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さやかに密か  作者: 青依 ヒイナ
第1集 香 ほのめく
5/40

5. 絶えてしなくは

「麻琴、どれに出るんだっけ」

「借り物競争」


 柚月は種目とスケジュールが書かれただけの簡単なプログラムを眺めた。横から麻琴がその場所を指し示す。

 流れていたうろこ雲が太陽を覆い、辺りがほんのり薄暗い。

 日焼け止めクリームを塗っているとは言え、できれば日に当たりたくはなかった。天気予報が外れたことを柚月は喜んだ。


「いーなー。私障害物競走」


 柚月は“障害物競走”と書かれた部分を不満そうにペンペンと人差し指で何度も叩く。


「楽しそうだよ。いっぱい競技があって」


 駄々っ子のような柚月を少し可愛いと思いながら麻琴がなだめる。


「年頃の乙女が髪振り乱してやることじゃないわよ」


 本当に嫌そうに柚月が顔をしかめる。

 障害物競走は麻琴が去年出た種目だ。

 最初は快調に上位を走っていたのに途中のネットくぐりに苦戦。邪魔にならないようにとまとめたポニーテールがネットに引っ掛かりもたもたしてるうちに最下位。

 ポニーテールは崩れて髪はぐちゃぐちゃになるわで散々な結果だった。


「とりあえず去年の麻琴のような注目のされ方はごめんね」

「私だって一生懸命走った結果だもん」


 麻琴はぷくっと頬を膨らませる。


「そうね、あんたはいつも一生懸命ね」


 柚月は麻琴の頭をポンポンとしながら呆れ気味に返事をした。


「借り物競争に出場する選手は体育館横に集合してください。繰り返します――」


 集合のアナウンスが流れ、あちこちでざわつき始めた。

 それまで傍観者だった人たちがそれぞれ主役になる瞬間。

 自分も主役の舞台に立つようで麻琴はいつもわくわくする。


「応援してるから、ほら、行っといで」


 ゆっくりシートから立ち上がった麻琴を柚月が急かす。


「うん」


 そう言いながら麻琴はポニーテールのしっぽの先を2つに分け、根元に向けてグッと力を入れて縛り直した。


「柚月ももうすぐだね。頑張って」


 パタパタと麻琴が走っていくのを見送ったところで、柚月にもすぐに呼び出しが掛かった。

 どうせ2つ後の競技だからと、借り物競争の集合場所とは反対のプール側までゆっくりと歩いて行った。


 借り物競走は“借り物の名前”が書かれた紙の入った箱のある地点まで走っていき、引いた紙に書かれたものを探してゴールまで競う。いかに早く探し当てるかが勝敗の分かれ道だ。

 麻琴が引いた紙に書いてあったのは“色別対抗リレーのアンカー”だった。

 該当する人物の心当たりはある。

 咄嗟(とっさ)に教職員テントにいる日下を見る。麻琴の心を見透かしている日下は他の奴と行って来いと目で合図をする。

 当然の反応にわかってはいてもしゅんとなる。突然、麻琴の持っていた白い紙がかげって暗くなった。


「何やってんの。置いてかれるよ」


 頭の上から声が振ってきたと思ったら持っていた紙を引ったくられた。

 その人物は、そのままもう片方の手で麻琴の手首を掴むと、


「行くよ」

「え、うそっなんで……っ!」


 いつになく真剣な久瀬の横顔が見えたのは一瞬。

 2位とはいえ赤組のアンカーだった久瀬の足に麻琴が敵うわけがない。

 引っ張られてついていくのがやっとで、ゴールに着くまで久瀬の背中しか見えなかった。


 パァンッ……!

 乾いた音がグラウンド中に響く。


「1位、赤組!」


 麻琴という足枷がありつつも、久瀬は麻琴が追い抜かれた分をいともあっさり取り返してゴールした。

 自分じゃないスピードに巻き込まれた麻琴は大きく肩で息をする。


「こんな簡単な問題なのに、なんで突っ立ってたの」


 麻琴の手を掴んだその手はまだそのまま。

 久瀬はしゃがみ込んでいる麻琴に向かって苦言を投げる。


「簡単、なんかじゃ、ない」


 なかなか整わない息を必死に整えながら久瀬を睨んだ。


「すぐ近くにいただろ」


 麻琴が日下の方を見た。


「……無理だもん」

「あんたの選択肢はそこだけかよ」


 そう吐き出すように呟くと、麻琴の手を離した。

 久瀬の声は小さくて麻琴には聞こえることはなかった。


 “()ふことの()えてしなくはなかなかに 人をも身をも(うら)みざらまし”


 ――いっそ一度も振り向いてくれずにいたら今こんなに苦しく辛いことなんてなかったのに。


 *


 運動場のトラックの傍に並ぶテントの1つ。

 ケガ人や急病人の為の救護テントには、やる気のない養護教諭とそれに呆れている保健委員がいた。

 養護教諭は1日テントに張り付き、持ち回りで保健委員2名ずつサポートに付くことになっていた。

 さっきの対抗リレーでケガ人が続出、てんてこ舞いだったが今は落ち着いている。

 そのタイミングで柚月の順番が回ってきた。――わかっていたからこの時間にしたんだけど。

 ふと養護教諭に視線を戻すと彼は噛み殺すこともなく大きなあくびをして言った。


「今のうちだな」


 もう1名の保健委員をテントに残して、大谷と柚月は足りなくなった救急用品の補充に保健室へ戻った。

 対抗リレーが終わったタイミングなら、1人で仕事は回せるはずだ。


「さて、敏腕保健委員も来てくれたし俺は寝よーっと」


 ベッドへ歩き出そうとする大谷のポロシャツの裾を柚月が掴む。


「堂々とサボろうとしないでください、大谷先生」

「だって面白いもの終わっちゃったもん」


 大谷はつまらなさそうに窓の外に視線をやった。保健室の窓からはグラウンドがよく見える。


「もん、じゃないです。養護教諭の自覚をもっと持ってください」

「小薗さんて櫻井さんと仲良かったっけ」

「ええ、まぁ」


 大谷の突然の質問に不信感を抱きつつ曖昧に答えた。


「なるほどね」


 シャツの裾の拘束が解かれ自由になった大谷は窓際の椅子に座り込んだ。

 一人で納得する大谷に柚月は冷ややかな視線を送る。


「日下先生と櫻井さんのこと知ってる?」


 柚月がゆっくりと大谷へ視線を向ける。この教師はいつも気持ちの赴くままに言葉を発する。


「確か大谷先生って日下先生と同じ大学でしたっけ」


 なんとなく納得した柚月は質問を質問で返した。


「そー。学部は違うけど高校からの腐れ縁」

「苦労しますね、日下先生も」

「苦労掛けられてるのはむしろ俺の方」


 あちーといいながらTシャツの襟元をつまんで風を送っている。

 さっきまで吹いていた風は今止まってしまっていて、動いていなくともじっとりと汗をかく。


「ご存知なんですか、二人のこと」


 試されているのかもしれないと柚月は明確な言葉を避ける。


「本人に直接聞いたよ、櫻井さんと付き合ってるって」


 こんなスキャンダラスなことがバレたら困るのは教師の方だ。

 口火を切ったのがそっちからなら大丈夫か。柚月は少し警戒を緩めた。


「何を思ってそんな面倒なことをするのか俺にはわからないけど、まぁあの二人のためにここは協定を組むってことで」


 大谷がぬっと右手を差し出す。


「先生の中に協力者がいる方が何かと便利そうですしね」


 柚月はイマイチ信用出来ない教師の形ばかりの握手に応じた。

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