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竜の棲む国  作者: 佐倉櫻
15/31

第十四話:ニュージェイドにて

 朝の冷気が頬に心地よい。

 いつもより少し早い時間だが、目が覚めてしまったので早々に着替えて準備運動を始める。ちなみに、午後に着て行く服はちゃんと棚にそろえている。ふふふ。

 何時もより気分が高揚しているせいなのか、時間がたつのがやたらと遅く感じる。

 昨日寝ていた分、何時もより時間をかけてストレッチしたのだがまだ夜明け前。

 う〜〜む。落ち着かないな。こういう時は走るのが一番なのだが……あ、外に出ても良いならいっそ走ってこようかな?

 この小屋は城の城壁沿いにあり、窓からはその城壁が見える。つまりはこの城壁沿いに走れば迷子にならずに一周して戻ってこれるだろう。よし!

 靴紐を結びなおして外に出る。

 空は、うっすらと白味を帯びて夜明けが近いことを知らせている。が、ベリルが来るのは夜が明けてからだから、それまでには戻ってこれるだろう。

 今度こそ迷子にならないように、壁から2メートルほどの距離を保ちつつ走る。

 途中、樹木に邪魔されたり建物を迂回しなくてはならなかったが、壁はちゃんと見えている。よしよし、大丈夫そうだな。しばらく走っていなかったおかげで、まだ2キロくらいしか走っていないのに足が痛い。すっかりなまっている様で体も重い。今日から気を引き締めて鍛錬しなくては。が、今日の午後だけはさぼっても罰は当たらないだろう……ふふふ。

 着て行く服はそろえた。お金も必要と思われる分だけ袋に入れた。少し迷ったが、せっかくなのでアゲイトにもらった腕輪もしていくことにした。小太刀は目立ちそうなので置いていく。

 腕輪はいくらするのか分からないが、高い物でなくても構わないと言っていたから、とりあえず金貨3枚と銀貨を4枚。銅貨を20枚持っていくことにした。これで残金は金貨6枚。つまりベリルは報奨金として金貨10枚相当をくれた。

 換算して10万円というのは、アゲイトを捕まえるだけにしては高すぎるかと思うのだが……使わなかった分は返したほうがいいのだろうか?  返したところで受け取ってはもらえなさそうだが。

 ならばいっそ、ベリルにもお土産を買って来ようかな。何がいいだろう? そうだ。こういう時こそあの二人に相談すればいいんじゃないか!

 ふふふふふ……

 昨日から笑いが止まらない。我ながらどうかと思うがな。そう思ってもにやける顔をとめることが出来ない。傍から見たらさぞや気持ち悪いだろう。

 ふと立ち止まって辺りを見回す。

 ……おかしい。さっきまで、右手に壁が見えていたはずなのに……どこで道を逸れたのか、壁だと思っていたのは横長の窓の無い建物の壁面……あれ?

 ここ……どこだ?







「何度迷子になったら気が済むんですか。貴女は」

 勤めて怒りを抑えているらしい、冷たい声。

「すみません……」

 何時も以上に、冷ややかな薄蒼い目。その目で睨まれ、身を縮める。少し離れた所には、そんな私とベリルの様子を生暖かく見守る竜鱗騎士団の面々。……ホントすみません。

 朝、マラソンの途中でまたもや迷子になった私は、ベリル指揮の元、竜鱗騎士団と一部の翼竜騎士団の面々に捜索、捕獲されていた。おかしいなぁ。どこで道を間違えたんだろう。

 視線に耐え切れずについ目線を逸らす。

 騎士団の面々の、怒っていると言うよりは何か同情するような視線がやや気になる。

 うぅ。まさか午後の外出許可を取り消すとか言い出さないよな? ちらりとベリルに視線を戻す。相変わらず冷たい、氷点下の瞳。さすがに騎士団動かしてまで迷惑かけておいてごめんじゃ……済まないか。

 どんな処置を言い渡されるのだろう。外出は……残念だが、本当に残念だが、あきらめるしか……

 ふとベリルが小さくため息をつく。何を言われるのかと、やや身を硬くする。

「まぁ、いいでしょう。次からは気をつけるように」

「……えっ?」

 いいのか?

 ベリルは眉間に細い皺を作っていたが、それほど怒ってはいないようだ。

「早く戻らないと朝礼が始まりますよ。時間がありませんから朝食は抜きになりますが、そのあたりは仕方がないと思いなさい」

「はい」

「では練習場へ。スティーブ、マイカを送ってあげて下さい」

 ベリルはそう指示する、竜鱗騎士を整列させ、点呼を始めた。

 スティーブと呼ばれた騎士が私の元へ来る。

「さ、マイカさん。こちらですよ」

 騎士に促されてその場を去る……が、その前に。

「ご迷惑おかけしました!」

 深く頭を下げて謝る。

 一瞬皆がこちらを向く。ベリルは苦笑していた。

「……早く行きなさい」

 そう言った時のベリルは、すでに怒っては居なかった。よかった。機嫌は直っているように見える。ついでに手を振ると、軽く振り替えしてくれた。

 振り返り際に見えた竜鱗騎士団の面々の、何か信じられない物を見たような表情が少しだけ、気になった。




 翼竜騎士団の練習場に着くと、他の騎士はすでに点呼を終えて練習を始めていた。

 そして、アゲイトは私に気付くといきなり腹を抱えて笑い出した。

「はーーーっはっはっはっは! お前、城の中で迷子になって騎士団に捜索されるなんて前代未聞だぞ!」

「……そんなに笑わなくてもいいだろう」

 が、アゲイトは私が目の前に立っても尚も笑い続けている。

「わっはっはっはっはっは……」

 我慢、我慢、我慢、我慢……

 震えるこぶしを抑える。

「ははははははは! 」

 横に立つ騎士にぼそりとつぶやく。

「……こいつ、殴ってもいいか?」

「気持ちは分かりますが此処ではやめて下さい」

 しばらくアゲイトが笑い終えるのを待つ。

「あ〜〜〜〜笑った笑った。さて……と。おーーーい! 皆こっちに来い!」

 アゲイトがそう声をかけると、練習をしていた騎士達が集まってきた。

「以前話したと思うが、新入団員のマイカ・スギイシだ。今日から正式にこの騎士団に加わることになった」

「マイカ・スギイシです。よろしくお願いします」

「マイカ、こいつが副団長のスティーブ・ロードナイトだ。しばらくはこいつに付いて回ってくれ」

 先ほどの騎士が進み出てくる。

 茶色の髪に薄茶色の目。中肉中背。

 人目を引くような外見では無いが、人のよさそうな印象。……副団長だったのか。

「スティーブ・ロードナイトです。よろしくお願いしますね、マイカさん」

「よろしくお願いします」

 よかった。まともそうな人だ。

「隊は1番隊から5番隊まであるが、スティーブは1番隊の隊長も兼ねている。お前はその1番隊に配属予定だ」

 そう言ってアゲイトは2番隊以下4名の隊長を紹介してくれたが、一度には覚えられそうに無いな。

 一通り紹介が終わると、アゲイトは私の肩に手を回してこう付け加えた。

「それと、お前ら。こいつは俺の女だ。手を出すんじゃねぇ……ぞっ!」

 言い終わるか終わらないかの時に、私の後頭部がアゲイトの顔面を直撃していた。

「お前な……」

「誰が誰の女だ! 勝手なことを言うな」

「……照れんなって」

 後頭部が当たったらしく、鼻を押さえながらアゲイトが尚もほざく。

 笑いすぎて頭が湧いてるんじゃないだろうか。

 振り上げた拳は、やんわりとロードナイト副団長に止められた。

「まぁまぁ、それくらいにしてあげて下さい。大丈夫ですよ、皆団長の言うことは話半分に聞いてますから」

「スティーブ、お前っ!」

「そうか」

「そうです」

 ロードナイト副団長はやんわりと笑った。

「では、皆練習に戻ってください。あ、団長。貴方はちゃんとここで指揮して下さいね」

 騎士団の面々はアゲイトを軽く無視して練習に戻る。

 私もロードナイト副団長に連れられてその場を去った。

 向かった先は、厩舎。

「マイカさん。エルペタに乗った経験は?」

「乗せてもらったことならある」

「では、エルペタの乗り方から始めましょうか」

 厩舎の中には数十頭のエルペタが繋がれていた。

「ちなみに翼竜騎士団はエルペタとペト・エルペタを一頭ずつ支給されますが、貴方のペト・エルペタはまだ手配できていないので当分はエルペタを乗用して貰います」

 と、言うことは……

「私専用、って事か? ……いや、ですか?」

「敬語でなくて構いませんよ。そうです」

 敬語でなくて構わない、と言われても直属の上司で先輩なのだから敬語が正しいだろう。

 アゲイトの阿呆に釣られて素が出てしまったが、ここはしっかりと気持ちを切り替えなくては。

「このエルペタが、貴女のエルペタです」

 紹介されたそのエルペタは、他のエルペタと同じ黄土色の鱗に覆われていたが、額には一つだけ色の濃い楔形の鱗があり、オリーブ色の目をしていた。

「名前はあるんですか?」

「以前はあったのでしょうが、今は貴方のものですから貴女がつけてあげてください」

 これが、私の……

 そっと手を額に乗せると、きゅるきゅると鳴いて目を細めた。……かわいいな、こいつ。

「え〜〜と、じゃぁ……クサビ!」

「……はい?」

「だって楔形の鱗があるから……変……ですか?」

「……いいんじゃないでしょうか。」

 ロードナイト副団長は、やや笑顔を強張らせながら同意してくれた。

「よし。じゃぁお前は今からクサビだ。よろしくな」

 クサビと名付けたエルペタは、遊んでほしいのか私の腕や肩を甘噛みしてくる。

 いてて……歯は立てて居ないがそれなりに痛い。

「では、外に行きましょうか」

 ロードナイト副団長は、慣れた手つきでクサビに手綱と鞍を取り付けると柵を外し、手綱を私に握らせた。私が手綱を軽く引くとクサビはおとなしくそれに従う。

 よかった。私とクサビは相性が良さそうだ。この調子ならばエルペタに乗るのもすぐに習得できそうだ。








 小屋に戻ると(戻る時はロードナイト副団長改めロードナイト隊長が付き添ってくれた)大慌てで服に着替え、髪を整える。ついでに砂まみれの顔と手も洗う。本当は軽く全身を拭きたいところだがすでに正午を回っていてそれどころではない。

 あの後、さんざんクサビに振り落とされ、舐め回され顔中どろどろだ。

 馬と違って二足歩行で跳躍力もあり、機動性に優れるエルペタだが乗りこなすのがこんなにも大変だとは思わなかった。

 相性は良いと思うのだが(少なくとも嫌われてはいないはずだ)乗ると暴れだし、振り落としては腕を甘噛みされ、顔を嘗め回される。どうも主人と言うよりは、仲間だと思われているらしかった。

 振り落とされると言ってもちゃんと受身が取れる程度の物で、重心が傾きそうになるとその度にクサビは私を落としにかかった。つまりは、きちんと重心が取れるようになれば振り落とされないと言うことだろう。後半は3回に1回は振り落とされずにしがみついていられたから、明日こそはきちんと乗りこなしてやる。

 鏡でもう一度身だしなみを確認すると、鉄扇と腕輪を持って外に出る。

 扉を開けると、そこにはまだロードナイト隊長が立っていた。

「あれ、隊長?」

「あぁ……仕度は整った様ですね。では行きましょうか、食堂の厨房裏でいいんですよね?」

「え……えと?」

「一人で出歩いては又迷ってしまうでしょう?」

 隊長はにっこりと笑ってそう言った。……良い人だ。

「ありがとうございます」

「いえいえ。お気になさらず」

 なんとなく、その言い方に含みがあるように感じたが……気のせいだろう。

 隊長に案内されて、見覚えのある辺りにたどり着く。

 角を曲がると荷馬車と、その横に女の子が二人立っているのが見えた。モルダとローゼだ。

「待ち合わせの方がいらっしゃってる様ですね。では、私はこれで」

「隊長。有難うございました」

 礼を言うと、隊長は少しだけ笑って「いえいえ」と言いながら踵を返した。

 それを見届けてから二人の下へと駆け寄る。

 隊長が去り際に小さくため息をついたようだったが……?





 二人は談笑していたが、私に気付くと手を振ってくれた。

「マイカさん」

「すまない、遅くなった」

 馬車の御者席には人のよさそうな白髪の老人が座っていて、こちらを見るとにっこりと笑った。

 モルダとローゼの二人は昨日の服装とは違い、以前街で見かけた女性達と同じような服装で、モルダはそれに加えて黒っぽいショールを羽織っていて少し大人びて見える。

 早速馬車の荷台に乗せてもらうと、ゆっくりと馬車は動き出した。

 最初はぎこちない会話だったが、馬車の歩みと共に会話は弾んでゆく。

 二人とも昨日の一件からか、やたらと私とベリルの関係について知りたがった。

「ベリルは私の後見人という事になっている。怪我をして倒れていた私をベリルが拾ったのがきっかけだ」

「じゃぁ一緒に住んでるの?」

「いや、私は園丁の住んでいた小屋に住まわせてもらっている」

「え? でも騎士様ならば寮があるんじゃ……」

「馬鹿ね、あそこは騎士って言っても男ばかりなんだから、マイカが入れるわけないじゃない」

 モルダがそう言うとローゼは真っ赤になった。

「やだ……え? マイカさん女の方だったんですか?!」

「……そうだが?」

 ひょっとして男と思われていたのか?

 ふとモルダを見やると、モルダは軽く頷きながらローゼに同情に似た視線を投げかけている。

「まぁ、分からなくはないわ。私だって一瞬迷ったもの。ベリル様と並んで立っている時だってベリル様の方がよっぽど女性的だったし」

 ……そうなのか? 確かに男らしいとか男前だとか道場の連中に散々言われ挙句冗談で「兄さん」とか「兄貴」なんて呼び出す者も居た位だが……う〜〜む。やっぱり胸か? 胸がないのがいけないのか?

 軽くへこんでいると、ローゼがあわてて弁解する。

「ち、違うの! だってマイカさん格好良くて……その、服装も男物だし……それに、言葉遣いも……それで……あの……」

 弁解しつつ、さらに真っ赤になる。

「あ〜〜、分かる分かる。今日だって男物の格好だしね」

「……すまん。服は動きやすい物が欲しくて……男物しか持ってないんだ」

 正確には女中の服も持っているが……それは言わなくてもいいだろう。

「いいんじゃない? 似合ってるもの。すっごく」

 モルダが力いっぱい賛同してくれる。

「そうかな」

「わ、私も! ……とっても素敵だと思います!」

 ローゼも顔を真っ赤にしながら賛同してくれた。

「そうか。ありがとう」

 にっこり笑って答えると二人も笑ってくれた。あぁ、やっぱり女の子はかわいいなぁ。男に同じ言葉を言われても喧嘩を売られているようにしか聞こえないと言うのに。……特に陰険メガネとかな。

 しかし、たしかに男物ばかりと言うのも少々問題あるだろうか? たまには女物の服でも着て見るべきかもしれない。この世界にスカート以外の女物があるかどうかは不明だが。

 だが、これからも、もしモルダやローゼと出かける事があるとすればそれ用に一着か二着くらい買ってもいいかもしれない。

 ……持って来たお金で足りるかな?

 その後も、話題は騎士団のことや主にベリルの様子などで盛りあがった。と言っても騎士団は私も良く分からないので、もっぱら話題はベリルの事ばかりだが。

 どうやら厨房の少女達には騎士団の連中と言うのは憧れの対象であり、ベリルに至っては憧れと言うより崇拝に近い物があるらしかった。

 元々、神官というだけでも尊敬の対象であり、その上あの外見と物腰の柔らかさ(上辺だけだがな)上品さ(冷酷なだけだと思うのだが)優雅さなどが相まって一目だけでも見る事ができた日には一日中大騒ぎするほどだと言う。

 ちなみにアゲイトの事もちらっと聞いてみたが、評判は芳しくなかった。とだけ言っておこう。まぁ、予想通りだ。

 しかし、女中や女官たちの間ではこっそり人気があるらしい。……趣味の悪い。だが、あれだけ女性関係にだらしが無いにもかかわらず、それでトラブルが起きたという噂が無いのは意外だった。てっきり隠し子がいたり包丁で刺されそうになったりした事とかあるのだろうと思っていたのに。

「そう言った所はお気を付けられているらしいですよ。メネットさんが言うにはあの方は遊び人としては一流だって」

 ……どんな評価だ。

「そうそう、女中さんや女官さん達の間でも、あの方に声をかけられたとか誘われたとかって言うのが一種のステータスになってるんだって。分かんないわよね〜〜」

 まったくだ。

 その後は、街での買い物の予定で盛り上がった。ローゼとモルダは古着屋に用があるらしく、ローゼは夏用のスカーフを、モルダは今纏っているショールを新しい物に買い換えたいらしい。私は何か欲しい物はないのかと問われ、装飾品などを取り扱っている店に用がある。とだけ答えると、二人とも興味があるらしく意味ありげな眼差しを向けてくる。

「え〜〜〜、それってひょっとして腕輪とか指輪とかなの?」

「えぇ?! マイカさん……そうなんですか?」

 ……何だろう? この反応は。

「あ、あぁ……腕輪が欲しいと……頼まれて……」

 言い終わらないうちにキャーー! と歓声が上がる。……何なんだ?

「ねね、それってどんな人なの?」

「男性ですか? それとも……女性ですか?!」

 二人の気迫に少々押される。……何だろう? 既視感を感じる。これは……そうだ、昔隼人が私の許嫁だとか言う噂が広まった時に、クラスの女子に問い詰められた時の、あの感じに良く似ている。あの時ほどの刺すような視線や殺気に似た気迫は感じないが……落ち着かない。

「いや……本人は町に来たがっていたのだが、所用で出かけられなくてな。欲しい物があるならば変わりに買ってきてやろうと……」

「なーーんだ。そういう事か」

 モルダはあからさまにがっかりとし、

「なんだ……そうだったんですか……」

 ローゼは心なしほっとしたような様子だった。

 そんな事を話しているうちに、馬車は森を抜け街の郊外に差し掛かる。

 以前アゲイトと街に来たときは、街の中にある衛兵の駐屯地に舞い降りたから郊外から入るのは初めてだ。

 街はここから見る限りでは塀に囲まれており、正門には衛兵が何人か立っていて人の出入りもあり、ベリルが言っていたほど危険な雰囲気には見えない。が、門から少し離れた場所からはみすぼらしい布がいくつも垂れ下がっている。ちょっと見にはビニールシートを張ったようなそれはその端に幾つか木箱や樽などが詰まれ、よく見ると人が住んでいるようで、あれがベリルの言っていた難民なのだと分かった。

 馬車が近づくに連れその人々の様子が良く見えるようになる。

 どうやらこの辺りに居る難民は女子供が主のようだ。馬車を見つけた子供達が街道付近まで走り寄って来るが、衛兵に阻まれる。

「あの子供達は?」

 何故こちらに走り寄ってこようとするのか。そして何故衛兵に止められるのか。

「難民の子供達じゃよ。あぁやって此処を出入りする奴等から施しをねだって群がるんじゃ」

 御者のお爺さんはそう言いつつ馬に鞭をあてる。馬は加速し、門を目指して駆ける。

「馬車を止めないと……」

 が、馬車は減速する事無くむしろ加速して門を走り抜けようとする。

 このままでは駆け寄ってくる子供達が怪我をするかもしれない。馬車を止めようと再び御者のお爺さんを見る。と、私の意図を察したのかローゼが私の服の裾をそっと掴んだ。

「マイカさん、馬車は止めないで下さい」

 ローゼはやや怯えを含んだ目で私を見る。

「何故?!」

「馬車を止めたらあたし達が危ないのよ。……以前はそうでもなかったんだけど、最近ああいう子達の中に泥棒の真似事をする子達が増えたのよ」

 そう言ったモルダは、哀れみと侮蔑の入り混じった目で子供達を見た。

「それで、ちょっと行商人たちと揉めた事があって……だから今あの子達には係わらない方がいいの」

「揉めた?」

 つまり、商人と難民の間でって事だよな? それが何故私達に関係するんだろう?

「詳しくは中に入ってから話すわ」

 と、お爺さんが御者席に置かれていたリュックサックくらいの大きさの袋を馬車から落とす。すると、馬車に向かっていた子供達は一斉にその包みに目標を変える。

 振り向いてその袋を見ると、袋の口から何か豆のような穀物があふれていた。

「あれは?」

「あぁやってあの子らの気を馬車から遠ざけて、その隙に門を抜けるんじゃよ」

 その袋に群がる子供達。袋を奪い合う者、こぼれ落ちた穀物を両手に拾い集める者、そこにあるのは子供の無邪気なそれではなく争い、奪い合う喧騒。

「そんな……」

 私は馬車が門をくぐり、街の中に入るまでその光景から目を離せなかった。子供達の喧騒も、家畜に餌を与えるようなお爺さんの行動も、そして、それを黙認し、何も出来ない自分にも愕然としていた。




「……、……カ……ん。マイカさん!」

 ローゼの呼び声にはっと我に返る。手には青色の古着。……いつのまにこんな物手に取っていたのだろう?

 手にしたそれを店の陳列棚に戻す。

「どうした? ローゼ」

「どうした? じゃ無いですよ。さっきから呼んでるのに……」

 そう言ってローゼはちょっと拗ねて見せるが、明るく振舞いながらも私を気遣ってくれているのが感じられる。いかんな。こんな年下の女の子に気を使わせるなど。いい加減気持ちを切り替えなくては。午前中、此処に来るまではあんなにも楽しみにしていたと言うのにどうしても門前での出来事が頭を離れない。

 ローゼは手にしたスカーフを棚に戻して笑った。

「そうだ、マイカさん買いたい物があるって言ってましたよね? 先にそっちに行きましょう」

 一瞬何の事だか分からなかったが、そういえば馬車の中でそんな事を言ったかもしれない。

「だが……」

 ちらりとモルダを見る。モルダはショールを手に自分が身に付けている物と取り替えながら店員と相談中だ。どうやら今纏っているショールを下取りに新しいショールを値引き交渉中のようだ。

 するとローゼはモルダに二言三言話しかけた。

 モルダはちらりと私を見、すぐに手にしていた交渉中のショールを元に戻してこちらにやって来た。

「ゴメンゴメン。そういえばマイカも買う物があったのよね。じゃ、行こっか」

「だが……いいのか?」

「いいわよ。だってあの店員全然値引きしてくれないんだもん」

 モルダは店員を軽く睨む。

「じゃ、行きましょう」

 私はローゼとモルダに引きずられるように古着屋を出た。





 二人が私を連れて行ったのは、露天ではなく小間物屋らしき店。店構えもかわいらしい感じで入り口には花の咲いた小鉢が並べられている。

 元の世界でもありそうな感じだが、一人ではいるのは少々躊躇われる。

 店の前で入るのをちょっと躊躇っていたのだが、二人に手を引かれおずおずと店内に踏み入れる。中は外見同様女性向けのアクセサリーや小物などがディスプレイされ、一角には置物や人形、かわいらしい柄のコップなども置かれている。

 元々縁の無い世界だと思っていただけに、そこにあるもの一つ一つが珍しく見える。そういえばこういった店に入るのは初めてだ。いままではせいぜいデパートの中の雑貨屋の通路に面した一角(店内に入るのはなんとなく躊躇われた)で立ち止まって眺めるだけだったしな。

 店内には女の子が多く、ちょっと珍しそうにこちらを見ているような気がする。……浮いてるのかな? 服も男物だし、髪もこっちじゃ珍しいみたいだし。いかん。急に恥ずかしくなってきた。が、二人はそんな事気がついていないらしく装飾品のコーナーであれこれと見ている。

「マイカさん、こっちですよ」

 ローゼが腕輪の並ぶ棚の前で手を振って私を呼ぶ。その声に釣られて何人かが私を振り向く。

「あ、あぁ……」

 こそこそと遠慮がちにローゼの元に向かう。……視線が、気になる。

 あの娘たちには私はどう写っているのだろう?

 ふと彼女らの横をすれ違うとくすくすと笑い声が耳を掠める。

 振り返るとやはり私達を見て笑っているらしい。馬鹿にされているような感じでは無いのだが……むむ。気にしすぎか?

 だが、その後も私に向けられている物では無いのかもしれないが、あちこちで笑い声やひそひそと話している声に敏感に反応してしまう。

 おかげでローゼやモルダが腕輪を手にとって説明してくれているのにちっとも集中できやしない。

「あ、あの……さ。店、出ないか?」

「なんでよ? まだどれを買うか決めてないじゃない」

 むむ。そうなんだが……そうなんだが……

 またしても背後でくすくすと笑う声。

「じゃ、じゃぁこの辺のを適当に……」

 そう言って手元にあった腕輪を3、4個まとめて掴むとモルダが呆れたような声を出す。

「駄目よ、さっきから言ってるじゃない。腕輪にはそれぞれ意味があって……」

「そう言われても……」

 ますます視線を集めている……気がする。

「なら、モルダに任せるよ。私には良く分からない」

「そんなの任されたって困るわよ! 」

「いや、私にはまったく分からないんだ。……安い物で構わないと言っていたからなんでもいい。頼む」

 此処を一瞬でも早く去りたい…。

「う〜〜〜ん……贈り物でいいのよね?」

「あぁ」

「じゃぁそうねぇ……無難と言えばこのあたりが無難じゃないかしら? ベタだけどね」

 モルダが差し出した腕輪をひったくるように掴むと急いでレジに向かって会計を済ませる。

 ふぅ。……さっさと出よう。

「マイカさん。腕輪はもう買ったんですか?」

「あ、あぁ」

「どんなのを買ったんですか?」

「……さぁ? モルダに選んでもらったから……きっと良い物が買えたと思う」

 私が選ぶよりは良いだろう。うん。

 まだ店内を物色し足りなさそうな二人を急かして店を出た。





 はぁ。……疲れた。

 慌てて店を出たため、不満そうな二人をなだめるために近くのカフェの様な店に入り、ここは私の奢りだからと説き伏せてお茶と甘い物を数点注文した。二人は嬉しそうにパイを食べている。

 私も甘い物は好きなのだが今はそんな気にはなれない。女の子の店に入るのがあんなにも気を使うとは思わなかった。……いや、入ってみたくなかったと言えば嘘になるが当分は遠慮したい。あの視線に晒される位なら男に間違われているほうが何倍もましだ。

「マイカさん。大丈夫ですか?」

「あぁ。……大丈夫だ。有難う」

 心配そうに覗き込んでくるローゼに笑顔で答える。

「なっさけないわねぇ。何で店に入ったくらいでそんなにも疲れてるのよ。あなた騎士なんでしょ?」

「……一応は」

「マイカって世間知らずなのね。難民の事も知らなかったみたいだし」

「……そのようだな」

「ちょっと、モルダ言い過ぎよ」

 ローゼが庇ってくれるが、モルダの言う事も尤もだ。私はもっとこの世界の事を良く知るべきだろう……あの店は……置いといて。

「そういえばモルダ。門で言っていた事だが……今詳しく聞いても良いか?」

「……いいわよ。知らないなら知っておくべきだわ」

 モルダは食べかけていたパイを飲み込み、表情を少しだけ改めた。

「って言っても私も噂しか知らないんだけどね。以前からあの子達に財布を取られたとか商品を盗まれたって話はあったのよ。でも子供のやる事だし、商品って言っても子供が抱えて持っていける程度の量だもの。たいした問題にはなってなかったの」

 商人や街の人たちもあの子達に同情的な人も居るしね。と付け加えた。

「でも、半月くらい前かな。ある商人がこの街での営業許可証を盗まれたの、それが無いとこの街には出入りできないわ。だからその時はちょっとした騒ぎになってね。結局営業許可証は再発行してもらえたらしいんだけど、営業許可証が盗まれた直後から街の中でも強盗騒ぎがあって……」

「ふむ」

「その事件と前後して街の外で商隊が襲われる事件が多発したの。……死人も出たそうよ。そして商品や金品以外にも営業許可証や通行証も盗まれた。それからは泥沼よ。街ではかっぱらいや強盗が増えるし商人の出入りは減って……街の人たちも難民につらく当たるようになったの」

 ……正直、どういう反応をして良いのか分からなかった。

 難民達を擁護することも批判する事もできない。罪は、罪だ。だが彼らにも事情はある。しかし死人が出ている以上は見過ごせはしないだろう。

 たしか騎士団の仕事にはこの街の見回りなども含まれていたはずだ。自警団や衛兵が居るにもかかわらず騎士団まで見回りをするのは、こういった事情を踏まえての事だろう。

 ベリルは決して一人で城壁の外へ出るなと言った。治安が良くないからだと。

 ならば城壁の外で暮らす難民はどうなんだろうか? 難民に対しては不介入といった態度をとっている以上は何も出来ないのだろうか?

「だから! 今難民に関らない方がいいのよ」

 モルダはそう言って話を切り上げた。

「だが……」

「あんたが気にする事じゃないわ。同情するのは分かるけど、どんな環境にあったって罪を犯すのはその人の意思だわ。大体こんなの今すぐどうこう出来る問題じゃないもの。気にしないほうが良いわ、あんたはあんたのできる事をすれば良いじゃない」

「そうですよ、マイカさん。それに街の人たちやメネットさんの話では近々領主様が問題解決のための政策を取るはずだって言ってましたし」

「それは……そうか」

 街道の補強工事。それが行われれば強盗の類も減るだろう、とベリルが言っていた。難民もきちんと収入があれば犯罪まがいの事をしなくなるだろう。それに街道の補強工事という事は、街道に常に見張りあるいは監督のような名目で警備を置く事が出来る。そうなれば少なくともその付近での強盗は減るだろう。

 アゲイトもああ見えてきちんと考えてはいるんだろう。

「そうだな」

 私に出来る事……か。騎士団に入った以上はこの街の警護とかが主な仕事になるのだろう。

 となれば難民達と接触する事もあるかもしれない。

 多分……私はこれからいろんな事を覚悟したほうがいいのかもしれない。そんな覚悟が必要にならなければ良いのだが……





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