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第1話『不審者を殺せ』②

 どういう状況なんだよこれ……。


 押し倒した自称悪魔の少女は泣きべそをかいてるし、赤毛のメイドはブチギレている。

 そのうえ小柄なドラゴンがのっそのっそと近づいてきているのだ。


「ひじきー! 不審者を殺しちゃいなさいー!」


 どうするんだよこれ、どうしたらいいんだよ!?

 流石にドラゴンとやり合う度胸なんかないぞ、そもそもドラゴンってなんだ。

 ここ地獄なんだろ? 悪魔がいるのはなんとなく腑に落ちるけど、ドラゴンがいる地獄なんて聞いたこともない。

 困惑する俺のことなど関係ないと言わんばかりに迫りくる真っ黒なそれは、ぐわっと口を広げ鋭い牙をむき出しにした。


「くそ……」


 現状を覆す手立てなどなく、情けない声をあげて目を伏せることしかできない。

 死んだ人間があの世で死んだら、その時は一体どうなってしまうのだろう?

 想像もつかない恐怖を前に俺はどうすることも出来ず、ただその瞬間を待つしかない。

 こんなことなら最初に死んだその時に、意識も肉体も、全てを消し去ってくれればよかったのに。

 そうすればば未練も何も……あぁいや、ひとつだけあったな。

 あの時は最後まで言えなかった。

 ならせめて、最後はこの言葉で終わらせよう。

 

「……熱き正義を、滾らせ――」

「危ないですわッ!」

「ろぉおおお――――!?」


 次の瞬間、俺の体は吹っ飛んでいた。

 レヴィアに突き飛ばされたのだ。

 訳の分からぬまま原っぱを5メートルほど転がったところでやっと止まったことを考えると、やはり彼女はとんでもない怪力の持ち主らしい。

 まさかドラゴンから俺を護ってくれたのか?

 そう思った俺の耳に届いたのは、先程も聞いた赤毛メイドの悲鳴であった。


「いやぁ――! ひじきぃ――!」


 顔を上げたところで、俺はその光景に絶句した。

 白い巨大な鳥が、ドラゴンを丸のみにしているではないか。

 上空を飛んでいる時には分からなかったが、その頭には嘴が無く、まるで鳥と蛇のキメラの様な姿をしている。

 天空地獄車を掛けようとするあまり存在を忘れていたが、メイドが大声を出しまくったせいでこちらに気がついて襲いに来たのだろう。


「メル! お逃げなさい!」


 そしてひとつ、勘違いをしていたことがある。

 空を割って現れたのは鳥だけだと思っていた。だが、その背中には3人の鎧騎士が搭乗していたのだ。

 銀の鎧を身に纏った3人の騎士。

 ガシャガシャと音を響かせて鳥から飛び降りたそいつらは、レヴィアを取り囲むように立ちふさがった。


「お嬢様!」

「なにをもたもたしておりますの! わたくしのことは構わず早くお逃げ――うっ!」


 1人の騎士がかざした拳は少女の腹部にめり込んだ。

 彼女はうめき声を上げたまま仰け反って、残りの二人に取り押さえられた。


「お嬢様っ! よくもお嬢様を――――キャッ!」


 がむしゃらに突っ込んだメイドは、成す術もなく投げ飛ばされて小さな悲鳴を上げた。

 騎士たちは俺に見向きもせず、ひたすら少女に拳をふるう。

 やはり、彼らは俺の味方なのだ。

 恐ろしい悪魔の手から俺を救い、天国へと誘う為に現れた使者。

 これで俺は天国に逝ける。

 辛いことも苦しいことも、怖いことも何もない光の世界に。

 闇はいつでも光に屈する定めなんだ。

 この世に悪が栄えた試しなんかない。

 敵がどんなに強大であろうと、正義は絶対負けない。

 そうだ、これが正しい世界の摂理だ。


「うぐっ! はやく逃げっ! お逃げなさい!」

「お、お嬢様……」


 でも、本当にいいのか?

 あんなに殴られたら、俺と同じように死んじまうんじゃないか?


「あ、あんたら、その辺にしといてやれよ? もう充分だろ?」


 震えた声が彼らに届く様子はなく、騎士たちは機械的に少女を殴り続けた。

 次第に彼女のうめき声は小さくなっていき、身体から力が抜けたようにぐったりとし始めた。


「お、おい! もういいだろ! ――ぐあっ!」

「あ……あなた……」

「ふ、不審者っ! 何をしてるんですか!?」


 気がつけば俺は、彼女と騎士の間に飛びこんでいた。

 だが、何一つできないまま左頬に裏拳を食らい、無様にも地面と熱い接吻を交わしてしまう。


「……なにが正義だ、何が天国だ」


 彼女は本当に悪魔なのだろう。俺の首根っこを掴み、脅迫した、恐らく『人類の敵』。

 だから俺も躊躇いなく攻撃できた、ナイトシザースも天空地獄車も、迷わず繰り出すことができた。

 なのに……


『危ないですわっ!』


 そんなことを言いながら、彼女は俺を突き飛ばした。勘違いでなければ、降下する鳥から俺を守ってくれたのだ。

 そして今も、自分が痛めつけられていることなどお構いなしに、あのメイドを逃そうと必死になっている。俺の出来損ないな天空地獄車で泣き出すほど痛みに弱い癖に。

 それなのに、俺は何もできないのか?

 彼ならどうする――マスクナイトなら何をする?

 って、考えるまでもないか。


「……俺の正義は滾っているか?」


 自分自身に問いかけたところで、答えは既に分かっている。


「当然……だっ!」


 正しいと思ったことを貫けば正義は勝手についてくる。

 俺が追いかけてきた大きな背中は、常にそうして戦っていた。

 するべきことはひとつしかない。

 どうせ一度は死んだ身だ。地獄に留まることになっても構わない。

 あんな訳の分からない騎士を三人も相手にするなんて、酔っ払いの集団を相手にするよりかは多少荷が重いだろう。

 俺を犠牲にしたところで、深手を負った少女が逃げられるとも考えにくい。

 ならば、あの時みたいにサンドバッグになるだけじゃ駄目だ。

 全ての力を行使して、なんとしてでも悪を討たなければならないんだ!


 ――カシャン。


 立ち上がろうとしたその瞬間、左腕から金属音が鳴り響いた。

 この世界に来たときから腕についていた黒いブレスレットだ。

 よく見ると、先程とは形状が変化している。中央付近が左右に開き、紫色の光を発する水晶玉のようなものが出現していた。

 なんだ……? もしかしてこれ……いや、考えても仕方がない、行動すれば答えは分かる。

 全身が燃えるように熱くなり、頭の奥が痺れるような感覚に襲われる。


「熱き正義を滾らせろ――!」

 

 自身を鼓舞するように叫び、輝く水晶を強く押し込んだ。


≪ Provisional Contracting......OK. Transfer armed!≫

 

 次の瞬間、脳内に機械の様な声が鳴り響き、俺の視界は闇に包まれた。


「おいおい、今度はなんだよ……」


 どこまでも広がる深い闇――その中から、それは現れた。

 今まで見てきたどんな闇よりなお暗く、禍々しく刺々しい装飾が散りばめられたその鎧。


「そうか、これが……」


 しかし『悪』の気配は微塵も感じない。

 むしろ――。


「ナイトォ――パァーンチッ!」


 俺が放ったその拳は、騎士の一人を捉えた。

 あんなに硬い鎧を思い切り殴ったというのに、こちらの拳は全く痛くない。

 殴られた方の騎士はといえば、見事に彼方へ吹き飛んでいた。


「不審者――ですよね!? なんですかその姿は!?」

 

 全身からとんでもない力が沸いてくる。

 バイザー越しに見える景色が、さっきまでとはまるで違う。

 恐れも、怒りも、惑いも、悲しみも、全てを包み込む闇。

 俺が纏ったこの鎧――暗黒の闇を具現化したような禍々しい鎧は今、正義の炎に燃えている。


「ナイトォ――キィイック!」


 両足で放った飛び蹴りは少女から1人の騎士を引きはがし、銀の鎧はバラバラに砕け散った。

 しかし、中から人間が出てくることはなく、ただの鉄屑だけが辺りに散乱した。


「ッ!? こいつら、鎧だけで動いてるのか!?」

「それは魔導兵士(オートマタ)です! 自動で動く傀儡ですよ!」


 オートマタってなんだよ、とか考えている暇はない。

 中に人間が入っていないのなら遠慮は要らないな!


「ナイトォ――チョッープッ!」


 レヴィアを抑えていた鎧騎士の首に、全力の手刀を浴びせる。

 その頭部が吹き飛ぶと同時に、鎧はガシャりと崩れ落ちた。


「レヴィア! 大丈夫か!?」

「あ、あな……た――」


 気を失い、倒れる少女を抱き留め、ゆっくりと原っぱに寝かせる。

 折角の綺麗なドレスがボロボロだ。


「不審者不審者! 後ろです!」

「えっ? あっ!」


 またしてもその存在を忘れていた。

 蛇の頭を持った巨大な鳥が、俺を睨んで威嚇するように鳴いている。


「ひじきとお嬢様の仇をとってくださいー!」


 俺を殺そうとしていた癖に随分と都合の良い話だ。

 だが乗り掛かった舟だ。護ると決めたものは最後まで護り抜く!


「いくぞ!」


 啄もうと振り下ろした蛇頭を躱し、その懐に入り込む。

 鳥の急所などわからないが、全力の一撃を放てばそれでいい!


「ナイトォ――」


 身を屈め、右の拳に力を集中する。


「アッパァ――――ッ!」


 そして全身に捻りを加えて、拳を腹部に叩き込んだ。

 確かな手ごたえと共に、断末魔が響き渡る。

 仰け反り吹き飛んだその巨体は、小さく痙攣した後、轟音と共に爆発した。


「ヒィッ! な、なぜ殴られたコカトリスが爆発を!?」

「え?」


 そういう物じゃないのか……?


「そ、そんなことより! お嬢様ぁー!」


 鳥を倒すや否や、メイドはレヴィアの元へと駆け寄った。

 気が抜けたのか、涙を流しながら彼女にすがりついている。


「お、おい。その子生きてる……よな?」

「……はい、息はしてますし、頭に酷い怪我はないので命に別状はないと思います。それに私たちは、あなた達人間と違って丈夫ですから、この程度では死にませんよ」

「そうか……ならよかった……」

「ですが、早く屋敷に運ばなくては……。不審者、手伝ってくれますか?」

「わかった、任せてくれ」


 気がつけば俺は元のスーツ姿に戻っていて、吹き飛ばした騎士たちも、蛇鳥も、忽然と姿を消していた。


「慎重に! 慎重にですよ!」

「はいはい――よっと」


 抱き上げた少女の体はかなり軽くて、ナイトシザースが上手く決まった理由がなんとなくわかった気がする。天空地獄車は……今度こそ決めてやる。


「屋敷ってどこにあるんだよ?」

「この森のなかです!」

「森? 森って?」


 見渡す限り原っぱしか無いが……。


「あっ、すみません!」


 彼女は慌てた様子で、人差し指で宙に何かを描いた。

 すると、突然目の前に木々が現れたのだ。


「私たち以外には見えないようにしていたんです」

「へ、へぇ……。なんか、すごいわ……」


 見上げた空の割れ目は消えていて、薄っすらと星々が瞬いていた。

 そうか、夕方だったんだな。まぁ、朝のイベントにしてはカロリーが高すぎか。


「あの、不審者? 不審者は人間の癖に、どうして私たちの味方をしてくれたんですか?」

「人間の癖にって……。まぁ、俺が尊敬している人も同じようなことをしていたから……かな」


 あれはそう、『マスクナイト・第16話《おてんば怪獣娘》』にて、怪人の胞子を受けた女子中学生が怪人化し、町中の人々から排除されそうになった時の事。

 マスクナイトは彼女の優しい心を見抜き、住人たちに非難されながらも少女を匿い、元凶のキノコ怪人を倒して元の姿に戻してやったのだ。


「そうですか。立派な御方なんですね。でもこんな謀反を起こしては人里に戻れないかもしれませんよ?」

「それは大丈夫。元々ここは俺の世界じゃ――いってぇ!」

「え!? どうしたんですか!?」

「な、なんでもないよ」


 また、酷い痛みが左腕を襲った。

 なんとか少女を落とさずに済んだが、もしかしてこのブレスレット、俺が別の世界の人間だってことを話せないようなプログラミングでもされているのだろうか? なんだその無駄機能は。


「よくわかりませんが、行く充てがないならウチに来たらどうでしょう?」

「うちって、あんたらのお屋敷って奴か? 有り難い話ではあるけど……大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。おっきなお屋敷にお嬢様と私の二人だけですから、部屋は空いてるんです! なにより不審者は命の恩人ですから。お嬢様もきっとお許しになるかと」


 こんな年端もいかない少女が二人で暮らしているとは。

 お嬢様というからには、金持ちのご両親と沢山の使用人に囲まれているものだと思い込んでいたが、まぁ家には家の事情があるだろうし、深くツッコむのは野暮ったいか。


「その話には甘えさせてもらうとして、そろそろ不審者呼ばわりはやめてくれ。俺には黒川深夜って名前があるんだ」


 この歳になって『不審者』っていうのは変にリアリティがあって笑えない。


「ご丁寧にありがとうございます。申し遅れましたが、私は召使いのメルティ・ラスクと申します。メルティでもメルでも、好きなように呼んでくださいね、シンヤ様」


 微笑んだ金髪のメイド――メルティは、俺の事情を深く詮索しようとはしなかった。

 気を使っているのか、それともただ単に興味が無いのかは分からない。

 身の上を知らない相手、それも十数分前まで殺そうとしていた相手にここまでフランクに対応してくれているのは、俺が彼女たちを救ったからなのか、それともそういう性格なだけなのか。

 どちらにしても、しばらくの間は彼女たちの世話になりそうだ。

 この世界の事も、彼女たちの事も、ブレスレットの事も、俺には知らなければならないことが山ほどあるのだから。

 ごきげんよう、レヴィア=マーメルト・デッドツリーですわ。


 メルったら、シンヤを執事にすると言ってききませんの。

 お炊事、お掃除、お洗濯。覚えることは山ほどありましてよ?

 それにしても、シンヤったら本当に物を知りませんのね。

 世界が今、どういう状況なのかさえしらないなんて。

 これはお勉強が必要ですわね。


 次回、《デモンバトラー ブラックナイト》

 第2話『まるで将棋だな』


 熱き正義を滾らせますわよ。

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