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竜の棲む国  作者: 佐倉櫻
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第二十二話:パレード

 執務室を出ると、アゲイトは無言でつかつかと歩き出した。

 私はその背中を追いながら、先ほどのベリルの奇妙な行動について考えをめぐらせていた。が、どうにも分からん。アレは何だったんだろう……。

 外人が挨拶で頬に口付けるのは見たことがあるが、こちらでも同じ風習があるのか? いや、そんな光景はまだ見たことが無い。ふむ。

 そういえば朝に腕輪を渡した時、あの時もベリルの様子がおかしかった。腕輪を渡した後、ベリルの顔が目前にあって……そういえばあの時ベリルが何か言いかけていた気がする。

 足を止め、あの時の事を出来るだけ鮮明に思い出す。

「どうした?」

 アゲイトが足を止め、振り返る。

「なぁ、頬に口付けるのは何か意味があるのか?」

「は?」

 当たり前のことを問われた時のような、きょとんとした金色の目。

「さっき、ベリルの様子がおかしかった。あれは何かまじない的な意味でもあるのか?」

「まぁ……まじない的と言うか……そうだな。虫除けみたいなもんじゃねぇか?」

 やや呆れたような顔つきのアゲイト。が、その返答を聞いてやっと納得がいった。そうか。あれは竜姫祭の腕輪の儀式の続きだったのか。なるほど。虫除け、ね。虫除け? 

「そんなまじないをする必要が有るほど有害な害虫がいるのか?」

 異世界のことは良くわからない。マラリアみたいな物だろうか?

「……居るんじゃね?」

 苦笑いのアゲイト。

「ふむ……そうなのか」

 だとしたら、私もモルダとローゼにそのまじないをしてこなくてはならんな。覚えておこう。

 アゲイトが何か言いたそうに顔をゆがめ、その後、大きくため息をついた。

「どうかしたのか?」

「いや……何でもねぇ……」

 ちょっと疲れた様子で背を向け、再び歩き出した。

 何なんだ。不審に思いながらも、その背に続いた。






 きらびやかな馬車。

 馬車と言っても、屋根は外され、幌の部分には色とりどりの花が飾られている。

 造花かと思ったが、生花の様だ。いい香りが座席に漂ってきている。

 眩しい位の陽光。空は青く、木々の緑がその光を跳ね返している。と言っても頭にベールと言うか頭巾と言うか、あえて言うなら白無垢の花嫁が頭にかぶってる角隠し。アレに似た感じの(アレほど分厚い布ではないが)布を頭から被せられ、視界はよくないが。

 何だって今更こんなもん被せられるのか良くわからんが、アゲイトが「それでも被ってせいぜい淑女らしくしてろ」とか言っていたからそう言う風習があるのか、あるいは何か別の考えがあるのかもしれない。

 一応こいつは私の上官であり、主でもあるのだから命令であれば従うが。でもこれって護衛任務に邪魔だよな?

 前の席には赤毛の大男。式典の時とは違って、もっと落ち着いた様式の、裾の長い上着を羽織っている。

 後部席には私。馬車に並んだ葦毛の馬には隊長が騎乗している。……私も馬が良かったな。一応、そう主張してみたのだがドレスを着ているんだから我慢しろ。と馬車に押し込まれた。

 まぁいいか。馬車など元の世界ではまず乗る機会など無いだろうしな。これはこれで……と思ったが、思ったより揺れが酷い。おまけに視界の左右は幌とそこに飾られた花で遮られ、前は赤毛の大男の背中しか見えない。

 ちなみに、エルバイト公とベリルは城に残って居る。まぁ、城を空にするわけには行かないのだろうが。

 馬車が揺れる度に、脇に置いた小太刀がカチャカチャと鳴る。

 つまらんな。かろうじて頭上と、アゲイトの肩越しに木々がちらちらと見えるだけだ。

 正午過ぎ、予定通りに馬車は城を出て、この後城下町であるニュージェイドの街に入り、街を一周した後に大通りを通って街の広場と行く。その後、広場にて式典が行われるらしい。その式典がこの祭りのメインイベントなのだそうだ。

「で、何をするんだ? その式典とやらは」

 前の座席で、退屈そうにふんぞり返っている背中に問いかける。

「んあ? 何って……そういやお前、竜姫祭の事はどこまで知ってるんだ?」

「昔、竜姫って呼ばれる姫が居て……と言うのは聞いた。だから腕輪を送る日なのだろう?」

 アゲイトは話がしやすいように体の向きを替えると、背もたれに肘をかけ、こちらを向いた。

「あ〜〜〜……まぁ、いいか。竜姫の話は知ってるんだな?」

 何を言いかけたのか気になったが、素直に頷く。

「式典はその竜姫と英雄になぞらえて選ばれた竜姫が、領主、つまりは俺だな。俺に腕輪を送るんだ。祝福付きで」

 ちょっと嬉しそうな……と言うかやや鼻の下を伸ばしてアゲイトが答える。

 祝福? 何だ、意味深な。

「……何だ? その祝福とやらは」

「何って……そうか、話は知ってても芝居なんかは見たこと無いか。竜姫が英雄に腕輪を送る場面を再現するんだ。こう、姫が英雄の腕に腕輪を括りつけるだろ?」

 アゲイトが私の手を取り、腕輪を括る真似をする。

「ふむ」

 私の手よりも2回りは大きい浅黒い大きな手。その手に私の手はすっぽりと隠れてしまう。

「『……あなたに、竜の加護がありますよう……』」

 大きな手が、私の手を離れた。かと思うと、いきなりがっしりと両頬をその手で挟まれた。

「なっ!」

 身構え、離れようとするが、両手にしっかりと頭を固定される。ゆっくりと力任せに近づいてくる金色の目。

 さすがに何度も同じ目に合っていれば、この後この男が私に何をするつもりなのか予想できる。

「やめいっ!」

 とっさに手にした小太刀の柄でアゲイトの顎を突く。

「うがっ!」

 仰け反った拍子に拘束されていた両頬が開放される。あたたかい手が離れ、ひやりとした外気が頬を撫でた。

 目の前には馬鹿男の喉仏が見える。と、仰け反った首がかくんと元に戻され、愉快そうな金色の目と目が合う。

「まぁ、こんな感じだ」

「実演しようとしなくていい!」

「はっはっは。……けち臭い事言うなって」

「けちとかそう言う問題じゃ……」

 が、これで分かった。この男の鼻の下が伸びている理由。……なんかむかつく。

「お、街が見えてきたぞ」

 その声に前方を見る。

 以前と同じ高い城壁に囲まれた街。城壁の向こうに尖塔がちらほらと見える。

 その城壁の前には、やはり以前と同じように布で作られた簡易テントがあったが、その様子は以前と少し違っていて、そこかしこで煮炊きする蒸気とおいしそうな匂いが、かすかに漂ってきた。

 煮炊きしている大なべの近くには槍を持った衛兵が2、3人待機していて、その衛兵に見守られる中、こざっぱりとした服装の人たち(おそらくは街の人たちだろう)が列を作る人たちに何か手渡している。

 よく見ると、椀と小さな小包のような物。そして、時には布のような物も手渡していた。

 そういえば難民の子供たちも、以前見たときよりこざっぱりとした服を着ている。相変わらず裸足の子もいたが、上着は清潔そうに見えた。

「……嬉しそうだな」

「え? そうだな」

 一時しのぎにしかならないかもしれないが、それでもすさんだ目で物乞いやかっぱらいの真似事をするよりは笑っていられたほうが良い。

 願わくはこれが、この時だけでなく定期的に行われるようになれば、あの子供達も笑っていられるんじゃないだろうか?

「やはり子供は笑っているのが一番だからな」

 それを偽善と言われても、何もしないよりずっといい。

「なぁ、私もあそこに加わることは出来ないのか?」

「は?」

「ちょっとだけ。だめか?」

 アゲイトは少し考えるような素振りの後軽く私を諌めるように、にらんだ。

「だめだ」

「ちょっとだけ」

「だめだっつってんだろ」

「けち!」

「そういう問題じゃねぇ! よく考えても見ろ。そんな格好で出て行ったって奴等にとっちゃ嫌味にしかならねえよ」

「ふむ」

 たしかに、こんなにごてごてとした服装では手伝おうにも裾がからんで失態を晒す事になる。

 いや、私が恥をかくのは良い。だが貴重な資源を無駄にするのはいかんだろう。

「ならば次回に備え、修行を積んで出直すとしよう」

「……何の修行だよ。ったく」

 心底呆れ顔のアゲイト。

「ならば、少し速度を落とすのはどうだ? そればらば問題無いだろう?」

 アゲイトは、ため息をついた。

「まぁ、それくらいならいいか」

 そう言うと、御者に手で合図する。

 馬車の速度が落とされると同時に、隊長の馬が近寄ってきた。

「どうなさいました?」

「こいつが、アレをよく見たいってさ」

 つまらなさそうに説明するアゲイト。

「そうですか。……見てもあまり面白くないと思いますが」

 隊長は不思議そうに首をかしげた。が、それ以上追求する気は無いらしく、直ぐにもとの位置に戻った。

 馬車が近づくにつれ、城壁に列を作っていた人たちもこちらに気が付いたらしく、皆こちらを見ている。配給をもらった人たちはめずらしそうに街道の近くに寄ってきて、衛兵に止められていた。

 街道を守るかのように、衛兵が整列した。馬車がさらに近づく。敬礼する衛兵。その合間に、難民の人たちの顔が見える。

 目を輝かせて馬車を見る子供。その背後には忌々しそうにこちらを睨む大人の姿も見えた。その視線に一瞬たじろぐ。が、すぐに子供の楽しそうな嬌声にその視線はかき消された。見ると、数人の幼い子供が衛兵を押しのける様にしてこちらに見入っている。

 その時、後ろの子に押されたのか、5、6歳くらいの女の子が転がるようにして衛兵の隙間から街道に転がり出た。その少女の居た場所辺りから、女性の短い悲鳴。その辺りだけ空気が張り詰める。何だ?

 が、少女はそんな空気などお構い無しに、嬉しそうにとてとてと馬車に近寄ってくる。背後から伸びる無骨な大人の手。その手は障害を排除しようと言う気迫しか感じられない。

「やめ……」

 少女が手荒に扱われるのでは無いかと危惧した時、その手を阻むかのような馬影。隊長の馬だ。

 隊長は馬から下りると、こちらに走り寄る少女を背後から抱きかかえた。

「危ないですよ。お母様の所に戻らないと。ね?」

 少女を宥めるように言うが、少女はいやいやともがいて馬車に手を伸ばす。その視線は馬車に飾られた花に注がれていた。どうやらこの花が気に入ったらしい。熱心に手を伸ばすその様子はとても愛らしい。

 そのちょっとした騒ぎに馬車が止まった。

 隊長は、少女を抱えたまま街道脇に戻そうとする。ちょっと泣きそうな表情の少女。

 近くで見るくらい良いだろうに。そんな不満を込めてアゲイトを睨みつける。

アゲイトは、私の視線に気付くと眉をひそめ、仕方ないといった様子で軽くため息をついた。

「スティーブ」

 ちょいちょい、と隊長に手招き。名前を呼ばれ、振り向く隊長。少々怪訝な顔をしたが、少女を抱えたままこちらにやってきた。

「……何でしょう」

 ややアゲイトから距離を置く隊長。少女は少しだけ怯えた表情を見せたが、馬車に飾られた花をちらちらと気にしている。

「これが、ほしいのか?」

 飾られた花の中でもとりわけ大きな白百合の花。それを抜き取って、少女に差し出す。

 少女はびっくりしたように目を大きく開けて、その後におずおずと花に手を伸ばした。

「あり……がとう。……ございます」

 にっこりと笑いかけると、少女も安心して笑みを返してくれた。やっぱり子供は可愛いなぁ。

 隊長が少女を下に降ろすと、少女は嬉しそうに街道脇に走る。人ごみに戻る前に、一度私を振り返った。

 もう一度笑いかけると、少女も笑ってそのまま人ごみに紛れた。

「かわいいなぁ」

 あれくらいの年齢が一番かわいい。そういえば一つ年下の同じ村出身の女の子にあんな年頃の娘が居たはずだ。町に出て行ってしまって盆と正月くらいにしか帰省してこないが、正月に神社で娘を連れて参拝しているのを見た。

 あの子が結婚した時はちょっと早いんじゃないか。と内心思っていたが、あんな感じのかわいい娘が出来るのならば結婚もいいかもしれない。相手が居れば、だが。

「子供、好きなのか?」

 ゆっくりと走り出す馬車。アゲイトが興味深げに尋ねてきた。

「当然だ。嫌いなわけが無い」

 特にうちの村では子供が少ないので余計にそう感じるのかも知れないが、そこに居るだけでただただ可愛らしい。

「そりゃよかった」

 アゲイトがにんまりと嬉しそうに笑う。

「何でだ?」

「ちなみに俺は5人は欲しいと思ってるんだが」

「そうか。頑張れ」

 あぁ、頑張らなくてもこの女好きなら5人と言わず頑張れば隠し子含め、50人くらい出来るんじゃないか? たしか劉備の祖先が130人くらい子供がいたらしいし。そんだけ作ってりゃ子孫に劉備みたいな英雄も生まれるのだろう。私はどちらかと言えば若い頃の曹操の方が好きなのだが。あと、呂布も好きだ。馬鹿だけど。

「……俺はお前に言ってるんだが?」

「だから何だと言うんだ?」

 ベビーシッターでも頼まれるのか? まぁ、構わないが。

 アゲイトはしばらく呆れ顔で私を見ていたが、やがて大きくため息を吐いた。

「あぁ、そうだな。お前にはちょっと難しかったな」

 弱弱しく諦めたような口調。何だそれ。ものすごく阿呆の子に教えるのを諦めた様な態度。

 ぽんぽんと頭を撫でられる。

「馬鹿にしてるのか?」

「してねぇよ。……まぁ、もうちょっと成長してくれれば。とは思うがな」

「成長って、私は子供ではないぞ」

「年齢の事じゃねぇよ。ったく……」

 ぼそぼそと何かつぶやいたが聞き取れなかった。何だと言うんだ。

 アゲイトの背中を軽く睨みつけながら、まだ感触の残る頭上に手をやる。髪飾りが乱れてないか確認するつもりだったのだが、ちょっとだけ、切ないような感覚になる。

 何だろ? 慣れない事ばかりでちょっと体調がおかしいのだろうか?

 ベリルに偉そうな事言っている場合ではないな。

 今朝からの自分の行動を反芻して、体調のおかしくなるような要因をさぐってみるがさっぱり分からない。馬車に酔ったのかな? それともこの陽気のせいだろうか。

 そんな考えを巡らせているうちに、馬車は門をくぐった。





 門をくぐると、中は至る所に花が飾られ(こちらは造花のようだ)人々も着飾り、馬車に手を振っている。

 多分、馬車の通る道だけなのだろうが建物の2階からは馬車の進むのに合わせて布で作られたらしき花びらが振ってきた。人々が口々にアゲイトやこの国や街の名前を叫んでいる。

 心の底から楽しそうな笑顔。アゲイトはそれに答えるかの様に満足げに微笑んで、時折かるく手を振り返した。

 まるで映画のワンシーンの様な光景。私はその光景に圧倒されて居た。

 馬車はそのまま進み、およそ街を半周したと思われる頃、やっと私も少し余裕が出てきた。と言っても前の席でこっそりあくびをかみ殺している赤毛の男ほどではないが。

 モルダが、街で暴動が起こるかもしれないという噂がある。などと言っていたが、やはりそれは噂でしかないのだろう。元の世界に居た時だってワールドカップやオリンピックの聖火リレーでもフーリガンがどうとかチベット問題が何だとか言っていたが、特に大きな騒ぎがあったわけでは無かったし。そういう噂と言うものは杞憂に終わるのだろう。

 馬車はやがて広場へと続く大通りに差し掛かった。

 以前は露店などでにぎわっていた大通りだが、今はその露店も撤去され、本来の姿を取り戻していた。

 すごいな。店が無いだけでこんなに広く感じるなんて。

 整備された石畳の上に、所々日に焼けていない箇所や染みなどが残っていて、そこに露天があったことが伺える。

 大通りの脇に並ぶ建物の軒先やベランダはやはり花や布などで飾られ、どこからこんなに人が集まったのだろう。と言うほどの人が脇を埋め尽くしていた。

「すご……い」

 この大歓声の中でもそんな私の呟きが聞き取れたのか、金色の目が私を振り返り、満足そうに細められた。

 大通りに入ると馬車はゆっくりと、小走りでも追いつけるほどの速さまで速度を落とした。そのおかげで、大通り脇に並ぶ人並みの、一人ひとりの顔の表情やしぐさまでがよく見える。同時に、護衛の騎士達の様子も良く分かる様になった。

 心なし緊張しているように見えるのは、気のせいではないだろう。この大観衆に見守られては、布をかぶっていて、おまけにアゲイトの背中で人々からは私の姿はほとんど見えていないだろうに、私まで緊張してきた。

 この行進の中で唯一緊張していないのは目の前の赤毛の大男だけだろう。余裕たっぷりな表情に、その根性の図太さがちょっと羨ましいような頼もしいような気になる。そうだな、こう言う所は素直に褒めてやれると思う。

 普段あれだけ不真面目なのに一応皆に認められているのは、この堂々とした態度がこういった場面では(認めたくは無いが)魅力的に見えるからだろう。と思う。

 普段もこれだけ真面目にこういった態度を取ればいいのに。

 むむ。城での式典でも思ったことだが、そういう所は背後からではなく出来れば正面から見たいのだが。またもや背中しか見えない。

 もう一回振り向かないかな? 首を左右に動かしてアゲイトの顔を見ようとしたが、無駄だった。くそ、来年もまたあるのなら今度こそ馬に乗ってやる。……いや、さすがに何年もこの世界に居続ける訳にはいかんのだから、来年もこの場に居合わせるのは出来れば簡便してもらいたいものだが。

 再び民衆に目を向けた。このパレードを見物する人たち。それは友達であったり、親子であったり、恋人であったりと様々だが、その表情はどれもが皆楽しそうだ。

 そういえば、ローゼは今日は午後から休みが取れたとはしゃいでいたから、ひょっとしたらこの観衆の中に居るのかもしれない。モルダは休みが取れなかったとかで悔しがっていたが。

 ちょっとだけ、想像してみる。もし、来年もこの祭りに参加するとしたら。

 そしたら、馬に乗ってパレードに参加するより、あの二人とこの観衆に紛れていた方が楽しいかもしれない。大通りから少し離れた所に移動した屋台でパンとか飲み物とか買って。普段とは違う真面目な様子のアゲイトを見て笑ったり、手を振ってみたり。そうだ、今度は私も腕輪を編むからいっそおそろいの腕輪を作ってもいいかもしれない。

 などと、そんな想像をして、少し寂しくなった。

 来年は、私は元の世界に戻っているかもしれないんだよな。

 無論、戻りたいと思っている。……思っているのだが。

 気が沈みかけて、あわてて頭を振る。人生一期一会だ。この先何があるか分からないからこそ、その出会いを大事にしなくては。今この体験だって十分すぎるほど貴重じゃないか。

 馬車は、街の中央に位置する広場に到着した。

 隊長が馬車の扉を開け、アゲイトがゆっくりと馬車を降りる。特に何をしたわけでもないのだが、その一挙一動に皆の目が釘付けになる。こう言うのが威厳とかカリスマとか言うものなのだろう。うっかり私まで見入ってしまった。

 その大きな手が私に伸ばされる。

「ほら、コケんなよ」

 あまりに自然な動作だったので、ついその手を取ってしまった。

 もう片手に鉄扇を握り、裾を踏まないように気をつけて馬車を降りる。アゲイトはゆっくり手を下ろし、そのままスタスタと広場の中央に作られた祭壇へ向かう。あ、小太刀はどうしよう? 一応剣帯を着けているが(皮製だが装飾が施された物で、実用的ではない)そもそもあの小太刀には剣帯に取り付けられるような金具が無いから、剣帯に下げようとするなら、下げ緒を解いて帯に直接縛り付けるしかない。……まぁ、いいか。

 広場は中央に祭壇。その脇にちょっとしたひな壇が設けられ、そこには見物の貴族たちが座っている。

 祭壇脇には騎士達が並び、ひな壇の後方には貴族達が乗って来たのであろうきらびやかな馬車が並んでいる。

 祭壇の上にはいつの間に先回りしたのか、金髪の副団長以下数名の竜鱗騎士団の面々が見える。

 そして、その中央には白いベールを被った白いドレスの女性。まるで婚礼衣装のようだ。あれが『竜姫』なのだろう。

 アゲイトの話では、毎年その街の一番の器量良しと言われる未婚の女性が選ばれるとか。アゲイトのだらしない顔を思い出して腹が立つ。

 そりゃ、あの女好きが喜ぶのも分かる気はするのだが、婚約者が居て、しかも今回城に戻ってきているのだから辞退するとか遠慮するとかしてみればいいのに。まぁ、私がとやかく言うことではないのだが。こちらではそういった事には寛容なのだろうか?

 私と隊長は祭壇へと続く階段の下で待機。万が一に備えてここで民衆を監視する。……が、上が気になる。この位置からでは祭壇の様子は分からない。祭壇に見入る人々の表情などからその様子を推察する事しかできないのだ。

 やっぱり祭りなどは行う側からではなく、参加する側からじっくり楽しむべきだよな。ちょっとだけこの護衛任務がうらめしくなる。

 次第に静かになり、祭壇に皆の視線が集まる。例の儀式とやらが始まるのだろう。

 儀式……気にならないと言えば嘘になる。が、今は警備のほうが重要だ。うむ。……儀式などさっさと終わればいいのに。やきもきしていると、隣の隊長が何かに気付いたらしく、観客の一点を注視している。

 何事かとその辺りをよく見てみると、見覚えのある薄紫の頭が人ごみから見えた。むむ?

 ここからでは顔がよく見えない。が、あのおしゃれ染めそっくりの髪と趣味の悪い布を巻いた頭。身長からして男だろうし……まさか?

 その男の前に立っていた人が少しだけ体を動かした拍子に、ちらりと顔が見えた。左目に眼帯。群青の目。あの男だ!

 無意識に体が動きかけた時、袖を掴まれた。振り向くと、隊長が目で制止した。

「今は、儀式の最中です。アレは部下に任せますので貴女はこの場を動かないように。いいですね」

 一瞬迷ったが、それに従う。たしかにこの格好では目立つしな。儀式を中断させるような事態になることは避けたい。個人的感情は置いといて。

 軽く頷くと、隊長は祭壇の端に控えた騎士に目配せした。その騎士は隊長の意図を読み取ったのか、さらに後方に控えた護衛兵に何か言付け、さっと自然な様子で観衆に紛れる。

 再び視線を観衆に戻すと、あの群青色の目と目が合った。途端、意味ありげに笑い掛けられさらには小さく手を振られる。おちょくってるのか!……我慢。我慢だ。

 せめて意趣返しに睨みつけてやると、おどけたように肩をすくめ、そのまま人ごみに紛れてしまった。くそっ!

 あの騎士が上手く捕まえてくれれば良いのだが。

 ……、……む? 何かおかしい。

 ふと、観衆に違和感を感じる。何だろう? よく注意してみるが、人々は皆祭壇の上で行われている儀式に夢中だ。だが、何かがおかしい。観衆の一部に違和感を感じる。どこだ?

 遠く、上空で短く竜が鳴く。はっと見上げると、上空を見回っているはずの竜騎士がそのまままっすぐ街の大門へと竜を狩る。

 大通りへと続く方向。この広場に集まった観客の最後尾。そこにかすかな違和感。

 そうだ、あの一部だけ祭壇を見ていない。何を見てる?! 何があった!

「マイカさん。貴女は此処に」

 やや強い口調でそう言うと、隊長はやや早足で馬と共に待機している騎士達のほうに進む。

 不安に駆られ、祭壇を見上げる。アゲイトは、副団長は気付いているのか?!

 前方の観客は気付いていない。舞台の上では儀式が続けられているに違いなかった。気が落ち着かない。ざわざわと得体の知れないあせりの様なものがこみ上げる。あの男、アメシストは何処へ行った?! 何をしたんだ!

 少しでも様子を探ろうと、後方の観客に注意を向ける。その辺りは少しだけ違和感を感じる程度で、大きな動揺は見受けられない。

 数頭の馬のひずめの音が広間を遠ざかる。隊長だろう。鉄扇を強く握り絞める。大門へ向かった竜は見えない。見えないと言う事はどこかに着地したのか、飛び去ったのか、あるいは城壁の外を低空飛行しているのか……。

 何事もなく終わればいい。

 見上げる祭壇。その距離がやたら遠く感じる。

 落ち着け、まだ儀式は続行している。まだ、何も起こっては居ない。

 後方が騒がしくなる。

 鉄扇を手に走り出したい衝動に駆られる。が、留まる。私の任務はアゲイトの護衛だ。隊長の居ない今、私がこの場を離れるわけには行かない。騒ぎの起こっている方向に集中する。

 まだ最前列の観衆たちはその騒ぎに気付いていない。

 祭壇の上は、どうなっている?!

 ここからは見えない。

 観衆の後方から何か叫んでいる声がする。その声はここまでは、はっきり届かない。

 次第に大きくなる騒ぎと叫び声。

 観衆の表情にも焦りや恐怖が感じ取られる。何だ! 何が起こってる!

 誰かが、叫んだ。

「……だ! 竜化が現れたっ!」


 


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