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B面

――B――




 一人目――堅物武士系男子、アレン・アレス・マックール。




 騎士養成科とは、その名のとおり、騎士志望の学生を養成する科だ。昨今では女性騎士も増えており、ヒロインは剣を持って民を守る彼女たちの姿に憧れを抱き、騎士養成科の授業を受講する。

 けれどそこには幼い頃より騎士団長に鍛えられた、堅物武士系男子のアレンがいた。彼は最初、半端な気持ちで入ってきたヒロインと衝突し、邪険に扱う。だが、真剣に騎士の勉強をする彼女の姿に心を打たれ、やがて、同士として絆を深めていく。


 ちなみに、戦闘においてはタンクポジション。僕も前世では相当お世話になりました。



「編入から騎士科か。それでよく俺に話しかけようと思ったな」



 とりあえず挨拶から入ったイリアに、アレンはそう冷たく告げた。いやいやいや、確かに軽い様子だったけれど、よくあんな美少女にそんな態度取れるな、アレン。

 騎士科が良く使う演習場。最初の授業は復習と現段階の学習状況の測定だ。つまりあれだ、夏休み明けの小テスト、みたいな。春期休暇中の自主練状況を確かめようってことだ。

 さて、なるべく穏便に仲良く、という僕の指示を、イリアはどう判断しているのか。今回は、それを見極めることになるだろう。


「“騎士足るもの、是、寡黙にして剣を持て”」

「!」

「キミの剣は軽いね。抜き放たれた刃の忠義はどこにあるの?」

「貴様ッ! 俺の剣を侮るか!!」


 ええ、なんでもう喧嘩になってるんだ!?

 黒い髪を逆立たせた美丈夫。アレンは堅物な印象をひっくり返すかのように激昂している。


「侮らせたのはキミの性根だよ。“恥じ入るべきは我が剣か”と応えていれば、わたしも“否、寡黙を問うた我が口よ”と頭を下げることもできた。違う?」

「ぐっ……貴様ッ――いや、だが、俺は」


 アレンは葛藤に葛藤を重ね、けれどぐっと唇を噛み、血走った目でイリアを睨み付ける。まるで鬼のような表情に周囲の生徒がドン引く中、アレンは睨み付けたまま頭を下げた。


「確かに、俺の不注意だ。謝罪しよう」


 僕はその、世にも恐ろしい上目遣いを、たぶん生涯忘れないだろう。


「イイイイイイイリア、あれなんだったのさ?」

「第四代王国時代史に登場する伝説の獅子騎士と火竜騎士の語らいだよ。初対面で忠義を問うた獅子騎士に、火竜騎士は剣を持って王の御前に立つことこそが忠義の証であり、むやみに忠義を振りかざすべきではない、と応えた。それに獅子将軍は自分の忠義を恥じるんだけど、火竜将軍も“いや、寡黙と言っていながら言い返した自分も未熟”と返した、っていう一文。キミがブシとは忠義の騎士だっていうから、あれで仲良くなれると思ったんだけどなぁ……?」


 僕のせいか! 僕のせいかぁ?

 というか、今が二十四代国王だから、二十代も遡るのか。それなら、アレンもさらっと返せないのは仕方がないはずだ。そもそも、剣を揮うことは得意でも歴史とかはちょっと苦手だから、ヒロインと勉強するイベントとかあったはずだし。


「いやしかし、なんでそんなことを?」

「“父”から教わったんだ」

「ああ、なるほど」


 父親のうちの一人、と。


「俺に忠義を説いておきながら、自分は男を侍らす、か」

「げぇっ!? あ、アレン、さん?」

「測定には実技測定がある。貴殿の実力、確かめさせて貰おう」


 そう、言うだけ言ってアレンは下がった。というか、げぇ、とか言っちゃったのに、僕の方は一瞥もしなかったな。あのひと。


「学友なのに、キミのことは無視なんだね」

「は、はは、僕は騎士になりたい訳でもないし、路傍の石なんだろうさ。こう、いつでもスパッと切り捨てられる系の」

「大丈夫だよ」


 イリアはそう言うと、僕の手を掴んで、まっすぐと僕の目を覗き込む。青い瞳はどこまでも澄んでいて、綺麗だった。


「キミはわたしが守るから」


 あ、ありがとう。

 いや、それが一番情けないんだけどね……???














 で、驚くほどなにごともなく時間が過ぎ、直ぐに測定の時間がやってきた。

 イリアの相手はアレンだ。ただごとではない雰囲気に、訳もわからず困惑する先生の姿が見える。なんだか、うちのイリアが本当に申し訳ないです。

 手に持つのは木の剣だ。でも、アレンは憎悪か憤怒か、まるで彼の手にあるのが木ではなく鉄かのように錯覚させられる。先生可哀想。


「では、始め!」

「でぇやぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 最初に切り込んだのはアレンだ。両手に剣を持ち、体格を生かした唐竹割り。避けるのが最適解かと思いきや、イリアは振り下ろされる直前のアレンの手首を掬い上げるように切りつけて、手から剣を巻き上げた。

 アレンの喉に突きつけられるのは、イリアの剣だ。アレンは呆然と、その切っ先を眺めている。なにせ、これたぶん、試合時間一秒とかだよ。


「キミの剣の冴えは守りのものじゃない? 本来の戦いなら、こうはならなかったと思うよ」

「……う、ひっぐ……えっぐ……ぉぉぉ」


 な、泣いている。大の男が、両膝を突いて泣いている。


「み、みとめよう、おまえは俺のライバルだ!! 次は負けないぞォォォォッ!!!」

「あっ、マックール君!?」


 先生が引き留めるのも空しく、捨て台詞とともに走り去るアレン。イリアはそんなアレンを興味なさげに一瞥すると、上機嫌で僕のところに向かってきた。


「認められたよ、ウィル」

「あー、そうだね、そうだと思うよ。でも不用意に男のプライドは折らないであげて……」

「でも、ウィルだったら折れないでしょ?」

「折れるほどのプライドないからね、僕。あと僕に対する謎の信頼は何??」


 きょとんと首を傾げるイリア。綺麗な赤髪がさらさらと肩に掛かって可愛い。こんな可愛い子に負けたアレンは、今、どんな心境なのだろうか。胃が痛い。



 こうして、アレン攻略はおじゃんになる。

 なにせその後はずっと、イリア(と、飼い主扱いされてる僕)を、親の敵のように見てくるのだから。






















 二人目――腹黒クール眼鏡、クロウ・エステビオン。




 魔法研究科とは、魔法使いとしての実践的な訓練だけでなく、新たな魔法を生み出したり、既存の魔法を改良したり、古文書から魔法を読み解いたりと、とにかく魔法に対する研究ならなんでもやるところだ。

 クロウは二年生にして既に自分の研究室を持つ天才で、彼の主な研究テーマは古代魔法の復活、という考古学的なものである。原作では、ヒロインの稀少な光属性魔法こそが古代魔法を読み解く鍵なのではないかと、親切に声を掛ける。

 けれど実のところ、ヒロインのことなど眼中になく、彼はあくまで冷徹にヒロインを実験動物のように思っていた。その実験動物に心惹かれて落ちてからは、腹黒く外堀を埋めようとしてくるのだ。


 なので、当然、この度も彼は親切に近づいてきた。



「君が編入生か。理事長先生から聞いているよ。なんでも、光魔法を扱えるとか?」



 光魔法、暴走させなくても使えたんだね。そう言いそうになって焦る僕。


「そうだよ。あなたは?」

「私はクロウ・エステビオン。氷と炎の二極属性使い、を名乗っている。今は、光魔法に興味があるんだ」


 銀髪紫眼のクロウは、眼鏡イケメンだ。表情はあまり変えないクール系だが、口ぶりは傲慢ではないし、周囲には意外と親しみやすい印象を持たせることだろう。これも全部計算なのだから恐ろしい、

 なお、例によって僕のことは無視である。いや、話しかけられても困るけど。イリアは一瞬、そんな僕をどこか心配そうに見た。気を遣わせて申し訳ないが。僕は今のところこのポジションに満足している。


「魔法研究科のことならなんでも聞いてくれ。なんだったら私の研究室に――」

「極めていなくても“二極属性使い”なの?」

「――なに?」


 あくまで“純粋に疑問に思いました”という体で、けれどどこかちょっと怒っているかのように質問するイリア。あれぇ? なんであなた、挑発してるの???


「極めたら色に出る。あなたはまだ、色を持っているようには見えないけれど」

「色、だと?」

「ちょちょちょちょっと待ってイリア? そうするとあなたのは?」


 原作だと、実のところこのイリア、名前はデフォルトネームのイリアからもちろん変更可能だけれど、髪の色と目の色も変えられたりする。もっとも、自由に選択、ではなくて三パターンから選べる、というものだったけれど。差分を用意できるのが三パターンまでだったんだと思う。

 で、イリアの場合は、デフォルトが金髪紫眼。他のパターンが黒髪黒目と、今の赤髪青眼だ。だから僕も探すのに苦労したんだけど。確か、パターンによって成長係数が違った、と思うんだけど、ヒロインの役割なんて回復魔法固定だから、検証してなくてわからない。


「闇を見通して見えざるものを浮かび上げる光は赤く見える。世界を通して見上げる光は青く見える。だから、より鋭い光魔法の使い手には、赤と青が宿る。彼は銀と紫。炎も氷も突き詰めれば白が浮かび上がるから、極めているのなら白に近い赤、白に近い青、に変わっていくはず」


 なんだろう、やだもうこの戦闘脳。言われたクロウは呆然としている。信じ難いような、けれど、経験や知識から似たような事例を見つけてしまったような、そんなところだろうか。

 となると、デフォルトの一つ、黒髪黒目のイリアは、もしかしたら魔力が弱いのかも。僕も黒髪黒目だけど!


「私が……この私が……まだ未熟……」

「あっ……え、ええと、だが、クロウさんは学年一の天才だし――」


 まずい、怒る。これは怒る。

 慌ててフォローしようかと動くも、クロウの方が早かった。





「こうしてはいられない! 私は研究室に籠もる! ふはははははっ! 必ず極めて色を身につけてくれようぞぉぉぉぉぉ――――――――――」





 走り去るクロウを呆然と見つめる。周囲の生徒もぎょっとして彼を見送った。


「あ、あれぇ……?」


 この日より、クロウは研究室に引きこもり、時折ダンジョンに行って爆発する奇人変人に名を連ねることになる。

 当然ながらがむしゃらに走る彼と関わりを持つことなどできず、腹黒クール眼鏡崩壊の瞬間だけが、僕の脳裏にトラウマのようにこびりつくのであった。





















 三人目――天然ほんわか教師、セド・オズ・ウィンディン。




 淑女育成科、という科がある。貴族の令嬢や商家の次女などが礼法作法やメイド教育などを熟すための科だ。その中には、他学科のものも受講できる“精霊学”というものがある。世界に満ちる精霊と対話し、小さな奇跡を起こす、という授業だ。

 主に貴族の令嬢が刺繍やダンス、楽器を覚えるような感覚で身につける、所謂“女性向け”の魔法だ。そこに僕のような男性がいることは珍しくはない。というのも、精霊術というのは料理に使えるからだ。調理師希望の男性や、細かな作業に精霊の助けが欲しい庭師志望の男性などが受講する。もっとも、僕みたいに貴族のくせに精霊学を受講するのはやっぱり珍しいのだけれど、言わなきゃわかんないから良いんだ。


「さ、今日は初めての受講者向けに、精霊を召喚してみよう」


 にこにこと優しそうに、セド先生はそう告げる。さらさらの緑の髪に同じ色の瞳。優しげな笑顔を絶やさない彼は、色んな生徒に好かれていた。生徒から本気の告白をされても受け流してしまう、と、フレーバーテキストに書かれていた気がする。

 ゲームにおいては支援ポジション。行動速度向上や敵の移動速度低下の術にはたいへんお世話になりました。


「イリア、精霊召喚はできるのか?」

「できるよ。やってみる?」

「さすがだな。頼むよ」


 優秀な生徒って注目されやすいし、原作でもヒロインが珍しい癒やしの精霊を召喚したことで、セド先生と会話が増えていった。これはひょっとしたら、上手くいくかもしれない。



「【我が代償・我が魔力・我が精神に応えて来たれ・悪鬼グレムリン】」

『ギキィェェェェェェェェッ!!!!』

「なんでだよ!?」



 黒い翼の悪魔みたいなヤツが出てきて、場が騒然とする。セド先生もちょっと見たことのないような顔をしていた。


「悪意の罠とか感知してくれるんだ」

「もっと可愛いのだってあるだろ!?」

「んー?」

「可愛い顔したら許されると思うなよ!!」


 僕の言葉が不満だったのか、黙り込んでしまったイリアを脇に置き、セド先生に向き直る。セド先生は眉間をもみほぐすと、直ぐに引きつった笑みで優しく声を掛けてくださった。


「ま、まぁ、間違いは良くあることだからね。指定しなかったぼくも悪かったよ。主に淑女育成科では、日常生活に携わる精霊に力を借りるんだ。例えば、そうだね、アマーリエさん、お手本を」

「はい、先生。――どこのものとも知れぬ猿に、淑女の何たるかを見せねばならないとは」


 セド先生に指名されて立ち上がったのは、金髪縦ドリルの如何にもなお嬢様だ。確か、公爵令嬢で王子ルートの悪役令嬢だったと思う。魔王がいる世界観のせいで、悪役って言うよりはちょっと嫌味な意地悪ライバルキャラ、程度のことだけど。

 アマーリエは何食わぬ顔で見学するイリアを見て、憎々しげに小声で吐き捨てる。さすがにこんな光景のあとでは、悪態を吐きたくなる気持ちもわからなくはない。


 ――少しだけムッとしてしまったのは内緒だ。


「【我が声に応えて来たれ・針子の妖精・糸を紡いで花を刺せ】」


 アマーリエ嬢の声に応えて、羽を持つ少女の妖精が、彼女の差し出したハンカチーフに花の紋様を刺繍する。なるほど、ゲームでは戦闘に関わる精霊以外はあまり描写されていなかったけど、見事だ。


「なるほど。ね、ウィル、布って持ってる?」

「ハンカチか? はい。あるよ」

「ありがとう」


 素直に僕からハンカチを受け取ったイリアを見て、セド先生も満足げだ。アマーリエ嬢は「どんな失敗をするか見てやろう」と言わんばかりに、見下した眼でイリアを見ていた。

 もっとも、とうのイリアはそんなアマーリエ嬢の視線など気にも留めず、僕から受け取った白いハンカチを広げた。



「【我が魔力・我が代償・我が声を聞き届け・開け・冥獄の門】」

「は? い、イリア? なにを――」

「【微睡みから醒め・罪過に飢えし魂を欲せ・裁きの悪鬼】」

「悪鬼? 悪鬼って言った?!」

「【刻印をここに・封罰拷針・闇より出でて刑罰を施す者】」



 血みどろでゴツゴツした門が地面からぞりっと生えると、生徒たちから悲鳴が上がる。門が開き、百にも届くであろう漆黒の腕がそれぞれに針とインク壺を持ち、僕があげたハンカチになにごとかを刻み、最後に、門からぬっと現れた痩身に黒い肌の鬼が、ハンカチの出来映えを確かめ、ついでにアマーリエ嬢の妖精をひっつかんで食べ(この時点でアマーリエ嬢は泡を吹いて失神した)、ぬっと戻り、門が地面に引っ込んだ。


「あわ、あわわわ、あわわわわ、イリア、どどど、どういうつもりだったの!??」

「刺繍だよ?」

「入れ墨と刺繍は違うからな!? 罪人の肌で針仕事しないから!!」

「でもあれは、ちゃんと糸と針を使っているよ。あれで縫い合わされた刑罰は、罪人が善行を積むごとに一針抜けて、悪行を重ねるごとに強く引き締まる。ダンジョンで娼婦をいたずらに傷つけるような人に施すの」

「ダンジョンこわ……って、そうじゃなくてね????」


 あっ、そういやセド先生はどうなったんだ?

 恐る恐る振り向くと、顔を真っ青にして口元を抑え、俯くセド先生の姿があった。これもう終わったな。



「――だ」

「はい?」

「初めてだ、こんな感覚」

「はい????」



 震えながら顔を上げるセド先生。彼の優しげな風貌は硬直し、眼は濁っていた。



「教師として生きてきて数年、やりがいも薄まり、どこか虚無感を覚えていた。けれどどうだろう。世に淑女はいない。最早これが女性だというのなら、このぼくの残りの全ての人生を賭けて、世界中の女性を淑女にすべく努力するべきではないのか!!」

「待って」

「こんなところで教師なんてしていられない! 世界にはまだ見ぬ淑女未満の猿がいるのだ! もっともっと修練を重ね、淑女を作り上げる。これがぼくに課せられた運命だったんだ!!」

「待って」

「そして全ての女性を淑女にした暁には、改めて君を淑女にすることを誓おう! こうしてはいられない! 直ぐに理事長に直談判してきますので本日の受講は終了です!!!」

「待って、ぁっ」



 これって確か、原作ゲームでもあった状態異常“錯乱”なんじゃ?

 そう気がついた時には既に遅く、セド先生は走り出していた。周囲には死屍累々(死んでない)。アマーリエ嬢も起きる気配はない。これ、場合によっては公爵家に喧嘩を売ったことになるんだろうか? なるんだったら僕は、イリアと一緒に魔王討伐の旅に出よう。


「どうしたんだろうね? 先生」

「はぁ……。もう、なんでもいいや。イリア、風の妖精とか呼べなかったの?」

「契約手順を教えてくれたら大丈夫だと思うけど……。風を切るなら自前で出来るよ?」


 そうでしょうね。

 いや、そうじゃないんだけど……もうそれでいいや。












 後日、セド先生はげっそりとした顔で学校に残留すると、随分と暑苦しい先生になった。噂では粗暴な生徒を立派な淑女に教育することに目覚めたらしい。その際、常に誰かを探しているということなのだけれど、あれ以来、淑女育成科に立ち寄っていない僕たちに、それが誰かなんて知る由もなかった。


















 四人目――あざとい系後輩ショタ、エリック・ウル・タービス。




 商経営経済科。

 前世で言うところの、経営学科みたいなところだ。商人志望の平民や貴族の三男四男などが商人のために勉強したり、冒険者志望の学生が将来損をしないために、数字について学んでおく場所だ。


 今回ターゲットとなるエリックは、他の攻略対象とはちょっと毛色が違う。銃使いの錬金術師でもある彼は、大商人の息子だ。その大商人はダンジョンにも出入りしており、幼い頃、ダンジョンの中で出会っているのだ。

 エリックは商売の勉強で同行し、そうして言葉を交わしたヒロインを姉のように慕っていた。やがてヒロインがダンジョンから出て行ってしまったことに落胆するも、偶然、学院で再会するのだ。

 当初は彼女の弟であるかのようにあざとく振る舞い、けれど次第に一人の女性としてヒロインを慕うようになる。つまり、出会ったらある程度攻略を進められる、ということだ。最初から選ばなかった理由は、まぁ、攻撃もできる支援型のユニットで、役割が僕と被っているから、なんて理由だったり。

 けれどこのまま仲間ゼロで行くのはあり得ないので、最早選んではいられない。ここらで一度くらい、成功しておきたいんだ。


「――という流れなんだけど、出会った覚えある? イリア」

「うーん。商人なんていっぱいいるからなぁ。顔を見れば思い出すとは思うけれど、名前まではわからないよ?」

「いや、それで良い」


 大学なんかと同じで、学年に関係なく授業を選択できるのが、商経営経済科の魅力だ。その中の、算術の授業でヒロインはエリックと再会する。



 で。



「これはこれはイリアさま! 本日はお仕事でこちらへ?」

「うん。依頼を受けて入学したの」

「なんと、そうでしたか。わたくしどももぜひ、またイリアさまに依頼させていただきたく存じます」

「これが終わったらね」

「へへぇ、ありがたい!」


 へりくだりに謙るあざとい系ショタの姿に、頭痛を覚える。


「あの、良いだろうか?」

「ん? あなたが、イリアさまのご依頼主さんですか? 私はタービス商会のエリックといいます。どうぞ冒険の品々は、当商店にお頼り下さい」

「あ、ああ。僕はウィル・エット・レコーズ。レコーズ子爵家次男だ。よろしく」

「おお、あのレコーズ子爵家の秘蔵と名高いウィルさまでしたか!」


 ええ、なにその二つ名。知らないんだけど……。

 いやいや、今はそんなことは気にしていられない。灰色の髪に赤銅色の眼。彼がエリックに間違いないだろう。


「エリック、君はイリアを知っているのか?」

「おや、ご存知ではなくイリアさまを引き当てられたのですか? それは幸運ですね」

「と、いうと?」


 依頼主と商人の話だと思ったのだろう。イリアは聞こえないだろう位置に下がって、背中を向けた。冒険者のマナーというやつだろう。ヒロインとは……いやいいか。

 イリアがそうしたことを確認すると、エリックは表情を変える。鋭い、どこか刃物のような雰囲気。若き大商人の卵。そんな、彼の原作でのキャッチフレーズを彷彿とさせる表情だ。



「超人」

「は?」



 あざとい、と表現される悪戯な笑顔。けれど、その目は昏い。


「勘違いしないで下さいね? 嘲りではなく敬意(・・)であり畏怖(・・)です」

「畏怖……」

「ダンジョンを移動する私たちを囲む二十四頭の飛竜と、三頭の地竜。それらをたった一人で屠り、傷一つ無く護衛しきったあの方を、我々は敬意と信頼と畏怖をもって、そう呼んでいます。人を超えた方なのです。完成された、あるいはそう、神のような。人の枠に収めて良い方ではないのです。あなたがなにを考えておられるのか、平凡なわたくしめには想像も付きませんが――」


 エリックはそう、笑みを消して、僕を覗き込む。真っ暗で――どこか、怯えを孕んだ目だった。


「――人の基準であの方を考えようなどとは思いませぬよう、ゆめゆめ、お忘れなく」


 それだけ告げて、エリックはまた、謙った態度に戻る。

 まぁ、彼の言いたいこともわかる。なにかと強いし、なにをするかわからないし、感性もズレている。どんな育ち方をしたらこう(・・)なるのか、聞いてもよくわからない。

 だけど、それがいったいなんだというのか。わからないことにはわかる知識で挑もうとするし、人に対して忠告や質問を投げかけることも出来る。なにより、甘い物を美味しそうに飲むことだってあるんだ。


「超人、か」


 超人。

 ふん、なにが超人だ。

 不器用なだけじゃないか。





「僕には普通の、可愛い女の子に見えるけどな」


















 五人目――俺様第二王子、ロジャー・ロスト・フォン・クラウノス。




 貴族運営科とは、外交や領地運営など、貴族に必要な一切を学ぶ科だ。だから当然、講義を受けている人間は跡継ぎばかり。次男の僕は正直浮いている。普通なら野心があると捉えられ兼ねないが、暢気でお馬鹿な兄は僕のことを疑わないだろう。だから、僕もその信頼には応えたい。

 そんなこんなで、今日は僕なんかよりもずっと浮いているひととの同行だ。即ち、イリアと二人でお試しで授業に参加していた。


「今日は大人しくしてくれよ。第二王子相手じゃ、不敬と捉えられ兼ねない」

「キミはわたしが守るから、大丈夫だよ?」

「自分の身を守ってくれ、ということだよ」


 いや、まぁ、その心配はないかもしれないけど。




「なんだ? 今日は毛色の違ったネズミがいるな」




 響いてきたのは、よく通る声だ。鮮やかな金髪に橙色の眼。背が高く引き締まった身体。原作のメインヒーローにして、RPGパートではそれはもうお世話になった、物理魔法を両方熟す、遠近両用の戦士。

 物語においては、傲慢さと頼りになる姿勢と、時折見せる優しさで常に人気投票をヒロインと二分する彼こそが、この国の第二王子。ロジャー・ロスト・フォン・クラウノス殿下だ。


「中々見れる顔をしているようだが、おまえが噂の光魔法使いか?」


 やっっっと聞けた原作どおりの台詞に、僕は感動を覚えた。いやだって、アレンもクロウも一言だけ原作どおりで、あとは完全に崩壊していたから。セド先生とエリックに至っては、原作どおりの場面なんてほぼなかったし。

 原作でも、ロジャー王子はこうしてヒロインに近づく。ここで選ぶ選択肢によって変わるのは、ヒロインのステータスだ。好感度にはほとんど影響しない。だから、ここでのやりとりは、僕も安心して見ることができる。


「? うん」

「言葉遣いは子ネズミ程度か。そんな調子で貴族運営科にいる意味はあるのか? 半端な気持ちで貴族を学ぼうとは、親が知れる」


 これも、彼なりの忠告だったりする。貴族の世界というのは、貴族である僕が言うのも何だけど、こう、中々にどろどろとしている。

 利権、栄誉、褒賞。人よりも多くお金が欲しいけど口には出さず、誰も彼もが名を売りたいと言う。今よりも上へ、上へ。そう争う姿が嫌になったロジャーは、天真爛漫なヒロインに興味を持ち、努力を絶やさない姿に惹かれていくのだ。

 イリアは努力家であることは間違いないし、根は素直でけっこう可愛いところもある。きっと、攻略だって難しくはない――うん、まぁ、ほら、仲間になれば良いんだし、無理に恋人じゃなくても良いんだけど。


「相応しい選択をしろ、光魔法使い。己の性分相応の――」

「……ロジャー、ロスト、フォン、クラウノス、殿下?」

「――なんだ? 急に」

「リーガ、リスト、フォン、クラウノス・ウラヌス様の?」

「大伯父がどうかしたのか? まさか、大伯父に取り入るつもりか? ククッ、やめておけ。御方は八十を超えるご高齢だ。貴様など小娘は眼中にない」


 なんだろう、ついていけない。リーガ公爵といえば、原作には出てきていないが、現実として生きる僕にとっては知らなければならない名前だ。先王の兄君で、今はウラヌス公爵家の公爵閣下として有名な方だ。

 ライバル令嬢であれ以来遭遇していない令嬢、アマーリエ嬢も公爵家だが、あちらは先王の従姉妹が降嫁した家だったはず。王に連なる血の濃さで言えば、ウラヌス公爵家の方が上だ。


「イリア、公爵様がどうかしたのか?」

「母さんの常連」

「――あちゃー」


 それはその、えっと、不敬かな……?


「それ、言わないように」

「うん、わかった」


 さすがに、公衆の面前で言ったらさらし首になりかねない。というか、なにしてんですか閣下。ダンジョンの中層ですよ?


「なにをこそこそと。大伯父上の名を出しておきながら、言えぬと申すか。子ネズミ」

「も、申し訳ありません王子殿下! 僕が口止めをしているのです! なにぶん世間知らずなものでして、不敬にならぬ言い回しがわかりません」

「ああ、なるほど。では後日、おまえの口から申せ。名は?」

「ウィル・エット・レコーズにございます」


 僕の口ぶりだけで察してくれるとは、さすがメインヒーローだ。詰まるところ、あんまり言えないことだから、あとでこっそり伝えさせて欲しい、という僕の気持ちを汲んでくれたのだ。


「子爵の子息か。まぁ良いだろう。謝罪の文を付けることを許す」

「はっ、ありがたく存じます」


 あとで使者が文書を預かってくれる、という、貴族らしい腹芸会話だ。

 残念ながら? ……残念ながらイリアと王子殿下が仲良くなれる可能性は、なくなった気がする。けれど、イリアはちゃんと学院にいるんだ。詳しい対策はあとで彼女自身と相談しよう。

 魔王の復活を、イリアが信じてくれるのなら、だけれど。はぁ、言い回しと言葉遣いで精神がすり減る手紙を書いた後になるだろうから、憂鬱だ。



「大丈夫?」

「あ、ああ。心配掛けたね。いやまぁ、元を辿ればイリア、君が――」



「先ほどから聞いていれば、なにを無礼な!!」



「――うん?」



 だが、どうやらすんなりとは終わらせてくれないようだ。

 ガタッと席を立ったのは、見覚えのないひとだった。茶髪に茶眼というこの国ではよく見かけるカラーリングで、原作にもいない。現実の人間をモブ呼ばわりするつもりはないが、義憤に駆られて……というよりは、気にくわない平民を痛めつけてやろう、という嘲りを宿した目だ。

 あんな目、貴族社会に出てから嫌と言うほど見てきた。なんといっても、僕の家は貧乏だからね。金持ちの同位貴族から見下されたことだってある。だから僕は慣れている。


 慣れている、けど。


「所詮は下賤な人未満ということか。その顔で理事長に取り入ったのだろう?」


 彼女を見下されるのは、腹が立つ。


「突然会話に割って入る方がよほど品を知らないように思えますがね」

「! 子爵家の分際でッ。オレはアガンス伯爵家だぞ! 弁えろよ!」

「王子殿下とのやりとりに割り込めるほど大きな家ですか? それ」


 あ、だめだ。所詮、僕は爵位すら継いでない小僧なのに、挑発しすぎだ。いつだってなんでもないようにのらりくらりと生きてきたのに、なんで、こんな。


「頭を垂れろ! オレがその無礼者の首、この場で斬り落としてくれる!」


 そう、彼は腰に差していた護身用の剣に手を置く。それを見て、王子殿下は心底嫌そうに首を振った。この場を仲裁して下さるのだろう。正直、僕の口も止まらないから助かる。

 ――そう、思っていたのに、王子殿下よりも一歩早く、見下されていたイリアが前に出た。


「剣を抜くのなら、覚悟があるの?」

「なに? 貴様、今更命乞いか? ならまずその顔で――」

「抜けば平等。死は等しく命を連れ去る」

「――ッ」


 平民は、この場に帯剣を許されない。だから今のイリアは手ぶらだ。だというのに何故か、その腕に剣を持っているかのように錯覚させられる。

 等しく、全てだ。僕も、彼も、きっと王子殿下も、等しく息を呑み、言葉を止めた。


「抗い、嘆き、狂い、嗤い、嘲り、請い、媚び、自失しようとも、死の刃は等しく命を奪う。覚悟があるのなら抜け。そのとき、その首はわたしが貰う。等しく降りかかる刃を砕き、等しく訪れる死をもたらす」

「ぅ、ぅ、あ」

「どうしたの? 血で解決することを選んだのでしょう? ――――――さぁ、抜け」

「――……ぅ」


 彼は真っ青な顔で、ばたん、と、後ろに倒れた。


「ふぅ……子ネズミ、おまえは彼の護衛でもしているのか?」

「うん」

「ならばこの場で柄に手を掛けたこの男が悪い。此度は不問とするが、次はない」


 王子殿下の言葉に、イリアは少しだけ目を瞠る。それから、騎士がするように、恭しく頭を下げた。


「ありがとうございます、殿下」

「おまえもだ。次はないが、文は取りに行かせる。用意しておけよ」

「はい。――とりあえず、出よう、イリア」

「わかった」


 イリアの手を引いて貴族運営科を後にする。

 振り返ることは、しなかった。





2019/02/19

誤字修正しました。

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