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さやかに密か  作者: 青依 ヒイナ
第2集 からくれないに しづく
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17/40

17. わが名はまだき 立ちにけり

「先輩のクラス、模擬店コンテストで2位だったらしいですね」

「女装メイド総選挙のおかげかしら」


 文化祭が終わった翌日でもゆっくりはできない。

 深山と二人、隣のコピー室にある保健だよりの原稿の準備をしていた。

 生徒会室の輪転機(りんてんき)を借りて800部刷り上がれば今日の仕事は終わり。

 大谷に会わずに済むことに柚月はホッとしていた。


「で、1位は深山のクラスでしょ」

「ええ、おかげさまで」


 A4のコピー用紙を積んだ台車をガラガラと押す。刷り間違えた時のための予備も合わせて500枚入り×2箱を運ぶのは深山だ。

 台車もあるのだからと柚月が運ぶつもりだったのだが、女子に運ばせて俺が手ぶらだと体裁悪いです、と言って聞かなかった。

 

「演劇と居酒屋を組み合わせるとはすごい発想よね」

「居酒屋じゃなくてダイニングカフェです。酒がないなら楽しみが半減するかもって冗談半分で取り入れたんです。酒がないと半減するなんて、高校生の発想じゃありませんけどね」


 邪魔にならないように、柚月は深山の少し後ろを歩いていた。

 放課後ということもあり、人も少なく避けずに台車を運べるので思ったより早く生徒会室につけそうだ。


「うちのクラスが暇なら絶対行ってたのに。深山は何してたの? うちのクラスで手伝わせちゃってたからまずかったよね?」


 申し訳なさそうに深山の顔を覗き込む柚月。


「午前中は俺は特に役もついてなかったし、暇だったんで大丈夫ですよ。午後からハードでしたけど」


 何故か深山と目が合わなかった。


「噂をすればメイド総選挙1位だわ」


 視線を正面に戻すとヘッドフォンを肩に掛けた男子生徒が前から歩いてくるのが見えた。


「小薗、絞めんぞ」


 廊下の端から静かな怒鳴り声が聞こえてくる。


「久瀬に言われても全然怖くないわよ」


 久瀬は呆れた視線を柚月に返し、それから深山に移した。


「小薗の後輩?」

「はい、1-6の深山です」


 深山が台車を止めて軽く会釈する。


「ああ、あの1位のクラスか」

「寝ること以外興味なさそうな久瀬が気にしてるとは思わなかったわ」


 久瀬の珍しい返事に柚月が皮肉を返す。


「1位のクラスは賞金もらってたからいいなーと思った」


 久瀬の言葉を深山が補足する。


「賞金というかQuoカードです。一人1,000円とは言え俺らには助かりますよね」

「小遣い少し浮くしな」

「久瀬先輩バイトしてないんですか?」

「今はしてない」

「良ければうちに来ます? 未成年なんでさすがに店には出せないですけど仕込みの人手が今足りなくて」

「何屋?」

「“十六夜(いざよい)”って駅前の交差点の角にある居酒屋です」

「ああ、あそこか。考えとく」


 押し付けがましい風でなかったのが良かったのか、久瀬の反応は悪くないようだった。


「いいお返事待ってます」


 深山がニッコリ返した。その笑顔に久瀬も「おう」と軽く返す。

 先に生徒会室で準備をする、と台車を押して行く深山を柚月は見送った。

 友人に会ったから気を使ったのだろうか。接客慣れしている人間は気遣いができているなと、柚月は感心した。


「珍しく大人しかったな、小薗」


 久瀬は意外そうだという表情を柚月に向けた。


「あんたが人並みにコミュニケーション取れるの見て感動してた」


 久瀬と深山の会話の間黙っていた柚月が口を開いた。


「お前ってほんと歯に衣着せない良い性格だよな」

「あんたもね」


 そう言ってそれぞれ生徒会室と正面玄関へ向かった。


                   *


 ゴウン、ゴウン、ゴウン、ゴウン。

 生徒会室隣のコピー室の隅にある輪転機は十分使えるのだが少々年代物で音に難がある。狭いコピー室には輪転機が保健だよりを次々と印刷する音が騒がしく響いている。

 隣の生徒会は今日は活動がないらしく、コピー室の鍵を預かった。使用時間は決められたが、1時間もあれば刷り終わるだろう。

 印刷は勝手に機械がやってくれるのだが、ベテランの輪転機はちゃんと見ていないと紙がずれて印刷面がずれることがある。もちろんそれを最小限に抑える為に何部かずつに分けて輪転機にかける。それでも20枚に1枚はずれる。1度ずれるとそこからどんどん印刷がずれたり紙が折れてしまう。

 そのため最低一人は張り付いていなければいけないわけだ。もう一人は補助というよりも話し相手と言った方がいいかも知れない。


「久瀬先輩って結構普通に話してくれる人なんですね。怖そうな人だと思ってたんでちょっと意外でした」


 深山が小分けにした50部の束を輪転機脇の机の上に置く。それを柚月が綺麗にそろえて付箋で印をつけて箱に入れていく。


「いや、私もびっくりした。あいつにもコミュニケーション能力あったんだなって」

「小薗先輩ひど」

「事実よ」


 トントントントン。

 一度に50部全ては無理だと思い、半分に分けて揃えようとするがいっこうに揃わない。

 机の上には既に刷り終わった保健だよりの束が山になっていた。


「小薗先輩って変なところで不器用ですよね」


 柚月の持っていた紙を奪い取ると深山はそれを折り曲げる。

 折り曲げた紙はそのままに深山がぐっと手に力を入れて紙をまっすぐに戻すと紙一枚一枚に隙間が空いた。それをゆっくり机の上にトンと置くと紙がスルスルと動いて綺麗に揃った。


「深山それ何やったの!?」


 キラキラと目を輝かせて先程の紙束揃えをもう一度と催促する。


「簡単ですよ」


 柚月に1束渡し、自分ももう1束取ってレクチャーをする。ずっと繰り返して3束目にもなると一度で綺麗に揃った。


「すごいすごい!」

「店のビラ配りやることあるんでそれで慣れてるんです。風いれって言うらしいですよ」

「へー。深山に聞くとなんでも知ってそう」


 喜々として紙を揃える柚月を見ながら深山が口元に手を添えて苦笑する。


「なんでもってことはないですけど……一つ小薗先輩の秘密、当てましょうか」


 深山が口の端に広がりそうな笑みを隠しつつ告げた。


「先輩、大谷先生のこと好きでしょ?」


 不意を突かれて柚月が深山を見返した。


「何いってんの、深山。なんであんないい加減教師、好きになんか……」

「わかるんですよ、俺。先輩のこと好きなんで」


 それまで音を立てていた輪転機が止まった。


「うわ、紙詰まってる。小薗先輩そっち開けてもらえますか?」


 深山が輪転機の横を指し示す。

 柚月が言われるままに横の扉を開けると、深山が輪転機をぐるっと迂回して扉の奥を覗いた。


「好きな人のことは見ていればわかりますよ。先輩わかりやすいし」


 深山は輪転機の奥から数枚の紙を引き出し、扉を閉めた。そして正面に回ると紙をセットし直してスタートボタンを押す。再びゴウンゴウンという音がコピー室に響いた。


「いつもの冗談よね?」

「そんなことして俺になんの得があるんですか? 事実を言っただけです。小薗先輩の真似」


 とおどけてみせた。


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