の分からないことを言っているんですか! 早く誤解を解きに行きますよ!」

「は、はい!」


 彼女の細い手に引かれ、俺は部屋を飛び出した。

 しかしこうも誤解を招くようであれば、今後は天空地獄車を封印するしかないかもしれない。お嬢様の精神衛生上悪いだろうし。


「トホホ……もう練習もできないか」

「ダメに決まってますよ! ――――でも」


 そう言うと彼女は足を止め、小声で耳打ちをした。


「その……お嬢様が起きている間はダメですけど、寝ている間にちょっとだけなら……いいですよ」

「……いいのか?」

「そ、そんなことを約束したからです! それに、別にイヤじゃありませんし……」

「メルティお前――よっしゃ! 早く誤解を解きに行くぞ!」

「あっ! ちょっとシンヤ様! そんなに強く引っ張らないでください!」


 この二日間で俺の世界は激変した。

 元いた世界よりも辛い人生になるかもしれない。

 大好きな特撮番組を二度と見ることができないかもしれない。

 それでも、俺はもう少しこの悪魔たちと一緒に居たいと思える。心から護りたいと思える。

 そうすれば憧れの貴方に――――マスクナイトにもっともっと近づける気がするから。

 私はメイドのメルティ・ラスクです!


 メイドとしてはまだまだの私ですけれど、お料理には自信があるんです!

 最近はシンヤ様がたくさん食べてくれますから作り甲斐もあって楽しいですよ!

 そういえばお屋敷の食材が無くなりそうですね。

 シンヤ様にも手伝ってもらって買い出しに行きましょうか。

 ってシンヤ様! そんなにお肉ばっかり買ったらお金が……!


 次回、《デモンバトラー ブラックナイト》

 第3話『え!? 同じ値段でステーキを!?』


 熱き正義を滾らせます!

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