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さやかに密か  作者: 青依 ヒイナ
第3集 さやかに密か
28/40

28. 夜は燃え 昼は消えつつ 物こそ思へ

 恒例の年度初めの役員決め。

 久瀬は黒板に書かれた役員一覧を眺めた。今年は卒業アルバム委員があるせいで一人一つは役が当たる。

 両手をズボンのポケットに入れたまま椅子の前足を浮かせる。後ろ足に荷重を掛けてロッキングチェアーのように前後に揺らす。考え事をするときの癖だ。

 去年までは時期限定の役員をするだけで済んだ。バイトとの兼ね合いを考えて手軽な役は、と思案していたときだった。


「クラス委員は久瀬くんと櫻井さんが良いと思います」


 ガッタン。

 突然の名指しに久瀬はバランスを崩しそうになり、慌てて前に体重を掛けた。

 指名の声を皮切りに次々と賛成の声が上がり始める。


「去年の文化祭実行委員、息合ってたみたいだしな」

「いつも颯爽と助けに入る王子だもん、姫のピンチには欠かせないでしょ」


 麻琴に視線をやると彼女もキョロキョロと周囲を気にしている。


「王子様は姫が気になって仕方ないみたいね」


 ふと目が合った後ろの席の柚月が小声で言った。


「小薗お前な、」

 柚月に突っかかろうとしたその時。日下の声が飛んでくる。


「久瀬くん、何か言いたいことがあれば手を挙げて」


 柚月にクスクスと笑われ、更に苛立ちが募る。体を反転させると日下を睨んだ。

 事態はそのまま多数決に移行した。簡易の紙に女子1名、男子1名ずつ指名するクラス委員の名前を書いて投票。久瀬は去年クラス委員をやっていた人物の名前を書いたが、先程の様子から結果は火を見るよりも明らかだった。


「多数決の結果、久瀬くんと櫻井さんの票が最も多いですね。二人はどうですか?」


 日下の質問にすぐに麻琴が答える。


「私は去年もやってるので大丈夫です」


 日下が久瀬に視線を移した。久瀬は前を見据えたまま低い声で答えた。


「やりたくありません」


 一方的な決め方が気に入らない。多い方が正しいというわけでもないのに。


「面倒だからという理由なら認めませんよ、久瀬くん。大変なのはみんな同じです」


 明確な理由はある。だが麻琴を巻き込むような言い分をこの場でしたくはない。

 黙ったままの久瀬を日下は賛成の姿勢と受け取ったようだ。


「では、これで決定します。どうしても都合が悪ければ僕に申し出てください。何か別の方法を考えます。では他の委員を決めていきます」


〝決めなおす〟ではなく〝別の方法〟と日下は言った。他の委員も次々に決まり、別の生徒に決めなおす気はないようだ。

 クラス委員以外の役はなんの問題もなくあっさりと決まった。

 チャイムが鳴ると日下は教室を出ていった。

 久瀬は行く先々の机と椅子をなぎ倒す勢いで麻琴の傍まで行くと腕を掴んだ。


「おい、日下のとこに行くぞ」

「え」


 麻琴が面食らったような声を出した。そう話している間にも久瀬は麻琴を連れてどんどん進む。

 周囲は二人に道を開けながらひそひそとささやき合う。その話し声はどこまでも二人を追ってくる。


「あんなの面白がってるだけじゃねーか」

「反応したら余計火に油を注ぐだけだよ」


 久瀬の言葉を理解した麻琴は諭すように話す。

 渡り廊下まで来ると久瀬が立ち止まった。

 急に勢いを止められた麻琴は久瀬の背中に軽くぶつかった。いたっと小さな声が後ろで聞こえた。


「お前はいいの、それで」


 ――日下になんて思われてもいいのかよ。

 言葉に出さなくても麻琴にはわかったようだった。彼女はすぅっと息を吸うと「いいよ」と答える。

 振り回されているのは自分だけなのだ。思い知らされているようで途端に力が抜けた。そっと麻琴の手を離した。


「それより面倒くさいからってクラス委員サボらないでね?」


 ニコッと笑顔を残して麻琴は教室へと戻っていった。

 久瀬の一方的な行動に怒りもしない。それが虚しさを悪化させた。


                   *


 “久瀬圭吾と櫻井麻琴は付き合っている”

 当事者たちの思惑とは裏腹に噂は見る間に広まった。

 小さなことが積もり積もった挙句の昨日の休み時間に起こった麻琴の連れ去り事件。

 渡り廊下での二人の会話は周囲には痴話ゲンカしていたように見えたらしい。

 噂の当事者たちは平気な顔をしているがそれも時間の問題だと柚月は思う。

 ()()今年も保健委員長になった柚月は保健室で救急箱の中身のチェックをしていた。少し離れた場所では深山が洗ったばかりの包帯を巻いている。

 深山の姿を見ながら彼にわからないように息を吸った。


「深山、言っておきたいことがあるの」

「なんでしょう?」


 話を切り出したものの、いつも通りの彼の返事に言葉が詰まる。

 まっすぐに想いを伝えてくれた彼にどう伝えたらいいのか。


「あのね、深山。先生に私の気持ち通じたんだ。深山が頑張ったことを諦めないでって言ってくれたおかげ。ありがとう」


 しばし沈黙。

 このまま仕事なんて放り出して帰ってしまいたいと思った頃。

 全ての包帯を巻き終えた深山がまっすぐと柚月を見据えた。


「で、付き合うことになったんですか?」


 その目が見られなくて柚月は視線を外す。


「いろいろと事情があってまだ」

「じゃあ、俺にもまだチャンスありますよね?」

「え」


 振り向くと深山はニコニコと柚月を見ている。その笑顔の意味がわからない。


「すぐには諦められないって言いましたよね、俺」


 小さく頷くと深山が何かを言おうとして口を開き、また閉じた。首を傾げると彼は明るく話し始めた。


「それにイベントが成功したらデートしてくれるって約束まだ果たしてもらってないんですけど。ね、いいですよね? 大谷先生」


 勢い良く反対側へ振り返るとそこにはたくさんのファイルを抱えた大谷が立っていた。どこから聞かれていたのだろう。


「いいよ」


 大谷は躊躇することもなく返事をする。


「せ」


 柚月に被せて大谷が釘を刺す。


「教師と生徒の約束だからね」


 そんな切り札の使い方ってあるだろうか。もう何も言えない。


「デート楽しみにしてます、柚月先輩」


 ポンと包帯の詰まった箱を机に置くと深山は保健室を出ていった。

 よっこらしょとわざとらしい大きな声で大谷は自席の椅子に座った。


「“柚月”先輩、ね。いいんじゃねぇの。委員長も高校生らしいことしないと、オレみたいにおじさんになっちゃうよー」

「そうですね。お疲れ様でした、大谷せんせ。失礼します」


 下を向いたまま引ったくるように鞄を手に取り、柚月も保健室を出た。



「オレにどうしろって言うの。ストレート過ぎるのはどう対処していいかわかんねぇんだって」


 誰にともなく呟いた声が白い部屋に響いた。


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