第六話:白い夢
白い、世界。
辺りは一面白く濃い霧に閉ざされ、足元ですら良く見えない。
この世界に来た時のような感覚。
このまま進んだら戻れるだろうか?
前に一歩踏み出そうとしたその時、突如真横を何か巨大で長いものが横切る。
電車を思わせるそれは音も無く、気配すらなく途切れることない影だけがその存在を誇示していた。
「――其の方、異界より来訪せし物であるな――」
男の声とも女の声ともわからない、しかし落ち着いた声が頭上から降り注ぐ。
「誰?」
「――我は悠久を見守る者、我が名はクルシス」
さっきよりも声が近い。見上げると真っ白な龍が私を見下ろしていた。
「クルシス。私は杉石舞華と言う。ここは何処だ? 」
「此処は現世の理から隔離された場所。狭間、でもある」
「狭間」
「そう。この世界と、別の世界の――」
「帰れるのか?!」
「さて、それはどうかの、できぬ――とは申さぬ。が、やめておけ。探したところで辿り着く事は無いだろう」
「何故!」
「――我は数億年ここを漂っておる。御主が創めての来訪者。このままさまよい続けたところで辿り着いた場所が元の世界とは限らぬぞ? 」
「クルシスは知らないのか? 私の世界が何処にあるのか」
「我はこちらの世界の創始者が一尾。他の世界は知らぬ」
「そうか――」
夢のような、現実のような曖昧な世界。
「なら、私がここに来た理由は何か知っているのか?」
クルシスと名乗った白龍はわずかに目を細めた。
「偶然――の様な物だ」
「何か知ってるんだな?」
「もう行かねば」
「クルシス!」
「その話はいずれ――舞華。願わくは御主がこの世界に変革を齎す物であらんことを―――」
「――――」
気付けば何時ものベットの上で寝ていた。
夢? にしてはリアルな……
夢ではないとしたら?
帰れない……? いや。帰る! どうやっても帰らなくては。
もう一度あの龍に会うことが出来れば、何か聞き出せるかもしれない。
部屋の中は薄暗く、もうすぐ夜が明けようとしていた。
何時ものように軽く準備運動を済ませると、外はすっかり明るくなっていた。
ベリルが朝食を持ってきてくれるまでまだ少し時間がある。
私は以前ベリルに渡された神史録を読返していた。
神史録には前半部分には創世記の事が、後半部分にはこの世界の基礎が出来上がり、人間の文明が生まれてからの事が記されていた。
そのどちらにも竜の名前がちらほらと記されていたが、クルシスの名は無かった。
どこか見落とした部分があるのかともう一度見直していたところにベリルがやってきた。
「勉強熱心だな」
「ちょっと知りたい事が出来てな。そうだ、ベリルはクルシスという名の竜を知ってるか?」
「クルシス? ……いや、知らないな」
「そうか」
やはり夢だったんだろうか?
ベリルが怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。
「マイカ、その竜の事は誰からどんな風に聞かされたんだ?」
「誰に聞いたわけでもないのだが。夢でな、ちょっと」
さきほどの夢をかいつまんで説明すると、ベリルは考え込んでいるのか無言になってしまった。何か知っているんだろうか?
急に手持ち無沙汰になってしまい、無意味にページを捲ってみるがむなしい。
ベリルが持ってきてくれた朝食のスープが湯気が立っていておいしそうな匂いを漂わせている。
今日のメニューはいつもの雑穀のスープと硬く焼いたパン。それと林檎に似た果物が一つ丸ごとトレイに乗っていた。
食べてもいいかな?
ちらりとベリルを見るが相変わらず考え込んだままだ。
朝食をトレイごと自分の側に引き寄せ小さく、いただきます。としてからスープを口に運ぶ。
少々味が濃いがパンを浸して食べると丁度良い。お腹が空いているというのもあるが無言だとさらに食が進む。
しかし、スープもパンもすっかり食べ終わったというのにあいかわらずベリルは考え込んだままだ。
トレイに添えられた小さなナイフで林檎をむきかけた頃、やっとベリルが口を開いた。
「マイカ、その竜は白い、蛇のような体の竜だったんだな?」
「ん? うむ」
「そうか」
何か思い当たる事でもあるのかとその続きを期待したが、ベリルは私の剥きかけていた林檎とナイフを取り上げると器用に林檎を剥きはじめた。
私などよりよほど器用に剥いて行く。
私は先ほど自分で剥いた(切り落とした)林檎の破片をつまんで口に運ぶ。
じろり、とベリルに睨まれたが気にしない。もうひとつ……と手を伸ばしかけると、ベリルがすでに剥き終えた林檎の一片を差し出してきた。
「食べるならこっちにしろ」
「でもこっちももったいないじゃないか。ちゃんと実も付いている」
……芯も付いているが。
「ちゃんと剥いてやるから」
「ん」
そう言われては仕方ない。ベリルが剥いてくれた方に手を伸ばす。
美味い。この果実は林檎に似ているがその皮はおそろしく渋い上に芯も硬くてすっぱい。
ベリルは私の切り落とした破片から、上手に実と皮と芯を切り分けてくれた。
不思議な奴だ。そういえば私はベリルについて何をしているのか、など何も知らない事に気がついた。
てっきり事務とか内政に係わる事をしているのかと思ったが、昨日の様子では武官なのかもしれない。
林檎の皮を剥くのが上手。とか服も繕える(私の衣装を繕ってくれたのはベリルらしい)というのは知っているんだがな。
「そういえばベリルは騎士なのか?」
今更だが聞いてみる。
「正確には騎士ではなく神官だ。だが今は兼任して騎士も率いている」
「神官?」
「古の竜。この世界を創造した竜に使える者の事だ」
「……竜って生きてるのか?」
たしか本には死んだとか書かれていた気がするが。
「死んだのは肉体のみでその力は健在だ。だからこそこの世界が成り立っている」
……んと、つまり神様みたいなものか。そういや竜脈がどうとか書いてあったな。
でも、そうすると夢の中に出てきたクルシスとかいう竜も、生きているんではなく神様みたいなもんなんだろうか?
難しく考えるのは苦手だ。まぁ、いいか。
ベリルが剥いてくれた林檎を齧りながら、ぼんやりと今後の事を考える。
怪我もほぼ完治してきたし、アゲイトとの正式な面会が済めばここから出られる。
住む所はベリルが世話をしてくれると言ってくれているが、未成年の小娘でもないので世話になるつもりは無い。が、生まれて此の方農業と武芸と馬の世話と近所の子供の子守くらいしかした事が無い私に、働けるところがあるのかどうか心配だ。
いっそベリルの家で家政婦として……いやいや。自分よりはるかに家事の上手い男の家の家事など無理だろう。
黒岩流では師範だったが、なんでもありの無形流派では道場も無理っぽい。実際、中学、高校と剣道部や柔道部といった部からお呼びがかからないどころか出入り禁止になったのは、黒岩流がスポーツで言うところの反則を主流にしており、駄目だと言われた所で反射で出てしまうのだから無理も無い。
と、すれば農業か?
昨日見た限りではこのあたりに畑らしきものは無かった気がする。
ベリルには恩もある。出来るならこの近くで働きたいのだが……
馬の世話はどうだろう? 専門的なことは分からないが寝藁を変えたり糞の始末をしたり運動させたりするくらいなら出来る。
早起きは得意だし。うん。向いているかもしれない。
そうと決まればさっそくベリルに聞いてみるか。
正面に座っているベリルに視線を移すと、バッチリ目が合ってしまった。
「な、何?」
ベリルは片肘をついてこちらを興味深そうに見ていた。
「いや……急に黙り込んで何か考えているのかと思ってな」
「うむ。馬の世話をしようと考えていた」
「……話についていけん。経緯を話せ」
「ベリルが前に言っていただろう? 私の今後の身の振り方について」
「あぁ」
「私に出来る事は何か。と考えて、だな。馬の世話なら出来るのではないかと」
「……非常に前向きな考えだが。この城には馬はあまり居ないぞ?」
「何!?」
「馬に乗るのは貴族が主流だ。この城には騎士用に機動力重視のエルペタ(竜)。もしくはペト・エルペタ(飛竜)以外には荷馬が十数頭と乗用の馬が数匹だ」
エルペタ……馬と同じ飼育方法だろうか? そもそもあいつらは何を食べるんだろう?
爬虫類だと……虫とか? 捕まえるのが大変そうだ。
思わず桶いっぱいのミミズや芋虫を想像してしまった。いかん。さすがにそれは無いだろう。
だが一度思いついてしまった想像はなかなか止まらない。
体を洗うのは……問題なさそうだ。運動させるのも……うん。なんとかなる。あ、でも昆虫が好物だったらどうしよう?
運動させている横で蝿がぷ〜〜〜ん、なんて飛んできて、運動させていたエルペタが蝿を追いかけ出したりして……どうやって止めるんだ?
いやいやいや。さすがにあの体で蝿とか小さすぎるだろう。……この世界て昆虫の大きさは同じだよな?
どんどん有り得ない方向に思考がずれていく。
「マイカ」
「ぅわっ。とと。何だ?」
「……前にも言ったが無理に働く必要は無い。やりたい事が見つかるまで俺の家に居ればいい」
「うん……」
その気持ちは有難いのだが、居させてもらっても私はその恩を返せないどころか、世話になりっぱなしになってしまうだろう。
神官ならば畑など無いだろうし、子供が居るとも聞いた事が無い。林檎の皮さえ満足に剥くことが出来ない私が出来る事など何も無いだろう。
馬の世話とか良い案だと思ったんだがなぁ。
私が林檎を食べ終わったのを見てベリルがトレイを持って立ち上がる。
「もう帰るのか?」
何時もはもう少しゆっくりしているのに。
「今日は合同訓練がある。その前に通常訓練も軽く済ませる必要があるからな。話があるのならば夕方ゆっくり聞こう」
「そうか」
訓練か。いいな。
昨日しみじみ感じたことだが、稽古は毎日続けなければ感が鈍る。
基礎トレーニングだけでは体力の低下は多少防げても感は鈍るばかりだ。
訓練。きっと走りこみばかりではなく手合わせなどもするのだろう。
思い切り体を動かし打ち合う。
手に木刀の感覚が蘇る。
気がつけば私はベリルの上着の裾を掴んでいた。
私を振り返るベリルのしぐさがやけにゆっくりに見える。
「ベリル、頼みたい事ががある――」
私は焦がれるような思いでベリルを見つめた。
―――― 一日ぶりの青空。
昨日アゲイトが持ってきたカツラを、またもやかぶる羽目になるとは思っていなかったが贅沢は言えない。
服装は昨日のスカートではなく、いつもの動きやすい(と言っても私には少々大きい男物の服だが)物で、カツラの髪もうしろで括っている。
仮面もつけているが、今回は頭に布を巻いているので昨日より目立たないはず。
前方には少々不機嫌そうな青銀の髪。
私は先ほどまでの会話を思い出していた。
「なんだ? 唐突に――」
「あ、あの――だな。その……」
言いかけてふと我に返る。
そもそも此処から出る事を禁止したのは目の前に居る男だ。
訓練に参加させてほしいと言った所で、聞き入れてくれるとは思えない。
呼び止めてしまったが言い出せず戸惑う。
「その――言いにくいんだが……」
思わず目をそらす。
あぁ。でも訓練参加したい! 思いっきり体を動かしたい!
しかしそれを口に出すのは憚られる。昨日心配かけたばかりじゃないか。自重しなくては……
「……やっぱり、いい。なんでもない」
今日くらいはおとなしくしなくては。
顔を背けたが、今度はべリルが私の顔を覗き込んできた。
「なんでも無い事はないだろう。話してみろ」
う……
真剣な眼差し。
道場を思い出す。そう、あそこではみんなこんな目をして鍛錬に励んでいた。
「か、体が疼く……というか……」
「……」
「そ、その……」
この感じ、覚えがある。小学校の時掃除時間に、あやまって水槽を割ってしまった時に教師になんで割ってしまったのか問い詰められた。あの時に似ている。
罪悪感。それと自分への情けない気持ち。
口に出してしまえば簡単なのに言い訳ばかりが頭に中に渦巻く。
「ほ、ほら。ずっと外に出られなかっただろう? 」
また、自己弁護。自分が情けなくなってくる。どうしてこうなんだろう……
情けなくて顔が赤くなる。
「だからって言うか、えと、……や、やっぱり。いい! やめておく」
無意識に服の胸元を握り締めていた。
「忘れてくれ、なんでもないから……」
うつむいたまま、ベリルが出て行くのを待ったが立ち去る気配が無い。
そっと肩を掴まれる。
「いいから話してみろ。俺にできることなら協力するから――」
「本当か?!」
ベリルはとてもやさしい目でゆっくり頷いた。
「じゃぁ、あの……」
「ん?」
「あの……な?」
「うん」
私が一言発する度に、やさしく相づちを打ってくれる。
それに励まされて私は思い切って自分の願望を口に出した。
「私も訓練に参加したいんだ!」
「……、……、……は?」
「昨日実感したんだが、やはり室内では限界がある。こう、外で思いっきり体を動かしたいんだ!」
ベリルは、大層複雑な表情を浮かべたまま固まっていたが、一度口に出してしまえばあとはためらっていたのが嘘のように、すらすらと思ってることが口から出てくる。
自分が普段どれだけ体を動かしているのか、動かさないとダメなのか。
怪我してからどれだけなまってしまったのか。
鍛錬はどのようなことをしているのか。
一通りまくし立てた後、渋るベリルを何とか言いくるめ、午前中だけなら、と許可をもらった。
自分が無理なお願いをしたのは分かっているが、何もあそこまで不機嫌にならなくてもいいだろう。
ベリルは身支度を整えてもらってから一言も口を利いてくれない。
見失うと迷子になるのでその背中を追う。
しばらく歩いて幾つかの建物を横切ると、不意に開けた場所に着いた。
2〜30人くらいの騎士らしき人物が、軽く手合わせしたり談笑したりしていた。
ベリルが姿を現すと、それに気づいた数名が駆け寄ってくる。
「団長。おはようございます」
へぇ、団長なのか。
ちらりとベリルを見たが、相変わらずの無表情だ。
他の者も、ベリルに気がついたのか駆け寄ってきた。
まだベリルは一言も発していないのに統率ができている。
「……以上32名欠席無しです」
ベリルに次いでこの団をまとめているらしき背の高い金髪の人物が、点呼を済ませ、報告する。
「ご苦労。今日は午後から翼竜騎士団との合同訓練があります。それについての注意事項は訓練後追って説明します」
ベリルは簡単な注意事項と訓練内容を済ませると、
「……それと、今日は午前中のみこの者が訓練に参加する事になりました。……マイカ」
と、付け加えた。
「はい。マイカ・スギイシです。よろしく」
呼ばれて、一歩前に出る。
「マイカは私の客人です。病み上がりでもあるから気をつけるように。以上」
何? 何でそんな余計な事を……
ベリルを睨みつけるが無視された。
話が終わって、各々鍛錬に取り掛かるころを見計らってベリルに食って掛かる。
「何であんな余計な事を! 」
「また怪我をされても困る。病み上がりなのは本当だろう。今日はおとなしくしておけ」
「手加減されての訓練など訓練にならないじゃないか!」
「お前は訓練する必要無い!」
きっぱりと言われ言葉に詰まる。
たしかに騎士ではない私が、訓練に混じる事自体迷惑かもしれない、でも……
「団長。少しお話が……」
先ほどの副団長らしき人物がベリルを呼び止めた。
部外者の私は立ち入らない方が良いだろう。
それ以上追求する事もできず、訓練を始めた一団に混じる事にした。
訓練内容は軽い準備運動と、長い棒を使っての打ち合い。それと個々で人形を模した杭に向かって打ち込みをしていた。
薙刀なら使った事はあるが棍は初めてだな。
薙刀と決定的に違うのは、薙刀は先端が刃と想定して使うのに対し、こちらは穂や柄といった概念は無く、その両方を使う。
なるほど、間合いが意外と近いな。
邪魔にならないように角でこっそりと棍を振ってみる。熟練者のようにくるくると意のままに回し使う事は困難だが思ったより軽く、手になじんだ。
薙刀に比べやや短いのに違和感を感じるが苦にはならない。
見よう見まねで数回型らしきものをまねた後、近くに居た手の開いた者に声を掛けると、多少躊躇した後手合わせに応じてくれた。
見た限りでは分かりにくかったが、実際に手合わせしてみると動きはずっと早かったが(私がなまっているせいかもしれない)一手一手はそれほど重くなく、私でも受けられるくらいだった(ベリルが余計な事を言ったおかげで手加減されているのだろう)
5人ほどと手合わせをした所でようやくかんが少し戻ってきたように感じる。
動きも見えるようになってきた。この分なら次こそは一本とれるかもしれない。
ベリルはこの団の団長だという事だからベリルの手合わせの様子も見ておいたほうがいいかもしれない。
ふと思い立ってベリルを探すが……居ない。
傍で休憩していた騎士の一人に尋ねると、ベリルは副団長と一緒に席をはずしているようだ。
残念。帰ってきたらじっくり見てやろう。
立て続けに手合わせしたせいか少々息が切れる。少し休憩しようと木陰に移動したその時、不意に騒がしくなった。
どうしたのかと騒がしい辺りに目をやると、非常に見覚えのある赤い頭が見えた。人だかりが出来ているのに頭一つ分飛び出ているあの頭は奴だろう。
神出鬼没だな。暇なんだろうか。
見つかったら見つかったで絡まれそうなので、あちらから死角になる側に移動する。
早くどこかへ行けばいいのに。
空を見上げると、すでに日は中天に差しかかろうとしていた。もうすぐ午前の訓練時間が終わってしまう。
せっかくの機会だ。もう少し堪能したい。変装しているし、簡単には見つからないだろうが油断は禁物だ。
奴が立ち去ってからここから出て行くことにしよう。
まだかまだか、とやきもきしているとこちらに近づいてくる足音。――嫌な予感。
「マイカ、だろ? 何してるんだ?」
予感的中。犬か、お前は。
「……人違いだ」
「そんなわけあるか。マイカだろ」
しつこいな。
顔を見られないように背けたが、回り込まれて掴まれる。
「やっぱり。どうしてここに?」
「……それは私の台詞だと思うのだが」
「俺は合同訓練に来たんだよ。竜鱗騎士団との合同訓練」
そういえば、午後は翼竜騎士団との合同訓練だとベリルは言っていたな。という事はこの騎士団は竜鱗騎士団という名で、アゲイトは翼竜騎士団の関係者という事か。
はぁ、とため息。
仕方が無いので経緯を手短に話す。
木陰から出て見回すと、竜鱗騎士団のほかに先ほどまで居なかった連中が数十名。あれが翼竜騎士団か。
「合同練習は午後からじゃないのか?」
「ちょっと予定が早まってな。気は進まなかったが運が良い。お前に会えた」
そう言って肩に手を回してきたが一瞬早く身をかわす。
「私は運が悪かったな。せっかく訓練に参加できたのにもう終了だ」
ベリルのあの様子ではもう二度とこんな機会は無いかもしれない。
「……おかしな奴だな。そんなに練習に参加したいなら騎士団に入ればいいじゃないか」
なんでもないことのようにアゲイトが言う。
そうか。その手があったか。
「入れるのか?」
「ここには俺の直轄の騎士団しか居ない。国と独立した機関だから権限は俺にある」
……ん? それって国としてどうなんだ?
城を警備するという名目でならいいのかな? 見たところ翼竜、竜鱗騎士団あわせても50人ほどしかいないように見える。
私設騎士団で、この程度の規模なら黙認されるという事なんだろうか。
「ついでに翼竜騎士団なら俺が団長だ。今すぐでも入団できるぞ」
「竜鱗騎士団は?」
「そっちはベリルの許可が必要だな。おまけに魔法が使えることが条件だ。お前向けには見えん」
魔法、か。
私に魔法が一切効かない事が判明してから、では使うのはどうかと何度かベリルに指導してもらったが初歩の初歩ですら無理だった。
魔法を使うには才能と持って生まれた血筋が重要らしい。その両方とも私には皆無だった。
「翼竜騎士団なら今すぐ入隊できるんだな?」
この時私の思考の大部分はその考えで埋め尽くされていた。
多少の不安要素は無くもなかったがあまり深くは考えないようにした。
この時もっとその事について考えておくべきだった、と。後になって後悔したが。
私の問いにアゲイトは意地の悪い笑みを浮かべた。
「もちろん。条件はあるが、な」
「条件?」
「入団には皆にその実力を認められなければならない」
まぁ、そうだろうな。
「団員複数名の立会いの下、団の実力者と試合を行い実力があると認められれば入団が許可されるわけだが……」
「ふむ」
「なんなら俺の一存で入団させてやる事も……」
「却下」
アゲイトの言葉を遮る。
「はっはっは。言うと思った」
愉快そうに笑いながらぽんぽんと頭を軽く叩かれる。
「ならこう言うのはどうだ? 俺がお前と試合をする」
「ふむ」
「俺が適当に手を抜いて……」
「却下!」
「そんな事言ってもお前は病み上がりなんだから……じゃぁ日を改めるか?」
「今がいい」
今ならベリルも居ない。というか今しかこんなチャンスは無いだろう。
ベリルに知れることになったら絶対に止められるに決まっている。
「上手く手を抜いて他の奴には絶対に気づかれないようにする」
「実力でなくては意味が無い」
特に女の身であればこそ最初に知らしめておく必要がある。
「それとも私には団に入る実力がないとでも言いたいのか? 」
「そ、そう言うわけじゃねぇが、念には念を入れたほうがいいだろ? な?」
……あやしい。あわてて取り繕うあたりが特に。
「なら、賭けをするのはどうだ?」
「賭け?」
「私が勝ったら入団。負けたらお前の言う事を何でも一つだけ聞いてやろう」
「何?!」
それくらい言わないと本気を出してはもらえないだろうしな。
「条件は二つ。願い事は永続的なものは無効。もう一つは私の格闘スタイルに文句をつけないこと」
「なんだ? その二つ目の条件は」
「目潰しとか関節とか……」
これだけは確認しておかないと。
「なんだ、そんな事か。そんなの戦場では当たり前だろ」
「なら、問題ないな。さっさと試合するぞ」
ベリルが戻ってくる前に。
皆の下へと戻りかけると、後ろから念を押すように声をかけられた。
「マイカ、俺が勝ったら本当に何でも言う事を聞いてくれるんだな?」
「もちろん。永続的でない願いを一つだけ、な」
「よし!」
よし。これでアゲイトは本気を出してくれるだろう。
万が一負けたとしても一瞬の恥ならば甘んじて受けるつもりだ。