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ここはどこだっけ…。
暗い湖の淵
いくら歩き廻ってもどこにも行けない。
深い森の中 日の光も月の明かりも届かない。
纏わりつく重たい湿った空気。
暗闇は何処までも続いて
そこから抜け出せられない。
もう何にも考えられなくなって来た。
わずかに自我が残っているのか
明かりを探し続けて歩き廻り続けている。
わずかな光が差し込む
その光へと
必死で手を伸ばしても
首の周りに絡みついた細く白い手が
暗闇へ連れ戻す。
もう 何も考えられない。
大切なあの人の事も
何もかも忘れかけた時
薄っすらと遠くに光が見えた。
でも僕はもう手を伸ばす事も
諦めてしまっていた。
ぼんやり眺めていると
小さかった光がどんどん大きくなって来た。
あの白い手が
首の周りに絡みつく
まるで 光を怯え しがみつく様に
どんどん光が大きくなっていく。
長いトンネルを抜けだす様に
光が近くてくる。
光に包まれて
気がついたら知らない公園の前に立っていた。
明るい光の真ん中に立っている女の子
目が合うと
「こんにちは、今日は暑いですね。」
丁寧に会釈をしてくれた。
僕の首に絡みつく細い白い手は
女の子には見えないのか?
「あっ」
無意識だった。白い手の力に
抵抗する様に
前のめりに会釈する。
「あれ?…ゴミがついてますよ?」
女の子が細い白い手を引き払った。
その瞬間
軽いめまいと共に自分が誰か思い出した。
しかし、なぜここに居たのかは思い出せない。
振り返ると白い手が女の子を捕まえ様と
その触手を伸ばしている。
女の子に伝えなければ
あれに捕まると暗闇に連れて行かれる。
僕を助けてくれた女の子を暗闇の中に引っ張ろうとしている。
伝えなければ
あれに捕まらないで‼︎
捕まると
暗闇に連れて行かれる‼︎
僕は女の子に必死に伝えようとした。
でも、その子は怯えたように僕を見て
そのまま駆け出してしまった。
白い手が女の子の肩を捉え様とした時
突然 強い風が吹いた。
白い手がかすかに震えて弾けた様に視えた。
「ふぅ~まぁ こんなとこやろなぁ(−_−;)」
ふと隣りに声がして振り向くと
黒い袈裟を着た羽根の生えた男が立っていた。
「あっ…あの、今、白い手が…あれは消えたんですか?」
「おっ? 意外やな あんさん ワシの事視えるんか?
「はぁ。」
「さっきのあれな
あれは、まだ消えてへんけど
あんさんはもう大丈夫やで
あいつに とらわれた魂はほとんどは解放しといたけど
あんさん天に行かんのか?もう ここ長かったんちゃうかいな。」
「えっ?はぁ…どうしてあの場所に囚われていたのか
これからどうしたらいいのか
お恥ずかしい限りなのですが全くわからないんです。」
「そうなんか? 難儀なやっちゃな(笑)
まぁそういうんならワシが教えたるゎ。
あんさんはもう、生きてへん。魂魄の状態や
生きてた時からかなんか 死んだ時からなんか
あの白い魔物に引っ張られてあいつが作った世界に囚われとったんよ。
…っにしても
さっきのあの娘が あんさんを 強制的にあいつから引き剥がしてん。
あいつもきちんと浄化しとかんといかんのに。
連れて行ってもうた 予定外じゃ。」
「あっ…あの白い手は消えて無くなった訳じゃ無いんですね?」
「あぁ あれは力を根こそぎ叩いて弱めとるだけや
潰すのは簡単なんやけどな。
面倒くさい事情が有って 今は消せれん。
でも、お前さんには手を出させんから安心しとき‼︎
娘の方も 予定外 ほんま手が焼けるけど、しゃーない。」
「あっ…すいません。お礼が遅くなってしいまった( ºΔº ;)
助けてくださってありがとうございます‼︎
それで、失礼とは思いますが
あっ…あの貴方は人ではないんですね?」
「ワシか?ワシは通りすがりの鴉や
すぐそこの神社にミサキとしておるんやけどな
さっきのあの 間抜けな娘が
魔物付けて帰ってもーたし
しばらくお守りせんといかんやろ
ワシ付き合ってあの娘の側におらんといかんしな。」
「そうなんですか?あの女の子大丈夫なんですか?」
「はははっ たぶん大丈夫や あの娘はああ見えて強いもん持っとるからな。」
「はぁ」
「見てみぃ ほれ あの娘 明るい光 持っとるやろ
あんだけ明るかったらおそらくほっとっても
いろんなもんが寄ってきて忙しくなる
まっ そんだけ力があるんやから
今回の始末も付けれる様にしたらんとな(笑)」
不敵に笑う端正な顔した鴉と共に
僕はぼんやり光る女の子の背中を見つめた。
白い霧がまとわりつくのが気になる。
「あの魔物の本体は公園の前の道の角おるねん。
軽く封印したけど 切れ端が残ってまだくすぶっとる。
あんさんもあの娘も気を抜いたら また連れていかれるかもしれん。」
「僕はあの娘さんが気になります。
あの白いのが暗闇にあの娘さんを引っ張って行くんじゃないかって…。」
「なんや あんさん あの娘 気になるんか?」
「はい。」
「あの娘に憑いて残りたい?」
「は…はい。」
あんさん、ワシがこのまま上に誘導してもええねんで。
あの魔物はワシが何とか出来るレベルやし、気にせんでもええねんけど…。」
「あっ!! すっ…すいません(゜Д゜;)
わがまま言ってしまって
もしかして僕 足手まといですか?」
僕をあの深い暗闇から解放してくれた。
暗闇に引き込むあの白い手から解放してくれたのは
九郎丸さんだけの力ではなく、
僕の首から強引に引き剥がしてくれた
あの女の子のおかげでもある。
あの白い手は、はじけて消し飛んだように視えたけど
かすかに霧状に残って見えない糸みたいになって
女の子絡みついている。
僕を助けてくれた…命の恩人。
正確に言うと魂の恩人か…?
自分では いまいち覚えていない
いつ自分が死んだのか、それすら覚えてない。
死んだ原因はやはり白い手なのか…。
どこかで誰かが僕を呼んでいる気がするけど…。
どこへどうやって行けばいいのかわからないし
導いてくれる道が
僕に見えないのは、
僕の魂になにか
心残りがあるのかもしれない。
でも、今は なんとなく残って魂の恩人のあの女の子に
恩返しがしたかった。
あの子が白い手から解放してくれたのに。
お礼も言わずに行くのは気がひける。
なにか あの子を守るお手伝いがしたい衝動にかられた。
でも それが足手まといになるんじゃ意味が無い気がする。
「あの…。やっぱり僕 上に行きます。」
九郎丸さんはしばらく考えてから僕の顔をみて
「んにゃ、まぁ 居ってくれたら反対に助かるかな。
それに、あんさんがあの娘のために
残りたいと思うのなら、残っといたほうがええ。
魂に少なからず縁があるんやろし
もしかしたら…。」
ぽそっとつぶやく
「そうや、ワシがこの守りの玉をあんさんに渡しとくから
この玉あったら あれも弱まる。
あんさんもあの娘も連れて行かれへんはずや。」
そう言って九郎丸さんは僕に青白く光る宝玉を渡してくれた。
手渡された宝玉は綺麗な光をはなっていた。
九郎丸さんはここ等辺りを守っている神社の
オミサキの鴉天狗様なのだとか。
「ほんなら あんさん、ちょい
あの娘のとこに憑いて待っといて~。
ワシはちょっと後片付けせんとあかん。
しばらく ここ 居らん様になる。
そうそう あの娘の後ろさんには
ワシから伝えとくから 仲ようやってな ほな しっかり気張りや。」
そう言って 九郎丸さんは
漆黒の羽を広げ空へ飛んで行ってしまった。
それから一週間。
僕は白い手から守るべく
僕を助けてくれた女の子
武藤 明日香の側に寄り添うことになった。