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津嶋朋靖ショートショート集

後継者

作者: 津嶋朋靖

「人間はどんなに偉くなってもあの世に財産を持っていくはできない」

なんて話をお坊さんから聞いたとき、それじゃあ来世で財産を相続すればいいんじゃないかい?

ダライ・ラマみたいに。

などというアホな発想から書いてみました。

 


 その男は突然やってきた。

 何人も侵入できないはずの警戒厳重な部屋の中に……

 この部屋の主である総統閣下は、暗殺者かと警戒した。

 無理もない。

 総統閣下は、世界でもっとも命を狙われている人物であるからだ。

 なぜなら、彼は一年前に全世界を征服して、地球を統一国家にしたのである。当然、敵も多い。だが、勘違いしないでほしいのだが、彼は決して悪い人ではない。そもそも世界征服=悪と考えるのは早計である。

 彼が地球統一国家を作ってまずやった事は差別禁止。人種、性別、宗教などで人を差別する事を禁止したのだ。次にやったのは世界中の国軍を解散して、世界警察軍と世界災害救助隊に再編したこと。

 このおかげで人々は膨大な軍事費負担から解放されたわけだ。

 彼に敵は多いが、それ以上に味方も多かった。

 それでも暗殺の危険は常にある。

 だから普段、総統閣下は厳重な警備システムで守られた部屋に一人でいる事が多かった。だが、その警備システムをあざ笑うかのように、一人の男が部屋の中に入ってきたのだ。

 今にも男が銃を抜いて撃ってくる。

 というような光景が総統の脳裏に浮かんだ。

 だが、男はそのような物騒なことはせず、総統閣下の前に出ると恭しく跪いた。 

「無断で閣下の執務室に入ってきたことをお許しください。私は決して怪しい者ではありません」

「ここに入ってきただけで十分怪しいわ!! いったい何者だ?」

「私は人間ではありません」

「人間ではないだと? しかし、どうみても……」

 歳の頃は三十代半ば。身なりは普通のスーツ姿である。

 どうみても平凡なサラリーマンだ。

「閣下には、私がどのような姿に見えますか?」

「会社勤めのサラリーマンに見えるが……」

「なるほど。閣下には私がサラリーマンに見えますか。実は私には本来の姿というものがありません。見た人にとって、もっとも普通だと思える姿になるのです」

「なに?」

「それにしても、世界の頂点に立つ総統閣下の事ですから、『普通の人間』とは政治家とか軍人とか官僚とかになると思っていましたが、サラリーマンとは以外と庶民的ですな」

「ほっとけ。それでいったいおまえは誰なのだ?」

「はい。私は生と死を司る者。人間からは死神と呼ばれている者でございます」

「死神だと!?」

 総統閣下は青ざめた。

「なんて事だ。ようやく世界を統一して、これからだと言うのに」

「ああ、勘違いしないでください。迎えにきたわけではありません」

「ではなにをしにきた?」

「閣下の死期を伝えにきたのです」

「死期だと?」

「はい。本来は死神が人間に死期を教える事はありません。しかし、他者への影響力の大きい人間には、特例として早めに死期を教えることになっているのです」

「なぜだ?」

「例えばワクチンの研究者。その人が開発したワクチンによって億単位の人間が救われる予定だとしましょう。ところが研究者の死期が一年後に迫っています。研究者はそんな事も知らないで研究を怠けていたとします。このままワクチンが完成しないで彼が死んでしまったら、億単位の人間の寿命が変わってしまいます。そうなると死神は閻魔帳の書き換え作業に忙殺されて、通常業務である魂の送迎にも支障をきたします」

「なるほど」

「そのぐらいなら、研究者に死期を教えてワクチン開発を急いでもらった方がよいでしょう。だから、研究者のところへ我々が出向いて『先生。締め切りまで一年しかないんですよ。早くワクチンを完成させてください』と発破をかけにいくのです」

「ちょっと待て! なんだ? その『締め切り』というのは?」

「分かりやすい例えですよ。『締め切り』が気に入らないなら『納期』でもいいですが」

「いや、表現方法はどうでもいいが、今の話によると、私も何かを成し遂げないと億単位の寿命が変わってくるというのか?」

「当然でしょ。閣下は人類史上誰も成し遂げた事のない世界征服を成し遂げたのですよ。影響ないわけないでしょう」

 アレキサンダー大王に始まりナポレオン、ヒットラーに至るまで誰一人成し遂げる事の出来なかった偉業を成し遂げたのである。

 当然、その生き死には大勢の人間に影響するはずだ。

「ちなみに、閣下の場合は億単位などというレベルではありません」

「百億ぐらいか?」

「いえ、閣下が死ぬまでに、ある事を成し遂げていただかないと、人類が滅亡するのです」

「人類滅亡だと!? いやいくらなんでも……」

「大げさではありません。百年後に人類は滅びるのです。そんな事にでもなったら、死者の魂を霊界に導くことを生業としている我々死神は商売あがったりです」

「それって……商売なのか?」

「商売です」

「ま……まあ、それはいいとして……いったい百年後に何が起こるんだ?」

「宇宙人が攻めて来るのです。しかし、今の時点で、閣下が地球防衛軍を創設していれば撃退できるはずです」

「気の長い話だな。そんな先の話なら、私の後継者にでも……」

「ダメです。今から準備しなければ間に合いません。今、閣下が地球防衛軍の礎を作っておかないと、百年後に地球は宇宙人に蹂躙され人類は滅ぼされてしまうのです」

「滅ぼされるのか? せめて奴隷化で勘弁してもらえないのか?」

「それで許されるぐらいなら苦労しません。奴隷でも生きていれば我々の仕事はなくならないのですが、奴らが来たら確実に我々は失業することになるのです」

「いや……お前、人類滅亡より、自分の失業を心配してないか?」

「何か問題でも?」

「それって、人としてどっか間違っていないかと……」

「それは仕方ありません。私は人間ではなく死神なのだから」

「そうだった。それで私は後何年生きてられるんだ?」

「二十二年と三か月、誤差プラスマイナス三年です」

「なんだ? そのプラスマイナスというのは?」

「死期はきっちり決まっているわけではありません。状況に応じて増減できるのです」

「とにかく、私の寿命は三年延長できるのだな。それでも二十五年で地球防衛軍などできるかな? まだ月面基地すら建設中だというのに……」

「なんとしても作っていただきます」

 その日以来、総統閣下は地球防衛軍創設のため骨身を削って働いた。しかし、ことはそう簡単に運ばなかったのである。 

 せっかく軍事費負担から解放されたのに、また負担させられることに対する市民の不満もさることながら、地球防衛軍の必要性を人々に納得させるのが大変だった。

 まさか、死神に教えられたと言うわけにもいかないし、どうやってみんなに説明するか、総統閣下は大いに頭を悩ませた。

 そして、二十二年が過ぎ、総統閣下はすっかり疲れ果てていた。

「なあ、死神よ」

 この時の総統閣下には、かつて世界を征服した時の覇気は微塵にも残っていなかった。 

そこにあるのは疲れ切った老人の姿である。

「もう私をあの世に連れていってくれないか」

 死神は首を横にふる。

「だめです。閣下の仕事はまだ終わっていません」

「ここまでやれば十分だろ。後は私の後継者にでも……」

「残念ながらそれは無理です」

「なぜだ?」

「閣下がお亡くなりになると、後継者を巡って争いになります。そして、世界は大小の国々に分裂して、戦国時代のようになるのです。そんなところへ宇宙人に攻め込まれたら、一たまりもありません」

「ようは後継者を指名すればいいのだろ」

「誰を指名しても、同じ結果に終わります」

「私の息子や娘じゃダメか?」

「まだ歳が若すぎます」

「なんとかならんか?」

「地球をまとめる事ができるのは閣下だけなのですよ。あなた様以外の誰が総統になっても、世界中の人は納得しません」

 そう言って死神は一枚の書類を差し出す。

「さあ、この寿命延長申請書にサインをしてください。これで閣下の寿命は三年延びます」

「いやだ。もう、死なせてくれ。疲れたんだよ」

「このままでは人類が滅びてしまいますよ」

「それがどうした。私が死んだ後で人類がどうなろうと知った事か」

「いいんですか? このままだと閣下はゴキブリに生まれ変わりますよ」 

「ゴギブリだと!?」

「あるいは蠅かも」

「それはヒドい!! あんまりだ!! せめて犬か猫にでも……」

「勘違いしないでください。これは罰ではありません。人類が滅亡すると同時に高等な哺乳類や鳥類、爬虫類、両生類、魚類などもほとんど滅びます。そうなると転生先はゴキブリや蠅の可能性が……」

「せめて、蝶かトンボじゃだめか?」

「難しいですね。かなり、生命力の強い奴しか残りません。蝶とトンボも多少は残りますが、転生先としても人気が高いので競争が激しいんですよ」

「どうにかならんか?」

「後、三年がんばって人類を救ってください」

「無理だ!! 三年じゃ足りん!! 三十年はかかるぞ」

「では仕方ないですね。上司に相談して閣下に永遠の命を授ける事にしましょう」

「そんな事できるのか?」

「できますよ」

「その場合、私は若返るのか?」

「いいえ、老人のままです」

「じゃあ、せめて腰痛とか肩こりとかは……」

「改善されません。歳をとるほどひどくなります。百年後には激痛が続き、鎮痛剤も効かなくなりますね」

「なんだって?」

「ああ、でも死ぬことはありませんから、安心してください」

「死んだ方がましだ!」

「そう言われても、今閣下に死なれるわけにはいきませんので。それではちょっと霊界へ行ってきます」

「待て。ちょっと待ってくれ」

 総統閣下は慌てて死神を引きとめた。

「どうしました?」

「私が総統なら、世界中の人は納得するのだな?」

「そうです。他の人ではだめです」

「一人だけ、誰もが納得する後継者がいる」

「だから、そんな人は」

「いや……一人だけいるんだ」

 総統閣下は死神の耳元に囁いた。

「なるほど、その手がありましたか」

「そのために法律を改正しなきゃならんが、それが済んだら、あの世へ連れて行ってもらえるか?」

「いいでしょう」

 そして三年後、総統閣下は法律が施行されると同時にお亡くなりになった。

 その顔は安堵に満ちていた。

 忙しい仕事からやっと解放されたからであろう。

 そして六年後。

「なんです!! あなた達」

 農家の玄関先で、一人の女性が数名の黒服の男たちに囲まれていた。女性の背後では五歳になる息子が怯えている。

 黒服の一人が進み出た。

「奥さん。私の顔をテレビなどで見た事はありませんか? 私は現在地球連邦を治めている総統代行です」

「そんな偉い方が家みたいな農家に何の用です?」

「我々は手荒な事をする気はありません。お子様に用があるのです」

 女性は息子をぎゅっと抱きしめる。

「うちの坊やが何をしたと言うのです?」

 総統代行は子供の顔を覗き込む。

「閣下。お迎えに来ました」

 それを聞いて少年の顔から怯えが消えた。

「ああ、そうだったね。思い出したよ」

 通常、前世の記憶というものは五~六歳ごろまで微かに残留しているものである。

 しかし、この少年の場合は死神が細工したことにより、かなり鮮明な記憶が残っていたのであった。

「思い出しましたか? お亡くなりになる前に転生相続法を施行された事を」

「ああ。思い出した。という事は僕……いや、私の休暇は終わったのだな」

「さようでございます」

「私がいない間、どうだった?」

「大変でした。世界をまとめるのがこんな大変だったとは」

「苦労かけて済まなかった」

 少年は母親に向き直る。

「母さん。僕は六年前に死んだ世界総統の生まれ変わりなんだ」

「おまえ……いったい何を言って」

「転生相続法によって僕は総統の地位を継がなきゃならない。だから、これから総統府に行ってくる」

「行かないでおくれ!! お前は私の息子なんだよ」

 少年は母親の方を振り返る。

「母さん。今夜はカレーライスにしてね」

「え?」

「あの、閣下……」

「ん? なんだい? 総統代行」

「まさか、ここから総統府に通われるのですか?」

「そうだよ」

「しかし、セキュリティの問題が……」

「大丈夫だよ。死神は私の次の死期を教えてくれた。私は八十年後に宇宙人を撃退するまで死なないそうだ」

 少年は黒服たちの用意した車に乗り走り去って行った。


            了


ちなみに私は六歳ごろまで前世の記憶がありました。生まれる前に起きた事を何度も夢で見ていたのです。

今では夢の内容は忘れてしまいましたが、最後に海に落ちて死ぬとこだけ覚えています。

もっとも、六歳ごろは前世とか転生とか知らなかったのですが、後になって輪廻転生というものがあることを知って子供の頃に何度も見た夢が前世夢というものだったのではと……


ああ!! そこの人!!

信じてませんね。変な奴が来たと思ってますね。

まあ、変な奴だという事は否定しませんが……



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