第二十八話:襲撃6
ベリルの後に続いてエルペタを進ませる。此処からでは木々に視界を阻まれ見る事はできないが、獣道の様に踏み固められた道があるから、街の近くなのだろう。
「そう言えば難民の人たちの避難は終了したのか?」
忘れていたわけでは決して無いのだが、なんとなく聞きそびれていたので聞いてみる。
「あぁ、皆東の大門へと移動させているはずだ」
『はず』か。て事はベリルは実際にその指揮を取ったわけでは無いんだな。
それを指示したのはこいつであるにも拘らずその指揮を取らなかった理由は一つしか思いつかない。
「そうか。……すまん。迷惑を掛けてしまった」
ベリルはちらりとこちらを見て、直ぐに視線を戻した。
「……お前が気に病む事では無い」
う~~~む。そういう事を言うだろうとは思ったが、やはり申し訳なくなる。もし、同行したのが私ではなくセレン副団長だったなら余計な手間をかけさせることも無いだろうし、むしろ大活躍だっただろう。
比べて私はと言えば、何の役にも立たず却ってベリルに心配をかけた上に、難民を避難させるという当初の目的の阻害までしてしまった。ベリルの言いつけ通りに、屯所で待機していれば良かっただろうか。
だが、屯所に居たままではアメシストに会うことも無かった。柘榴にも……。
ふと何か忘れ物をしたような、心もとない気持ちになる。柘榴、今頃どうしているだろうか。別れたのは少し前のことなのにやはり気になる。そもそもお尋ね者のあんな奴に預けて本当に大丈夫なのだろうか? もし、奴に何かあったら柘榴はどうなってしまうのだろう?
「な、なぁベリル。もし、もしもだぞ? アメシストが捕まったとして……」
「ん?」
ベリルが振り返る。
「捕まったとして、そしたら奴の所持品……というか、う、馬……とかは、どうなるんだ?」
重要な事だから聞いておかなくては。そう思って質問したのに、ベリルは一瞬気の抜けたような表情をして目を瞬いた。
「馬……か?」
「馬だ」
「馬、か……」
「あぁ、馬だ」
ベリルは私の気迫に飲まれたのか、気の抜けた顔から一転して何時もの無表情に戻ると、少し諮詢した後にこう答えた。
「規定では『所持品、及び重要物件と見られるものは捕獲した部隊により一時保管した後、その国の軍がそれを引き継ぐ事とする。その者の判決以降は規定に従い、それを処理する』とある。その馬が重要であると判断されれば保護されるだろうが、そうでなければ処分だな」
「処分?!」
しょ、処分て……柘榴は缶詰にされちゃうのか?! 冗談じゃないぞ?!
い、いや、落ち着け自分。いくらなんでも缶詰は無い。この世界には無い!
処分と聞いて慌てふためく私に、呆れたような声が掛けられる。
「……何を想像したのか知らんが、大抵は売りに出される。あるいは払い下げられるか……上等な物であれば献上か、だな」
よ、よかった……いや、よくない! 缶詰よりはましだが柘榴は私の物だ!
「なんとなかならないのか?!」
抗議すると、ベリルは複雑そうな顔をした。
「なんとかとは……お前はその馬をどうしたいんだ?」
「当然返してもらうに決まってるだろ!」
そう言うと、ベリルはやっと納得したのか表情を和らげた。
「何時もの事だが、お前の話はいきなりすぎて難解だな。つまり、お前が以前言っていた『この世界に来た時に乗ってきた馬』が、アメシストの手元にある、と。お前はそれを気にしているのか」
「そうだ」
あれ? 言ってなかったか? まぁいい。話は通じたわけだしな。
「なるほど、それで……か。いくら捜索しても見つからないはずだ。よりによって奴の手に渡っていたとは……」
ベリルが忌々しそうにぼそりと吐き捨てた。
あ、ちゃんと探してくれてたんだ。てっきり忘れているのかと思ったが。だって怪我して寝たきりだったときは私もしきりに尋ねてはいたものの、「見つからない」「そういう情報は入っていない」と冷たくあしらわれていたから、てっきり面倒臭がって探していないのかと思っていたぞ。
「何だ、その顔は。まさかとは思うが俺が怠けているとでも思っていたのか?」
「う……」
つい、「うん」と返事をしてしまいそうになったが、寸でのところで思いとどまった。あぶないあぶない。
「い、いや、そう言う訳では無いぞ?」
慌てて取り繕う。
「そう言う訳では無いが……ほ、ほら、お前は何時も忙しそうだからな。手が回らないのではと……えっと、その……」
上手く取り繕えない。やはり私は嘘が下手なのだろうな、言葉に詰まる。
……沈黙。
「……すまん。正直お前がそこまで気を回してくれているとは思っていなかった」
ため息。うぅ、下手な言い訳や取り繕いはしない方が良いな。相手も自分も気まずい。
「良い。……お前の事でなければ後手に回しただろうからな。お前の判断は正しいと言える」
素っ気無く鼻を鳴らして顔を背けるベリル。え~~と、褒められたのか貶されたのかどっちだ? 正解でいいんだよな?
ベリルは私の反応が気に入らなかったのか、軽くため息を吐いた。
「まぁいい、分かった。奴が捕まった折にはその馬をこちらに引き渡すよう通達しておこう」
「あぁ、頼む!」
よし、これでひとまずは安心だ。気を取り直して再びベリルの後に続く。
後は……何か気になることはあったかな? 今日は立て続けにいろいろあったおかげでいまいち状況が良く飲み込めない。というか頭が付いて来ていない気がする。何かを忘れている様な、遣り残した事がある様な気がするんだが。気のせいか?
無論、難民の避難も気になるがベリルが此処に居るという事はおそらくは何事もなく無事に避難を終えたのだろう。それで安心してこうして頭の中を整理する余裕が出てきたわけだが……ふむ。
いかんな。余裕があるはずなのに頭が上手く回らない。なんだかジェットコースターに10回ほど連続で乗った後みたいな感じだ。上手くは言えないが、体と頭と心が全部一度ばらばらになったみたいな? 上手く連携が取れていないと言うか……疲れているわけではないと思うのだが。いまいち実感がわかないというか。
エルペタを進ませながら、軽く肩を回す。うん。関節も痛くないし体が重いわけでもない。むしろ運動量だけで言ったら今日はまだまだ動き足りないくらいだ。頭だってそれほど鈍くは無いはずなのに、何だろう? この感じ。
「どうかしたのか?」
首を傾げていると、ベリルが怪訝そうにこちらを見てきた。
「いや、何でもない」
何でも無いはずなのだが、何かおかしい。調子が出ないと言うか戻ってこないと言うか。
まぁいい。きっと明日になれば元通りになるだろう。
「……そうか」
そう言うとベリルはまた前を向いてエルペタを進めた。
多分。この感じは気が抜けてしまったという奴なのかもしれない。ベリルに再会するまでずっと気を張っていたから……だから今になって気が抜けてしまったんだ。そうに違いない。
まだ総てに決着が付いた訳では無いのだからこんな所で気を抜くわけにはいかんと言うのに。
ふん! と意気込み、ベリルの後に続く。よく言うだろう? 遠足は家に帰るまでが遠足だと。
しばらく無言のまま(そして私はベリルの背中を凝視しながら)進む。
時々ちらちらとベリルが後ろを振り返る。が、すぐに目が合ってその度にベリルは何も言わずに視線を戻す。しばらく意味が分からず何だろうと思っていたが、ひょっとしたら凝視しすぎていたかもしれないと思いかけた頃、前方に多数の人の気配がした。
ベリルのエルペタが止まる。
「マイカ」
振り向いたベリルとまた視線が合う。
「何だ?」
ベリルが少しだけ引き気味に息を呑む。……見すぎたか?
「……いや……ここから先は、絶対にはぐれるなよ? あまり余所見をするな。きっちり俺の隣に居るように」
やや薄目で高圧的な態度。……なんて厭味な。まぁ、たしかに己の行動を思い返せば何もいえないが。
「わかった」
きっぱりと意思を込めて了承し、ベリルの隣にエルペタを並べるとベリルが何も言わずにエルペタを進めた。私もそれに習う。
前方に多数の人影が見える。木々に遮られ、どれほどの規模かは分からないが100人以上は居るだろうか? そして、その集団を取りまとめるかのように槍を持った兵士の姿もちらほらと見られる。
という事は、あの集団はやはり難民の人たちなのだろう。き、気になる。
ちらりとベリルの様子を伺うが、ベリルはその集団を特に気にする様子は無くちらりと見ただけだった。
ベリルは彼等の事は気にならないのだろうか? 上体を前後させてなんとか彼等の様子をもっとよく見ようと目を凝らすが、そちらに気を取られる度にベリルに小突かれた。
「ちゃんと前を見ろ。落ちるぞ」
冷ややかな視線。……見るくらい良いだろう。不満が顔に出たのだろう、ベリルがため息を吐いた。
「彼等の事なら後でスティーブの報告を教えてやるから」
「ん……分かった」
とは言うものの、目が放せない。
うずくまっている人も居る。兵士に何か言っている人も。怪我人とか……居るかもしれない。いや、居る……んだろうな。門に詰め掛けていた人たちの切羽詰った様子。火事の跡。木の下敷きになっていた男性。
火事を消し止める為なんだが雨も降った。あの人たちは住んでいた家も焼け、着の身着のまま逃げてきた。着替えも無いだろうに濡れたままと言うのは気の毒で仕方ない。毛布とか配ったりしないんだろうか?
ふと視界が白っぽいものに遮られた。
「いい加減にしろ」
やや視線を上げるとそこにあったのは私を見据える薄蒼色の瞳。
「……はい」
しぶしぶ視線を進行方向に戻す。
後ろ髪を引かれる思いで森を抜けると途端に視界が開け、まばらに草木の生える荒野が広がった。
何度見てもこの緑と荒野とはっきり分かれているのは奇妙な感じだ。
街の入り口である大門には竜が2,3頭と人だかりが出来ており、その人だかりは服装からして城の兵士と街の警備兵。それと何人か貴族も居るようだった。
「行くぞ」
なんとなく『部外者お断り』といった雰囲気の漂うその集団にベリルがエルペタを向ける。少しだけ気後れがしたものの、私も騎士団の一員なのだから遠慮する必要など何処にも無い事を思い出し、それに続く。
ベリルがその集団に近寄ると、自然と人垣が分かれてゆく。すごいな、ベリルは一言も発して居ないのに。
皆の視線を浴びつつ集団の中心に居るアゲイトの前へと進み出る。
アゲイトと一瞬目が合うが、すぐに逸らされてしまった。
「殿下、只今帰還致しました」
ベリルが事務的な口調で言う。ベリルに続いて私もエルペタから降りようとしたが、それよりも早くアゲイトが発言した。
「そうか、ご苦労。報告は後で聞く、両名とも下がって休め」
それだけ言うと、アゲイトは他の者の報告を聞いたり、地図を見たりしている。
アゲイトの表情は読めない。淡々と皆の報告を聞くだけだ。だが、何故だろう。少しだけ気落ちしているように見える。
「マイカ、行きますよ」
ベリルがそう催促した。
「う、うん……」
何か、あったのか?
辺りを見回しても、特に異常は無いように見える。が、城壁にあった難民の住んでいた住居はゴミクズの様に散らかされ、鍋や食器、衣料であったらしき布切れなどが散乱していた。
昼まではあそこには人がいっぱい居て、皆炊き出しに並んでいて……
まだ半日も経っていないのにずいぶんと前の事の様だ。あの男、アメシストの所為で……っ!
わかっていた事なのに改めて現状を目の当たりにして、事の深刻さに今更動揺する。
あぁ、そうだ。私は私の事で精一杯で周りの事なんてさっぱり考えてなかったんだ。難民が、助かればいい。なんてなんて軽い考えだったんだろう。彼らには今寝る場所も、食べ物も、着替えだって無いのに。
難民に、彼らに何の非があったと言うのだろう。故郷を追われ、住む所を奪われ、これから彼らはどうなるのだろう。
「マイカ、早く城に……」
「何でっ! 何でこんな……こんな事にっ」
歯がゆい、私は何も出来ない。何も出来なかった。あの噂を聞いたときにどう言う事なのかもっとよく聞いておけばよかった。そして、ベリルなりアゲイトになりちゃんと報告しておけばよかったんだ。
いや、そもそもアメシストを野放しになんてせずにさっさととっ捕まえておけばよかった。
あぁ、もう! いまさらな事が多すぎるっ! そうじゃない、そうじゃないんだ! 今、何かできないのか? 彼らの為に出来る事。住む所と食べるものの確保を……
そっと、肩に手がおかれる。振り向くとベリルの少し困った顔があった。
「マイカ、お前の所為じゃない。お前には何も出来なかった。むしろ俺が……」
ベリルが顔をゆがめた。
「違うっ! だってベリルはちゃんと役に立ってるし役目だって果たしてる! でも、でも私は」
私は、本当に役に立てなくて、何も出来なくて、今だって彼らの為にしてあげられる事が何一つ思いつかない。
「マイカ、城に戻ろう。お前は疲れているんだ」
そっと頭を撫でられる。
「大丈夫。彼等の事ならなんとかしてやる。お前が心配する事など何一つ無い」
落ち着いた、やさしい声。やさしい指先。
「……本当に?」
「もちろんだ。出来る限りの事はする。だから、城に戻ろう?」
ベリルがそう言うなら、大丈夫なのだろう。
「……うん」
ベリルに宥められて少し落ちついた。そう、だよな。難民の人たちは無事だったんだから、住む所が壊れてしまっても、また立て直せるよな?
でも。
ベリルに促されながら後ろを振り返る。
彼らは、今夜の寝場所は、どうするんだろう。
罪悪感。後ろめたさ。それを彼らに感じるのは私の驕りだろうか。
再び街の中の屯所に戻った。
避難していた人たちは、各自自分の家に戻りつつある。屯所に集まっていた貴族達も城に帰ったようだ。
屯所に着くなりセレン副団長がベリルに駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ、ベリル様」
セレン副団長はそう言って、即座にベリルの乗っているエルペタの手綱を取った。
「お疲れでしょう。馬車を待機させています、どうぞご利用ください」
ベリルはそういった対応に慣れているのか「ありがとう」と礼を言ってエルペタから降りた。
「セレン、これはお返しします。すみませんがもう少しだけこの場での指揮をお願いします」
ベリルは羽織っていた上着を副団長に渡した。
「私はマイカを連れて城へ引き返します。夜会は休んで構いません。私が出席します」
副団長は上着を受け取ると、そのまま食い下がるようにベリルの前に立った。
「いえ、ベリル様こそどうぞお休み下さい。今日はいろいろとお疲れでしたでしょうから……」
副団長はそう言いつつ、ちらりと私を見た。
いや、まぁ、確かに私の所為でベリルが疲れているという事も無くは無いわけだが。
「大丈夫ですよ。気遣いは無用です」
ベリルは副団長を諭すように軽く笑みを浮かべた。
副団長は、抗議しても無駄だと思ったのかしぶしぶと言った様子で上着に袖を通した。
「では、せめて夜会には私も出席させて頂きます」
そう軽く言い捨てると、エルペタを引いて厩舎へと行ってしまった。
えと、私はどうしたら良いのだろう。とりあえず私もエルペタから降りるべきなのだろうが、この仔はどこに連れて行けばいいのかな?
濡れたスカートが太ももに張り付いて気持ち悪い。思い切ってえいやとスカートをたくし上げたら速攻ベリルの手が飛んできて止められた。
「~~~~っ少しぐらい恥じらいを持てっ!」
えー? そんな事言われても手綱を持ったままこのまとわり付くスカートを捌いて降りるとか無理だろ。
「……少しくらいいいだろう。誰が見ている訳でも無いのだし。スカートが張り付いて邪魔なんだ」
ベリルは私の騎乗するエルペタの手綱を取ると、私の傍に立ちくるりと後ろを向いた。
「手綱は持っててやるから。さっさと降りろ。いや、ゆっくりでいい。頼むから少しくらい淑女らしくしてくれっ!」
どっちだよ。注文が多いな。
大体こんな物恥ずかしいと思うから恥ずかしいのであって、堂々と素早く行動してれば変に注目を集めることも無いし、そもそも私の太ももなど見て喜ぶような奴は赤毛の変態しか思いつかんぞ。
それに太もも見せたくらいそんなに恥ずかしい物か? もしかしてこちらでは真夏でも長袖長ズボンなのか?
いろいろ抗議したい所ではあるが、なんとなく注目を集めつつあるようなのでさっさと降りる事にした。が、やはりスカートが邪魔だ。
只でさえ長ったらしいのに濡れた布地がぺたぺたと肌や鞍に張り付く。その度に張り付いた布地を持ち上げて……あぁ、面倒臭い!
イライラしながらなんとか鞍をまたぐ事に成功。あとは飛び降りるだけだ。
スカートを少しだけ持ち上げ、言われた通りなるべく優雅に鐙を蹴る。着地から一瞬遅れて何かがとさりと下に落ちた。
下を見ると、黒い革で装丁された本。あぁ、すっかり忘れていたな。持ち主にちゃんと返さなければ。
「何だ? それは……っ」
本を覗き込んだベリルだが、なんだか様子がおかしい。
「マイ、カ。それは、それを何処で?」
様子がおかしいと言うか動揺しているようだ。なんか声変だったし。
「持ち主に返してくれと頼まれたんだが……」
言い終わるより早く、それを引っ手繰るように奪われた。
「み、見たの……か?」
何だ? 何なんだ?
「いや……私は見て居ないが。持ち主を知っているのか?」
怪しい。ものすごく怪しい。
ベリルはほっとしたような表情を浮かべた。むむ?
「もしかして、その日記は……」
「これは、俺が持ち主に返しておいてやる!」
ベリルはしっかりとその日記を小脇に抱えると、エルペタを引いてすたすたと歩き出した。
う~~~む。ここは突っ込まないで居てやるべきか。
ちょっとからかってやりたい気もするが、やはりプライベートな部分はそっとしておいてやるべきなんだろう。でも少しくらい……
いたずら心と良心の狭間で首を傾げながらベリルの後に続く。が、数歩も進まないうちにベリルの足がピタリと止まった。
「お前今、『私は見ていない』と言ったな」
「ん? あぁ」
どうかしたのか?
ベリルがゆっくり振り向いた。
「誰か、コレを見たのか? いや、そもそもコレは誰から預かったんだ?」
あぁ、そういえば言ってなかったか。
「アメシストだが?」
そう言った途端、ベリルの顔が歪み歯軋りした。怖っ。
「あ、それで、えと……」
話題を変えようと思ったが、思ったのだが、何も思いつかない。……馬鹿ってつらいな。
「え~~~と……。そ、そうだ。城に帰還すると言っていたが、何をするんだ?」
……悩んだ末の話題がこれと言うのも少々情けないが、ベリルも私がうろたえているのがわかったのだろう。少しだけ気まずそうな顔をした後に、「夜半に夜会が行われる。お前はその準備でもしておけ」と言った。
なんだか気の抜けた会話だったが、多少空気が和らぐ。
「準備って……」
脳裏を過ぎったのは会場の飾りつけとか買出しとかだが、直ぐに思いなおす。ここは現代じゃないんだから紙テープで鎖作ったり紙で花作ったりとかしないだろう。コンビニも無いし。
自分の思いつきに呆れる。
じゃぁ、どうしたらいいのかな? 力仕事なら得意なんだが。
まてよ? 今私はアゲイトの護衛なのだからそっちの準備と言う意味だろうか? 護衛の準備って何だろう。
「とりあえずは着替えが必要だな」
ベリルが私のドレスを見てため息混じりにそうつぶやいて厩舎に向かって歩き出した。
あぁ、たしかにこの服では動きづらい。濡れてるし。
エルペタの手綱を引いてベリルの後に続く。
「なぁ、夜会って何するんだ?」
パーティーみたいな物かな。以前あった晩餐会みたいな感じだろうか?
「……くだらん貴族達の集まりだ。お前は……」
言いかけて言葉を濁す。ん? 何だ?
「お前はとにかく大人しくしていろ。酒は飲むな。進められても断れ。絶対に1人になるな。あの色ボケと二人きりにもなるな」
……なんだそれ。
「じゃ、じゃぁどうしてれば良いんだ?」
「とにかく大人しくしていろ。なるべく俺の目の届く範囲に居てくれ」
なんだか小さな子供とその面倒を見る母親みたいな会話だな。
だが、反論は無い。さすがに今日はベリルの言うとおりにするべきだろう。
「えーと、つまり、アゲイトの傍に控えつつベリルの目の届く範囲に居て、1人きりにもアゲイトと二人きりにもならなければいいんだな」
「酒も飲むな」
「……酒を飲まないで」
そうか、酒が出るのか。でも飲んじゃダメなんだな。まぁ確かに私は護衛なのだから勤務中に酒を飲む事はできないだろう。残念だ。
そういえば隊長は何処に居るのだろう? さっきアゲイトの傍には居なかったみたいだが。
「なぁ、私はアゲイトの護衛だよな?」
「一応は、な」
「ならアゲイトの傍に居ないといけないんじゃないのか?」
「殿下が帰城しろと言ったのだからそれに従えばいい。殿下なら騎士団も傍に控えている。心配無い」
そうか。……じゃぁ護衛って何だろ? 四六時中傍に居るってイメージだったんだが。
しかし、よく考えたら護衛が必要な場面というのは結構限られた場面だけなのかもしれない。式典とかみたいな公式の場で、騎士団員が傍に付く事が出来ない場面などでは護衛が控える。
ならば、現在騎士団員が周りを取り囲んで居たのだからたしかに護衛は必要無い。結構合理的なのだな。
あれ? ならひょっとして護衛って……護衛が必要なのは今日の襲撃をある程度予測していたからだと思っていたのだが、そうじゃなかったのかな?
襲撃(というか反乱?)の予測は着いていたと言っていたが、具体的な相手の出方は分からなかったと言っていた。まてよ? ならひょっとしたらまだ何かあるかもしれないと言う事だろうか?
どっちなんだ?
「ベリル! アゲイトは今回の襲撃をある程度予測はしていたんだよな?」
ベリルが振り向く。
「あぁ、そうだ」
「今回の襲撃だが、これで終わりなのか?」
ベリルの目が鋭くなる。
「……わからん」
む、こいつでも分からない事なのか。
不意にベリルが表情を和らげた。
「お前もたまには頭を働かせる事があるのだな」
「何?!」
やっぱり何かあるのか?
「おそらく、だが。アメシストに関してはしばらく動きは無いものと見ている。だが……」
言葉の続きを待つが、ベリルはその続きを私に告げるべきかどうか少し迷っているようだった。
「な、何だ?」
「いや、ただ、この『竜姫祭』自体が政治が絡んだ行事だという事はお前も知っているな?」
「うむ。アズライトからそんな様な事を聞いた」
よくは分からなかったが。
「現在の状況では時期国王は第一王子でほぼ間違いないだろう。だが、貴族の中には殿下に王位について欲しいと願うものが多数居る」
ふむ?
と、ベリルがあたりを少し気にする様に声を潜めた。
「詳しくは馬車の中で話してやろう。まずそのエルペタを厩舎に帰して来い」
いつの間にか厩舎近くまで来ていた。厩舎の直ぐそばには飾り気の無い小さな馬車が一台止まっている。
「わかった」
私は急いでエルペタを引いて厩舎へ向かった。