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竜の棲む国  作者: 佐倉櫻
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第二話:屍の大地

その昔


この世がまだ混沌としていた頃この世界は竜が支配していた


竜は不死に近い存在であったがやがて衰退しその屍から大地が生まれた


大地が生まれた事により混沌の世は天と地に分けられた


そして気の遠くなるほどの時を重ね


泥水が時を置けば真水と泥とに分けられるように


天には空が 地には大地と緑があらわれた


わずかに残った古の竜は


あるものは天高く飛び去り空に輝ける太陽となり星となった


あるものは地中深く眠りに付いた


さらに残ったものはやがて人と混じった



そして人と竜が大地を支配した



人は増え続けやがて大地は人で埋め尽くされる


人はより良い地を求めたが


大地には限りがあった


やがて人は竜を殺し始めた


より良い地を求めるため


より広い地を創るため


竜の屍は人の期待通り大地を作り上げた



人は竜を支配した



屍の大地には緑が芽生え


命が生まれ育まれたが


その恩恵は同時に災いももたらす


竜気は地上のものすべてに力を与えるが


その過ぎたるは破滅をもたらす


ある地は強すぎる火の竜気により灼熱の地となり


またある地は強すぎる水の竜気によって氷に閉ざされた


屍の大地より生まれし命は


竜気を受け その力を己が物にすることが出来たが


その過ぎたるは 破滅を呼んだ






 面倒臭いからこれを読めとベリルに手渡された、分厚い神史録とやらをぱらぱらと捲る。

 およそ日本語とはかけ離れた言語など読めない、と思っていたが見つめているうちになんとなくの意味だけは理解できる事に気がついた。どういう仕組みなのかは分からないが、その文を見つめているとその文の意味だけ、ふと頭の中に浮かぶのだ。

 合っているという確証は無いが、それが本当であるという妙な確信はあった。

 こっちに迷い込んだ際に妙な能力でも得たのだろうか? 便利なようだからまあいいか。

 大体、英語ですら補習を免れた事の無い私に見たことも無い(ローマ字ともちがうようだ)文字の解読など出来るわけがないし、修得も困難だろう。

 やっとのことで序文を読み終わったが、肝心の竜化については具体的な物は出てきていない。

 もっと後ろの方に載ってるのだろうか? まだまだタバコの箱を立てたくらいの厚みの残る本を閉じ、少し休憩する事にした。

 もうすぐ昼だしな。そろそろベリルが飯を持ってやってくるだろう。

 傷はほぼ塞がっていたし、起き上がって歩けるほどには回復していたのだが、小屋から出る事は禁止されていた。

 かろうじて小さな窓から見える景色だけが、唯一の気分転換になる。

 ふと思い立って、私がこちらにやってきた時の装備の手入れをすることにした。

 流鏑馬の装束は、あの化け物の爪で肩と脇が引き裂かれていたはずだが、気がついたときには誰かが洗ってご丁寧に繕ってくれたらしく見た感じそうとはわからないようになっている。

 刀はひん曲がったままで、鞘には収まらないがこちらも泥は落とされている。

 刀身はもともと模造刀だし、もう役に立たないかもしれないな。

 狩笠は破損したまま行方不明。弓もどこかで落としてきたので手元には無い。矢はあるけど、矢だけで使い道はあるかな? こちらの弓でも大丈夫だろうか?

 あとは……ごそごそ。

 あ、そうそう。お婆様の形見でもある鉄扇(うちの村の特産品の黒金で作られている。製作者はお爺様)も体力づくりのために持ち歩いていたんだった。

 ずっしりとした重量をもつそれは、そのままですでに凶器になる。多分2kgぐらいあるんじゃないだろうか。

 30cmぐらいの持ち歩くには不便すぎるそれは、若かりし頃のお爺様が、片思い中だったお婆様に送ったものだ。

 当時くらいまでは、自作した物を意中の相手に贈る事によって思いを伝えるという風習があったらしく、当時鍛冶見習いだったお爺様はお婆様にこれを贈った。

 お婆様は髪留めとか指輪とか帯止めとかを期待していたらしく、もらった時大変困ったらしい。

 贈られたものを身に着ける事でその思いに答える。という物なのだがなにしろ大きい上に、片手で持つことも困難だったため仕方なしに両手で持ち歩いたり、首から提げたりしたらしい。

 さすがに結婚してからは袋に入れて持ち歩いていたが、通常恋人からの贈り物は見える様に身に着けないといけないらしいので、当時お婆様は本当に苦労したと語っている。

 なんだかんだと言いながらも常に持ち歩いていたのだから、よほどお爺様の事が好きだったのだろう。

 お爺様になぜ鉄扇だったのか聞いた事があるが、本人は細工を作っているうちにだんだん大きなものになってしまった。と語っていた。

 そのお婆様も私が中学に入る手前に亡くなり、その鉄扇を形見にもらった。

 以来ずっと持ち歩いている。銃刀法違反にもならないし、ウエイトトレーニングにもなるし、いざという時の武器にもなるので重宝しているのだ。

 そして石榴……は行方不明。かしこい馬だからそのうちひょっこり戻ってくるだろう、と期待したのだがまだ戻って来ない。

 黒い馬体に朱色の房を飾り立てているので、戻ってきたら相当目立つだろうに目撃されていないのだから、まだ森の中にいるのかもしれないな。

 逃がしてやる時に、せめて鞍と手綱をはずしてやれれば良かった。

 ベットから起き上がって窓枠に手をかける。

 窓からは数本の樹木と草、わずかな空と視界をさえぎる壁。わずかに視界の端に数本、桜に似た木が白い花を咲かせているのが見えた。

 ここから出られたら近くまで行って見られるのに、外へと続く扉は念の入ったことに扉には閂がされているらしく、こちらからは開かない。

「せめてもう少し視界が開けていればいいのに」

 それでも、窓から差し込む日の光や風は、多少鬱憤を晴らしてくれる。

 ぼーっとしていると元の世界の事が気になってくる。そういえば山の下刈りは今週だったな。とか、じゃがいもの種植えもしないといけなかったな。とか、道場の連中(といっても数人しかいないが)は元気だろうか。など。

 あぁ。暇だ。

 暇ついでに鉄扇をぶらぶらと片手でもてあそぶ。

 昔は片手で持つのも困難だったが、10年も持ち歩いていればすでに体の一部と同じだ。広げたり閉じたりする度にパチパチと小気味良い音がする。

 ふとこちらに近づいてくる足音に気がついた。ベリルかと思ったがもっとウエイトのある足音だ。

 扉に目をやる。ここは小屋だとベリルは言っていたが、正確には小さな一軒家のようになっており、簡素だが台所やトイレもある。

 もっとも私はこの部屋からあまり出た事は無いが。

 閂のはずされる音。足音は一人。

 ベリルはいつも閂を空ける前に必ずノックしていたから、やはりベリルではない。

 迷い無く扉を開ける音。

 私は窓を背に、部屋の戸を見る。




 扉を開けて入って来た人物は、やはりベリルではなかった。

 見上げるほどの大男。筋肉質で、燃えるような真紅の髪と、やや浅黒い肌。

 30前後くらいだろうか。精悍な顔立ちをしている。

 ベリルと同じような服装をしていたが、所々に金糸で装飾がしてあり、高価なものだとわかる。

 そして、異様だったのはその金色の目だった。

 薄暗い部屋の中でも、はっきりとわかるほどにぎらぎらとした光を宿している。

 殺気こそ無いが警戒を解くことはできない。

 思わず手にした鉄扇に力が篭る。

「へぇ。本当に黒いんだな」

 一瞬何の事か分からなかったが、その視線は私から外れる事は無い。

 あ、髪の事かな?

 すっと、手を伸ばされ髪をひと房つかまれる。

 一瞬手が動いた時、身構えそうになったが、男は構わずにつかんだ髪を凝視していた。

「え……と?」

 言い忘れていたが私の髪は長い。

 流鏑馬の時は括って笠の中に納めていたが、今は括るゴムも無いのでのままだ。

 癖の無い真っ直ぐな髪と、舞華というかわいらしい名前が、唯一女らしい所だから大事にするように。と言われ続けたため、切るに切れなくなって腰の辺りまで伸ばしている。

 男はしげしげとまだ髪を凝視していた。やはり危害を加える気は無いらしいが……そんなに珍しいのか? ベリルもそんな事を言っていたが。

 そのあまりに熱心に見入る様子にこちらもまた、しげしげと興味深そうな男に見入ってしまう。

 この時、私は完全に警戒を解いていたと思う。

 髪を凝視する男の手元を見ていると、ふと手をつかまれ引っ張られた。

 はっと思う間もなく背中には布団の感触。男の肩越しに見慣れた天井が見える。

「はい?!」

 状況が上手く飲み込めず、一瞬間硬直した。な、なんだ?

 そんな私とは対照的に、男は私の右手をつかんだまま薄笑いを浮かべている。

「何?」

 馬鹿にされているようでむっとする。暴力を振るわれる様子はないが、からかわれている様な雰囲気。大体こいつは何なんだ?

「何ってナニをするのさ」

「は?」

「気に入った。俺の女になれ」

「はぁぁぁぁ?」

 何だそれ?

 何がどう気に入られたんだ? 髪か? 髪フェチなのか?

 実は、私は25年生きてきて恋人はおろか、告白すらされた事もした事もない。

 元は悪くは無い(隼人に言わせれば、だが)はずなのだが、噂ばかりが先行しているらしく、暴力女だとか破壊魔だとか言われ男には敬遠されてきた。

 しかも、たちが悪いことに隼人はいつの間にか私の許婚という噂まで広がっていて、私は全力で否定したのだが隼人が否定しなかったため、女にも嫌われてきた。(隼人は冷血漢だが首から上は定評があるので昔からもてていた)

 何が言いたいのかというと男にも女にも押し倒された事も抱きつかれた事もない。(お爺様やお婆様は除く)

 何? この状況?

 組み手以外でこんな状況……どうすりゃいいんだ? 本来なら悲鳴でもあげるべきなのだろうが、完全にタイミングを外してしまった。そして、上手く状況が飲み込めず、硬直する。

 本気で反応に困っていると、男の手が服の下に伸びてきた。ごつごつとした手の感触。

 いや。ちょ、困るから!

「ま、まてまてまて」

「んぁ?」

 男はうっとおしそうに顔を上げた。

「お前、誰だ?」

 うん。まずは基本的なことから聞かなくてな。

「アゲイト。アゲイト・ルビィ・ディアマンタイト」

 素っ気無く名乗ると首元に顔を埋めてきた。ちょ、そこくすぐったいから!

「待てってば!」

「何だ?」

 今度は顔を上げすにくぐもった声で答える。

「そこくすぐったいから!」

「そうか」

 いやちがうだろ、私! そう思うのだが、本気でどうして良い物やらさっぱり分からない。この男、本気で私とナニするつもりなのか? 本当に?!

 アゲイトと名乗った男は、首から顔を離すと鎖骨あたりを舐め始めた。

 舐めるな! 気持ち悪い! その感触に、ぞわりと鳥肌が立つ。

「やめろと言っている!」

「だから首は辞めただろうが」

「そうじゃなくて、退け!」

「嫌だ」

 力いっぱい押し返しても全然動かない。

 どう鍛えたところで男の力には敵わない。

 ああだこうだと馬鹿なやり取りをしているうちに、どんどん男の手はエスカレートして来ている。

 まずい。なんとかしないと……多少、気が引けるが仕方ない、か。落ち着いてみれば、この状況。セクハラ以外は道場の組み手とさほど変わらない。

「やめろ。やめないと……」

「やめないと?」

「し、知らないからなっ!」

 多分、私は真っ赤になっていたと思う。

 男はにやにやと笑いながら私を見下した。

「ほ、本当に知らないからな!」

「どうし……お?」

 その、にやけた顔を返事とみなし、反撃に出る事にした。やや気はひけるものの、セクハラ男に同乗の余地は無い。

 つかまれた手を勢いよく頭上に伸ばす。

 男は左手で私の右手をつかんだままだったから、そのままつられて一瞬体勢を崩し、腰が浮いた。

 今だ!

 ごきゅっ

 音は、しなかったと思うが、あまり描写したくない感触で私の膝は男の股間を蹴り上げた。

 うめき声を上げて男が悶絶している。

 素早く男の下から脱出すると、止めに首筋に手刀を食らわせる。男はそのままベットに倒れこんだ。

 起きて、来ないよな。

 ちゃんと昏倒しているのを確認すると、ゆっくりと着衣の乱れを直した。

 このままここにいるのも不安なので、男を起こさないようにこっそり部屋を出る。

 さっきみたいに油断している時ならともかく、真正面から組みかかられたら勝ち目は薄い。あの男。あの体型と言い、油断していたとはいえ私の利き手を取って引き倒した技といい、相当の使い手だろう。セクハラは戴けんが。

 部屋の外に出ると、外へと続く扉も開いたままになっていた。

 せっかくなので外に出てみる。

「まぶしっ」

 久しぶりの日の光に、目が眩む。

 しかし日の光の感触。頬をなでてゆく風。小鳥のさえずり。

 そのすべてが部屋の中にいるときとは段違いだ。やっぱり外はいいなぁ。

 ふと、甘い香りに誘われて目をやると白い花をいっぱいに咲かせた樹が目に入る。

 窓から見て気になっていた樹だ。

 こうして間近でみると、桜とは違って花弁に切り込みが無く、甘酸っぱいような匂いがする。

「林檎の花かな?」

 果樹には詳しくないが、まぁいいか。何の花でも。

 私がそうしてつかの間の自由を満喫していると、樹木を掻き分けるようにして細い石畳の道をベリルがやってきた。

 昼食をのせた木製のトレイを持って、私を見ると驚いた様子で小走りによってきた。

「マイカ?」

「あぁ。すまん。今戻る」

 小屋から出るな。という約束だしな。

 ベリルに並んで小屋に戻る。

「どうやって外に?!」

「どうやって、って。いや。変な男がな」

「変な男?」

「赤毛で身なりの良い感じの……」

 カチャリ。と部屋の戸を開ける。

 男はまだ昏倒していた。

「あの男だ」

「で、殿下!?」


 ベリルの慌てたところというのははじめて見たな。

 しかし……

「殿下! しっかりしてください。何が……」

 少しやりすぎたか? いや。私は悪くないよな? ……多分。


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