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さやかに密か  作者: 青依 ヒイナ
第2集 からくれないに しづく
22/40

22. かぢをたえ

「ご協力お願いします、大谷先生」


 深山がウォークラリーイベントを発案してから1週間が経った。

 16時を過ぎると保健室への来訪者が一旦途切れた。お茶休憩に入ったところで柚月と深山と佐渡3人で頭を下げた。


「たすが言ってたことはこれだったか」


 柚月が手渡した企画書を眺めながら大谷が独り言を言った。


「え?」

「いや、こっちのこと」


 大谷が仕切り直しと柚月たちの頭を上げさせた。

 柚月たちは恐る恐る視線を上げる。


「企画書一通り読んだけど上手く出来てると思うよ。学校側への提示の仕方も上手い。発案者は誰?」


 大谷が並んだ顔を見回した。


「み」

「小薗先輩です」

「深山ね。お前、生徒会の方が向いてるんじゃない?」


 深山が柚月の言葉を遮ったがすぐにバレた。

 あくまで委員長を立てようと発案者を柚月にしたのだろう。だがわかりやすい嘘は大谷には通じない。


「で、これはまだ学校側へは提出してないんだよね?」

「はい」


 あとに続く展開を想像して3人が息を詰めて次の言葉を待った。


「じゃあ、養護教諭としてアドバイス。クイズやスタンプラリー形式のウォークラリーみたいだけど、かなりの距離を歩くよね? 救急の場合にはもちろん備えてるよな?」

「チェックポイントにはもちろん、すぐに連絡が取れるように連携を取る予定です」


 柚月が答えた。

 ある程度突っ込まれる質問は想定しているつもりだ。その答えも用意している。


「大前提として保健委員会が主催だから健康を目的としてるわけだけど、景品目当てでズルする奴はたくさん出る予想はしてるよな? それはどう回避するの?」


 参加する生徒たちの積極性もなければ自主性なんてものも意味がないのだ。景品はそれを引っ張り出す方法の1つだ。

 だが学校全体の行事として加えてもらわなきゃいけない。


「生徒一人一人に歩数計を付けてもらって、最低限の歩数をクリアしなければ景品をもらえる権利が得られないようにします。ガチャガチャ歩数計を振ってもカウントしないものを使えばその点はクリアできます」


 力強く答えたのは佐渡だ。彼が会議で一番最初に指摘したのがその点だった。


 “腕に自信のある奴ほどズル賢い。期待以上の結果が出せなかった先のことを考えるからな”と。


「その歩数計だけど人数分だとかなりの数だよな。どうやって準備するの?」

「俺の居酒屋ネットワークで商店街の雑貨屋に安く仕入れてもらう算段をつけています」


 2代目の修行を既にやっているという深山は周辺の店や得意先、仕入先に顔が利く。多少無理なことも聞いてくれるくらいには交流が深いらしい。


「安く済むには越したことはないけど、経費の掛からない方が更に学校へのアピールになると思わない?」


 深山の案の水準を上げようとする。


「そうですね。他の方法も考えます」


 余程自分のアイデアに自信があったのだろう。深山がほんの少し悔しげに声を尖らせる。


「あとは当日と当日までの期間、各クラスの保健委員が自分のクラスの健康状態をチェックするとあるけど、チェック項目作っておいて。俺もあとで確認するから。景品に目がくらんで無理して急病人が続出したんじゃ心象悪いよ。GOを出した俺の評価にも繋がるし。これからもこのイベントを続けたいと思うなら」


 今まで養護教諭として接してきた大谷だ。ここまで考えているとは思っていなかった。嬉しくなってニヤケてしまわないように表情を作るのは大変だった。


「はい」


 だから、大谷が自分たちを認めてくれている上での口撃だとわかってはいる。腑に落ちないまま返事する。



 柚月がチラッと他の二人を見ると、佐渡は不貞腐れたような顔をしているし、深山からはまだ不愉快そうな表情が見てとれる。これでやる気をなくしてしまったら全てが無駄になってしまう。


「ちょっと詰めが甘いと思うところもあるけど、そこはこれから詰めていこう。楽しそうじゃん、これ」


 柚月たちの心の中を見透かしたのか、はたまた本音なのか。

 ドライに意見を述べていた先程とは打って変わって大谷が満面に笑みを浮かべた。

 とても楽しそうに。


「ありがとうございます!」


 単純だ。そう思わずにはいられなかったが正直なところ柚月も嬉しい。


「今年の保健委員は何かやってくれると思ってたんだよな。期待してる」

「先生の鼻を明かしてやりますよ」


 余計な一言を言った佐渡の背中を柚月と深山が同時に叩いた。


 *


 再度企画書を練り直し、生徒会と連携を取りながら学校へ企画書を提出したのは更に1週間後。

 審議の結果、ウォークラリー開催日は年明け2月中旬に決まった。3年生の受験や1月末に行われる期末テストを考慮してのこと。

 年内に既にマラソン大会というスポーツイベントが控えていることと年を挟むため準備を進めるならこのくらいだろうという学校側の見解に寄るものだ。

 その方が保健委員会も生徒会も準備に時間を掛けられるので願ったり叶ったりだ。


「良かったね、企画が通って」

「はい! でもなんだか小薗先輩は他人事みたいですね」

「そんなことないよ」


 11月も中旬になると18時でも真っ暗だ。

 深山に家まで送ってもらうことは習慣になっていた。


「小薗先輩は乗り気じゃなかったんですか? 俺がうるさいからただ従ってただけですか?」


 深山が失望の眼差しを向けた。


「深山が企画が通ったのが嬉しいし深山に良かったねって言いたかったの」


 言い直すと深山は満足そうに微笑んだ。


「そう言われると照れますね。さぁまだイベントが開催できると決まっただけです。これからが大変ですよ」


 *


 大事件、というほどのものではないが12月に行われたマラソン大会でけが人が出た。麻琴だ。

 彼女の不注意で起こった事故だが、前日の晴天による夜間の放射冷却により当日は朝から気温が低かった。

 スタート地点から30分ほどのところでケガをした麻琴はその場所で随分動けずにいたそうだ。途中、久瀬が見つけてくれなければ連絡手段も持っていなかった麻琴はどうなっていただろう。30分も走れば当然汗も多くかいている。冷えた汗は体温をどんどん奪っていく。捻挫だけではすまない。

 行事に集中できないと生徒全員の携帯電話の所持を禁止した学校側にも落ち度は十分あった。


「参加者全員の安全のためにも携帯電話は必須ですね」

「班行動にすればもっと危険度は下がるよね」


 麻琴のケガはウォークラリーイベントの教訓になった。

 幸い捻挫はそれほどひどいものではなく2週間ほどで包帯が取れると聞いたのがせめてもの救いだ。



「最近楽しそうだね、柚月」

「そうかな」

「だって1ヶ月前は見ていられないくらいヘコんでたよ」


 文化祭で何かあっただろう麻琴に心配を掛けまいと気を強くもっていたのだが。逆効果だったようだ。

 小手先のごまかしで長年の友人は騙せない。


「そういう麻琴も何かあったんでしょ?」

「んー……まだ上手く話せそうにないから話せるようになったら聞いて」

「わかった」


 こういう時の麻琴は言うことを聞いておくに限る。ここで反発して根掘り葉掘り尋ねたら頑として何も話さなくなってしまう。

 北風と太陽に出てくる旅人のようだ。無理やり進めても自分の思う通りには行かない。

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