第2話『まるで将棋だな』②
クソ、恥ずかしい、死にたい。
穴があったら入りたいなんて本当に思う日が来るとは思わなかった。
なんだよ、『見てればわかるさお嬢様』ってなんだよ!?
「ああああ――――ッ!」
いい歳をした男が、叫びながら穴を探して豪邸の廊下を全力疾走している。
無論、俺のことである。
こんなに恥ずかしいのは高校の担任を『大首領』と呼び違えた時以来だ。
「ッハァ――ハァ…………」
出来る事なら宇宙の果てまで飛び去ってしまいたい程ではあるが、最近走り込みを怠っていたせいか、それとももう若くないということなのか、どちらにしても全力疾走は無理があったようだ。
脚の動きは鈍っているし、呼吸も乱れて息苦しい。
結局、喉の奥から変な臭いが昇ってきたところで廊下の曲がり角に座り込んだ。
「…………」
昨日レヴィアを運び込んだ時から思っていたが、この屋敷は余りにも広い。
いくら走っても果てまで辿り着けないのではないかと錯覚を覚えるほどだ。
外観もそうだが、中に入ってみればひとしおそう感じる。
廊下は横幅だけで4メートル以上ありそうだし、奥行きなど陸上大会が開けそうなほど長い。
レヴィアの寝室も学校の教室かと思うほど広くて、天井なんか二階建ての一軒家を丸々押し込めそうなほど高かった。そのうえ3階建ときたもんだ。
長い廊下にはいくつも扉があって、その一つ一つが部屋なのであれば軽く数十人用の宿泊施設にも出来そうである。更には地下には沢山の牢獄付き。
「お嬢様……ね」
だがこの屋敷には欠陥とも言うべき点がある。
いや、欠陥というより違和感か。
端的に言えば、この屋敷には煌びやかさがまるでない。
レヴィアの巨大なベッドには如何にもお嬢様らしい天蓋がついていたし、寝室の天井には巨大なシャンデリアが灯っていた。
この廊下にだって真っ赤な絨毯が敷かれていて、思い描いた通りの西洋貴族が住まう城の様である。
なのに、それらが全てくすんで見えるのは俺の心が荒んでいるせいではないだろう。
単に手入れ不足と言ってしまえば簡単だ。
しかしそれだけでは言い尽くせない何かがここには確かに存在する。
逆に存在していないのかもしれないが。
「シンヤ様ぁ~! どこですかぁ~!」
不意に騒々しい足音とメルティの声が響き、慌てふためいたその声色に少しだけ罪悪感が募った。
あのふてぶてしいお嬢様と違い、彼女がやけに俺を気にかけていることを強く感じているからだ。
「うわっ! シンヤ様! こんなところにいらっしゃったんですね!」
俺の陰に驚いたのか、声をうわずらせた彼女の手にはランタンが握られていた。
気がついていなかったが、辺りが随分暗い。
地下牢獄と違ってここには沢山の窓がはめられているが、そこから見える空は沈んだ夕日の残光を残して紺色に染まっている。
また夜か。
今日は随分と長い時間眠ってしまっていたらしい。
「こんな所に座っていたらお尻が痛くなっちゃいますよ? それに執事服を着ているのですから、もっと気品のある行動をですね――――」
顔が良いだけのお嬢様と違い、こんな風に気にかけてくれる辺り彼女は可愛らしい。
その分、期待の込められた瞳に答えられないのは心苦しいが。
「人を石みたいなベッドで眠らせといてよく言うよ」
「むっ、恨み節ですか。男らしくもない」
「その発言はポリコレに反するぞ」
「ぽ、ぽりこれ?」
この発言もまた、男らしくなないのだろう。
男らしくもなければ大人らしくもない。
相手が知らなそうな言葉をわざわざ選んで嫌味を言っているあたり俺もなかなか器が小さい。
「そんなことよりどうなされたのですか? 急に部屋を飛び出すなんて。結局変身もしていませんし」
「あ――えっと」
精一杯格好つけたくせに変身できなくて羞恥心のボルテージが振り切ったとか、それこそ恥ずかしすぎて言えそうにない。
いやむしろ、変身なんてできる方がおかしいのだから恥も何もあったものではないのだけれど、それでも昨日の様に変身できると疑っていなかった。
「なんでだろうな……。俺もよくわからないっていうか……うーん、気が乗らないって答えじゃ不満か?」
「……わかりました」
その瞳から期待の色が消えていく。
落胆した様子の彼女には悪いが、こればっかりはどうしようもない。
――左手首の黒いブレスレット。
俺をヒーローへと変身させた未知のアイテム。
この地獄へ落ちた俺は、携帯や財布や腕時計など、衣類以外の全てを失っていた。必要ないと言わんばかりに奪われていた。
そんな中唯一与えられたものがこれだ。それはつまり、これが今の俺に必要だということなのだろう。
死後に与えられるご褒美だとは到底思えないし――。
などと。
ぐずぐず考えている俺に、メルティは溜め息をこぼした。
「……やはりあなたも人間。手の内は明かせないと言ったところでしょうか」
「は? なんだよそれ」
俺を見下す彼女の眼。
期待とは真逆で、落胆なんて生易しい物でもない。
蔑むような、失望したような、レヴィアと遜色ない冷たい視線が全身に突き刺さる。
「それとも最初からここに潜入するのが目的だったんですか? そう考えればあなたの後を追うように現れた聖騎士軍の手先にも説明がつきますもんね。すっかり騙されてしまいました。やはり下賤で脆弱な人間に頼ろうなんて考えたのが間違いでした」
「おい、お前――」
なんだよ急に。
ていうか悪いのは俺か?
俺はお前と、お前のお嬢様を護ったんだぞ?
恩を仇で返すなんて文化は日本だけの物だと思っていたが、死後の世界でも同じらしい。
ただの一度の失態とも言えない失敗で――――。
「なんでそこまで言われなきゃなんないんだよ!? お前が悪魔なのか何なのか知らないけどな、下賤なのはどっちだ? 聖騎士軍がどうとかてめぇの事情だけで喋りやがって、結局俺のことを利用したかっただけじゃないか。そんで思い通りに行かなかったらこれか。人間だからってだけで信用もしてなきゃ信頼もしてない。大概にしろ、俺はお前の武器でもなきゃお嬢様の盾でもないんだよ!」
「誰がそんなことを言いましたか!? あなたに助けられたことは感謝しています、していました! だからこそ行く充ての無いあなたをここに招き入れたんです! 人間のあなたを! それなのにあなたと来たら全く協力的じゃないではありませんか! そんな態度で信用しろという方が無理な話です無茶苦茶です!」
睨みつけた彼女の目じりは先程よりも明らかに鋭くなっていた。
完全に逆ギレだ、あのお嬢様よりタチが悪い。
「こっちの事情も考えないで、そっちの都合ばっかりかよ」
「自分の都合ばかり考えているのは人間の方じゃないですか!」
「…………」
あまりにも、あんまりだ。
酷すぎて何も言葉が出てこない。
ついさっきまで味方だと思っていたのに、可愛い奴だなんて微塵でも思った俺が馬鹿だった。
「…………人間がどうとか、悪魔がどうとか言うつもりはないけどさ」
俺はとんでもない過ちを犯したのかもしれない。
自分の正義を信じて、正しいと思ったことをしたはずなのに。
今となっては激しい後悔に襲われている。
「メルティお前、最低だ」
「――――ッ!」
声にならない声をあげ、これ以上ないほど睨んでから、彼女は踵を返して元来た道を立ち去った。
本当に最悪だ。
俺はなんて奴を助けてしまったんだ。
どこまでも響く彼女の足音が扉の閉まる音の中に消えたことを確認してゆっくりと立ち上がると、硬い床に座っていたせいで尻が痛んだが、そんなものは苛立ちに紛れて気になりはしない。
「…………ふざけんな」
吐き捨てる捨てるように呟いて、出口に向かい歩き出す。
イラつきすぎて真っ当な判断が出来そうもないが、ここにいるよりは幾分マシだ。
幸いこの屋敷はデカいだけで造りが複雑だというわけではなく、来た道をまっすぐ歩いて行くとあっけなく出口に辿り着いた。
入口ではなく、出口。
大きな扉を開くと目の前にはこじんまりとした庭、そしてうっそうと茂る木々の道が続いている。
普段なら怖くて入ろうとは思えないが、今はそんなことどうでもいい。さっさとこの悪魔城から立ち去りたい。
その一心で進むうちに、気がつけば暗い森の道を通り抜けていた。
「…………」
この草原が最初の景色だった。
色々なことがありすぎて自分でも何が何だかわからない。
俺がこうして立っていることさえ奇跡なのに、そのうえ死後の世界だなんて冗談にしても笑えない、ファンタジーが過ぎるんだよ。
悪魔とか、ドラゴンとか、聖騎士軍とか――――暗黒騎士とか。
『――暗黒騎士、ですわよね?』
レヴィアが言ったその言葉。彼女が名付けた俺の姿。それにどんな意味が込められている? 俺はどうしてここにいる?
「お前は俺に何をしろっていうんだよ」
ブレスレットに問いかけてみても答えが返ってくることはない。ただ黙ってそこにあるだけ。
こんな所だけリアル仕様ですか。
そうだ、これは現実。いくら非現実的であったとしても。
俺はもうあの屋敷には戻れないし戻らない。だけど現実的に考えて、今から寝床を探しに人里へ降りるなんて無理な話だ。なら夜が明けるまでここで野宿でもするしかないだろう。
「昨日の目覚めは悪くなかったもんな」
「あら、いくら寝心地が良いと言ってもこんなところで寝転がってはお召し物が汚れてしまいますわよ?」
「うおっ――って、レ、レヴィアか」
突然背後から響いた声に思わず体が跳ね上がる。
昨日彼女と出会った時もこんな調子だった。
捻じれた角が月明かりに照らされて銀色に輝いて見える。
「失礼しちゃいますわ。化け物を見るような顔をして」
「悪魔は化け物じゃないっていうのかよ」
「そうですわね。否定は致しませんわ」
俺は人間だ、こいつらの様な悪魔とは違う、化け物じゃない。
だからそもそも分かり合うことなどできないんだ。
悪魔のお嬢様など、特撮風に言えば悪の組織の大幹部。ヒーローの俺とは敵対する関係にある。
「ですが、わたくしからすれば人間である貴方もまた化け物。それだけは覚えておいてくださいませ」
「……月並なことを言うんだな」
そんなありふれた言葉を言われたところで響きはしない。
いまさら感慨深いとありがたがるほどの物ではない。
「月並――良い言葉ですわね。どのような意味ですの?」
「平凡でつまらないっていう意味だ」
「まぁ、ますます気に入りました」
「嫌味だぞ」
「月と並んで平凡であれば幸せですわ。それとも貴方は月よりも上でありたいのかしら? それは正に高望みではなくって?」
もっともらしいことを言う。
だが、月並の月は暦の月であって天体の月ではないし、つまらない言葉遊びなんて求めていない。
「平凡でいいのかよ」
「平凡がいいのです」
非凡な奴が言いそうなことだ。
温室育ちのお嬢様なら尚更。
「ハンバーガーの注文の仕方とか知らなそうだしな」
「はんばぁがぁ? なんですのそれは?」
「お嬢様には縁のない食い物だよ」
「あら、そう言われると余計に気になりますわね」
「どうせ口には合わないさ」
環境も立場も違うんだ。
種族も性別も、年齢も外見も使命もなにもかも違う、悪魔であるこいつとは全く違う。
こいつらの住む世界とはかけ離れたとこに俺は居る。それは恐らく聖騎士軍とやらも同じで、俺はそちら側の存在であるべきはずなのだ。
なんとなく理解していたはずなのに、それでも俺は彼女たちを助けてしまった。
憧れのヒーローの様に変身して、仲間であるはずの騎士たちをその手にかけた。
いうならば同族殺し。
もう戻ることなんかできない。取り返すことなんてできない。取り繕うにも間に合わない。
「合うか否はわたくしが決める事。こう見えても食わず嫌いはしない主義でしてよ?」
「…………説得力が無いな。人間ってだけで俺を忌み嫌うアンタが言ったところで、それは利いた風な言葉でしかないよ。悪魔のお嬢様」
「まぁ」
特にショックを受けた様子もなさそうに彼女は言って、草原に腰を下ろした。
こうしてみると本当に幼い。中学生か高校生くらいの少女だ。
寝室で感じていた威圧が嘘のようで、月明かりに照らされた表情は穏やかで、まるで昨日とは別人のようである。
「貴方もお座りになって」
「お召し物が汚れるんじゃなかったのかよ?」
「それが悪いなんて申しておりませんわ。どなたにも叱られませんもの」
言われるがまま彼女の隣に座りこむと、彼女は笑った。
口元を隠す仕草がお嬢様らしいというか、育ちが良いのは間違いなさそうだ。
「なんだよ」
「あら、ごめんあそばせ。貴方ったら警戒も何もしないものですから」
「それはお前も同じだろ」
「人間なんて取るに足りませんもの。警戒なんて必要ありません」
「俺だってそうだ。子供相手に警戒なんか要らない」
「まぁ、勇敢ですこと」
「そんなこと――――」
そんなこと、ない。
勇敢なものか。
いざとなればこのブレスレットがまた俺をヒーローにしてくれる。そんな甘えた希望的観測が無ければこうして対等を気取っていらない。尊大な悪魔の態度に見惚れていられない。
「とにもかくにも、あの娘がどうしても貴方を執事にしたい理由が少しだけ分かりましたわ」
「でもお前は反対なんだろ?」
無論、俺だってごめんだ。
こんな悪魔と共にいたら寝首を掻かれるのではないかと不安で眠れない。
「それはそうですわ。人間が傍にいるだなんて、いつ何時首を取られるか不安で夜も眠れませんもの」
本気で言っているのか、それともただの軽口なのか、彼女は首を摩る様な仕草をしながら俺の思考をそのまま読み取ったかのような言葉を吐いた。
「人間なんて取るに足らないんじゃなかったか?」
「恐るるには足りますわ。それだけのことを彼らはしてきましたから」
彼ら――か。貴方方ではなく。
彼女なりに気を使った言葉選びをしたのだろうか。まさか、悪魔がそんなことするはずはない。いやむしろ、そうやって言葉巧みに人間の心を誘導するのが悪魔の手口だったか。
でもそれにしては彼女の態度、落ち着いているというか、あからさまに滲ませていた敵対心めいたものが感じられない。
「寝室のお前とは別人みたいだな」
「嫌ですわ、御見苦しいところをお見せいたしましたわね。忘れてくださいまし。わたくし寝起きは悪い方ですの」
「寝起きが悪いって……」
それだけの理由であんなに凄まれてはたまったものじゃない。
下賤だの脆弱だの好き放題言っていた癖に。
「もちろんそれだけじゃなくってよ? 日が出ている間はどうしても気が立ってしまいますの」
「なんでだよ、悪魔は日の光が苦手なのか?」
「あら、おかしなことをお訊きになられるのね」
嫌味というよりは意地悪をする子供のように、彼女は口角を上げてそう言った。
だがしかし、その紅い瞳は決して笑ってなどいない。
「日の出ている間は攻めてくるでしょう? 貴方や、彼らの様な聖騎士軍の先兵が」
彼らというのは昨日の蛇鳥や鎧騎士たちのことか。そして俺もその一員であると彼女は考えているらしい。
仕方がないと言えば仕方がないのか。
彼女たちの言い方から察するに、人間たちは聖騎士軍とやらに所属しているのが普通なのだろう。
死後の世界で悪魔と敵対する軍団に入るなど、相当な物好きしか取らない選択肢だと思うが、そうでもないらしい。
じゃなきゃ、こうも人間を毛嫌いする悪魔が二人もいる理由が分からない。
「ですから――という訳ではないですけれど、あの娘も先程は気が立っていたのでしょう。それとも不安が募って焦りが出たと言い換えたほうがよろしいかしら」
「……聞いてたのか?」
「わたくしの館は良く声が響きますもの。あの娘の怒声を聞いたのは久しぶりで、とっても驚きましたのよ?」
彼女の口調から、別に俺を責めているつもりが無いのは分かる。
それでも胸が苦しくなるのはきっと、何も解決していないからだ。
あいつとの喧嘩とも言えない罵り合いで、生まれたのは目に見える決裂だけ。
もともとそんなに関わりが深かったわけじゃない、だから決裂というのも大げさな気がするが、この後味の悪さは言葉では言い尽くせない。
「あの娘は昔からそうでしたわ。焦ると取り乱して、周りが見えなくなって、言わなくていいことまで口走って、ついには自分自身すら見えなくなって。それでも最後には何も言い返せなくなって、部屋に籠って泣いちゃいますの。今回もきっと、あの娘に原因があるのでしょう?」
優しく諭すような彼女の言葉で、古い記憶が蘇った。
大したことじゃない。
小学生の頃、クラスメイトと喧嘩した時のことだ。
当時五年生だった俺は、段々ませてきた友人に特撮趣味を馬鹿にされ、殴り合いの大喧嘩に発展した。
結果だけ言えば、俺は勝った。
四年生の頃から剣道教室に通っていて他の子よりも力があったこともあるが、たまたま顔に当たった拳が彼の鼻を折ったのが決め手となったのだ。
でもその後、双方の親を呼び出され、向こうの親にも自分の親にも担任の教師にも酷く叱られて、その場で『ごめんなさい』を言ったのは俺一人だった。
悔しくて、腹が立って、次の日は学校に行きたくなくて、それでも朝には家を追い出されて――結局俺は学校とは反対方向の道場へと足を運んだ。
師匠は『学校をさぼることは何事だ』って怒ったけど、それ以上は何も訊かず俺を家に上げてくれて、大学生だった師匠の娘さんが話を聞いてくれたっけ。
思えば初恋はそのお姉ちゃんだった。その恋心が報われる日は来なかったけれど。
「あの娘の主人として謝罪致しますわ」
声も言葉も内容も、何一つ彼女とお姉ちゃんに一致する物はない。
だけど、その優しさの中に共通点があったのだろう。
今はその優しさが俺にではなく、メルティに向けられていることも分かっている。
だけど確かに、彼女はお姉ちゃんと同等の優しさをその心に宿しているのだ。
「…………レヴィア、頼みがある」
「あら、それはどんな?」
でも、だからと言って、ただ闇雲にその優しさへと飛びついていた俺はもういない。
少しばかりは背も伸びて、酸いも甘いも多少なりとも噛み分けて、ある程度の事なら自分の中で分別がつくようにはなった。
貫くべき正義も、倒すべき悪も、マスクナイトが教えてくれた。
「さっき言ったよな? 恐るるに足りる、彼らはそれだけのことをしてきたって」
「ええ、申し上げましたわ」
だから今は知らなければならない。
二人の幼い悪魔の正義が、どんな正義との戦いを強いられているのかを。
「今この世界がどういう状況なのか、お前たちが聖騎士軍と――人間と争っているのはなぜなのか、一から全部教えてほしい」
「まぁ、貴方はそんなこともご存じなくって?」
そして俺は選ばなければならない。
勧善懲悪など存在しない現実という世界の中で、俺の正義を滾らせるのはどちらなのか。
「わたくしの執事になるというのでしたら、お勉強が必要ですわね」
ブレスレットの重みが増した様な錯覚を覚える。
それが正義の重みであるというのなら、俺は受け入れよう。
たとえ敵となるのが人間であったとしても。