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さやかに密か  作者: 青依 ヒイナ
第2集 からくれないに しづく
21/40

21. 由良の門を わたる舟人

 保健室当番が終わった午後5時。

 場所を移して深山と真っ先に始めるのは具体的な企画の概要を決め。

 企画を学校に提出するにしても保健委員全員を説得できなければ、イベントの成功は有り得ない。

 ガコン。

 途中の自動販売機でジュースを買って会議室へと急ぐ。

 会議室はD棟の3階にあり普段は滅多に入ることがない。職員会議や来客があった際に使用される。


「よく借りられたね」

「生徒会経由で借りてもらいました。今回のイベントに生徒会もかなり力を入れたいみたいで尽力は惜しまない、とのことですよ」


 そもそも深山はどうやって生徒会メンバーとどんな風に話をつけたのだろう。

イベントをするに当たりケガはつきものだ。保健委員会と組めば学校側の許可も下りやすいとかだろうか。


 会議室の前で止まると深山がブレザーのポケットから大きなプレートのついた鍵を取り出した。プレートが木製というのがなんとも仰々しい気がする。

 鍵を開けると少し湿った匂いがした。人があまり入ることのない部屋はそこに置いてある物の匂いだけが存在している。

 深山は部屋に入るなり会議室の窓を次々と開けた。無機質な空気と入れ替わりにキンモクセイの香りが少しずつ部屋に浸透していく。

 ホワイトボード近くの席に深山が座ると柚月も傍の席に座った。


「深山も知ってるだろうけど保健委員会って楽な仕事だと思って入ってきた人が多いと思う。仕事は多いけど考えなくていいからって」


 深山は“ふるふるゼリー”と書かれた缶を一生懸命振っている。


「仕事を遂行できてない委員はいないでしょ? 大谷先生の問答無用の委員長&副委員長決めも功を奏している。と俺は思ってます。知ってます? 副委員長の佐渡(さわたり)さんて時間を使うの上手いんですよ」


 プルタブを倒し深山が缶の飲み口から中を覗く。自分好みの粗さになったのか満足したように缶を傾けた。入学以来、一度も手を出したことがないカラフルなジュースの缶を横目に柚月はミルクティーの缶を開ける。

 あのジュースってそうやって飲むんだ。


「早く帰りたいだけじゃん」


 柚月の不満に深山は人差し指を顔の前で左右に揺らした。芝居がかった仕草に思わず笑いが溢れる。


「目的がしっかりしてるから無駄な動きもなくて効率的になるんですよ。その佐渡さんにイベント全体のスケジュールを作ってもらえばいいと思いません?」

「佐渡くんって確かサッカー部でしょ? 難しいんじゃない。最初の役決めのときも大谷先生睨んでた」


 早々とふるふるゼリーを飲み終えた深山がコンと机に缶を置いた。


「教師主体の活動に嫌気が差してる奴は多いと思うんです。そこを突く。保健委員会なんてクラスの健康観察やイベントのときの救護班くらい。ただの雑用係じゃんって思う奴は絶対多い」

「そうね。私もただ仕事をこなすことだけ考えてた」

「とりあえずやってみましょうよ」

「どうして突然イベントやろうなんて言い出したの」

「できるってところを見せたいからです」


                   *


 最初のミッションは副委員長、佐渡誠士郎(せいしろう)をやる気にさせること。

 サッカー部所属の彼とは保健室当番と委員会以外の時間であまり会ったことがない。逆を言えば部活動に一番時間を割きたい人間を口説くことができればあとは簡単なことのように思えた。

 下駄箱で深山と二人待ち伏せをする。サッカー部の活動場所まで行って行き違いになるのを避けた。

 午後6時。刺すような冷たい空気に耐えられなくなった頃スポーツバッグを抱えた男子生徒が現れた。

 下駄箱から取り出したスニーカーを地面に落とすように置くとかかとが入り切らないまま玄関へ向かう。せっかちだなと柚月が様子見していると、横を深山が通り過ぎた。


「佐渡先輩、お疲れ様です」


 慌てて柚月も後を追う。


「今部活終わり? ちょっと顔貸して」

「小薗先輩、脅しじゃないんですから」


 苦笑いをしながら注意する深山にごめんごめんと柚月が謝る。そのやりとりにしびれを切らしたのだろう。佐渡がぎろっと二人を睨んだ。


「何? 早く帰りたいんだけど」


 サッカー部に走って行かれては追いつけるはずがない。


「大谷先生の鼻を明かしてやりたいと思いませんか?」


 すぐに用件を話し始めると思った深山は佐渡を挑発するような言葉を掛けた。


「突然なんなんだよ、深山。意味わかんねぇ」


 更に怪訝な表情を向ける佐渡。深山は気にすることもなく話を続ける。


「佐渡先輩の力を貸して欲しいんです」


 ――イベントの説明は小薗先輩がしてくださいね。委員長が率先して動くことがまずは重要です。

 会議室で言われたことを思い出し柚月がイベントの概要を話し始めた。上手く説明できるか不安だったが深山がところどころを補足してくれた。佐渡は静かに二人の話を聞いていた。


「ウォークラリーイベントね。でも俺、なんもできないよ」


 話を聞いてくれたが、この先どうやってやる気のない彼を引き込むのだろう。

 深山からは説明してくれればいいとだけ言われていた。あとは自分がなんとかするからと。


「佐渡先輩の合理的な仕事振り尊敬してるんです、俺」

「面倒なこと嫌いなだけだから」


 先程まで睨むような目つきの佐渡だったが表情は元に、いや心なしか照れているように見えた。


「このイベントが成功すれば生徒会に恩が売れるかもしれませんよ。例えば部費の優遇とか」

「マジで?」


 食い付いた。

 深山はニヤリと笑い更に言葉を続けた。


「あくまで俺の予想なんで約束はできませんが、生徒会にコネができるのは間違いないと思いますよ」

「ふーん。具体的に俺は何をすればいいの? 部活あるしできることそんなにないよ」

「佐渡先輩の時間のあるときで構いません。先輩が頼りなんです」



 最後にはスポーツ漫画に出てくるような爽やかな笑顔を残して佐渡は帰っていった。

 佐渡が帰ってすぐ。暗くなってきたので送るという深山と近いから大丈夫と10分ほど押し問答を繰り広げたのだが、深山の頑固さに負けた。

 靴を履き替えて校門で落ち合うことにした。


「人を乗せるの上手いね、深山」

「体育会系の人は特に他人から頼りにされることが自分の評価に繋がると思う人が多いんですよ。佐渡先輩は面倒くさがってる割にはてきぱきと動いているように見えたので。部費の話はおまけです」

「今ほど深山のこと敵に回したくないと思ったことないわ」

「褒め言葉として受け取っておきますね」


                   *


 佐渡を仲間に引き入れると後は早かった。

 翌日開いた臨時保健委員会では少々強引だったが、全員賛成してくれた。

 深山曰く、トップが動いていると自分も動かないといけないという心理が働くものらしい。やる気になって引っ張る人がいるとつられてやる気になるのかなと柚月も思っている。

 次の臨時委員会ではウォークラリーイベントを実施するに当たっての具体的なアイデアを練った。イベント執行に関しては生徒会の方が手慣れているので生徒会役員にも出席してもらう。そこで決まったやるべきことをまとめる。

 二日後には佐渡曰く、無駄を省いた合理的なスケジュール案を持ってきた。加えて時間を節約するために保健室当番のシフト変更を申し出てきた。

 “役割ごとにシフトを組み直せば別日に改めて相談をする日を設定しなくて済む”と理由だった。


「佐渡くんがここまで動いてくれると思ってなかった」

「どういう意味だよ」

「部活の時間削ってくれてるでしょう?」

「今は公式戦もあまりなくて暇だからな」


 シフト変更後は柚月、深山、佐渡で当番をしていた。

 カチッ。

 電気ポットのスイッチが戻った音。お湯が沸いた合図だ。


「で、ここまでやってイベントやらないとかやめてくれよな」

「大丈夫。今期の生徒会は切れ者ばかりですよ。必ず先生たちに話を通してくれるはずです」


 深山も十分生徒会に入る素質はあると思う。そんなことを考えながら柚月が3つのカップに紅茶を注いでいく。


「今日は大谷いないんだな」

「活動してる部がほとんどないから私たちだけでいいだろうって。さっきちょっとだけ顔出してまたどっか行ったわ」

「帰ってくるのはどうせ下校時刻ですよ。今のうちに詰められるところ詰めちゃいましょう」


                  *


「なーんか、隠し事されてるんだよねオレ」


 部屋の奥のソファに座った大谷が大きくぼやいた。


「まるで浮気を疑う恋人ですね」


 部屋の主の日下がコーヒーをすする。


「お前でもそういうこと言うのね」


 意外そうな顔を日下に向けた。


「誰かの癖が移ったんでしょうね」

「ケンカ売ってんなら買わないからね」


 そう言ってカップに口をつける。


「生徒会でも何かやってるみたいですよ。それじゃないですか?」


 大谷がカップを唇に当てたまま日下を見た。


「なんですか?」

「オレ、お前がこわい」


 日下が自分のことをテレパスのようだと恐れていることを大谷は知っている。それよりも日下の文章の読解力の高さの方が怖い。


「保健委員会も遅くまで残って何かやってるみたいなんだよね」

「案外、方向性は同じかもしれませんね」


 腕を組み口元に左手を添えて日下が考え込むように答えた。


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