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一ヶ月の雇い月  作者: 千早 朔
第七章

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第二十七話


「どうしよ……今は貯蓄があるからいいけど、このままだと本気でヤバイ」


 これは本腰を据えて調査をしなければならないのではと、頭を捻っていた時だった。

 結月のスマートフォンに、珍しい人物からの着信があった。

 ハッカーの飯野。彼は常に番号を変えているが、下桁の二つに法則性があるため、仲間には簡単に見分けがつく。


「なに? そっちから電話なんて、いつぶり?」


 本気で驚いたと電話をとると、飯野は『世間話をしてる場合じゃないから』と口早に捲し立てた。


『俺が止めてんだ、お前への依頼メール』

「…………へ?」

『安良城って人に雇われた。けど、お前は仲間だし、このままじゃ商売あがったりだろうと思って。お前、なにしたんだよ?』


 いくら商売仲間とはいえ、不用意に『客』の情報を流すのはルールに反する。だが飯野は長年の付き合いを汲んで、こっそりと教えてくれたのだろう。

 結月の中で、線が繋がった。


「……あんっのヤロウ!!」

『おいっ、大丈夫なのか?』

「平気! ありがと飯野!」


 本音で言えば、全然平気などではない。怒りが頂点を突破しそうだ。主に、特定の人物に。

『表』の人間に知恵を貸したのは、土竜の他ないだろう。


(なにが『特にない』だ! 全部知ってたクセに……っ!!)


 握りつぶしそうになるのを必死で堪え、通話を切るなり結月はリダイヤルから土竜の番号に発信した。

 鳴り響くコール音。虚しく重なっていくだけで、目的の人物は電話をとらない。


「でろよ!!」


 本気で仕事中なのか、わかっていて出ないのか。結月的には後者が濃厚だ。

 鳴り響く携帯を横目に『すまんな結月』とニヤつく顔が浮かぶ。

 ムカつく。後で覚えてろよ。


 夜の帳が下り始める。

 覆っていく黒に急かされるように、結月は別の番号を電話帳から開いた。消そうと思っていて、なんとなく、消せないままでいた番号だ。

 鳴り響いたコール音は一回だけ。向こうも電話番号を残していたのか、穏やかな声で『お久しぶりです、結月さん』と紡いだ。


 仕事は終わっていたのか、直ぐに車を回してくれた逸見はどこか機嫌が良い。いつも口元に優しげな笑みを携えている彼だが、今の表情はどちからというと、嬉しそうである。

 もしかして、こうなる事を予測していたのだろうか。

 尋ねられないまま辿り着いたのは、仁志達の『家』である、あのマンションの車庫だった。

 あの夜、逸見に返していた部屋の鍵になるカードが、再び手渡される。


「仁志様は、あの部屋にいらっしゃいます」

「っ」


 まるで待ち構えた『罠』のようだ。

 けれども結月は怯んだ胸中を叱咤して、逸見に大きく頷くと、駆け足でエレベーターへと乗り込んだ。

 最上階まで順に照らされていく階数が増えていく度、結月の中で、困惑が膨らんでいく。

 逸見の態度からして、土竜に依頼したのは仁志で間違いないだろう。

 でも、どうして。

 記憶は消した。逸見にも、防犯カメラは絶対に見せるなと釘をさしておいた。

 そうでなくても、未練にならないようにと辛辣な言葉を浴びせたのだ。彼にとって、結月の存在は早く忘れるべき、『汚点』になった筈だ。

 そこまで考えて、結月はやっと納得した。


(ああ、だからか)


 あの男は、飼い慣らした『狼』にプライドを傷つけられたのを、存外根に持っているのだろう。


(もうすこし出来たヤツだと思ってたんだけどな)


 失望が沸々と怒りに変わっていく最中、最上階を示す数字がオレンジ色に点灯する。

 開ききるのも待てないとドアの隙間から飛び出して、結月はほんの二週間前まで根城にしていた部屋の扉を開け放った。


「おまっ、どーゆーつもりだよ!? フラれた腹いせに嫌がらせ!? 最低なんだけど!!」


 叫びながら大股でズカズカと突き進んだ部屋は、電気も点けられずに窓からの光が薄紫に伸びている。

 全く変わっていない内装。その中で、よく好んでいたソファーの上に、彼はいた。

 結月の姿をみとめると、懐かしむように双眸を細める。足の間で柔く両の手を組んだまま、仁志は静かに口角を上げた。


「……お前に惚れる男には、ロクなのがいないんだろ」

「っ、そん中でもアンタは歴代ダントツだよ!」

「知ってるか? 類は友を呼ぶらしい」

「は?」


 相変わらず仁志の言葉は突拍子がなさすぎる。

 眉根を寄せた結月に仁志はフッと柔らかく笑むと、態とらしく首を振った。


「そもそも、お前は俺を過大評価しすぎている。情報屋やら、ハッカーやらの手を借りている時点で、俺はクリーンな人間とはいえない」

「そ、れはそうかもだけど……。それを生業にしてるのと、使う側とじゃ大違いだろ」

「それこそお前の主観だ。どちらも公には出来ない。関わりを持った時点で、同じ穴の狢なんだ。なのにお前の妙な劣等感を絡ませるから、変に複雑になる。バレてしまえば、俺も犯罪者だ。何が違う」


 仁志の向ける瞳に、窓外から拾った明かりが静かに瞬く。

 その眼差しに孕む熱と、確固たる意志に、結月は胸を叩かれ息を呑んだ。

 ふと、瞳に過ぎったのは、哀愁だろうか。仁志は僅かに目を伏せた。


「これでも、悩んだんだ。いくら俺がお前を望んでも、お前の気持ちがないのなら意味がない。……ああも拒絶されては先はないと、なんとか折り合いをつけようと思った。だが、しおらしく泣きながら別れを告げていくのは、放すなと言っているようなものだ。それと、どうせするなら口にしていけ」

「おま! 起きてたのかよ!?」

「お前が動くから目が覚めたんだ」


 仁志が恨めしげに結月を睨め上げる。


「本当に消していきやがって。お陰でお前を思い出そうにも、部屋を出て行く後ろ姿しか残っていなかった」


(やっぱり、消えてたんだ)


 でも、それなら余計に。

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