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竜の棲む国  作者: 佐倉櫻
21/31

第十九話:竜姫祭当日の朝

お待たせしました。竜姫祭です。今回ちょっと長くなります。


 竜姫祭当日。

 なぜか私は城の一室に居た。目の前にはきらびやかな装飾の服が、所狭しと広げられている。正確には色とりどりのドレス。よく見るとシャツなども見えるのでそれだけではない……と、信じたい。

 馬鹿だ馬鹿だとは思って居たがここまでくると大馬鹿だな。

「ちなみに、俺の好みだとこの辺りなんだが」

 赤毛の、大男……もとい、大馬鹿男が手に取ったのは胸元の大きく開いた真紅のドレス。

 ……頭が痛い。

「兄上は本当、そういうのがお好きですよね。僕、女の子に生まれればよかったかな」

「バーカ。こういうのは着せるのが楽しいんじゃなくて脱がせるのが……」

 言いかけた大馬鹿男の背後に回り、膝裏を蹴った。

「痛っ!」

 姿勢を崩しかけたその男の頭を思いっきり殴る。

「いたいけな少年にいらん事吹き込むな。この、歩く公害が!」

「公害は言い過ぎだろ! 大体、この手の話ってのは男にとっちゃ……」

「お前基準の話など知った事か!」

「僕はこの辺りが好きです」

 アズライトが手にしたのは、白を基準にしたきらびやかな装飾の襟の詰まったドレス。

「それは脱がせるのが大変……痛って!」

 性懲りも無く発言しかけた馬鹿の頭を今度は鉄扇でしばく。ガツンと、痛そうな音。

「お前! それはやめろ!」

 余程痛かったのか、やや涙目だ。

 そりゃそうだろう。重さ2kg程度の鉄アレイで殴ったのと同じ衝撃があるはずだ。……よな?  思わず手にした鉄扇を見る。それにしてはあまりダメージが無いような……ふむ。もう少し強く殴っても良さそうだ。

 本当頑丈な奴だな。逆に感心するぞ。

「じゃぁ、こんなのはどうですか?」

 少年は今度は薄緑色のシャツを手に取った。

「あん? そりゃ無ぇだろ」

「ですから、これだけ。とか」

「おぉ! そりゃ……」

 ごきん。

 鉄扇の鈍い音が室内に響く。

「あぁぁぁ! 兄上、しっかり!」

「〜〜〜〜〜〜〜っっ!」

 今度は声にもならないらしく、しばらく頭を抑えてうずくまる色ボケ馬鹿。

「お、おま……今のは俺じゃねぇだろ!」

「うるっさい! 出て行けっ!」

 まだ何か言いたそうな馬鹿二人を部屋の外に追い出し、扉を閉め、施錠してため息をつく。

 何でこんな事になってんだか。



 事の始まりは数十分前。

 いつもの様に訓練場で点呼した後、他の隊員は各隊とチームごとでミーティングを行った後、各配置に付く。私もそのはず……だったのだが、昨日見回りチームから外されてしまったので、隊長と共にアゲイトに続いて訓練場を後にした。

 まぁ、護衛なのだからこの男の後に付いて行けば良いのだろう。

 ちなみに、騎士団と名がつくだけ有って一応隊服というものも存在している。訓練時や通常は普段着だが、見回りの時は上着のみ着用が義務付けられているとか。そんな物の存在を知ったのも今日だった訳だが……私の隊服とかは無いのだろうか?

 今日は祭典と言う事もあり、隊のみんなは赤と黒が基調の隊服を着ている。

 私の分は無いのか。と聞いたら、まだ仕立てて無いそうだ。いちいち採寸して作るらしいのだが、女物という事もあって、型紙もデザインしなおすのだとか。同じでいいのに。

 もしかしたら、見回りから外されたのもその辺りの配慮なのかもしれない。一人だけ違う服って目立つしな。

 隊長は皆と同じような隊服だが、赤地に白の肩掛けをあしらったマントと飾り紐などの装飾品をつけていて、実にきらびやかだ。何となくアズライトの着ていた服の装飾に似ている。

 後で聞いてみたら、こういったゴテゴテした飾りのきらびやかなデザインは王都風と言うのだそうだ。

 聞けば、アゲイトも今日はいろいろと着替えなくてはいけないとか。

 いろいろと、と言うのは、アゲイトの場合、奴はこの国の王子であり、この地の領主であり、騎士団の団長でもある為、その場に応じた格好をしなくてはいけないのだとか。

「城での式典は王子としての正装。街での式典は領主としての正装だろ? その後の夜会じゃまた王子としての夜会の正装。明日にゃ記念模擬試合。そん時は俺も出場するから団長の正装だろ。それから……」

 うんざりしながら説明してくれた。

「模擬試合だと?!」

 何だ? その心躍るイベントは!

「食いつくのはそこかよ」

「うむ! 誰が出るんだ? 私も出られるのか? トーナメントとかなのか?!」

 どうしよう。胸がどきどきする。

 きっと強い人たちの戦いが見られるのだろう。

 特にセレン副団長などは昨日の様子ではものすごく強そうだったからな!

 この男もそれなりに強いし。……そういえばこの男が剣で戦っているのを見たことが無いな。

「なぁ、なぁ! 私も出られなくても見ることは出来るんだろ?!」

 つい、興奮してアゲイトの腕にすがりつく。

「あ〜〜まぁ、見れるんじゃね?」

「本当か!」

「あ、あぁ。それで……」

「よしっ!」

 ふふふふふ……。興奮しすぎて顔がにやけるのを止められない。

 あぁ、間近で試合が見られるのなんて何年ぶりだろう!  大勢の観客とその前で行われる真剣勝負!  あの一体感と興奮は何者にも変えがたい。しかも見られるのはプロレスではなく、剣と剣の戦いだ!  これが興奮せずにいられるか!

「ふふふふふっ。ふふふふ」

 あぁ、もう! 何でもっと早くに言ってくれないかなぁ?  事前に知っていれば参加者のプロフィールも調べたのに!

「誰が出るんだ?! あの竜鱗の副団長も出るのか?!」

「たしか出るはずだ。それよりお前……」

「よぉぉっし!」

 ふっふっふっふっふ。

 あぁ、楽しみだ。早く明日にならないだろうか。

「……で、お前。衣装はどうするつもりなんだ?」

「は? 衣装?」

 何の? 模擬試合のか?

 頭上からため息。

「お前、やっぱり聞いてなかったな。今日のお前の衣装だ。みんなが正装するのにその格好はおかしいだろ?」

 指摘されて、あらためて自分の格好に気付く。

 普段道理の格好……だめか?

「本来なら騎士団の制服だが、まだ仕立てが上がってないし、この世界に来た時の格好でも……」

「えぇ?!」

 嫌だ! 城の中だけならともかく、あの格好で出歩けとか無理だ!!

「まぁ、こっちで幾つか用意してやったからそれに着替えろ」

「あ、あぁ。すまん」

 そうか、そこまで気が回らなかったな。

「気に入った物があればやるぞ?」

「ふむ?」

 何となく、その笑みに邪な物を感じないわけではないが……

 城の奥にある居住区(本来は領主の家族が暮らす区域だ)の一室に案内される。その部屋の前ではアズライトが待ち構えていた。

「兄上! 兄上のご希望道理、いろいろ取り揃えましたよ」

「お、ご苦労!」

「ふふ。昨日の今日ですから大変でしたけど王都風から西国風、南国風。ちょっと変わったところではサラバウの物もあります」

「おぉ、よく揃えたな」

「はい! 頑張っちゃいました。他ならぬ兄上の頼みごとですもの」

 屈託の無い笑顔。あぁ、この少年は本当にアゲイトの事を慕っているんだな。こんな馬鹿男なのに……。

 昨日の庭園でのやり取りを思い出すと胸が痛い。いっそ認めてやればいいのに。

「そうか、そうか。んじゃ、マイカ。好きな物を選べ」

 アゲイトは嬉しそうにドアを開けた。




 そして、目の前に現れたのが、この光景。と言う訳だ。あの男、本当に何考えてるんだ?!

 自分の護衛にドレスとか着せて何が楽しいんだ! 何が!  大体私にこんな物似合うわけが無い! しかも動きにくいだろう?! 絶対に裾とか踏んで転ぶ。間違いない。

 ……いっそ流鏑馬装束の方がましだろうか?

 いや、この布の山の中に一つくらいまともなものがあるだろう。そう信じたい。そう思って探してみたのだが……無い。シャツは数枚見つけたのだが、どうやらこれはドレス(ワンピース)のインナーとしての物の様だ。

 本気か? あの馬鹿。ちらりとドレスの山に目をやる。本音を言えば興味がないといえば嘘になる。好奇心と言うやつだ。

 ほ、ほら。アレだ。ゴスロリとか、絶対着る事がないだろうと思ってはいても、機会があればコッソリ着てみたいと言うか…。無論、誰にも見せたくは無いが。

 元の世界じゃ絶対に着ないだろうしな。うん。

 ……

 ……、……。

 し、シンプルなデザインの……胸とか開いてない奴だったら……。

 数着、物色中に気になった物を手にとって見る。が、実際着るのだと思うと、どうしても金糸の刺繍だの縫いとめられている石だのが気になる。むむむ……

 ふと、アゲイトが手に取った真紅のドレスが目に入る。いかにもあの男が好きそうな、大きく胸元が開いていて大人びたデザイン。金髪で胸が大きい美女ならさぞかし似合うだろう。……、……、……ちょっとだけ。

 なんとなく室内に誰も居ない事を確認。ついでに窓の外やドアの向こうにも誰か居ないか確認して、再びそのドレスを手に取る。まぁ、どれだけ似合わないか……とか。何事も経験と言うか。

 服を脱ぎ、おそるおそる袖を通してみる。着れた。いや、当たり前だが。だが、胸が多少余る。胸元に目をやると、襟のフリルからドレスの裾までのラインが何の障害も無く見える。

 はは、本来ならこの視界に谷間とか見えるんだろうな。……何をやっているんだろう。私は。馬鹿じゃないのか。惨めだ。脱ごう。

 真紅のドレスを脱ぎ捨てると、先ほど選りすぐった中からもっとも地味だと思われる紺色のドレスに着替えた。襟の詰まった長袖のドレスで、フリルやレースなどといった装飾品は無いが、袖や裾には緻密な刺繍が施されている。

 裾は引き摺りそうな程長く、スカート部分は膨らんでいないので歩くたびに足に絡まる。が、それほど重くは無く、生地が柔らかくて薄いので裾を持ち上げれば動くのにはさほど問題は無さそうだ。

 問題はこれを着たまま走れるかどうかだな。と、言うわけで着たまま室内を歩いたり走ったり型を試したり……。

 結果、裾さえ踏まなければ問題ない。という結論に。

 意外と足が開くな。新発見だ。スカートだともっと動きが限定されるかと思ったのだが。むしろ蹴る時よりも歩くときの方が裾を踏む確立が高い。大きく動けば裾も上がるから踏みにくいのか。

 何度か歩く練習をした結果、スカートの裾を蹴り上げて歩くと良いみたいだというコツも掴んだ。これならいける! 要は裾が長めの袴みたいなもんか。

 強引に自分を納得させると、もう一度、ちゃんとドレスが着れているかを確認。うん。大丈夫そうだ。

 どんな反応するだろう? なんだか上手くはめられた気がしなくは無いが、それでもどんな反応するのか気になる。

 扉の前で深呼吸。よし! 取っ手に手を掛けた瞬間、外側からノック。

 むむ? アゲイトか?

 2、3歩下がると、若い女性の声で、

「失礼します」

 と、声を掛けられた。入ってきたのは城の女中が数人。んん?

 後ろに続いてきた数人は何か道具の入った箱や布らしきものを手にしている。

「あら、もう着替えられてたのですね」

 先頭に入ってきた、この女中達のリーダーらしき人物がちょっと意外そうにそう言うと、私の周りを一周、しげしげと見ながら回った。

「失礼」

 彼女はそう言うと私の前にしゃがみ、おもむろにスカートをたくし上げた。

「うわっ!」

 な、何だ?

「……失礼ですが、最初から着付けさせていただきますね」

 彼女はにっこり笑ってそう言うと、その笑顔が合図だったのか、数人に取り囲まれる。は、はいぃ?

 アゲイトとは別の意味での身の危険を感じる。身の危険と言うか気迫と言うか……。

 じわりじわりと円陣が狭くなって来る。に、逃げ……。

 その只ならぬ気迫に逃げようとしたその時、彼女が手を挙げ、合図する。と、同時に私に伸ばされる無数の手。

「う、うわぁぁぁぁぁ!」







 ひ、酷い目に合った。

 教訓:集団の女性はやはり怖い。

 手ひどく扱われたわけではない。むしろ懇切丁寧に扱われたのだろう。なのに、私の気力は尽きかけていた。

 もう、どうにでもなれ。ドレスどころか下着まで剥ぎ取られ、ごてごてしたフリルやレースの付いた下着に履き替えられ、靴も走ったら脱げてしまいそうな、緻密な刺繍がびっしりと施された布の、パンプスの様な靴に履き替えさせられた。

 ドレスは、例の真紅のドレスを着させられかけたが(どうやらアゲイトの指示らしい)必死の抵抗の結果、当初の紺色のドレスでしぶしぶ承知してくれた。

 代わりにと言っては何だが、胸元や高く括られた髪にも重いくらい石のついた飾りを付けられたが。どうしよう。これ、落としたり壊したりしたら怒られるんだろうなぁやっぱ。

 歩くたびに揺れる飾り。なるべく振動を抑え目にそろそろと彼女(リーダーと思われる女中)の後に続く。

 ちなみに、手には鉄扇。ポケットには(小さいながらも目立たない場所にポケットがあるのだ。女性のたしなみだとかでハンカチと香水の小瓶をつっこまれたが)例の腕輪。

 そうそう、私もローゼとモルダから今朝、腕輪をもらったぞ。

 「竜姫祭おめでとう」と言って右腕に括られた。どうやらそれが渡す時の儀式みたいな物らしい。

 まさかもらえるとは思っていなかったうえに、こちらは一つ編むので精一杯で二人の分を用意していなかったので軽くパニックになったが、二人はそんな事など気にせず笑ってくれた。

 来年は頑張って気合を入れて二人に渡そうと決心。でも、このお礼に何か渡したほうが良いのだろうな。どうすればいいんだろう? 後でベリルにでも聞いてみようか。

 私も食事の後にベリルに渡そうと思ったのだが、忙しいらしく、渡しそびれてしまった。

 まぁいい。また機会があるだろう。そう思って持ち歩いている。

 などと思っているうちに目的地に着いたらしく、前を行く彼女が立ち止まる。そこは城の一際奥にある城主の部屋。もっと豪華なのかと思っていたが意外とシンプルな扉。

「失礼いたします。マイカ・スギイシ様、お連れいたしました」

 様?!

 慣れない呼び名にどきっとする。

「おう、やっと来たか。入れ」

 中からは聞きなれた低い声。

 彼女に続いて部屋に入る。部屋の中は執務室の倍くらいの広さだろうか?

 意外にも壁の一角には本棚が設けられていて、そのほかの壁はいろいろな地図を模したと思われるタペストリーが数枚飾られている。中央には応接セット。奥には机。さらに奥には扉。部屋の雰囲気は執務室と同じ感じだが、こちらのほうが幾分落ち着いた雰囲気だ。

 そしてその部屋の主は、いつもの動きやすい服ではなく、窮屈そうな装飾のごてごてしたきらびやかな衣装に身を包んでいた。まだ支度途中であったらしく、女中が数人奴の周りを取り囲んでいた。が、私に気づくとアゲイトはしばらく間抜けにこちらを見ていたが、その手を止めさせ、こちらにやってきた。

 いつもと違った雰囲気。その服装のせいなのか、それともいつも垂らしている前髪が後ろに撫で付けられているせいなのかは分からないが。その金色の眼がこちらを見る。

「ふ〜〜ん」

「な、何だよ」

 しげしげと穴が開くかと思われるほど見られる。

 お、おかしいか? きちんと着付けてもらったからそんな変な事にはなっていないと思うのだが。

「上手く化けたもんだな。しっかり女に見える」

「元から女だ」

「そりゃ知ってるさ。……面白いかと思ったんだがやめときゃよかったか」

「何だそれは!」

 お前が着ろと言ったんじゃないか! ってか何だ、面白いって!

「いや〜、予想外っつーか……」

「似合わないなら似合わないとはっきり言え! 脱いでくる!」

 くそっ。やっぱりからかわれたのか。

 しかも予想外に似合っていないらしい。むむむ。どうせ私にこんな格好など似合わないさ、分かっていたがなっ! 憤慨しながら出て行こうとすると、あわてて肩をつかまれる。

「違うっ! 早まるな!」

「うるさい!」

「だから、その、何だ。似合ってる、似合ってるから!」

「世辞などいらん!」

「世辞じゃねーよ! 俺は本当のことしか言わんっ! すげぇ綺麗だって!」

「服が、か?」

「違うっつーーの!」

 ふむ?

 アゲイトがあわてて取り繕う。

「や、だからよ。何つーか……」

「ふふふっ。兄上は貴女が予想外に美しくなりすぎてあせってるんですよ。他の男に取られるんじゃないかって」

 背後から底抜けに明るい少年の声。

「ア、アズ?!」

「そろそろ式典の時間ですよ、兄上」

 振り返るとそこには予想道理、アズライトが居た。

 いつも以上にめかしこんだ姿。それなのにちっとも嫌味に見えないのは育ちが良いからなのだろう。むしろ上品にさえ見える。と、少年は私の前に来ると、私の左手を取って口付けた。

 その動作があまりにも自然で優雅だったので思わず見とれる。

「美しく気高い夜の女神よ。貴女の前ではどんな咲き誇る花でも色あせるでしょう。その月光のごとき清らかな指を取ることをお許しください」

「は?」

 な、何? このこっぱずかしい台詞!

 お世辞なのに! あきらかにお世辞を言われているのに……悪い気がしない。

 いかん! 頬が熱い。こんな子供相手にからかわれるとは。あまりの恥ずかしさに直視できず、そっぽ向いて鉄扇を握ったままの右手の甲で左頬を押さえる。

 う〜〜〜〜。きっとアゲイトなどはゲラゲラと笑い出すに違いない。そう思ったのに笑い声は聞こえてこない。……あれ?

 ちらりとアゲイトを見上げると、なぜか不機嫌そうな顔でアズライトを見下ろしている。

「おいアズ、いつまで手ぇ握ってやがる」

「……嫌がられるまで、でしょうか」

 その返答を聞くと、アゲイトが私とアズライトの手を掴んで引き剥がした。

「あらら、残念」

 ちっとも残念そうに聞こえない、少年のあっけらかんとした声。

「ふんっ!」

「ふふっ、ほらね。僕が言った通りでしょ? マイカさん」

「は?」

 何のことだ?

 アズライトは、やれやれ、と言った感じで肩をすくめる。

「これじゃ、卿も兄上も大変だなぁ」

 ん? ますます何の事か分からない。

「待ってくれ、何の話だ?」

「マイカさんが可愛いって話です」

「はぁ?」

 絶対違うだろう。

 はぐらかされた。しかもなんだか馬鹿にされている気すらするのは気のせいか?

 アゲイトは引き続き女中に囲まれ、装飾品などを身に付け始めていた。

「そうだ! マイカさん。兄上はもう少し支度に時間かかりそうですから、僕と一緒にアクア・マリン卿に挨拶に行きませんか? 」

「ん?」

「式典が始まってからではなかなか時間がありませんからね」

「あ、あぁ」

 少年に手を引っぱられる。

「アズ! 待て!」

「待ちませんよ〜だ。ほら、早く!」

「アズ!」

「ふふっ、では兄上。式典でお会いしましょう」

 アズライトはアゲイトの制止を聞かず、私の手を引いて出て行こうとする。

 扉を閉める間際に、妙にあせったアゲイトの表情が見えたが……まぁ、いいか。






 式典は、以前面会式を行った部屋で行われるらしい。

 式典と言っても、誰かが表彰されたりなどと言うことはなく、早い話が地方貴族や中央貴族などの招待客がアゲイトに挨拶するだけらしい。

 だが、この式典でどれだけの人物が挨拶に来るのかが、そのままアゲイトに寄せられる信頼や力関係を表しているらしく、それはそのまま王位継承の際のパラメーターになるとかどうとか。

「ですからこの式典に誰が出席するのか、と言うのは重要な事なんです」

「へー」

「確かに兄上は王位継承から遠ざかっては居ますが、まだまだ可能性はありますからね」

「ふむ」

「素質や血筋も重要です。その点、兄上は素行はともかく、素質や血筋は候補者の中では一番ですし、何よりもあのアクア・マリン卿がこの地に居る。という事実から中央貴族の中でも兄上を次期王に、という声も高いんですよ」

「ベリルが居る事が?」

「ええ。実情はどうあれ、枢機卿の票を一票手に入れていると同然ですからね」

「ふむ?」

「残りの10票だってすぐに集めて見せますよ。僕が」

 そう話す少年は実に楽しそうだ。

 無邪気そうに見えるのに腹黒い一面を見てしまった気になるのは何故だ。

 いや、子供の他愛無い理想だ。そう信じたい。

「ですから、マイカさんも協力してくださいね」

「私が?」

「ええ」

「どうやって?」

「ふふ。それは後のお楽しみです」

 その笑顔が、あまりにも純粋で無邪気だったから、つい「分かった」と言ってしまった。

 何をさせられるのかは分からないが、私に出来る事などたいした事ではないだろう。

 私の返事を聞いた少年は嬉しそうに、何度も「ありがとうございます」と言った。






 少年に連れられて向かったその場所は、広間の裏側に当たるらしく、大きな待合所らしき場所と、その近くには幾つかの小部屋があった。

 ベリルは、純白の神官服を着て、その待合所で副団長以下数名に何やら指示していた。ちなみに竜鱗騎士団の制服は竜翼騎士団のものと色違いのよく似たデザインで、色は青と白がベースのものだ。

 忙しそうだな。と思ったがアズライトはそんなものお構いなしにベリルに声をかけた。

「おはようございます。アクア・マリン卿」

「アズライト……さ……ま……」

 ベリルは振り返りながら何か言いかけて、私に気づくとそのまま言葉を失った。おい?

 そ、そんなにひどいか? ちょっとショックだ。

「……マイカ?」

「……その、何だ。こ、これはな、今日は普段着では駄目だからちゃんとした衣装を着ろとアゲイトが、その……」

 み、見られている。まじまじと。真剣な顔で。

「い、言いたいことがあるならはっきり言えっ! 私とて好きでこんな格好しているわけではない!」

 くそっ、さらし者だ。

 他人にどう思われようが構わないが、アゲイトと言いベリルと言い、変に気を使わず似合わないなら似合わないとはっきり……。

 ベリルが何か言おうと口をあけた。

「おや、誰かと思ったらマイカさんじゃないですか」

 不意に声をかけられ、振り向くと、そこにはいつもと変わらぬ笑顔の隊長が居た。

「あ、ロードナイト隊長」

「よくお似合いですよ。見違えました」

「本当ですか?!」

「ええ、とても」

 にっこりと笑う隊長。その表情には嫌味や世辞などは一切感じられない。

 よ、よかった。

「変じゃ、無いですか?」

「いいえ? お綺麗ですよ」

 嘘など吐かない純粋な瞳。

 よし、ちょっと自信ついたかも。

「隊長も格好良いです!」

「おや、ありがとうございます。マイカさんも可愛らしいですよ」

「ありがとうございます」

 お互いに褒め合ってふふふと笑った。

 ん? 視線を感じて振り返ると、何となく機嫌の悪そうなベリルと目が合う。

「ん? どうした?」

「別に」

 別に、と言いつつやはり不機嫌そうだ。

 だから言いたいことがあるならはっきり言えば良いじゃないか。

「スティーブ! オーケン殿に伝言を、『面会順序はすでに決定しています。順序の入れ替えは出来ません』と」

「え?! さっきは考えて下さると」

「いいから行きなさい!」

「は、はいっ!」

 隊長は言いつけられると即座に出て行ってしまった。

「あ〜あ、彼も可愛そうに」

「何かおっしゃいましたか? アズライト様」

「ううん。あ、そうだ! 僕も一緒にオーケン殿の所に行ってくるよ。彼一人じゃあの気難しいおじいさんの相手は大変そうだよね」

 アズライトはそう言うとパタパタと足音を立てて隊長の後を追った。

 え? 置いて行かれた?

「セレン、貴方はエルバイト公を迎えに行って下さい。そろそろ到着される時刻です」

「はっ」

 副団長はベリルに一礼した後、私を一瞥すると、そのまま部屋を出て行った。

 その後もベリルは私には目もくれず指示してゆく。え〜〜と、どうしよう。忙しそうだし私もここに居ない方が良いだろうか? 次々と所用を言いつけられて出てゆく人々。

 最後の一人が部屋を出て行き、広い部屋の中、私とベリルの二人きりになってしまった。私も出て行ったほうがいいだろうか?

 扉に向かって歩きかけた、その時、ベリルに腕を掴まれた。

「マイカ、ちょっとこっちに来い」

「は?」

 ベリルは私の腕を掴むとそのまま、部屋の木製ベンチに私を座らせ、自分もその隣に腰掛けた。

「何だ、その格好は」

「いや、だからあの馬鹿がな?」

 ベリルは額に手を当て、深いため息を吐いた。

「何を考えているんだ、あの馬鹿は」

 まったくだ。まったくその通りだと思うのだが……うなだれてため息吐かれるほどなのか? 隊長は褒めてくれたが。

「そ、そんなに酷いか? やっぱり脱いで来る!」

 立ち上がりかけると、再び腕を掴まれ、ベンチに引き戻された。

「待て! ……そのままで良い」

 俯き、垂れた銀髪から垣間見える白い肌と薄青色の瞳。陰になっているからなのか、青白く、やや疲れて見える。

 それなのに、目だけが真摯に光って見え、切羽詰ったような異様な雰囲気。最近ずっと忙しかったからな。

 こいつ、式典の最中に倒れたりしないだろうな? 何時もと違う雰囲気に心配になる。

「疲れてるのか?」

「そんな事は、無い」

 細い、神経質そうな指先が頬に触れた。冷たい。こいつ、何時も冷たいよな。体温低いんだろうか?頬に触れた指をそっと握る。やっぱり冷たい。

 時間が、やけにゆっくり流れているように感じた。

 ベリルと、目が合う。

「あ、そうだ」

 いかん。忘れるところだった。

「ん?」

 ドレスのポケットから中身を取り出す。

 ハンカチ、香水の小瓶、そして腕輪。

 その腕輪を手にとって見る。

 むむ、改めて見るとずいぶんみすぼらしいな。きらきらしたものをたくさん見すぎたからかもしれない。

 ……、……やめておこう。

「な、なんでもない……です」

 腕輪をハンカチと一緒に、ポケットに戻しかける。その手に、冷たい指先が触れた。

「それは、お前が編んだのか?」

 小さな、ささやくようなやさしい声。

 気まずくて何も言えないでいると、そっと、その指にハンカチごと腕輪を奪われた。細長い指先が、不器用な編み目をひとつひとつ丁寧になぞる。

 薄青い瞳が返答を促す。

「そう、だ。……今日は、腕輪を贈る日なのだろう? お前に、渡そうと……おもって」

 うう、気まずい。

 何でこんな、いたずらが見つかってしまった時のような気まずい思いをしなくてはいけないのか。

「俺に?」

 その声が、わずかに震えているような気がした。

 ベリルは、その不恰好な腕輪を左手でそっと私に手渡す。

 やっぱり要らない、か。当然だな。と思ったが、ベリルは左手を軽く私の手に添えたまま、静かに自分の右腕を差し出した。

「くれるのだろう?」

「う、うん。もらってくれるのか?!」

「当たり前だ」

 その声はとてもやさしいものだった。

 私は慣れない手つきでおずおずと差し出された右手首にそれを結びつけた。

「竜姫祭おめでとう」

 見上げると、薄青色の優しいまなざし。

 そっと、白い腕が私を包む。

「竜姫祭おめでとう」

 耳元でささやかれるやさしい声。よかった。喜んでくれているみたいだ。

 耳元に、静かに添えられる冷たい指先。

「貴女に竜の加護がありますように……」

 ん? それも儀式なのか? まずいな、ちゃんとモルダに教えてもらってあの二人にも実行してくるべきだった。などと思って居たら、ベリルの顔が目前にあって。あれ? 

 そのまま、ゆっくり近づいてきて。あれれ?

 頭の中も視界も真っ白になりかけた、その時だった。

「ベリル様。式典の準備、整いました」

「ぅぎゃぁぁぁっっっ!」

 後方から掛けられた無機質な声。あまりに突然だったので、びっくりして大きな声が出てしまった。

 ベリルが、びくんと肩を揺らして固まる。

「す、すまん!」

 そりゃ、耳元で大声で叫ばれたら良い迷惑だ。

 ベリルはちらりと私の後方を見ると、力無くベンチの背もたれに顔をうずめた。

「あ、え、え、え、えと、ごめんな?」

 鼓膜とか大丈夫だっただろうか?

「それと、マイカ・スギイシ。殿下が探しておられた。急いだほうが良いのではないか?」

「あぁ!」

 すっかり忘れてた。そうだ、私は奴の護衛じゃないか!

 即座に立ち上がり、出口へと急ぐ。

「出て直ぐ左の部屋に殿下とロードナイト殿が待機しておられる」

「あ、有難う御座います! いってきます!」

 私は副団長に礼を言うとあの馬鹿の元へと急いだ。




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