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さやかに密か  作者: 青依 ヒイナ
第1集 香 ほのめく
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4. 逢ふことの

「色別対抗リレーに出場する選手は、入場門ゲートまで集合してください。繰り返します――」


 残暑もまだ厳しい9月中旬。

 うろこ雲がうっすら掛かった青空が広がる絶好の体育祭日和。

 ここまでに、プログラムの半分の競技が滞り無く終わり、これから中盤注目の競技が始まるところだった。


「今年も日下先生アンカーだって」

「去年凄かったもんね、5人抜き!」


 あちこちで上がる甲高い声にやや食傷気味(しょくしょうぎみ)の柚月。声が上がる度に苦虫を噛み潰したような顔をする。

 麻琴は日下の姿を探し求めてグラウンド中を見渡している。つい先程流れた放送によれば、入場門ゲートへ向かっているはずなのだが。ギャラリーが増えて確認することができない。

 運動不足の教職員も参加を! という校長の意向によりほとんどの教師はいくつかの競技に分かれて参加している。

 教師たちにとっては(はた)迷惑な話だろう。だが生徒たちにとっては普段見られない姿が見られる絶好のチャンスだ。当然、麻琴も日下の出場する種目はチェック済みである。


「麻琴のダーリンは相変わらず人気ね」

「柚月、聞こえる」


 麻琴が柚月のジャージの袖をちょいちょいと引っ張った。そんな制止も柚月は動じない。


「この黄色い悲鳴の中をかいくぐってまで、会話聞こうなんて人間いないから大丈夫よ」


 周囲の女子の声援を嫌なものでも見るように、柚月は眉をひそめる。

 自分のチーム色のはちまきを身に着けた生徒たちが目当ての選手に向かって声援を送っている。そんな中ボソボソした二人の話し声が聞こえているとは麻琴にも思えなかった。


                   *


 入場門ゲートには色別対抗リレーに参加する選手が集まっていた。


「アンカーの人はここで待機していてください」


 呼ばれた選手たちが次々とスタート地点付近へ集まってくる。

 応援席が騒がしいせいか出場する選手もそわそわと落ち着かない様子だ。


「なんであんたがいんの」


 アンカー待機地点で久瀬が日下を見つけた。


「先生と呼びなさい」


 日下はほどけた靴紐を結び終わると軽いストレッチを始めた。


「やだね」

「呼べ」


 たった一言、日下が低い声を発する。

 久瀬が片眉を上げにやりと笑った。


「本性出たね。普段敬語で話す奴は何か隠してると思ったらやっぱりそうか」

「円滑に世の中を渡るためです」


 弱みを掴んだと思ったのにするりと言葉で交わされる。

 普段言葉を扱う仕事をしている相手に敵わないのはわかっている。それでも悔しい。


「俺、そういうの嫌い」


 嫌いと言ったところで 。


「君に好かれたくてやってるわけじゃありません」


 元より好かれてもいない人物に放っても無駄だ。

 あからさまな嫌悪感を出せば取り繕うことなく自分を通す。そんな日下に嫌気が差し、久瀬が舌打ちした。


「櫻井はこんな奴のどこがいいんだよ」

「僕にもわかりません」


 パンッ……!

 リレーの最初の走者が走り始めた。それまでの声援が更に大きなものになる。


「次、アンカーの人準備してください」


 アンカーに選ばれた選手たちがスタート地点に並び始める。日下と久瀬は隣同士のコースだった。

 

「そんなあやふやな奴に負けたくないね」


 敵意むき出しな久瀬とは正反対に冷静な日下。それが無性に鼻につく。勝って一泡吹かせてやる。握り込んだ拳に力が入る。


「勝てるものなら」


 日下と久瀬、それぞれのチームの走者がバトンを渡したのはほぼ同時だった。

 割れるような声援。

 キーンとした耳鳴りの中、麻琴は日下と一緒に並ぶ久瀬を見つけた。

 走る日下を目で追いかけていると自然と久瀬も視界に入ってくる。


「赤は久瀬くんだったんだ……」


 麻琴が呟いた。


「久瀬ってあんなに速かったっけ? あいつ陸上部じゃないよな?」

「二人のスピードに後ろの走者が追いついていけてないよ」


 あちこちで上がる声援に紛れて公明正大に先生を応援できるチャンス。

 それなのに上手く声が出てこなかった。

 日下と久瀬がバトンを持って走り出したのは同時。


「……せんせっ」


 走っていないのに息が詰まる。

 他の走者をみるみるうちに切り離し、気付けば日下と久瀬の一騎打ち。


「先生頑張って……!」


 ゴールまであと200メートル、100メートル――

 パァン……!

 再度ピストルの音が鳴り響いた。


「1位は青組、日下先生!」


 割れんばかりの声の中。


「クッ……ソッ」


 久瀬は額に巻いていたハチマキと共に苛立ちを地面に叩きつけた。


「口程にもありませんね、現役高校生」


 啖呵を切って負けたのが悔しかった。

 加えて腹の立つことは400メートルをあの速さで走ったいうのに、日下は全く辛そうじゃないこと。呼吸がいくらか荒いだけだ。


「っはぁ……うるせーよ、ムキになりやがって」


 久瀬は肩で息を整えながら日下の背中を睨んだ。



「こんなとき駆け寄れないのが嫌だね」


 おめでとうと言うだけなら怪しまれないだろうが、麻琴の足はすくむ。


「別にいいんじゃない?」


 急に柚月が麻琴の手を引いてゴール地点まで走りだした。


「ちょっと待って柚月、」


 自分のスピードで走れないもどかしさに戸惑う麻琴。


「こんだけ人がいれば、紛れてわかんないわかんない」


 抵抗しようにもどんどん前に引っ張られては、足で踏ん張ることができない。

 柚月は麻琴の手を引きながらどんどん人混みをかき分けていく。ゴール地点にいる日下の前まで近付くと柚月は手を離した。そして、呆然とする麻琴を置いてさっさと輪の中から外れていく。

 助けを求めようと、すぐさま柚月の姿を探したが既に近くにはいなかった。

 オロオロしていると日下と目が合う。少し荒い息遣いと流れる汗に何故かドキドキする。

 深呼吸をして麻琴はなんとか言葉を紡いだ。


「……おめでとうございます、先生」

「ありがとうございます。ってあなたは赤組でしょう」


 日下が後方の久瀬へ目をやる。


「そうだけど」


 こんなにも人の多い場所でうっかり余計なことを言ってしまうと思うと上手く話せない。

 もじもじしていると日下が教職員テントへ向かって歩き出した。麻琴は何か言おうとしたが思い留まった。


「櫻井さんも頑張ってくださいね、見てますから」


 麻琴とすれ違う去り際、日下に耳元に囁かれた。

 麻琴は顔を真っ赤にして下を向いた。

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