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第2話『まるで将棋だな』③

「わたくしが産まれるずっと昔、二つの世界で大きな争いが起こりました」


 レヴィアの紡ぐ物語は、その一文から始まった。


「長寿であり、強い魔力と多くの獣を従える闇の『デヴィリア』。短命で非力ながら数で圧倒的に勝る光の『ヒュクラン』。それぞれが司る闇と光を我が物とし、各々が世界を支配しようと争いを始めたのですわ」


 つまるところは戦争。

 それぞれの正義と悪がぶつかり合い、勝者は正義、敗者は悪となる。

 正義と悪を決定づける手段としてはもっとも単純明快な方法だ。


「しかしながら、お互いの力は拮抗しておりました。数の少ないデヴィリアが日に千人殺めれば、ヒュクランは日に千五百人の子を産み落とす。脆弱なヒュクランが知恵と数で押し切ろうにもあと一歩力が届かない。その争いがどれだけの期間続いていたのか知る者は誰一人居りませんわ。デヴィリアもヒュクランも疲弊してなお争い続け、『千年聖戦』と呼ばれるほど長きに渡る争いになりましたの。きっとそれが当然の日常となってしまっていたのでしょうね」


 一呼吸おいて、レヴィアは得意げに「ですが」と視線を上げた。


「今から約五百年前、一人のデヴィリアが争いに終止符を打ちました。その名も『バールド=スパイディア・デッドツリー』。わたくしの祖父にあたるお方ですわ。聡明な王であられたお爺様は、単身ヒュクランの王の元へと出向いて停戦協定を結びましたの。世界を繋ぐ門を閉じて互いへの干渉を辞め、それぞれの世界で生きていく契りを固く結び、千年聖戦の幕を閉じた双方の世界には平和が訪れたと言います」


 余程祖父を尊敬しているのだろう。

 良い意味で子供らしく、嬉しそうに語る姿はどこか微笑ましい。

 でもその表情は「しかし」という言葉で陰りを見せた。


「五年前のある日を境に、ヒュクランは再びこの世界への侵攻を始めましたの。ご高齢だった祖父に変わり、わたくしの父である第一王子『ヴァサゴリー=クローム・デッドツリー』が軍隊を率いて迎撃にあたりましたが、たった七人の白い騎士達によって撤退を余儀なくされたのですわ。その七人こそが『七聖騎士』と呼ばれる存在。鬼神の如き力はデヴィリアを遥かに超えるとまで謳われております。そしてその争いに際して、ヒュクランは自らを『人間』、七聖騎士を『天使』、そしてわたくし達デヴィリアを『悪魔』と称しましたの。わたくし達を『人間』という彼らと同じ枠から外すために」

「ちょっと待ってくれ」

「あら? どういたしまして?」


 ここまで黙って聞いていたが、こればかりはどうしても確認しなくてはならない。

 だってそうだろ。


「その言い方だと、まるでお前たちも元々は『人間』だったみたいじゃないか」

「だった、ではなくわたくし達は今なお人間でしてよ」


 強い口調で言い放つレヴィアから思わず視線を逸らした。

 それを知ってか知らずか、レヴィアはさらに口調を強くする。


「肉体的な構造にほとんど違いはありませんもの。肌の色、力の強弱、寿命の長さ、残した子孫の数。ヒュクランの中でもそれだけの違いがありますわよね? わたくし達デヴィリアは彼らより力と魔力が強い者が多く、長寿の者が大多数を占め、生殖能力が低い者がほとんどであるだけ」

「い、いや。じゃあえっと……その角は?」

「骨格の形状なんて一人一人違いますわよ。わたくし達デヴィリアは頭蓋骨の一部が突起状に側頭部や頭頂部から伸びているだけ。輪郭や歯並びがそれぞれ違うのと同じですわ」

「な、なるほど」


 確かに、彼女の言うことは間違っていない。

 さっきメルティにポリコレに反するとかなんとか言っていた癖に、これじゃあ盛大にブーメランじゃないか。


「じ、じゃあお前がちょくちょく口走る魔力とかなんとか、それはなんなんだよ?」

「あら、そんなものなら多かれ少なかれ誰しも持っているのではありませんこと? デヴィリアであれヒュクランであれ、生きとし生けるものなら。……確かに貴方のそれは全く感じ取れないほど微弱ですけれど」


 微弱なんかじゃない。完全にないんだよそんなものは。

 俺の知る限り、人間は魔力なんてファンタジックな物を所有していないはずだ。

 それが死んだら手に入るっていうのか?

 いやいや、ちょっと待て。違うだろ。分かってるんだろ。

 

「この世界は、天国でなけりゃ地獄でもないってか」

「……? なにを仰っているのか、理解出来ませんわ」

「だから俺は――――痛ってぇ!」


 そうだ忘れていた。

 俺がこの世界の住人じゃないことを話そうとするとブレスレット付近に激痛が走るんだった。

 変身は自由にさせてくれない癖に、どうしてこんな機能だけパッシブなんだよ。


「どういたしましたの? そういえば昨日も突然……それとその腕輪、先程寝室で何かに使おうと――」

「あぁ何でもない何でもない! 話の腰を折って悪かった! 続けてくれ」

「……ええ。そうでわね」


 完全に訝しんだ顔をしているレヴィアだが、それでも何とか話を再開してくれた。

 だが、祖父の話をしていた時の明るい表情はどこにもなく、刺した影はより色濃く、悲痛な悲鳴を上げているかのようだった。


「天使の存在は争いに大いなる影響を与え、わたくし達は次第に劣勢に陥りましたわ。それでも反撃の機会は残されていました。恐ろしいのは天使だけで、それ以外は取るにたらない人間ですもの。ですが、彼らはその下賤な知恵を働かせてある奇策を実行し、形成は一気に不利になりました。『堕天』と呼ばれたその奇策。こちらの戦士を捕らえ、洗脳し、聖騎士軍の――天使の元へ堕ちた戦士として利用を始めたのです」

「…………なんだよそれ」


 やっていることはまるで将棋のようだ。

 だが、扱っているのは駒じゃない。人間の命だ。

 数日前まで仲間だった者が洗脳され、敵として現れる。

 攻撃するにも、されるにも、それほど辛く苦しいことはないだろう。

 戦争だから――そんな言い訳では補いきれないほど、余りにも非人道的な行いだ。


「力を増した聖騎士軍は更にこちらを追い込むため、デヴィリアの王家――つまりわたくしの城に標的を定めましたわ。頑強だと思われた軍隊もあえなく破れ、お爺様も、お婆様も、お父様もお母様も叔父様方も叔母様方も従姉達も使用人達も皆――――」


 彼女はその後に続く言葉を言わなかった。

 違う、言えなかったんだ。言えるはずがない。


「生き残ったのはこの屋敷に隠されていたわたくしとメルティだけ。残された住人達は投降したか、そのまま虐殺されたかのどちらかですわ。それから三年間、わたくしはメルティと共に残り僅かなこの世界を護っておりますの。悪魔と呼ばれようと――いいえ、本物の悪魔となってわたくしは戦い続けますわ。デッドツリー家の名誉と誇りを護り、この世界を再興するために」


 悪魔の様な人間と、悪魔と呼ばれた人間がぶつかり合う光と闇の争い。

 世界の覇権をかけた戦争。

 俺の正義は、迷う間もなく悪魔を護れと叫んでいる。

 けれど、それはもう過去の話でしかない。

 三年前の昔話に他ならない。

 五年前に再開したという戦争はたったの二年で――。


「もうとっくに負けてるじゃないか……」


 戦争――それは正義と悪を決定付けるもっとも単純明快な手段。

 それ故に、決着は付いていた。

 この世界に悪は存在しなくなったのだ。

 レヴィアとメルティ――その二人を除いて。


「いえ、まだ負けてはおりませんわよ」


 それでも、気丈な態度のお嬢様は夜空を見上げてそういうのだ。


「違いました。負けるわけにはいきません、そう申し上げた方が正しいですわね」


 どうして?

 喉元まで出かけたその言葉は、月明かりに照らされた彼女の美しい笑顔で押し込められた。


「――――シンヤ」

「は、はい!」


 これまで感じることの無かったその威光に思わず声が上ずった。


「これまでの無礼を謝罪致します。もしも貴方が承諾してくださるのであれば、正式にわたくしの従属として仕えていただきたく存じますわ」

「…………いいのかよ? 俺は聖騎士軍の工作員かなんかで、お前の首を狙っているかもしれないんだぞ?」

「あら、そうですの? そうならそうと早く仰ってくださいな」

「いや違うけどさ……」

「はい。シンヤがそう言うのであれば、わたくしはシンヤを信じます。貴方、嘘が下手そうですし」


 俺を信頼しきった紅い瞳。

 こうなれば腹をくくらなければ男じゃない。

 世界がこの娘を悪だと言うのなら、俺は彼女だけの正義の味方になってやる。

 本当ならマスクナイトの様に世界を護る正義の味方でありたいけれど、やっぱり俺には荷が重すぎるし、お嬢様の身辺警護辺りが身の丈に合っているだろう。


「わかったよお嬢様。俺はアンタに仕えよう」

「はい。これからよろしくお願い致しますわね、シンヤ」


 どんな困難が待ち構えているのかわかったもんじゃない。

 もしかしたらブレスレットの変身機能は一度限りの必殺技みたいなもので、今度聖騎士軍と戦うことがあればあっけなく殺されてしまうかもしれない。

 それでも――――。


「俺はレヴィアの騎士になる。今後レヴィアがどんなピンチに陥ったとしても俺が――」

「あ、それは結構ですわ。貴方は執事でお願いいたします」

「護って…………ん?」


 え? あれ、おかしいぞ。

 どうしてだろう? わっつ? 今の流れは『はい、わたくしのナイト様』とか、そういう……。


「昨日までは二人だけでしたのに、たったの一日で仲間が倍に増えましたわね。よそから見れば小さくても、わたくしにとっては大きな一歩ですわ」

「え? 倍って、二人が三人になっただけなんだから倍ではないだろ」


 育ちがよさそうに見えて、案外お勉強には力を入れられなかったのだろうか。

 寝起きの様子を見ると我儘放題に育てられてもいても確かに違和感はないが。


「なにを仰りますの? わたくし、メルティ、シンヤ、それからわたくしのナイト様。これできっちり四人でしてよ?」

「はい……? あ、そうか」


 こいつ、俺があの騎士だってことを知らないのか。

 目の前で変身出来れば簡単なのだが……。

 相も変わらず、ブレスレットは口を固く閉ざしたまま、俺を変身させてくれる気はないらしい。


「まぁいいか」


 格好良く自分を助けたナイト様の正体がこんなんじゃお年頃のお嬢様はがっかりするだろうし、三人よりも四人目がいる方が安心できるだろう。

 それに、正体を隠すのはヒーローの鉄則だしな。


「それではシンヤ、主人として最初の命を与えます」

「な、なんだよ」


 いやな予感がする……というか、大体予想はついていた。


「今夜のうちにメルティと仲直りなさい」


 どっちみち、命令されなくても避けては通れぬ道だ。


「承知しました、お嬢様」

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