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一ヶ月の雇い月  作者: 千早 朔
第七章

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第二十八話


「っ、顔も声も覚えてないのに、なんで」

「例えお前の『情報』は消えても、気持ちは残るだろう?」


 当然のように言い放ち、仁志は「さて」と頬を緩める。


「多少、手荒な真似をしたのは否めないが、キッカケを作ってやったらお前は自らの意思でここに来た。『言い訳』の種も用意してやった。後は、お前の言葉ひとつだ」

「っ!」


(つまり、それは)


 仁志の覚悟は決まっている。あとは結月の言葉ひとつで、望むモノを渡してやると言う。

 本当に、わかっているのだろうか、この男は。

 わかっていて、それでも尚、結月が欲しいと言うのだろうか。

 膨らむ期待が胸中を覆う。それでもと重ねてしまうのは、結月がやはり自身に負い目を感じていて、それを振りきれる程、強くはないからだ。

 唇が震える。絞り出した声は、熱く、掠れていた。


「……おれ、数えきれないくらい抱いてるし、抱かれてるよ?」

「わかってる」

「まっとうな職なんてしらないし」

「わかってる」

「……でも、飼われるだけのペットはいやだ」

「俺もペットはいらん。欲しいのはパートナーだ。人生のな」


 視界覆い、零れ落ちゆく雫は感情をありありと映しているのに、それでも結月は小さな反発心で「それって、『涼華』のコト?」と訊いた。

 仁志は僅かに瞠目すると、呆れたように息をつく。


「アレは変装のひとつだろう。……そんなに嫌だったのか」

「……イヤってわけじゃないけど」

「妬いたのか、自分に」

「そ、れは、さぁ!? やっぱそりゃ、単にそっちに惚れたのかと思うじゃん!?」

「確かに上手く化けてたが、結局中身を知ってるからな。俺にはお前にしか見えん」

「なっ!」


 愉しそうにクツクツと笑う仁志に、結月は絶句する。

 ならば連れ回された時のあからさまな接触も、気に入ったのかという問いに頷いていた時も、それは全て――。

 呆然とする結月に、仁志は「それにしても」と言葉を続けた。


「好いた相手を堂々と隣に据え置くのは気分が良かったがな、自分以外の物欲しげな視線に晒されているのは、実に不快だった」

「っ、なにその自分勝手。なら連れていかなきゃよかったじゃん」

「普段はつれないお前が、実に『それらしく』なるだろう? 天秤にかけて、前者をとった。周りは俺が睨みを効かせればいいしな」

「…………」


 パーティー中、仁志が結月を一瞬足りとも手放さなかった理由にも合点がいった。

 あれは、仁志の自衛ではなく、結月の護衛だったらしい。


「結月」


 呼ばれた名に、いつの間にか下がっていた顔を上げると、仁志は余裕の笑みで片手を差し出した。


「お前を無理矢理引きずり出すのは、思っている以上に簡単だ。だがお前は意地っ張りだから、自分で選ばないと、簡単に逃げ出すだろう?」

「っ」

「いい加減、観念しろ。全てから守ってやるとは言えないが、胸ならいつでも貸してやる。……それじゃ、不満か」

「……っ!」


 限界だった。

 自分のこれまでとか、彼の今後とか、考えなければならない全てを放棄して、結月は仁志の首元に勢い良く飛び込んだ。

 余裕の表情を浮かべていたくせに、仁志が安堵に、薄く息を吐き出した気配がする。

 そんな些細な強がりにすら胸がくっと締め付けられるのだから、世話がない。

 確かめるように回された腕の温もりと、宥めるように後頭部を往復する掌の心地よさに浸りながら、結月はホロホロと流れる涙をそのままにそっと瞼を閉じた。


「……ったくさぁ、人の仕事、散々邪魔してくれちゃってさぁ、お陰でおれこのままじゃ食いっぱぐれちゃうじゃん」

「……そうだな」

「だから、転職ね、転職。あんたの『パートナー』に転職してあげるよ。期限は無期限。報酬は、あんたの愛」

「安いもんだな」


 優しい掌が結月の頬を覆う。涙を拭うような仕草につられ、結月は肩口に埋めていた顔を上げた。

 見つめる仁志の琥珀色の双眼は、夜を映して不思議な色を映している。その瞳を覆う満足感と、情愛に、結月はやっぱり綺麗だと瞳を細めた。

 途端、仁志が相好を崩す。間近の笑みに結月がビクリと肩を跳ね上げると、仁志は更に結月の瞳を覗き込むようにして、言葉を紡いだ。


「お前の眼は、夜に映える」

「っ」

「……綺麗な目だ」


 どうだと言わんばかりに上げられた口角に、結月は堪らず吹き出した。

 なるほど。部屋の電気を点けていなかったのは、この為か。


「……横並びな口説き文句だね」


 不思議と覚えていた彼の言葉をなぞると、仁志は満足気な笑みを向ける。


「雰囲気作りは、バッチリだろう?」

「……そうだね」


 そっと視線を流した先には、照らす満月が煌々と光を受けていた。


「仕方がないから、おちてあげるよ。孤高の城には満月よりも、手の掛かる気紛れな狼がお似合いでしょ?」

「……言ってくれる」


 言いながら、意図を持って近づく顔に応えるように、結月は静かに目を閉じた。

 初めて重ねた彼の唇は、驚く程に塩辛くて、笑ってしまうくらいに、甘かった。


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