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Folklore Detective 伝承探偵 星之宮渡 CASE0「彼岸花」

作者: 猫岸夏目

 人類は多くの歴史と様々な経験を経て進化する。

 昨日つまづいた段差を今日は跨ぐことが出来るように、

 失敗した料理は試行を重ねることで十八番となるように、

 我々は常に学び続ける。

 その過程で克服されたものの1つに「怪奇現象」がある。

 迷信、言い伝え、都市伝説……言い換えは多岐に及ぶが、

 その99%は科学的見地からみて説明がつく。

 だが、あぶれた「残り1%」は…………

 我々人類にとって摘むべき芽になりかねない。

 例えばこの事件のように。

 

 ある夏の暮のことである。ある町で連続「放火」事件が発生した。

 ごくありふれた町にとって、それは異様を相を呈した問題であり、

 消防員の過労死が発生してしまうほどその放火は繰り返されていた。


 出火元-不明

 犯人像-不明

 発生時刻-不定

 遺留品-「()()()|」


 この異常性に対し、警察と消防署は「怪奇現象」の可能性を

 断じて認めなかった。犯人のプロファイルは順調に進み、

「女性」「性的な問題がある」「他者の感情を理解できない」の

 3つが話題の的となった。一体誰が?テロではない?目的は?

 だが私は断言しよう、全て「NO」であると。神学者オッカムをして曰く

「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない」

 答えは既に「()()()」が示している――。



 テーブルを中心に、二対の椅子が並んでいる。最上階の応接間。

 賞状の一つ飾られてはいない。

 時計もない。ミニマルで孤独な応接間にて。


「ウチとしては、あなたのような存在に頼るのは……

 法執行機関の人間として快くはないんだが……。」

「ああ分かっているとも。因果関係が認められないものの起訴は難しいだろう。

 仮に相手が人間だとしても、彼岸花を不法侵入して置きに来ただけ……

 つまり不法侵入でしか起訴出来ないだろうからな。」


 ここはビジネスの伏魔殿。合理と現実主義者が跋扈する悪魔の住処だ。

 その中でも、このビルはモニュメント的存在としてこの地に存在する。

 現場に長らく出ていないであろう警察上層部の初老の男性は、

 応接間のクーラーを物ともしない脂汗をぎったりと垂らしていた。

 対する銀髪の無造作ショートヘアの女性は彼の娘ほどの年齢だが、

 完全に彼を下に見ていた。

 なぜなら、警察は彼女、いや彼女の派遣するある男を頼らざるを得ないからだ。


 冷えた緑茶の氷が音を立てるころ、長い沈黙を破り警察の男が言葉を発した。


「流石は『シンギュラリティを引き起こした女』とだけはある態度だな。全く。

 ワシのような人間なぞ、一笑に付する価値もないといった顔だ。」


 女は笑った。


「いえいえ。ただ警察という組織が面白いだけで。そう見えたなら失礼……。

 ところで、知ってるかな? 人間は事実に相対したとき、二種類の選択を取る。

 一つは『立ち向かうこと』であり。もう一つは『無かったことにする』

 ことなんだが……。」


 大仰に指を二本、Vの字に立て、女は警察を煙に巻く。

 ハンカチはもう湿りきっている。


「一体何の話をしているんだ? ……じゃあ君にとって、ワシはどちらなんだ?」

「…………」


 彼女は笑顔と沈黙を以て答えを示した。そして携帯からメッセージを送ると、

 応接間の奥から奇抜な男が現れた。応接間の奥は社長室につながっている。

 風貌からして明らかに秘書ではない。


「紹介しよう。彼が『星之宮渡(ほしのみやわたる)』だ。

 ウチである部門を一人で担当してもらっている。」


 彼の名は前三文字が名字である。担当部門は「()()()()部門」

 理解しがたい、伝承に基づいた不可解な現象を処理する男である。

 鬼灯のような柳のごとく腰まで枝垂れた髪。山猫か狐のような細面。

 そしてマネキンを思わせる完璧な出で立ちは、背後から性別を視認させにくい。

 白シャツにジーンズとスニーカーという、どこかのCEOのような格好だった。


「一人で……??」

「そう。何せこの分野のプロフェッショナルなんだ。」

「どの分野だ……?」


 疑問に圧し潰されそうな警察の顔を察し、渡は口を開いた。


「あなたが最初に彼岸花の事件を聞いたときに想像したある一つの単語。

 それが俺の専門分野だ。ただし、

 奴さんのその後の存在の保証はできないけどなあ~……。」


 ハンカチを握る手が、一層強張りを見せる。認めたくないそのワード。

 そしてそのプロ。警察にも変革が求められている。より柔軟な捜査方法を。

 世間のほうがカチカチ頭なんだ。そう自分を言い聞かせるワードが

 男性の脳裏によぎる。

 応接間は依然、クーラーの駆動音しか聞こえない。


「都市伝説を狩る男、ということか……。」

「俺は猟銃会と同じようなもんだ。」

「し、しかしどう近隣住民やマスコミに発表を……。」


 でもでもだってが始まりそうになったとき、

 渡は男性の肩に手を回しこう言った。


「そう熱くなんなよ……。クールに、いこうぜ?」


 彼の腕を感じたとき、男は背筋に氷水を漏斗で

 注がれたような感覚を覚えた。

 視界を机に見やると、男に出された緑茶は凍っていた。




「閑静な住宅町ってところだな、それ以上感想が思いつかねーくらい。」


 渡はオフィス町から乗ってきた大型バイクのエンジンを切りながら呟いた。

 空鳴りとセミの声しか聞こえない「無音」の住宅町。

 老若男女がそれぞれの指定の場所に散るため、

 この町自体の活気というのは出勤と帰宅ラッシュのみにあるのだ。

 渡は町角にある、寂れた公園にバイクを乗り入れた。

 そしてベンチの側に停めてから、おもむろにメガネを掛けた。

 事前に購入したボトル入り炭酸ジュースは、既に温みきっている。


「とりあえずおさらいだな。どの家も平々凡々で

 特徴がないのが特徴といったところか。

 んでぇ……家族構成やら何やらも……警察の調べどおりか。

 不審者もゼロ。無い無い尽くしかぁ~っ!」


 彼はメットを外し、大きく背伸びをした。

 渡はジュースのフタを開け、ぐいっと40%ほどまで飲み尽くした。

 彼は喉越しを噛み締め、ふうと息をつき、あらぬ方を見直した。

 その眼鏡越しには、書類がSFめいて彼の視界を覆っている。

 彼が身につけているのはメガネ型ウェアラブル端末。

 縁が下部だけにある、細身の伊達眼鏡だ。

 彼の雇い主の女性のもたらした技術によって、スクリーンは

 UVカット層ほどの薄さとなりレンズに収まっている。


「よしっ。目星は付けた。この数件を周って確証が得られたら、

 ホシを釣り上げるとするか。」


 一昔なら、独り言の激しい相手は不審者だった。

 彼は一人合点をすると、再びバイクのエンジンを点け、

 3軒の家を周ることにした。

 そもそも、彼は既に答えを掴んでいるし、皆も答えを掴んでいる。

 だが理解したくない。ただその一点において、

 この町は被害を出し続けているのだ。

 昔から語り継がれる他愛のない言い伝え。

「彼岸花を家に持ち込むと火事になる。」



 -T中家。

 ミニ戸建の核家族世帯。特段語ることのないが、

 確かな温かみに溢れていたであろう家。

 渡が来る数日前に雨が降っていたため、

 焦げ臭さも消え失せ、夢の跡のみ残る場だった。

 規制線の張られた向こう側、渡はさも関係者のごとく自然に振る舞った。

 既に警察のすべきことは終わっているため、

 気だるそうな警察官が日陰で監視を続けているだけだった。


「ちょいちょい君君君……息子さんの……

 お兄さんじゃないよね?甥っ子さん?」


 だがいくら自然に振る舞おうが、異様な出で立ちの彼は

 どうしても制止を受ける。


「あ~……自分、オタクらの上の人に呼ばれてきた、

 こういうモンなんすけど……」


 渡はポケットからくしゃくしゃに折れ曲がった名刺をひょいと渡した。

 名刺に連なる企業名を見て、一介の警察官は嫌そうながらも

「ああ」と呟き彼を境界の内へ招いた。


「お勤め、ごくろーさんっす」

「好きに見て構わないが、消し炭一つ取りこぼしはないぞ。

 ガス管の異常もない。」


 渡は振り向かず、手を軽く上げて返事を返した。

「わかってるよ」と言いたげな背中に、

 警察官は苛立ちに似た無力さを感じた。


「彼岸花か……。確かに犯人のサインとして、

 わざわざ耐燃処理をした花を置く可能性はある。

 だがこの同時多発性の説明がつかない。」


 そう呟くと彼は、出火元である1階のリビングのあった

 基礎の土を指でほじり、マジマジと見つめた。


「彼岸花、別名曼珠沙華は田畑の畦に植えられ、モグラなどの食害を

 その『アルカロイド系の毒』により避けることが目的とされてきた。

 当然作物に影響が出ることはないが、土にはかならず記録が残る。

 毒が滲み出た記録が。」


 彼の付けている眼鏡の蝶番が、Wi-Fiのモデムのように明滅を繰り返す。

 水溶性であるため、染み出した毒素は降雨により無害化される。

 だがこのT中家は、かつてあった田畑を潰して、

 建てるまでに雨が降らなかった。

 つまり、通常より毒が検出できる可能性が高い。

 リビングの基礎の土には、2階から焼け落ちた、子供の絵や、

 アルバム写真の燃えかすが残っていた。

 物によっては、些細なメモ書きも残っている。

 それは、弁当のご飯の方は冷蔵庫にあるという、日常の伝言であった。

 星之宮渡には家族がいない。彼は、この個人情報なんて

 絵空事になった世界においてなお、一切の足跡のない、

 まるで無から生じたかのように存在している男だ。

 そんな行くあてのない彼と、その「才」を、彼の雇い主は拾い上げた。

 自らの生んだ功罪の後始末の為に。


 森山夏樹(もりやまなつき)。それがあのカーテンの飜る影のような

 性格の雇い主の名前だ。

 彼女の起こした「シンギュラリティ」、技術的特異点は

 世界のテクノロジーにとってモノリスだった。

 死に病が夏風邪ような扱いになり、

 耳や目の利かぬが全くのハンデでなくなり、

 かつてのスマートはマヌケへと成り代わったのだ。

 映画や小説で想起されるような、

 機械の反乱もAIの反逆も無く、

 多少の大物政治家が唐突に死んだり、

 何処かの国のトップが辞任した程度で、

 世界はその進化をつつがなく受け入れた。

 だが、1つだけ、誰も予想だにしないレジスタンスがその姿を世に表した。

 それが「都市伝説」。伝承たちである。

 かつて我々が多くの血と犠牲を経て克服した伝承達が

 実態と口伝された通りの超常性を携え、牙を剥いたのだ。

 始まりは、ハイウェイでの大規模玉突き事故。

 そのどれもが事故が発生した時点で死亡しており、

 車を襲う上半身だけの人間と老婆がオービスに記録されていた。



「やっぱり出たか。残り2軒も、おそらくは……。」

「なにか見つかったのか?」


 警察として、それっぽい動きをみせる彼の挙動には反応せざるを得ない。

 見落としていた、重要な証拠かもしれないからだ。


「知りたい?」


 渡はニヤリと笑う。蝉の声が遠くなったような感覚を警官は感じたが、

 それでも彼は毅然とした態度を渡にとった。


「当然だ。重要な物証でも出たんなら本部に連絡をしないといけないからな。」

「いやあ?ただ、この土壌をチェックしたら

『彼岸花』がぶわーって生えてたんだなって気付いただけ。」

「は?」


 熱中症ぎみの頭に、胡散臭い人間のしょうもない発見を聴き、

 警官はめまいを覚えた。


「まさかそれで、君はギャラ貰う仕事してるつもりなのか?」

「当然。俺はもう次の2軒を周るぜ。事前にインストールした

 この地域一帯の古い地図と照らし合わせて、

 この無差別同時多発放火事件の真相が、

 エブリシングまるっとずいっとお見通しだかんな。」


 要領を得ず勘弁してくれと言わんばかりの警察官に、

 自分の想像通りの真相を掴んだ彼は機嫌良く詳細を伝えることにした。


「いずれの無差別に見える放火は全て、

『かつて田畑の畦道に該当する場所』に集中している。

 この住宅町が開拓された年は酷い水不足で、

 殆どの家が立つまでに被害を受けた家の敷地部分は濡れなかった。

 ようやく雨が降った後建てられたエリアでは放火が発生していない。

 たまに放火の被害を免れる家があるように見えたのは、そのせいだ。」

「君が言っていることは、その家らの跡地が

 畦道だったってだけじゃないか。」


 渡は再びボトルのジュースを飲む。

 残りのジュースはこれで半分を切った。

 いい加減にしてくれよと言わんばかりの

 警察官を彼はしなるようにいなした。


「おい、なんとか言ってくれよ!」


 あえて無視を決めバイクに向かう彼に、

 警察官は職務に向かう眼差しで彼に問うた。

 渡は跨がり、システムヘルメットのチンカバーを上げ、

 警察官にハハハと答えた。


「ほら、言うだろ?彼岸花を家に持ち帰ると、火事になるって。

 つまり、そーゆーこと。」


 2軒を周るころ、日は町に斜陽をもたらし、

 ヒグラシは逢魔が時を告げ始めていた。

 渡は家族というものを知らない。故にメディアを通じて学んだ、

 理想の家族とそうでない家族の両方を見聞きし、

 彼の中で「家族」とは神聖なものへと

 成り立っていった。実際を知らぬが故の、偶像化された理想。

 だからこそ、人々の帰る場所を消していく

「都市伝説」を彼は狩る。


 彼は、分譲中のある邸宅の敷居の前にいる。

 かなり広めの二階建ての西洋建築、少し強気の分譲価格に

 裏打ちされた納得の住みやすさ。

 そこもまた、古い地図上では彼岸花が咲き乱れていたことが

 予想できる、かつての畦道だった。

 彼は、最後にここに寄る前に、夏樹へオーダーしたあるものを

 近所の花屋から受け取っていた。

 それは、人工的に急速生長させ、

 今に間に合わせた一輪の「彼岸花」である。


「彼岸花を、家に持ち帰ると『火事になる』……ね。」


 渡はそう呟くと一輪の花を家に持ち込んだ。

 ぐん、と空気が変わるような気がした。

 まるで深夜の社のような、人を阻む時。

 科学の過ぎたる時代においてもなお人を退けんとする、

 一種のプライドに近い恐怖の時間。いや、だからこそなのだろう。

 神鳴りをただの静電気に貶め、

 霊魂をプラズマ発火へ貶めた科学共への、叛逆。

 あまりの非日常への超自然的一変に

 渡は感心するようにヒューと口笛を吹いた。

 彼は今、眼鏡を外しながらも、

 その「才」によってこの家の温度が

 急激に上がっていることを知覚している。

 だが彼は構わない。そして二階の寝室に相当する、広間に出た。


「ははは、検索通りだからお前ら怪異は分かりやすい。

 今更人様に牙剥こうがよぉ、テメエらがナニモンかなんて

 トリビアにもならねーんだよ。なあ『赤狐』?」


 彼のよくする独り言、ではない。

「そこ」にはもう存在している。彼岸花が。

 彼岸花の別名は多岐に及ぶ。そしてそのいくつかに

 狐の名を冠することがある。

 故にこの怪異は、赤い爛れた死装束の

 狐面の女の姿をとったのだろう。

 あるいは彼が検索して得た情報を元に相手が

 その姿をとったのかもしれない。

 その面はおぞましく、裏側には多数の目が

 蠢いているのが分かる。


「この家は好きに燃してい〜〜ぃぜっ?!

 だってさっき、俺が買っちゃったもんね~~~」


 彼はアメリカンな大見得を切り、持ってきた彼岸花を

 スニーカーの染みに変えた。

 相手を挑発するように、念入りに踏み潰した。

 次の瞬間、火は一瞬で邸宅を包み込んだ。狐火とは形容しがたい、

 ほとんどフラッシュオーバーに等しい炎上であった。

 カカカカカと面を鳴らし、

「赤狐」はどこからともなく手にした大鉈のようなカミソリで渡を襲った。

 しかしその刃は通じない。

 逆さにしたボトルの半分ばかしのジュースによって。

 ジュースは重力に従う途中段階のまま、

 鋭利なサーベルが如き変容を遂げていた。

 その形は凍結によって保たれている。

 怪異も知性があるのだろうか、今まで焼き潰した人間とは

 違うことを理解したらしい。

 距離をまた保ち、カタカタと面を鳴らす。


「そう熱くなんなよ。クールにいこうぜ。」


 おどけた態度だが、彼の目は殺気に満ちている。

 邸宅は焼け落ちた。




 周囲には、突如の火炎に既に多くの見物が押し寄せていた。

 あまりの火炎に野次馬でも距離を保たざるを得ず、

 周囲500メートル圏内に人はいなかった。

 邸宅が焼け落ちると、どっと人がどよめいた。

 さらにそこから1人の少年と、

 1匹の化物が姿を現してからは余計にどよめいた。

 燃え盛る木々が、怪異の周囲を眷属が如く飛び交う。

 鋭利な部分を先に、幾多の破片が渡に飛び掛かった。

 だがその一切は、竹光にも劣る情けないもので

 全て斬り伏せられていく。

 弾き飛ばされたものはことごとく鎮火していく。

 遠方からでも見える業火とその応酬。

 やはり犯人はという声が一斉に飛び交った。


「どうした。そうカッカすんなよ。お前も悔しいんだろ。

 自分を日常から忘れていった人間達が。え?」


 赤狐の面が真ん中で横一文字にぱっくりと開き、

 彼岸花の花弁のような触手が乱れ咲いた。

 そのまま赤狐はうな垂れるような前傾姿勢をとり、

 ガラクタの眷属とともに襲いかかった。

 その動きは奇怪極まる、まるで映像の早送りだ。


 渡も負けじと奇怪なノーモーションで上へ回避。

 その足元を直角に赤狐の触手を散らしながら追跡する。

 彼は新体操の如きロンダードに次ぐ連続バク転、

 敷地内のブロック塀をスーパーボールのように跳ねまわり回避。

 さらに極限まで近づいた触手の1つ1つは、二度と使えぬほど

 凍結そして壊死を起こしている。

 彼らは表通りへ飛び出した。


「燃料減ってきてへばってきたか?それともお前の怨讐の念は、

 焚き火が無きゃ消えちまうのか?」


 渡は向き直ると、その両手に氷結より生じたナックルの様な

 手甲型の刀剣、ジャマダハルを携えた。

 上段に構え、スニーカーの裏に発生させた氷のブレードで

 一気に赤狐に突っ込む。

 炎と氷、激しい衝突によって生じる水蒸気から垣間見えるは、

 渡の左手の刺突、右の袈裟斬りを防ぐ大量の金属部品。

 それを束ねるは茎を割いてできた様な繊維状の物質。

 激しい剣戟、いや、相手はチンピラが持つようなガラクタのかき集めだ。

 しかしその断面は溶融によりいびつな刃を形成、

 その不規則さが大ダメージを与えます、

 どうもよろしくと自己紹介している。

 その軌道は人間の太刀筋ではない全くの不規則。

 その初めましての1つ1つはとてもアグレッシブで、

 捌き切れないボディランゲージが彼の身を切り裂いた。

 流石に突っ込んだことをやや後悔し、

 渡は瞬時にジャマダハルをショットガンに換え牽制射撃をした。


「手は二本しか無えし……しょーがねーな。」


 彼は赤狐に目を配りつつ、その側の自動販売機に手を置いた。


「え°ァッッッッ‼︎‼︎」


 渡は自動販売機の側面を奇声と共にストレートキックで蹴り倒した。

 そして蝶番部分を踏みつけで破砕、中から何百という

 数の炭酸ジュースが転がり落ちていった。


「パーーーッッティーーーー‼︎‼︎‼︎」


 渡が右手を大きく上に指し示すと、八百万の炭酸ジュースたちは列を整え、

 高速回転しながら宙へ舞った。

 赤狐はゆらゆらと顔面から寄生虫の如き触手をくねらせ、

 やや防御の姿勢をとった。

 しかしこれから招かれる出来事に、

 赤狐は打つ手がない事を知らなかった。

 ビタァと、底面を赤狐に向け待機する炭酸ジュース達。

 その1つがカシュッというプルタブの開く音ともに、

 対物ライフル銃から放たれる様な速度で撃ち込まれ、

 バキという音とともに、怪異の持つ金属片が弾かれた。


「缶の炭酸ジュースは凍らせちゃあいけない。

『爆発』しちまうからな。

 そしてこれらは俺の力で何万倍にも圧を加えてあり、

 しかも方向は全てお前の正中線上と間接を狙っている。

 言ってる分かるか?」


 その発言に、怪異は初めて口を開く。


「私の名はロア。私が事実に打ち勝つ日まで―

 私は、暗闇であり地下であり背後である。

 私は、偶然であり運命であり奇跡である。

 そして、無意味であり意味である。

 私の名はロア。私が事実に打ち勝つ日まで―」


 その言葉を耳にし、渡はこの町に来て始めて

 嫌悪に満ちた表情を露わにした。


「お前も『過去を礼賛する者たち』か。通りで人的被害に

 集約していたわけだ。空き家を狙わねえ。」


 ー過去を礼賛する者たち。

 それは夏樹の起こしたシンギュラリティの罪の部分を悪用する不明な、

 恐らく超保守的であろう組織の名だ。何らかの力を以って、

 彼らは語り継がれてきた伝承を操り人的被害を起こす。理由は不明。

 彼らは実態を持ち活動するロアを手駒に、暗躍を続けている。


 彼は右手を赤狐に指差す。


「だがな。てめえの見飽きた昔話もこれでお開きだ!!」


 一斉に缶のプルタブが爆発的開封を起こし、

 ありえないほどありえない速度で赤狐に撃ち込まれる。

 1つ2つ、最初は耐えるがそんなものは続かない。

 無数の缶、缶、缶が、ややジャイロを効かせ

 ねじ込まれる様に撃ち込まれていく。

 もはや機銃掃射と同等の様相であった。

 その全てが、10秒ほどで撃ち尽くされた後、

 赤狐は面を砕かれ、おぞましい顔面に

 ダイエットコークがねじ込まれていた。

 だが倒れてはいない。ふらふらだが倒れてはいない。

 彼は介錯を行う手筈を整える事にした。

 すっかり空になった自販機を、冷気と猛烈な気圧差でベキベキに凹ませ、

 螺旋状の巨大な金属片を生み出した。


「さよなら三角レクタングル。

 二度と来るなよ、お花ちゃんッとぉ!!」


 彼はそれを渾身の力で蹴り上げた。それは回転しながら宙へ舞う。


葬送(フューネラル)烈蹴(ストライク)……ッ!!」


 まるで音声認識を利用する様に呟くと、

 スニーカーのロゴ部分が淡く光った。

 今までの彼の行動の全てを支えた靴。

 これも未来的発明であり、

 その反作用により生じる同等の圧力を、

 作用に転化するゲルが封入されているのだ。

 だがその力は特定の圧を超えると一気に液化し、

 使い物にならなくなる欠点がある。

 この音声認証はそれを避けるためのオーバークロックへの移行命令だ。

 1加わった力が1足に帰って来ず、2として地面に返還される。

 それ即ち、漫画めいた衝撃を生み出す。

 2の力として地面へ放たれた衝撃が、彼を空中へ導く。

 ベストタイミングだ。彼はボレーキックの要領で、

 回転する自動販売機を抉り蹴り飛ばした。

 バカみたいな速度で飛んでいく自動販売機で出来た無骨な槍。

 それは多くを語る必要のないシンプルな結果を示してくれた。


「信じようと……信じまいと」


 赤狐はそう遺言を遺すと、胸元に文明の利器を刺し貫かれたまま、

 メラメラと燃え、最後には-


「こいつの正体……やっぱりこれか……」


 生焼けで死んだ「モグラ」の死骸だけが残った。



 -数日後。

 国会が揉めていた。内容は

「度重なる超自然的被害の認知と法整備」についてだ。

 小学生でも見向きもしない都市伝説や昔話、

 ネットでまことしやかに囁かれる噂が実体を持ち被害を出している。

 それらについての公式の認知と、専門の対策チームの設立と法整備を、

 オペラのように仰々しく討論しあっている。

 その内容を壁に映し出す機械を止め、

 夏樹は改めて警察上層部の男性と話している。

 最初と違うのは、夏樹の隣に最初から渡がいることだった。


「……つまりは、ワシも知ってるあの言い伝えが

 連続放火魔だったと。」

「なあに落ち込んでんですか社長~。

 いちいちプロファイリングしなくていいから楽でしょ?」


 おどける渡に対し、若造め!という目とともに男性は怒鳴った。


「そういう問題じゃない!! ……そういう問題じゃないんだ……。」


 渡は、ふっと火の消えたように真面目な顔に戻った。


「これが、本当に都市伝説どもの仕業だとしよう。

 実際そうだとワシ個人としてはそう思ってる!

 だが、それを公が認めてしまったら!! 

 次に起こるのはどうなるかお前さんなら分かっとるだろう……。」


 夏樹は表情を変えず、手元のコーヒーを飲んでから答えた。


「言論封鎖。しかも我が社の商品が一部応用され、

 その言葉すら使えなくなる。

 まず記憶処理剤が散布され、かつての歴史は失われる。

 ネットは検閲が加速。

 そして新たに噂を立てようものなら……

 おそらくは対テロ法が適用されるな。」


 人の口に戸は立てられぬ。不明な現象に対し人間は

 太古の時代からそこに神仏や悪鬼悪霊を見出し、

 畏れ敬って暮らしてきた。それらが実体化するということは、

 理論上地獄のラッパも吹かれることは必至だった。

 さりとてその全てを闇に葬っては、

 この異常事態に対応すらできなくなる。

 渡の言うように、伝承が分かればその対処法も

 同時に伝わっているからだ。

 そしてそうでない場合は、暴力&物理で渡が撃滅する。

 夏樹はそのことを口にした。男性はうなだれるばかりで、

 解決したというのにぴくりとも口角をあげなかった。


「早い話、あの連中の正体を突き止めればいいんだろう。

 過去を礼賛する者たちを。」


 渡の発言に、やや夏樹の口角が上がった。


「確かに我々の調べでも、あの異様な連中は自分のことを

『ロア』だと呼んでいたと調査に上がっている。

 全然違う連中同士が同じことを言っているんだから、

 組織名か合言葉かコードネームだろう。

 それを放ってるのが……

 その過去を敬ってる連中?ということになる。」


 議論は平行線のまま終わった。

 男性はこの事件解決への謝礼を、

 あくまでポケットマネーという名目で夏樹らに送った。

 未だこの一連の怪事件は、

 解決の糸口は掴めてもその先が見えぬ歯痒い状態が続くであろう。


誰もネタにしないのであらゆる都市伝説をネタにしたいと思い、数年ぶりに書きました。

SCPはキャラも多く、有名なのに、このフォークロアはなぜか表舞台に立たないのがもったいないなと思ったんで……。ただこれはテストなので、もし続きを書くとしたら、全然違う舞台で、このネタを使います。

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[良い点] 都市伝説、SCP、伝承、探偵。 気に入ったワードに満ちた話に興味を惹かれ早速読みました。 怪しい事件、謎の上位組織、個性的な探偵。テンポよく進む展開に引き込まれ、バトルシーンも勢いがあり面…
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