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一ヶ月の雇い月  作者: 千早 朔
第五章

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第十九話


「では、私はこれで。お邪魔してスミマセンでした」


(……面白い人だな)


 ひょこひょこと去って行く背を見送り、なんと無しに仁志を見上げると、微妙な視線がかち合った。

 不機嫌とも、怒りとも違う。戸惑いに近い、苦悩といった辺りだろうか。


(え、なに?)


「どうかしたの?」

「……いや」


 思わず通常の口調で尋ねてしまったが、仁志は咎めるでもなく「なんでもない」と視線を逸らした。

 気になる。が、こんな人の多い場でこれ以上も訊けない。

 仕方なしに結月は追及を諦め、隣のブッフェ台に歩を進めた。声をかけた覚えはないのに、隣には仁志が当然のように並んでいる。

 気にするだけ無駄だと目ぼしいフードをいくつか小皿に乗せていると、突如左肩に重みを感じた。トングを持つ右手に、仁志の手が重なる。


「っ」

「俺はコレが食いたい」


(って、自分でとれよ!!)


 背中と肩と手の甲に感じる、仁志の体温。

 胸中で叫んだ小言とは反し、密着する体制にバクリバクリと巡る鼓動に必死で耐える。そうして重なる仁志の掌に操られるまま、結月は皿にフードを乗せた。

 

 結月の悩む理由はこれだ。

 接触が多い。

 例え、現状が『パートナー』という立場だとしても、仁志と結月の実の関係は、只の契約者と雇われた情報屋でしかない。

 おかしい。絶対におかしい。

 少なくともこんな公の場で、『あーん』をせがまれるような関係になった覚えはない。というか、それは仮に本当のパートナーであっても、抵抗があるモノではないのか。

 口を開ける仁志の口内にフォークでサーモンを放り込み、その様子を目にした何処かのご令嬢が真っ青になっているのを目端で捉えながら、結月は遠い目でグルグル回る思考の渦に頭痛を覚えた。


***


「つっかれたー! もうヒールやだ!!」


 車中に乗り込むなりポイポイと靴を脱ぎ捨てた結月に、運転席に座る逸見がバックミラー越しに微笑みかける。


「お疲れ様です、結月さん。お部屋に貼るタイプの冷却シートと、簡単なマッサージ器をご用意しておきました」

「さっすが逸見さん! 大好き!」


 彼の気遣いは、雇われ人の結月にも等しく発揮される。

 運転中の逸見に抱きつく訳にはいかず、代わりにぴょんと身体を運転席へと寄せると、逸見はチラリと視線を向け「ありがとうございます」と目礼した。


 逸民の運転は丁寧で優しい。

 反発力を程良いと感じるようになってしまったシートに背を預けながら結月がウトウトとしている間に、見慣れた駐車場へと停車していた。


「着いたぞ、結月」

「……うん」


 未だ眠りの淵でボンヤリと霞がかった思考のまま、結月が開けられたドアの方へノロノロと身体を寄せると、突如伸びてきた腕が背と膝に差し込まれた。

 グラリとした浮遊感にはっと意識が覚醒し、反射で彷徨わせた手はサラリとした生地に辿り着く。

 所謂『お姫様抱っこ』をされているのだと気付いたのは、結月を抱き上げた仁志が歩を進めてからだった。


「え!? あ! ちょ! なに!?」

「足、疲れたんだろ」

「そうだけど! 大丈夫だから! 歩けるから!」

「近所迷惑になる。少し黙っておけ」


(だから聞いて!)


 呆れたように言う仁志は、結月を下ろす気など毛頭ないらしい。

 いくら一般的な成人男性よりは線が細いとはいえ、結月だって男だ。抱え上げるには、それなりに力を要するだろう。

 だというのに、チラリと見上げた仁志は顔色ひとつ変える事無く、平然と先を進んでいく。


「……ちゃんと掴まれ。転がり落ちるぞ」

「…………」


 諸々を諦めた結月が渋々肩に手をかけると、仁志は褒めるように瞳を和らげ、再び前を向いた。

 心臓が鳴る。仁志に伝わっていなければいい。


 逸見の操作するエレベーターが最上階に辿りつき、ドアが開いても、仁志はただ無言のまま薄暗い廊下を進んでいく。

 部屋の鍵を解錠してくれたのは逸見で、男二人に甲斐甲斐しく世話される様に居心地の悪さを感じながらも大人しく運ばれていると、進んだリビングに鎮座するソファーの上に、そっと降ろされた。


「……ありがと」

「……いや」


 仁志の目は何か言いたげだ。

 結月がなんだと小首を傾げると、仁志は「……水でも持ってくる」と踵を返してしまった。

 本当に、なんなんだ。優しすぎて、ちょっと気持ち悪い。


「先程の靴は、下駄箱に入れさせて頂きました」

「あ、ゴメン逸見さん」


 足元に膝をつき、スリッパを並べた逸見は「いいえ」と首を振ってから、綺麗な仕草で立ち上がる。


「それと、お風呂も入れておきましたので。ごゆっくり疲れを癒やしてください」


 ニコリとした微笑みが、聖母のように見える。

 ヤバイ。感動でちょっと泣きそう。

 結月はフラリと立ち上がり、正面から逸見に抱きついた。


「あーもーほんと逸見さん……嫁にこない?」

「そうですねぇ」


 逸見の持つ雰囲気は、どこか『師匠』に通じるものがある。

 クスクス笑う間延びした声に癒やしを感じていると、無防備な背中にポスリとした重みを感じた。上から落ちてきた二本の腕が、逸見との接触面を割くように、結月の上体を後方へと引く。

 おずおずと視線を遣ると、そこには不満気な仁志の顔。

 逸見が小さく吹き出す。


「少々考えさせて頂きます。では、私はこれで」


 結月の腕からスルリと抜けだした逸見は、「失礼します」と愉しげな微笑みを残して部屋を出て行ってしまった。

 残された結月は未だ仁志の腕の中だ。

 何がしたいんだ、と不思議に思う胸中とは裏腹に、触れる温もりに言いようのない居心地の良さを感じてしまうから、厄介極まりない。

 結月はそっと、伸ばした指先を回る腕に重ねた。仁志は沈黙を保ったまま、振りほどく素振りもない。


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