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第2話『まるで将棋だな』①

 目が覚めると見知らぬ天井が映った。

 冷たい石造りの天井には、壁と同じく窓どころか通気口らしきものも無い。

 転々と設置された蝋燭に灯る炎だけが辺りを照らしていて、今が昼なのか夜なのかも判別不能な状態である。


「いてて……」


 体を起こすと全身の節々が悲鳴を上げた。

 このベッドは人間が寝るには硬すぎるうえカビ臭すぎる。少なくとも、客人に用意するものではなさそうだ。

 この部屋からの唯一の出口は鉄格子のかかった重そうな扉一枚だけ。

 まるで――というか、牢獄そのものである。


「あ、おはようございますシンヤ様。よく眠れましたか?」

 

 突然の声に全身が跳ね上がった。

 いつからそこにいたのか、件の鉄格子から赤毛の少女がこちらを覗き込んでいる。


「……おはようメルティ。硬くて臭くて、最高の寝心地だったよ」

「それはそれは」


 皮肉と分かっているのかいないのか、彼女は微笑み、耳障りな音を立てながら扉を開いた。

 昨日と同じメイド服姿の彼女は、その手に大きな鍵を握りしめている。

 昨晩は疲労が限界値を超えていて気がつかなかったが、よもや幽閉されていたとは。


「信用してくれていると思ったんだけどな」

「信用はしています。でも今の貴方は捕虜という扱いですから」

「捕虜って……」


 成り行きとはいえ彼女たちを救ったというのに、この扱いはあんまりである。

 やはり大人しくあの鳥や鎧騎士に味方するべきだったのだろうか。

 

「安心してください。それも今日までですから。さぁ、これに着替えてください」

「え? それって――」

「御覧の通りの執事服です」


 彼女が広げたのは黒い生地の燕尾服だ。

 まさかとは思うが……。


「そんな顔をしないでください。私の言う通りにすれば万事解決ですから」


 なんて。

 調子よく言い切ったメルティだったが、生憎物事はそううまく運ばなかった。

 

「許しませんわよ。下賤で脆弱な人間を執事にするだなんて、デッドツリー家の名誉に関わりますわ」


 煌びやかなベッドで上半身を起こした黒いネグリジェ姿のお嬢様――レヴィアは冷たく言い放った。

 寝起きだというのに、黒い長髪は綺麗に整っているし、真紅の瞳もパッチリと開いている。

 肌が病的なまでに白いのは寝起きだからというわけではないのだろう。ましてや、寝起きであることを理由に側頭部から灰色の角が生えることなどあり得ない。

 曰く、彼女は『悪魔』の類なのだそうだ。

 

「おいメルティ、聞いてた話と違うぞ」

「大丈夫ですよ。お嬢様の事ならお任せください」


 メルティは耳打ちしてからニコリと笑った。

 恐らく彼女も人間ではない。

 レヴィアと同じく悪魔であるか、もしくはそれに類する何かなのか。


「案外素直でチョロいんですよ、このお方」

「言い方が酷い」


 さては小悪魔だなこいつ。


「いいから任せてください。シンヤ様は私の言う通りにしていただければ大丈夫です」

「あ、あぁ」

「貴方たち? コソコソと何を話しているのかしら?」

「いえいえなんでもありませんよ~」


 レヴィアは訝し気に目を細め、メルティと俺を交互に睨んだ。

 小柄な少女であるにもかかわらず、その凄みたるや獰猛な肉食獣にも通ずるものがある。


「とにかく。わたくしは許しませんわよ」

「まぁ! お嬢様ってば、いつからそんな()()()()になられてしまわれたのでしょう。メルティは悲しゅうございます」

「はい? なんですって?」


 どんな口車で彼女を言いくるめるのか少々期待していた俺だったのだが、まさかの展開である。

 このメイド、躊躇なくお嬢様をディスっているではないか。


「聞こえなかったわ。もう一度言ってごらんなさい?」

「何度でも申し上げます。お嬢様が恩知らずになられてしまって、私は悲しいと言っているんです」

「あら、まぁ」


 あくまで澄ました表情のレヴィアだが、目に見えるほどの圧がその背後から襲ってくる。

 今にも首根っこを食いちぎられそうな空気の中、それでもメルティは態度を崩さない。

 このメイド、恩は知っていても命は知らないのだろうか。


「このわたくしが恩知らず?」

「それはもう。恩知らずも恩知らず。だから親知らずも生えてこないんですよ」

「今、そのお話は関係ないのではなくって?」


 親知らず生えてないんだ……。

 悪魔にもあるんだ親知らず……。

 てかマジで関係ないから話が逸れそうなことを言わないでほしい。


「理由を言ってみなさいな。わたくしが納得できるだけの理由を」

「そんなのは簡単ですよ。ね? シンヤ様」

「え!? あ、うん」


 なぜここで俺に振る?

 ただでさえ印象最悪なんだからお前のお嬢様煽りに俺を巻き込むな。極力敵対心を煽らず綺麗に話を収束させるよう尽力しろ。


「あらまぁ。そうですの」


 ほら睨まれた。

 相変わらず凄みの利いた眼光に鳥肌が立ってしまったではないか。


「貴方に何かしていただいたかしら? 訳の分からないことを言いながらわたくしに馬乗りになって胸に顔をうずめつつ激しく前後運動していたことくらいしか覚えていないのですけれど」

「誤解を招く言い方すんな!」


 それではまるで不埒な目的があったようではないか。

 俺はただ、真空地獄車をお見舞いしようとしただけだ。


「あら? わたくしが間違ったことを言いまして?」

「大間違いだ! たまたま上手くいかなかっただけで、天空地獄車は決まれば相当な威力を発揮する必殺技なんだよ! アンタが思ってるような如何わしいもんじゃない! そうだよなメルティ!」

「いいえ。その件についてシンヤ様に非があります。お嬢様に謝罪してください」

「お前にも天空地獄車をお見舞いしてやろうか?」


 一体どっちの味方なんだよこの小悪魔め。


「……シンヤ様、ここは素直に謝罪してください。その恥辱車とやらの件を謝罪していただかないとお嬢様は尚更意地を張ってしまわれます」

「地獄車な!? とんでもない言い間違いをするんじゃないよ!」

「貴方たち、だから何をコソコソと――」

「あぁ、申し訳ありませんお嬢様。シンヤ様がなんと謝罪をすれば許していただけるかと悩んでいるようでして。ね?」

「は?」


 そもそもあれはレヴィアが俺を襲ったのが原因だろう。なのにどうして俺が謝らねばならんのだ。

 首根っこ掴まれて持ち上げらたうえ、殺すだなんだと脅されたのだから反撃して当然だろうに。それも人外相手なら全力だって出すわ。


「シンヤ様、お気持ちは分かりますが今後の為です。この埋め合わせは私が致しますから」

「なんでお前がそこまで……いや、わかったよ」


 メルティは俺の事を思って言ってくれているのだろう。

 確かにこのままでは話が平行線だし、ここは大人らしく、おとなしく従っておこう。

 ただしまあ、条件ぐらい出してもいいかもしれない。


「……後で天空地獄車の練習に付き合ってくれるなら言う通りにする」

「えぇ……なんですかその執着は? まぁいいですけれど……」

 

 思わぬ収穫である。

 なんにせよ、天空地獄車の練習に付き合ってもらえるというのなら安い買い物だ。


「あの……レヴィア。お前に天空地獄車を掛けようとしたことは謝るよ、悪かった」

「まぁ、案外素直ですのね。いいですわ、その件は水に流して差し上げます」

「流石お嬢様は寛容でいらっしゃる。良かったですね、シンヤ様」

「あ、あぁ」


 満足げに昨日も聞いたような事を言ったレヴィアを見て、メルティは小さくウィンクをした。

 なるほど、これは確かにチョロいかもしれない。


「それで、わたくしが恩知らずという件についてはどう説明いたしますの?」


 そう言えばそんな話でしたね。


「説明するも何も、シンヤ様はお嬢様を危機から救ってくれたではありませんか」

「あら?」


 そーだそーだと横やりを入れたいところだが、何故かレヴィアはきょとんとした様子で首をかしげ、それから嘲笑するように口元を隠し、俺の体を舐めるように一瞥した。

 まるで轢死した小動物の死骸を眺めるような、興味と嫌悪が混在する視線が非常に不快である。


「そんな嘘がわたくしに通用すると思って?」

「う、嘘ではありません。お嬢様もご存じのはずです。聖騎士軍の魔導兵士(オートマタ)やコカトリスを葬ったのは――」

「メル。おやめなさい」

「――――ッ!?」


 ぴしゃりと厳しいレヴィアの声に、メルティは口を噤んだ。

 なにやら思惑が外れたらしい。先ほどまではあんなに自信たっぷりだった彼女の背中がどんどん小さくなっていく。


「貴女がわたくしに嘘を吐くなんて、一体どうしてしまったのかしら? そんなにその人間がお気に召して?」

「ちがっ! 違いますよお嬢様! どうして私がこのような気持ちの悪い不審者を気に入ることがありましょうか!」

「おい」


 失礼が過ぎる。誰が気持ちの悪い不審者だ。

 ……いや、そんなことはこの際どうだっていい。

 レヴィアが、俺をここまで邪険にする理由は何だ?

 危害を加えたことは認めるが、その件についてはさっき謝罪したばかりだし、彼女も良しと言った。

 メルティの言うように素直でチョロいのなら、もう少しおもてなししてくれてもよさそうなものなのに。 


「……まさかとは思いますけれど、わたくしが何も覚えていないと思っているのかしら?」

「覚えていらっしゃるなら尚更――」

「――暗黒騎士、ですわよね?」


 どこか遠い眼差しで、彼女は言った。

 暗黒騎士というのは、もしかして俺が変身したあの姿のことを言っているのだろうか?

 そんな悪役みたいな呼び名をつけるなと抗議したいところだが、それ以上に気になるのは、どうしてそこまで知りながら俺を邪険にするのかという点だ。


「わたくしは確かに覚えてますのよ。あの凛々しいお姿、逞しいお身体――あのお方には感謝してもしきれませんわね」

「で、ではどうしてシンヤ様を認めて差し上げないのですか?」

「なんですの? 飛躍しすぎてお話が掴めませんわ。わたくしのナイト様とその人間は関係無いのではなくって?」


 話が掴めないのはこちらの方だ。

 さっきから聖騎士だの暗黒騎士だの、挙句の果てには『わたくしのナイト様』だって?

 俺はお前の物じゃないし、聖騎士か暗黒騎士かの二択であれば間違いなく前者だ。


「…………あっ、なるほど。シンヤ様シンヤ様、状況が読めてきました。解決方法も簡単ですよ」


 だんだんイライラしてきた俺の傍らで、メルティは閃いたように呟いた。


「なんだよメルティ。俺があの性悪悪魔に天空地獄車を食らわせればいいのか?」

「どれだけ好きなんですかそれ……ってそうじゃなくて、お嬢様は暗黒騎士の正体がシンヤ様だということに気がついていらっしゃらないみたいです」

「……そうなの?」

「そうなのです」


 いや、察しが悪いというレベルではないぞそれ。

 仮に変身を見ていなかったとしても、あの状況で俺以外に誰が変身するんだよ。

 

「ですから、今ここで昨日の様に変身すればいいんですよ。そうすれば少なくとも私が嘘を吐いていないことが証明できますし、シンヤ様への対応も百八十度変わると思います」

「……えぇ」

「あれ? そんな反応が返ってくるとは予想外ですね」

「だってさぁ……」


 戦闘時以外に変身するって、ヒーローとしてどうなの?

 っていうか、敵が現れても必要な時以外は変身しないのが鉄則だろう。

 仮に戦闘時以外で変身することがあるとすれば、『マスクナイト・第38話《決めろ! 炎の必殺シュート!》』のマスクナイトの様に、怪人によって傷つけられ、二度とサッカーが出来ないんだ……僕の人生に意味なんてないよ! と失意の底に落ちた入院中のタケシくんの元へ励ましに駆けつける時だけだ。


「そういう訳だから。俺は怪人とタケシくんの前以外では変身しない」

「どういう訳ですか。全体的に意味が分かりません」

「とにかく、俺は緊急時以外変身するつもりは無い」

「めんどくさいですねぇ……ちゃちゃっと変身してくれれば解決するものを」

「男として貫くべきところは貫いていかないとな」

「分かりました。変身してくれたら天空地獄車の練習台になってあげます」

「いいね。乗った」

「貴方もお嬢様に負けず劣らずチョロいですね」


 そういうことなら仕方がない。

 俺も男だ、やるべきことはやってやる。


「あら、会議は終わりまして?」

「……タケシくん」

「レヴィアですわ」

「……タケィアくん」

「レヴィ……まぁいいですわ。今度はどのような出まかせを思いついたのでしょう。はやく笑わせていただいてもよろしくて?」


 腹立つなぁ。

 良いのは見た目だけかよ。

 だが、そんな態度も今のうちだ。


「見ててくれ、俺の……変身――!」

「はい?」


 俺は身に纏った執事服の袖を上げ、腕に巻きつけられたブレスレットを露出する。


「それは……?」

「見てればわかるさお嬢様」


 昨日はとっさの事で言えなかったが、今回は言ってやる……。

 夢にまで見たマスクナイトと同じ変身コード!


「行くぞ――ッ!」


 俺は叫び、右手の人差し指(エーン)中指でブレスレットの中心を弾き、右腕を頭上に掲げた。


「――『装転』ッ!」

「な、なんですの!?」

 説明しよう。『装転』とは、マスクナイトがバトルスーツを身に纏う為に必要な変身コードである。

 彼の場合は変身アイテム兼主力武器である『ナイトブレード』を利用して変身するためポーズのシルエットは少々異なってしまうが、そんなことは関係ない。

 俺は今、マスクナイトの魂を受け継いだのだ!


「うぉおおおお――――って、あれ?」


 特撮には付き物の不測の事態である。

 格好良く変身ポーズまで決めたというのに鎧が出現しないではないか。

 見ると、昨日は開いていたはずのブレスレットの中心部が固く閉ざされたままであり、紫の水晶のようなものも露出していない。


「シンヤ様、何をなされているんです? 早く変身しちゃってくださいよ」

「あぁ……えっと……」


 小声で急かすメルティと、困惑した様子のレヴィア。

 可能であれば俺だってそうしたいところだが、どのボタンを押したところでブレスレットはうんともすんとも言わなかった。


「……なぁメルティ」

「は、はい」

「この辺に穴とかない? でっかい穴」

「へ? 無くはないと思いますけど一体どうして――」

「入るんだよッ!」

「シ、シンヤ様! 早まらないで――ッ!」


 羞恥心が軽く臨界点を超え、俺は寝室を飛び出していた。

 背中に感じる冷たい視線は気のせいではなさそうで、頬がだんだん熱くなる。

 死人が言うことではないかもしれないが、あえて言おう。


「死にてぇええええええ!」


 だがしかし、叫んだところで羞恥心が拭われるほど人間の感情は単純には出来ていなかった。

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