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一ヶ月の雇い月  作者: 千早 朔
第三章
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第九話

「そうそう。明日、逸見さん借りたいんだけど」


 四人がけのダイニングチェアの椅子を引きながら結月が言うと、鶏肉と煮込んだ大根を箸で持ちあげていた仁志の手がピタリと止まった。

 一旦箸先を小皿へと戻し、結月を見据え、心底不思議そうに眉根を寄せる。


「なんでだ」

「なんでって、潜り込むんでしょ?」


 仁志から渡されていたパーティーの招待状には、明後日の日付が記載されていた。

 ネットワークを使った調査は大方終了している。後は実際、勝手のいい所から裏付けとなる証言を得るのみだ。

 フォーマルなパーティーに潜り込んでも浮かないようにと大枚をはたいて購入した一張羅は、この部屋には持ってきていない。


「スーツ、とりにいかないと」


 告げた結月に、仁志が呆れたような顔をする。


「あのパーティーは完全招待制だ。入れるのは俺と、俺のパートナーだけだと書いてあっただろう」

「あれ!? そうだっけ!?」


 結月は慌てて椅子から飛び降り、ソファー前の机上に置いていた招待状を手に取った。開いて中を確認すると、カードの一番下に糸のような文字で注意書きがある。

 見逃していた。


「……ホントだ」


 どうやら個人を限定した、完全招待制のパーティーのようだ。


「ええーじゃあ、変装して潜り込まないとじゃん……」

「できるのか?」

「そりゃね。この場合紛れやすいのはボーイかな」


 となると、ボーイの服はその手の知り合いに発注しないといけないし、入り込めそうなルートやタイミングも調べておかないといけない。

 明日一日でなんとかなるかな。結月が脳内でスケジュールを組み始めたと同時に、仁志も思案するような素振りを見せた。

 結月よりも先に何か思い当たったらしい。スッと向けられた視線があまりにも意味ありげで、結月は嫌な予感に頬をひく付かせた。


「ボーイより手っ取り早い方法があるだろう」


 予感的中。出来れば外れて欲しかった。

 なんてったって、『仁志のパートナー』ならば、堂々と表から入れる。


「えー……やだよ。あんたの隣なんて、女どもの視線がコワイのなんの」

「調整できるんだろう?」

「注目の的がいくら影を薄めようと、効果ゼロに決まってるじゃん」

「明日は早く切り上げてくる。十八時にはここにいろ」

「おれの人権とは」


 明らかに上機嫌な仁志がそれ以上この話題に取り合う筈もなく、納得いかないままも結月は諦めるしかなかった。

 気は進まないが、確かに『パートナー』として正面突破にもちこんだ方が、労力も危険も少なく済む。但し、『客』の同伴者という立場上、絶対に怪しまれてはいけないというリスクが生まれる。

 いかに自然に迅速に、ターゲットの情報を引き出すか。しっかり練っておかないと、最悪の自体になりかねない。


「っていう、結構シリアスな状況だった筈なんだけどね?」


 日付は変わり翌日。

 仁志からの要望通り、自室にて細かな算段をたてていた結月がノックの音に返事をする前に、鍵が施錠され仁志が入ってきた。

 いや確かにノックはしてくれたけど、そうじゃない。完全に本来の用途をなしていないだろうと思ったが、結月の小言は声にはならなかった。

 仁志が愉しげに目を細め、スカイブルーのリボンで飾られた小袋を突き出してきたからだ。


「プレゼントだ」

「は?」


 どうにもこの男は突拍子がなさすぎる。

 戸惑いながらも結月が受け取ると「開けてみろ」と促すので、結月は思考を放棄して言われるがままにリボンを解いた。

 柔らかなアイボリーの小袋を開くと、中に藍色の布地が見える。

 取り出して、綺麗に折りたたんであるそれを広げた途端、長い紐がくるると床に向かって伸びた。


「……エプロン?」


 小首を傾げた結月に、仁志はしたり顔で頷いた。


「今日の夕飯はなんだ」


 そんな経緯があり、結月はプレゼントという名の下に配給されたエプロンを身に付け、大根と人参を加えた豚の煮物に、ほうれん草としめじの和物、更に豆腐の味噌汁を作り上げた。

 緊張感の欠片もない。シリアスぶち壊しもいい所である。

 仁志はコーヒー片手に優雅にソファーで寛ぎながら、テレビを見るでもパソコンを使うでもなく、結月の調理する様を静かに眺めていた。

 プロでもない自分に料理をさせて、一体何がしたいんだか。


 適当に盛りつけた皿をダイニングテーブルに並べ始めると、待ってましたとばかりに、いそいそと椅子へと移動してくる。

 少しは手伝おうとか思わないのか。逸見さんはさっと動いてくれたぞ。

 文句を言ってやろうと結月は口を開いて、


「――……」


 閉じた。

 並べた皿を見つめる仁志の目が、クリスマスの足つきチキンを前にした子供のように見えたからだ。


「……はい、ご飯。食べていいよ」

「ああ。……いただきます」


 エプロンを外した結月が座るのを待って、仁志は箸を持った。

 手は合わせない主義らしい。結月は一度も見たことがない。


「……」

「……」

「……」


(せめてっ! なんか感想とかさぁ!?)


 美味しいとも不味いとも言わず、仁志は無言のまま咀嚼していく。

 いや、ここ数日の付き合いで仁志が自身の感情に素直なのはわかっているので、不味いと言わないのは及第点だったんだと思っておく。


(……逆に言えば、美味しいワケでもないと)


 結月は自身が落胆するのを覚えた。

 そりゃ、一流料亭やら高級レストランやらを常日頃から愛用している仁志にとって、一般家庭並の結月の料理はけして『美味しい』と分類されるものではないだろう。

 けれども、わざわざ夜食をせがんで来るわ、今日なんかはエプロンを渡してまで作らせるわで、ちょっとくらい気に入っていたんじゃないかと期待してしまっていたのだ。


(……期待?)


 過ぎった感情に、結月は眉根を寄せる。


(期待って、なにを?)


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