第三話:魔法
視線が痛い。
目の前には腰をとんとん、と叩きながら苦笑いを浮かべる赤毛の男。
たしかアゲイトと名乗っていたはず。ベリルは「殿下」と呼んでいたが。
そのベリルは、赤毛の男を気遣いながらこちらを睨んでいる。
いや、だって不可抗力でしょ。
とか思いつつ私は、ベリルを直視できないでいた。
狭い部屋のベットには赤毛の男が座り、その傍らにはベリル。
私は部屋の入り口に立っていたのだが、ベットの脇の小さな椅子(いつもべはベリルが座っていた椅子だな)をベリルが無言で赤毛の男からやや離れたところに置いて、視線で座るように促されたのでおとなしく座る。この位置って非常に居心地悪いんですが……。
ベリルはこの男を殿下。と呼んだ。ということはこの男は相応の身分の者で、この気の遣い方からしてベリルより上の人なんだろう。
殿下という言葉道理に受け取るなら、目の前のこの男は王族。
そして今居る場所はディアマンタイト王国。のエルバイト地方の領主の館。
あれ? この男がディアマンタイト王国の王子だとするなら、なぜこんなところに?
ちらり、とベリルを見るがあいかわらずこちらを睨んでいる。
だから睨むなって! その顔で睨まれると怖すぎるから!
実際ベリルは、その顔と言い雰囲気と言い、幼馴染の隼人によく似ている。
故に、そうやって睨まれると隼人に睨まれている気になってくる。奴を怒らせるとろくな事にはならなかった。
沈黙とその視線に耐え切れなくなったので、こちらから切り出すことにした。
うん。やっぱりやりすぎたかもしれない。
「すまん!」
とりあえず謝って頭を下げる。
しばしの沈黙。
最初に口を開いたのは、目の前に居る赤毛――アゲイトだった。
「――まぁ、いい。俺に非が無かったわけではない。」
苦笑いしながらだったが怒ってはいないようだった。
ほっと息をつく。
全面的に向こうの責任。自業自得というべきなのだろうが手刀はやりすぎた……かもしれない。あの場で逆上して襲い掛かられてはこちらが不利なので、止めを刺させてもらったのだがもう少しやり方はあったかもしれない。
関節取るとか外すとか縛って身動き取れなくするとかな。
む。余計ひどい事に見えないか? それ。
余談だが、私は格闘が得意だ。得意というか地元の流派で、黒岩流(村の名前が黒岩村だからそう呼んでいる)というものがある。
複合格闘技で、いろいろと起源はあるのだが、説明するとやや長くなるので省くが、およそ戦国時代以降からの様々な流派をいろいろと取り入れた結果、肘うち金的目潰し関節なんでもありで、なぜか水泳術や捕縛術、弓術、馬術。お爺様の頃は鉄砲術まであたっというから本当になんでもありで、一昨年ぐらいからキックボクシングも取り入れようかという話まであった。
複合ということで、実践には強いが瞬発力も破壊力も、ボクシングや空手などの本格的な格闘術には劣る。まぁ今はどうでもいいか。
ちらりとベリルを横目で見るが、あいかわらず渋い顔をしている。だから怖いって。
よく見るとアゲイトもまた、ベリルと目を合わせないように顔を反らしている。
な、何か言わなくては。
「あ―――。その……」
何て言えば?! こういうのは至極苦手なのに!
「結構。おおよその事態は推測できます」
おずおずと発言しかけた私の言葉は、ベリルに遮られた。
「え? 分かるのか?」
あの状況で?
「大方この色ボケ殿下が、貴方にちょっかい出そうとして返り討ちにあったのでしょう」
アゲイトをじろりと睨み付ける。
「すごい」
大当たりだ。
「色ボケ殿下は無いだろう。一応上司だぞ。敬え」
「それよりも。なぜ殿下がこのような場所に居られて貴方が外に出ていたのかを説明頂きたい」
「ぐっ」
「むぅ」
私とアゲイトの声が被る。
「わ、私は。ドアが開いていて……それで、その……ほら、気分転換っていうか」
ぎろりとベリルに一睨みされて言葉に詰まる。
あぅ。だから怖いって。
「殿下は?」
「お、俺はだな。お前が拾ってきたとか言う毛色の変わった娘というのが気になって……」
「ほぅ……」
「俺はこの地の領主でもあるわけだしな。この城の事も把握しないといけないだろう?」
「そんなに、仕事熱心だとは思いませんでした」
「俺はいつでも仕事熱心だ」
「では、御貯めになられている決済。今日中にお願い致しますね」
「わ、わかった」
と、そこでベリルが軽く息を吐く。
「それにしても殿下は無謀が過ぎます」
ん? どうゆう意味だ。
「遠からず彼女は面会させる予定でしたのに、わざわざこの様な所までお一人で来られずともよろしいでしょう」
「だって興味あるじゃないか。異世界人なんだろう?」
「だからこそです! 何者かも分からないのに軽々しく会われるなど!」
何者かも……か。ちょっと傷ついたぞ。つまりベリルはそこのセクハラ男よりも私の方が怪しい人物だと思ってるんだな。
という事は、ここから出るなというのは、私が危険人物かも知ないと判断したからなのか?
「お前は大丈夫なんだろう?」
「私と貴方では立場が違います」
「そう硬い事言うな」
あ、まずい。ベリルのこめかみがひくついている。
「殿――――」
「あっ、はいはいはい!」
ベリルの言葉を遮って挙手。
二人の視線が、こちらに向けられる。
「ところで、その殿下っていうのは?」
話の腰を折られてか、不機嫌そうなベリルの視線とは対照的に、あからさまに助かったーとでも言いたげなアゲイト殿下。
「俺だ、俺。そういや自己紹介してなかったか?」
「いや、名前だけ聞いたけど……」
ちらり、とベリルを見る。
「こちらはアゲイト・ルヴィ・ディアマンタイト殿下です。ディアマンタイト王国の第5子でここエルバイト地方の領主でもあらせられる」
ほー。王子様ですか。
「殿下。こちらが例の異世界人でマイカ・スギイシです」
「舞華です。よろしく」
うーむ。もっと畏まった方がよかったのかな?
「アゲイトだ。ところで、マイカは報告にあったが本当に魔法が効かないのか?」
は?まほう? ……っとな?
「はい。何度か治癒をためしたのですが」
「ほぅ」
まじまじと珍妙なものでも見るかのように見られる。
治癒? そんなものかけられた覚えなんて無いが……無いよな?
「たしか左肩だったな」
アゲイトはそう言うと、私の左肩に手を伸ばしごにょごにょと呪文らしきものを唱え始めた。
「慈悲深き竜ディメンテールよ竜の子等にその力を分け与えたまえ……治癒」
かすかにアゲイトの手が光った……ように見えた。
が、左肩には変化無し。
「ふむ。たしかに効いていないようだな」
ためしに左肩を動かしてみる。……痛い。
「今のが魔法……なのか?」
胡散臭い。
「お前には効かないみたいだがな」
「へー……」
「魔法が効かない、か。たしかに異質だな」
「そんなにめずらしいのか?」
私からすれば、魔法なんてもの自体が異質なんだが。
「過去に例が無い」
……そりゃ異質だ。さすが異世界。
アゲイト(一応殿下と呼んでみたが、お前はまだ臣下ではないのだから殿下と呼ぶ必要は無い。と本人に却下された)が帰った後、ベリルにせがんで簡単な魔法を見せてもらった。
「清き流れ、冷徹なる竜レティ。その力わが右手に示せ……」
ベリルの右手に、何処からともなくふよふよとした水が現れたかと思うと、一瞬にして氷になり、細かく霧のように砕けて消えた。
「おぉーー」
ダイヤモンドダストってこんな感じだろうか?
砕けた氷の粒が光を反射してしらきらと散ってゆく。
「これは誰でも使えるのか?」
「相性がよければな。水系の初歩だ」
ほほー。
魔法というのは原始、世界の土台になった竜たち(これらを古代竜という)の力を借りるものらしい。
死んでるのにどうやって? とか思ったが厳密には死んだのではなく土台となってその力で世界が運営されている。という事だそうだ。
つまり、太陽が光っているのも、風が吹いているのも、緑が育っているのも、その古代竜の力のおかげ。
その古代竜の力を借りるといっても相性があるらしく、アゲイトが使って見せた治癒はこの世界ではほとんどの人間が使えて、ベリルが使って見せたものは水系の素質があれば使えるそうだ。
そうそう、相性とその人間の外見は綿密な関係があるそうで、ベリルのように青味掛かった髪や目を持つ人はほとんどが水系の素質があり、アゲイトの様に赤いと火系の素質がある。
そして、この世界の大多数は金髪か薄い茶髪が多く、そういう人は土系が得意なんだそうだ。
ベリルは、他にも水系の簡単な術を幾つか披露してくれた。
そのどれもが珍しく、私は子供みたいにはしゃいで見ていたが、ふいにベリルの手が止まる。
調子に乗ってリクエストしすぎただろうか?
「マイカ」
「ん? すまん。もういいぞ、ありがとう」
「そうではなく。外に、出たいのか?」
「出ていいのか?!」
さっき叱ったばかりなのに?
「だめだ」
あ、そう。残念。
「だが、近いうちにここを出られるようにはする」
「本当か?」
「あぁ。殿下との正式な面会を済ませて身の振り方が決まったら、な」
「殿下とういのはさっき来たアゲイトの事じゃないのか?」
「そうだ」
「さっき会ったじゃないか」
「あれは予定外だ。正式な面会では他の重鎮へのお前のお披露目も兼ねる」
お披露目?
「なんだか大袈裟じゃないか?」
「お前がそれだけ規格外だということだ」
規格外……ですか。そうですか。
「それが終わればここを出られるんだな?」
「ああ。だから、今のうちに身の振り方を決めておけ」
「身の振り方?」
「この小屋にこのまま居たいというのならばそれでも構わんが?」
あぁ。そっか。住むところとかも考えないといけないのか。
「う〜〜〜ん」
でも、あてなんて無いしな。住み込みの仕事とか探せればいいんだろうけど、私に何が出来るだろう?
昔から掃除も洗濯も料理もまるでダメ。畑仕事なんかの力仕事や山を見回ったりするのは得意なんだが……あるかな?
「ゆっくり考えればいい。当ても無いだろうからしばらくは私の館に住んでもいい。お前一人くらいどうとでもなる」
ん? 今独り立ちする思案をしていたところなんだが……。
「いいのか?」
なにも分からない所で、仕事を探せるのかどうか分からないのだから当てがあればありがたい。が、甘えてしまっていいんだろうか?
「構わん。お前は俺が拾ったのだし、俺にもお前の面倒を見る責任がある」
相変わらず不機嫌そうな顔だがその声は穏やかなものだった。
「そうか」
やはりこいつは良い奴なんだろう。と思う。怒ると怖いけど。