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さやかに密か  作者: 青依 ヒイナ
第3集 さやかに密か
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27. みかきもり 衛士の焚く火の

 “御垣守(みかきもり) 衛士(えじ)()く火の夜は燃え 昼は消えつつものこそ思へ”


 ――夜は考え過ぎて、昼間は二人の姿を見てブルーになる。アップダウンの激しいこの気持ちにもうずっと振り回され続けている。


                   *


 2年生の頃から簡単な適性検査を受けたりぼんやりした進路先を聞かれることはあった。目の前に“進路志望届”と書かれたものが配られると卒業後の自分をいよいよ実感しなきゃいけなくなる。

 久瀬が下駄箱から取り出した上履きから手を放すと、左右あっちこっちの場所に落下した。そのまま気にせず足を入れ脱いだ靴を下駄箱の中へ放った。


「柚月どうするの?」

「まだわかんない」


 目の前を歩く二人から聞こえてくる会話からも自分と同じ悩みを持っているのだとわかる。

 この時期の3年生なんてみんな考えることは同じか、と久瀬は心の中で呟いた。


「久瀬くんは?」


 麻琴はいつから気付いていたのだろう。

 別に後をつけているわけではなかった。ただタイミングを失って声が掛けられなかったというのに。


「なるようになるだろ」


 何か決定的な答えを求めていたのか、麻琴が残念そうな顔をする。そんな顔をされてもわからないのだからどうしようもない。

 溜息をつこうとすると別の方向からも聞こえてきた。

 


「二人共自覚が足りない」

「そういう柚月だって決まってないでしょ」


 キーンコーンカーンコーン。


「バカやってないで早く教室に入ってください。予鈴鳴りましたよ」


 予鈴と日下の声が麻琴たちを教室へと追い立てる。

 「はーい」と間延びした返事をした麻琴が日下のあとを追う。

 久瀬が柚月を呼び止めた。

 

「小薗、お前深山に連絡取れるか?」


 柚月が少し怪訝な顔を向ける。


「取れるけどなんで?」

「あいつんとこでバイトしようと思って」


 柚月は呆れたように鞄を机の横に掛けた。


「これから受験だって言うときに余裕ね」

「俺の勝手だろ」


 柚月に何かした覚えは全く無いのだが、彼女は久瀬にいちいち突っかかった物言いをする。

 最初の印象が悪かったのだろう。だが自分は麻琴に危害を加えることはしていないはずだ。


「わかった。深山に連絡してそっちに連絡が来るようにすればいいでしょ」

「サンキュ」


 面倒くさそうに柚月が手を上げた。


                   *


「久瀬先輩いますか?」


 その日の6時限目終了後。深山が3-6の教室を訪れた。

 授業が終わったばかりの教室にはまだ生徒が多く残っている。ごちゃごちゃした中を探すように覗いている。


「お前直接来たの?」


 深山が声のする方を見つけるとテンション高く寄ってきた。


「柚月先輩から連絡もらってすぐに家に連絡したら超乗り気で。早速連れてこいってことなんですけど、これからお時間ありますか?」

「いいよ」


 久瀬の返事に深山がにっこり返す。そして傍にいた柚月にも手を振りながら微笑む。


「柚月先輩また」


 最後に麻琴にも一礼して帰って行った。

 久瀬もじゃあなと言い残して教室を後にした。


                   *


「ほんとは面接の上で雇うんだけどね。准の紹介だし厨房経験もあるからこのまま採用ね」


 駅前近くの小じんまりした居酒屋“十六夜いざよい”。

 小さいけれど立地の良さとメニューに定評がある店だ。久瀬も親に連れられて何度か来たことがある。もちろん酒は飲めなかったが。

 迎えてくれた深山の両親は気風の良さそうな人たちだった。深山が少し中性的な顔立ちなのは母親譲りだろうか。眉の太さは父親譲りっぽいが。


「いいんですか? 俺、面接のつもりで来たんですけど……」


 久瀬の問いに深山の父親が自信ありげに返事をする。


「准はああ見えて人を見る目はある。親の欲目かもしれないけど伊達にずっと見てるわけじゃない。よろしくね、久瀬くん。俺のことはマスターって呼んで」

「はい。よろしくお願いします!」


 とても使い込まれた大きな手が目の前に差し出される。久瀬はその手を握り返す。

 にっこりとマスターが笑うと店の奥へ叫んだ。


「准、奥案内してあげて」

「はーい。久瀬先輩こっちです」


 店の奥へ繋がる暖簾から深山が顔を出して手招きをした。


 店の奥に入ってすぐの細い通路をしばらく行くと少し広いスペースに出た。

 “従業員の休憩所兼更衣室”と言われ、制服を手渡される。渡されたのはTシャツと前掛けと黒いバンダナ。TシャツのサイズはLだった。


「サイズいけてます?」

「もう1サイズある?」

「ちょっと待って下さいね」


 深山は部屋の隅に置かれたキャビネットの引き出しを開け、中からTシャツを順に取り出した。


「親御さんからすごい信頼だな」

「今やっとって感じです。この店継ぐって決めたの実は小学校で」


 驚いた。

 そんな頃からか。


「はや」


 そう返すと深山は苦い顔をする。


「その頃は単なる子どもの将来の夢って感じで本気にされませんでしたけどね。中学に上がって何度も話し合いをしました。それから本格的に店に出れるようになったのって高校に入ってからです。中学生の頃はただひたすら親父と一緒に仕入先廻ったり商店街の寄り合いに連れて行かれてました」

「一緒に行っても子どもは相手にされなそうだけど」


 見た目で判断するのが大人だ。

 やりたいと言ったところで本質を見極められるまでは簡単に認めようとしないだろう。


「最初はね。両親が真剣な気持ちは大人も子どもも変わらないって何度も伝えてくれたんです。で、俺はその気持ちを裏切らないように頑張って。そしたら少しずつ周りも認めてくれるようになりました。もちろんそれだけプレッシャーはありますけどね」


 思っていたよりもずっと信念を持ち続けている深山。悪い気はしなかった。元より最初の印象も悪くなかったから深山のバイトの話にも乗ったのだが。


「その信頼を踏みにじらないように俺も頑張ります」

「よろしくお願いします」


 久瀬が頭を下げた。LLサイズのTシャツと引き換えに深山が手を差し出した。マスターと似た骨ばった大きな手だった。

 簡単な説明を受けてその日は終わった。

 懐かれたのか帰るという久瀬の後を深山も追い掛けてくる。


「久瀬先輩って呼びづらいんで久瀬さんでいいですか?」

「どうぞ」


 途中、自動販売機を見つけてジュースを買った。


「久瀬さんは好きな人いるんですか?」


 深山は買ったジュースの缶をしきりに振っている。

 プシュ。

 久瀬は一足先に缶を開けた。


「なんだよ突然」


 缶に口をつけて一気に半分ほど飲み干した。


「もしかして、今噂の櫻井麻琴さんだったりします?」

「ゲェッホ」


 飲んだコーラが気管に入ってしまい、しきりに咳き込んだ。炭酸でむせると辛い。

「久瀬さん、嘘のつけない人だって言われるでしょう?」


 深山がクスクスと笑う。

 ようやく咳が治まり、再びジュースを飲み干すとくずかごに投げた。カンッと勢いの良い音が辺りに響いた。


「あいつには好きな人がいるから」

「自分の気持ち、かわいそうだと思いませんか?」


 思いがけない答えに反射的に苛ついた声が出た。


「……お前何言ってんの?」


 深山は動揺することもなく言葉を続ける。


「少なくとも俺はそんな風に諦められるほど生半可な気持ちで好きになったわけじゃありません」

「……それを相手に無理やり押し付けるのは自分勝手じゃねーの?」

「でも諦める理由にはならないでしょ?」


 悪びれることもなく言い放つ深山に答えられなかった。

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