第二十七話:襲撃5
エルペタの背にまたがり、ぼんやりと柘榴の事を考える。
この世界に来てから自分の事ばかりで手一杯で、自ら進んで柘榴を探しに行かなかった事を今更のように後悔した。
そのうちひょっこりと戻ってくるんじゃないか。なんて、何でそんな風に悠長に考えられたのだろう。
馬は臆病だがプライドの高い生き物だ。特に柘榴は桜井のじいさまの牧場の中で一番気難しい馬だった。それだけに、やっと懐いてもらえたときは嬉しかったし、馬主の桜井のじいさまを除き、私以上に柘榴と仲が良くなれる人なんて居ないと思っていた。
つまりは自惚れていたいたんだ。私以外の誰かを背に乗せるなんて考えた事も無かったし、あまつさえ、私が目の前に居ても無視されるなんて……。
例え様のない喪失感と、あの男に対する嫉妬が胸中に渦巻く。
今までほったらかしにしておきながら都合の良い……だが、頭では理解していても感情がついてこない。
でも……柘榴が、無事で本当によかった。元気そうだった。怪我もしていないみたいだし、粗雑に扱われても居ない。ちゃんとサイズの合った馬具を身につけて、毛艶も良かった。
あの男は柘榴を預かる、と言った。ならば今後も柘榴の身の安全は保障されていると思って良いだろう。少なくとも、森の中で迷子になったり変な物を食べて具合を悪くしたり、あの竜化のような化け物に襲われたりなどという心配はしなくても良さそうだ。
柘榴を、保護してくれていた事に関しては素直に感謝しても良い……と、思う。うん。多少癪ではあるが、もし保護されていなかったらと思うと……。手綱も鞍も着けたままだったしな。変に走り回って手綱を枝に引っ掛けたりしたら大変な事になる。鞍も、外して手入れしてやらねば皮膚病になる恐れもあるし……。
運良く人里にたどり着けたとして、柘榴が赤の他人に世話になるとも思えないし。どうやってあの柘榴を手なずけたのか気にはなるが、やはり感謝するべきだろう。
後悔と憤りと反省と。いろいろ考えてやっと気が落ち着いてきた。よし!
……あれ?
ふと、我に返った。うっかり考え込んでしまって周りをよく見ていなかったが、ここ、どこだ?! まさか迷子?!
慌てて辺りを見回した。が、そう遠くない先に火事の跡を見つけて胸をなでおろす。よ、よかった。ここで迷子になるなど冗談ではない。
「お前、賢いんだな」
ぽんぽんとエルペタの首を叩いて褒めてやる。私だったら絶対にたどり着けない自信がある。ひょっとしてエルペタって犬とかと同じで帰巣本能とかあるのかな?
さて、後は待機して居ろと言われた場所まで戻れれば良いのだが。
……早く戻りたいような戻りたくないような複雑な心境だ。いや、もちろん戻らなくてはと思うし戻りたいのだが。そもそも、勝手に持ち場を離れてあろう事かあの男にのこのこ着いて行ったのは私なのだから、私が罪悪感を背負うのも叱責されるのもしかるべき事だ。
問題は、どうやって許してもらうか……許してくれる、かな? さすがにもう愛想を尽かされているかもしれない。
気が重い。つい足取りも重くなる。持ち場を離れてしまった事をどう説明しよう? 男の人を助けた所までは良い。だが、その後の展開を説明するのはアメシストの事も話さないわけには行かない。
え、と。アメシストが現れて、助けてもらって。聞きたいことがあったから着いて行って……。うん。下手にごまかした所で私が上手くごまかせるわけもないしここは正直に話すべきだろう。
ぶつぶつとどう言えば上手く通じるか思考する。まずはきちんと謝ろう。そして何故持ち場を離れたか説明して……アメシストの事はどう切り出すべきだろうか? いきなりアメシストに会った。では意味が通じないだろうし、やはり順を追って説明するのが良さそうだ。それと、日記の事も聞けるようなら聞いたほうが良いかも知れない。聞いたところで誰の物とも分からない日記なのだから無駄かもしれないが、早く持ち主に返してあげたいし……。
さくさくとエルペタの足音。火はほぼ鎮火しており、所々で白い煙がか細く上がっている。雨はすでに止んでいるが、地面には薄く小さな水溜りがいくつか出来ており、再び炎が上がる事は無いだろう。
少し風が出てきた。濡れたドレスが風に冷やされぺたぺたと肌に張り付く度にひんやりとする。
あの男性はもう誰かに見つけてもらえただろうか? もしあのままだったら風邪を引いてしまうかもしれないな。
「よし、まずはあの男の人を探そう」
ベリル達はたしか難民の避難もしなくてはいけなかったはずだ。ならばもうここには居ないかも知れない。火災の跡を頼りに辺りを捜索する。
火災の中心部と思われる方向には何故かエルペタが怯えて歩を進めたがらなかったが、あの男性が倒れていたのはそこから外れた場所だから気にしないことにした。
正直、私も焼け焦げた大木を目の当たりにして、怖気づいたのもある。
その先に待ち受けているだろう惨状は、今は見ないほうが良い。知るのは、後からでも遅くは無いだろう。まずは私のなすべき事が先だ。私は私なりに自分自身との付き合い方を知っている。この先に私が想像したような、あるいはそれ以上の惨状が待ち受けていた場合、私はそこから動けなくなってしまうだろう。
それが無かったとしても、今は起きてしまった事実よりも優先すべき事がある。ならばそれを知るのは後からでも遅くは無い。
そこを去るとき、少しだけ現実から逃避しているような後ろめたさを感じた。
その場所は、火災現場からやや離れた場所にあった。倒れた巨木、泥にまみれた手綱とドレスを切り裂いて作ったロープ。
が、男性はそこにはいない。足場に残された数人の足跡。
だれかが見つけてくれたのだろう。安堵と共に、ちゃんと助けてくれたのかという不安が胸をよぎる。確かめに行きたいが……。
「街に、戻ろうかな」
北門がどうなったのかも気になる。火事は鎮火した。大門に押しかけてきた竜化も撃退した。すべて片付いているはずなのだが、あの男、アメシストがこの場に居たことが少し気になる。
この火事はアメシストの仕業だ。だが、火事がおきてからしばらくの時間があったにも拘らずあの男がこの場に居たことが腑に落ちない。火事を起こす事。それが目的ならばさっさと逃げているだろう。すくなくともこの場に留まる理由にはならない。
ならば何をしていたのか……わたしの頭では皆目見当もつかないが、なにか企んでいたのかもしれないし、単に逃げ遅れただけかもしれない。考えすぎだろうか?
まぁいい。とにかく街へ戻れば何か分かるだろう。早くベリルにも合流しなくてはいけないし。
エルペタに跨り、その場を移動しかけたその時だった。何か物音が聞こえる。
気のせいかとも思ったが、耳を澄ませばそれはより鮮明に聞こえた。エルペタのものと思われる足音と人の声。
「誰か居るのか?!」
そう呼びかけるとあちらも私に気付いたらしく、足音が近くなる。木陰から現れたのは白いドレスの上から白い軍服を身に纏った非常に見覚えのある影。顔ははっきりとは分からないものの、あの銀髪はベリルだろう。その影を目にした途端、ほっとした。時間で言えば2,3時間くらいの間だろうが、ずいぶんと会っていなかった気がする。
ベリルは私を見つけると、直ぐに向きを変えこちらにやってきた。
その足取りが思ったほど勢いの良い物ではなかったので、一瞬私がいなくなった事に気が付いていないのかと思いそうになったが、その険しい表情でそうではないと知れた。まずい、ものすごく怒っている。
鐙が触れそうなくらい近くに並び立った。
「……マイカ」
「は、はいっ!」
名前を呼ばれ、返答した直後謝るタイミングを逃した事に気付いて息を呑む。会ったら即謝るはずだったのに! 距離が近すぎてベリルの目から視線が外せない。いや、今からでも遅くは無い。謝らなくては!
息を吸い込み口を開きかけた瞬間、不意に腕をつかまれ引き寄せられる。一瞬殴られるかと身を硬くしたがその様な事は無く、半ば鞍の上から引き摺り下ろされそうになりながらも、この身はベリルの胸にしっかりと抱きしめられていた。
「離れるなとっ……」
濡れた衣服から伝わる体温。搾り出すようにつぶやかれた言葉。痛いくらいに掴まれたままの腕。
「ごめん……ごめんなさい」
ベリルにどれだけ心配をかけていたのか伝わってきて、いろいろと弁解の言葉を考えていたはずなのにただ謝るだけしか出来なかった。
一言一言謝るたびに、優しく繊細な指先が髪を撫でる。
「あ、あのなベリル。あの……」
あの男、アメシストに会った。と、そう言おうとして言葉が続かない。今、きちんと言うべきだ。今言わなくてはもっと言い出しにくくなる。
掴まれた腕に再び力が込められる。
「あ……」
「マイカ」
躊躇いがちに紡ぎかけた言葉は、それを制止するかのようなベリルの声にかき消された。
「な、何?」
不意をつかれ顔を上げると、薄青色の目が射抜くような視線を投げかけていた。その気迫に押され、喉元まで出掛けていた言葉がまた胸の奥に引っ込んでしまった。
「一人にして、すまなかった」
「……へ? あ、いや」
一瞬、何を言われたのか理解できなくて頭が真っ白になる。
……え? 何で謝られたんだ?
咄嗟に、ベリルが何か勘違いをしているのではという思いが過ぎるが、何をどう勘違いしているのかがわからない。状況をよく飲み込めずに、唖然とした私を尻目に、少しだけ体が引き離される。
「俺は、お前から目を離すべきではなかった」
え? 言っている意味が分からない。だって、それは仕方の無い事だろう。
謝らなくてはいけないという感情と、何故か謝られているという現実に頭がついて行けず、おろおろする私。だが、ベリルの言葉はさらに続く。
「ここが危険な場所であるという事は分かっていたはずなのに、それでも俺ならばお前を守りきれると思っていた」
え、えと、え~~と……。え~~……と……?
「お前を一人にしたのは俺の怠慢だ。許して欲しい」
沈黙。そして、静寂。
ベリルはうな垂れて居る。
私がなんとかベリルの言葉を飲み込めたのは、その静寂が10秒ほど続いた頃だった。
「い、いや……いや! 違うぞ。ベリルは私に謝る事なんて何一つ無い! 私が悪いんだ。私がベリルに我侭を言って付いてきたんだ! そ、それに。勝手に持ち場を離れたのは私だし、お前に散々注意されていたのにあの男にのこのこ付いていったのも私だし、だから、ベリルは全然悪くないっ!」
ベリルに謝られる事など一つも無い。むしろ謝るのは私だ、と必死に弁解した。少々興奮して早口でまくしたてた。だから、私自身も自分の言葉をよく理解していなかった。
それに気付いたのはベリルに質問されてからだった。
「……あの男? のこのこ……ついていった?」
「あ……」
しまった! と思ったがもう遅い。いや、いっそ説明の手間が省けた。ベリルの眉間に寄せられた皺を見て一瞬で腹が据わる。あとは野となれ山となれ、だ。
「アメシストに会ったんだ! 助けてもらった」
ベリルの眉間の皺が濃くなる。
「それで、付いていったのか?」
「聞きたい事があったんだ。お前に心配をかけるかもしれないと思ったんだが、どうしても聞いておきたかった」
ベリルの表情は変わらない。ただ、光の加減かやや顔色が悪く見える。
「私の事について、何処まで知っているのか。アメシストは私が異世界から来たという事を知っているようだった。私がこの世界の事を何も知らないとも言った」
「……それで?」
「私が、この世界に来た夜。あの夜の、あの集落に、居た。と、言った。そこで、私を見たと」
あの夜の光景、それを語ったアメシストの顔が脳裏に甦る。
「……それで、気になって私の事を調べたのだと」
重苦しい沈黙。その沈黙を破ったのはベリルだった。
「それで、お前は奴に何を吹き込まれた」
「へ?」
「……この世界の事。何と言われたんだ?」
……あれ? そう言えばそのことについては何も言われなかったような……?
アメシストの言動を反芻する。うん。今回はそのことについては何も言ってない……よな?
「……聞いてない……な。あれ?」
ベリルが盛大なため息をつく。
し、しまった。わざわざついて行った癖に何か重要な事を聞き逃した気分だ。
「で、でも! この世界の事ならお前が教えてくれるんだろ? 違うのか?」
だって執務室で歴史の本とかいろいろ読まされたし! 最近は経済や近隣諸国の歴史も少しずつ勉強してるし!
あたふたする私の頭を、ベリルがくしゃくしゃと撫でた。
「あぁ、そうだな。それでいい」
やや困ったような笑みを浮かべるベリル。
むむ。これは馬鹿にされているのか妥協されているのか……。
ひょっとして、アメシストが私に構うのをやめたのは私が馬鹿だからだったりして。……ありえそうでちょっと不快だ。いや! 面倒事がなくなってせいせい……だが、奴はともかくベリルにまで見限られたらどうしよう?
「とりあえず街に戻るぞ」
ベリルの先導に従い、その後を追いながらゆらゆらと揺れる青銀の髪を凝視した。私の頭の中に今まで考えた事も無かった打算が打たれる。もし、私がベリルに見捨てられる事になったら私は城に留まる事は難しいかもしれない。
今までこいつが私に良くしてくれていることを当たり前の様に受け取っていたが、何時までもこの調子ではだめだ。誰だって自分にとって何のメリットも無い赤の他人の面倒を何時までも見続けられる訳が無い。
ならば、こいつにとって私は何らかのメリットがある存在になるべきだろう。
例えば隊長や副団長の様に、騎士でかつベリルの事務的な補佐も出来る様な優れた人物であれば立場は安泰だろう。だが、私に出来るだろうか? 腕ならば多少の覚えはあるが、勉強はからっきしだ。よし! まず文字を覚えよう。今まで、なんとなく自分はいずれもとの世界に帰るのだから必要ないだろうと避けていたが、それが何時になるか分からない以上その日まで自分自身の身の保障を立てる必要がある。
そして、以前からの課題だった家事もこなせるようにしよう。もし、ベリルに見捨てられるような事になったとしても、一人で生活できるだけの力を身につけなくては。悲しい事に私はこの世界では天涯孤独だ。それを自覚しなくては。
いつまでも あると思うな 親と金 よく聞く言葉だが、私の場合『親と金』がそのままベリルに直結している。大体そうでなくても迷惑掛けっぱなしなのだから、このままおんぶに抱っこではあまりにも自分が情けない。ベリルから自立する事と、ベリルに恩返しする事は私自身の為になることでもある。よし!
普段使い慣れない頭脳を今日はたくさん使った所為なのか、疲れているのに頭だけ妙にスッキリしている。普段であればもう寝てしまおうと思うはずなのに、少しだけ成長した気分だ。今ならあの分厚い歴史書も半分くらい読めそうな気がする。
そう意気込んだちょうどその時、ベリルがぼそりと呟いた。
「……アメシストは……」
「ん?」
薄蒼色の目がこちらを伺う。
「あの男は、お前をさらおうとしなかったのか?」
「あぁ、その事か。諦めたらしい」
「……は?」
その返答がよほど意外だったのか、ベリルが間抜けな声を出して目をきょとんとさせた。
「諦めたそうだ。私の好きにしたら良いと」
「……そう、か」
「うむ」
そうか、と言いつつ何か腑に落ちない表情。私としても奴の心境の変化は計り知れなかったが、もう奴には会わないという事を明確にしておく為にも、もう少しベリルを納得させる材料が必要な気がした。もちろんいずれ柘榴は返してもらう心算だが、それと個人的に奴に会うかどうかは別問題だ。少なくとも柘榴は今は奴に預けたままでも問題は無いだろう。……無論、未練が無いわけでも無いし、多少どころではなく癪ではあるのだが。
「多分、奴は私が珍しかったんだと思う。だから気まぐれを起こしたんじゃないかな? ほら、アゲイトだって私が珍しいから私に構うわけで……」
言いかけて、胸がずきんと痛んだ。何?! 何だ?
不整脈だろうか? 思わず手首を押さえて脈拍を測ってみる。……いや、大丈夫そうだ。まぁいい。
「どうした?」
ベリルが怪訝な顔で私を見る。
「いや、何でも無い。だから、世の中物好きという者はどこにでもいるのだろう」
「ふむ、物好き……か」
おかしいな。体調不良だろうか? 睡眠も十分にとっているし、食事もきちんと食べている。貧血や不整脈を起こすほど不摂生な生活はしていないはずだ。
だが、今日はいろいろな事があった。頭もたくさん使ったし、慣れない事をすると何かしら体調に影響があるのかもしれない。
ドレスなんて着慣れない物を着て、式典にも立ち会って。気疲れという奴だろう。
「……たしかに、物好きと言う者は何処にでも居るものかもしれないな」
ベリルがぼそりとつぶやいた。
……いや、私が言い出したのだから反論は無いが。
「世の中色々な趣味、嗜好を持っているものはいくらでも居る。中にはお前の様な凶暴で危なっかしくて方向音痴で向こう見ずで家事音痴の馬鹿が良いと言う者も居るのだろう」
ベリルはそう言ってじっと私を見た。
「……いや、そこまでは……大体、奴は私を諦めたと言っていたし、別に私が好きだとか言う訳では無いとはっきり言っていたし、単なる好奇心だろう」
むっとして言い返す。なんか色々酷い事を言われている気はするが、すべて心当たりのある事だ。が、あまり良い気はしない。
「何もアメシストに限った話ではない。……世の中そういった物好きもいると言う話だ」
ベリルがやや憤慨しながら吐き捨てた。
「ん? アゲイトの事か?」
「違う」
じゃぁ、誰だ? ……さっぱり思いつかないのだが。
「……つまりそれは、アゲイト以外に私に興味を持っている者がいると言う話か?」
違っていたら自意識過剰みたいで恥ずかしいが、この話の流れからしてそういう事なのだろう。ちょっとどきどきしながら聞いてみる。
「そうだ」
ベリルは軽く目を伏せた。少し照れている様にも見える。あぁ、そういえばベリルからこの手の話はまったく聞いた事が無かったから、ベリルはこの手の話が苦手なのかもしれない。ベリルの恋バナなど想像がつかないしな。
が、問題はそこではない! 今、肯定したぞ。という事は……ほ、本当か?!
「えっ……居るのか?! 何処に?!」
誰だ! あ、いや。決して男に飢えているとかそう言うのでは無いぞ。ただ、興味というか好奇心と言うか……ほ、本当に?! 居るのか?!
興奮して顔が熱い。え? 嘘。本当に?!
「ど、何処って……」
ベリルは私の勢いに押されたのか、やや身を引いて居る。顔が赤い。
その場に立ち止まり、しばし見詰め合う二人。やがて、ベリルが根負けしたのか顔をそらした。
「……何処かに……居るのだろう……」
ごにょごにょと目をそらしながらつぶやくベリル。私は、がっくりと肩を落とした。なんだ、居るだろうって話か。
ベリルは居心地悪そうに、急にエルペタを少しだけ走らせ私から離れた。嘘をついた事の罪悪感だろうか? 私もエルペタを走らせ、それに追いつく。
「なぁなぁ、でも、居るかもしれないという事は私もまんざら捨てたものでは無いと思って良いのかな?」
話しかけるが、ベリルは機嫌悪そうに眉間に細い皺を作ったまま無言だ。
「ほら、このドレスだって隊長やアズライトには好評だったし」
ベリルの眉間の皺が深くなる。
「……それはお世辞だ。馬鹿が」
む。ちょっとくらいおだててくれても良いだろう。せっかっく良い気分なのに。
「そうだ! これを機に……」
ベリルがぎょっとした顔で私を見た。
「そ、それは!」
「……機に、家事や料理の修行を再会すると言うのはどうだろう! やはり家事や料理が得意と言うのは男性にとってかなりポイントが高いだろう! ……ん? どうした?」
なんだかベリルが疲れきっているように見える。
「……それは、止めてくれ」
ベリルは脱力したようにそう言った。……ちぇ。