表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海の防人達  作者: 月夜野出雲
第7章 艦艇公開
31/35

艦艇公開・その3

フィクションですよー!

○護衛艦”いずも” 居住区 休憩室


「どうぞ、お口に合うか分かりませんが。それからガムシロップとミルクはお好みでどうぞ。」


 席に着く白瀬の前にアイスコーヒーが差し出され、テーブルの中央にガムシロップとポーション入りミルクの入ったプラスチックケースが置かれる。


「ありがとう!こう暑いと、冷たい物は助かるねぇ!と、いつの間にか来た鞍馬君も思わないかねぇ?」


 ミルクとガムシロップを手にとりながら左を見やる白瀬。


「いつの間にかで悪かったな、白瀬。それよりお前珍しいな?あれ以来、青の作業服姿しか見たことないから3種(夏服)なんて新鮮だよ。あぁ、ありがとう、出雲。」


 出雲からアイスコーヒーを受け取ると、一口つける。


「ん?腕を上げたな?美味いじゃないか。」


「お褒めのお言葉、ありがとうございます。流石に接遇などで、頻繁にコーヒーを入れていますから鍛えられています。」


 そう言いながら、休憩室の出入り口に向かい扉を開ける。


「出雲っちー!遊びに来ちゃったよ!」


(わたくし)も、ご一緒させていただきましたの。あら?鞍馬幕長と白瀬さんまで、いらしておいででしたの?奇遇ですわね?」


 大波と橋立は揃って休憩室に入ってくると、大波は鞍馬の正面に、橋立は大波の右手側に座る。

 出雲は増えた来客に戸惑うことなく、アイスコーヒーを入れてそれぞれ渡していく。


「あれ?大波?有明は1300に出航って聞いてるが、秋月と高波と遠州はどうしたんだ?」


 鞍馬は正面の大波に、3人の動向を確認している。


「ん?高波っちが秋月っち誘って遠州っちのとこ遊びに行ってるよ?多分曳船っち達も一緒じゃないかな?」


 大波はそう言いながら、ミルクを一つ入れて、ガムシロップを3つ手にとり、1つを開けて入れる。


「そう言えば、YT(曳船)の95さん、満艦飾でおめかししておりましたわ。ご本人も恥ずかしそうにしておられましたが、3種夏服を着ておられましたわね?」


 橋立は中腰になるとミルクをプラスチックケースから、ガムシロップを大波のところからそれぞれ1つ持って座り直す。


「ちょっ!橋立っち!ケースからミルク取ったんなら、ガムシロもそっちから取ってってよ!もぉー!」


 大波は橋立に文句を言いながら、ガムシロップを1つ確保し直しすぐに自分のグラスに入れる。


「大波、お前、ガムシロ入れすぎだぞ?橋立もおまえの体を心配したからだぞ?なぁ、橋立?」


 鞍馬は呆れたような顔を大波に向けたまま、橋立に半分同意を求めるような問い掛けをする。

 しかし、橋立からは思いもよらない答えが返ってくる。


「いいえ違いますわよ、幕長?たまたま近くにガムシロップが置かれていたので、大波1佐が(わたくし)のために取っていただけたのかと思いましたの。申し訳ありませんでしたわね、大波1佐?」


 と、口では謝罪しているが、表情は悪びれていない様子が伺える。

 大波は、その様子にカチンと来たのか、「なんだって!」と立ち上がりかけるが、出雲に制される。

 鞍馬は右手で顔を覆い、首を左右に軽く数回振る。

 白瀬は、面白そうだという表情でコーヒーを飲みながら、「鞍馬君も大変だねぇ?」と声をかける。

 鞍馬はそのままの姿勢で「だったら代わってくれ」と白瀬につぶやく。


 「ちょっ!出雲っち離せ!橋立っちはいつもこうなんだ!絶対申し訳ないって思ってない!」


「分かりましたから、落ち着きませんか?大波1佐。そんなに暴れるとコーヒーこぼれますよ?」


「あら?納得いかないのでしたらば、銃剣道でしたらお受けいたしますわよ?」


「あー!!あたしが弱いの知ってて言ってる!ムッキー!腹立つ!!」


「違いますわよ、大波1佐?1佐が弱いのを知っているのではなく、(わたくし)が強いのを知っているのですのよ?訂正していただけるでしょうか?」


 一瞬不敵な笑みをこぼすと、すました顔でコーヒーを飲む橋立。


「あっ!あっ!!何それ!!くっそー!絶対ギャフンて言わせてやるんだからー!」


 橋立は何か思いついたような顔をすると、にこやかな笑顔を大波の方に向ける。


「ギャフン・・・で、よろしいのですの?」


「なっ!なー!!」


「橋立さん、あまり煽らないで下さい。これでも大波1佐抑えるのしんどいんですよ?」


 出雲は、何度か立ち上がりかける大波を、どうどうと、犬を抑え込むように後ろから抱きついている。

 白瀬はのんびりその光景を眺めながらコーヒーを少し飲み、出雲と大波のスコードロンに注目をする。


(ヤマタノオロチがトラを抑え込むとはねぇ。それを鞍馬君のチェスのナイトである馬が眺めているとは、面白いねぇ。おっと、こう思っている自分はエンペラーペンギンだったねぇ?食われたら大変だねぇ!)


 想像して笑いをこらえている白瀬に気づき、鞍馬は声をかける。


「どうした、白瀬?なんでそんなにツボにはまってるんだ?」


「い、いや、ちょっと想像していただけだから、大したことじゃないんだよねぇ。でも、思い出したら面白くてねぇ。」


「白瀬はいつも良く分からんなぁ?そうだ、お前の出航が先らしいぞ?私のところに自衛官の幕長と佐世保行きの調査チームが乗り込んでくるらしい。」


 その場の全員が黙り、鞍馬に注目する。


「どういう事だねぇ?自衛官の幕長が調査で動くなんて、聞いたことないねぇ?そんなに鞍馬君のところは事態が大きくなってしまったのかい?」


「違うな。どうせ対外的なパフォーマンスと、佐世保の調査チームを押し付けて、自分はコーヒーでも飲んで帰るつもりだろう。私は、このまま佐世保に帰るからな。あいつは昔からそういう感じなんだ。普通、自分で自分を狸だって言い切るか?」


 一旦止めた鞍馬は、コーヒーを少し飲むと続ける。


「それから、自衛官達には極秘にしてほしいが、調査チームはフェイクだと言っておく。実質は私達艦魂側と海幕とのパイプだ。これは陸空と統幕にも隠す事は、我々との合意事項だ。」


「鞍馬幕長?どうしてそのような事になってしまったのですの?」


 橋立は不安げな表情で鞍馬を見つめる。


「”するが”の件、忘れたとは言わせないぞ?答えはそれが全てだ。」


 休憩室の全員が沈黙に支配され、和気あいあいとした雰囲気が一蹴されてしまった。

 飄々としていた白瀬も、流石に返す言葉も出て来ないようだ。

 鞍馬はグラスを手にとると少なくなったコーヒーを飲みきり、勢いよく大きな音を立てて置く。


「みんな、折角のお祭り気分をぶち壊してすまなかった。私は一旦自分の所に戻って、明日の幕長来訪の打ち合わせをしてくる。用事がある者は予め無線で呼びかけてくれ。」


 鞍馬は立ち上がると休憩室から姿を消す。

 重苦しい雰囲気に耐えかねたのか、大波と橋立も自分の所に戻ると言って姿を消す。


「白瀬さんも戻られますか?それとも、もう一杯飲まれますか?」


 空になったグラスと、ポーションをトレイに載せながら問いかける出雲。

 聞いているのか、聞いていないのか、白瀬は空になったグラスを覗き込みながら、底に溶け残った氷をくるくる回している。


「どうしようかねぇ・・・」


(全く、鞍馬君もストレート過ぎるねぇ?何もあそこで駿河君の事を持ち出さなくても伝わるのに・・・)


 底をのぞき込んだまま、思考の海に漕ぎ出そうとする白瀬の耳に、出雲の声が聞こえてくる


「白瀬さん、あの・・・グラスを・・・」


「あぁ!ごめんねぇ、出雲君!僕の悪癖がまた出てしまったねぇ?申し訳ないよ。コーヒー、御馳走様。」


 白瀬はグラスをトレイに置くと、テーブルのポーションも拾って置く。


「おかわり、よろしいのですか?」


「お昼も近いからねぇ。それと関係無いけど、実を言うと僕はまだ艦長や他のクルーに、ご挨拶していなくてねぇ。公開が終わったら、僕も挨拶するよ。それまで暇だし、出雲君さえよければ、話でもしてようじゃないかねぇ?」


 白瀬の言葉にハッと何かを思い出す出雲。


「今、思い出しました。甲板の見学者に見られた事、幕長に言いそびれてしまいました。明日の夕方以降に報告するしかなさそうです。私らしくないですね・・・」


 これは出雲達の与り知らぬ事だが、この時見られはしていたが、偶然にもビデオやカメラは、すぐ側の防火服を着ていた隊員に集中しており、映像記録には一切残っていない事を付け加えておく。


○横須賀地方総監部 逸見桟橋他 1550i


 1545から少しずつ始まっていた会場の撤収作業も、『蛍の光』が流れ始めると本格的に加速する。

 模型や配布していた資料も、側面が無地や『JMSDF』と印刷された折りコンに次々に収納されていく。


「氷、結局全部溶けちゃいましたね?」


 “しらせ”のスコドロをかぶった女性2曹が同じスコドロの女性准尉と、横監のスコドロをかぶった1曹に話し掛ける。


「それだけ、来てくれた人が多かったってことよ!良い事じゃない!ですよね、准尉?」


「そうね、あれだけ来てくれた内の何人が同じ職場になってくれるか分かんないけど、そう考えると楽しみじゃない?」


 片付けを進めながら話をしていると、緑迷彩の戦闘服3型で、同色のヘルメットを着用した人物が話しかけてくる。


「お疲れさまです!我々は1555で撤収しますので、そのご挨拶に伺いました!」


 陸上自衛隊武山駐屯地の隊員のようである。挨拶に来ただけのようだが、幾分か背筋の伸びや、陸空式敬礼の指先の伸びがよく見えるのは・・・気のせいである、多分。


「わざわざ、ありがとうございます。気をつけてお戻り下さい。」


 WAVEの3人は海自式の敬礼をすると、准尉が代表して言葉をかける。


「失礼します!」


 と言った陸自隊員、隣のブースには挨拶をすませていたようで、切れの良い回れ右をすると、背後まで移動してきていた高機動車の助手席側に回り込みそのまま乗り込む。

 その際にも、若干演技かかっていたように見えたのは、これも気のせいである、多分?

 そんな中“いずも”艦内に目を向けてみると、食堂の方では黒川を案内した2曹も含めて、間もなく迎える夕食の時間のために、調理に専念している。

 医務室では野原が陣頭指揮を執り、使用した機材などを戻したり、消耗品の補充や発注伝票の作成したりと、佐伯や黒川達も忙しなく動いている。


「ほら~黒川?もう少しで、楽しい夕飯の時間よ?へばるなら、もうちょっと後にしなさいね?」


 動きが鈍った黒川に、野原が声をかける。


「はい、すみません!」


 慣れない艦内の設備に四苦八苦しながらも、病院で学んだ知識を応用して、なんとかこなしていく黒川。


「それにしても野原衛生士、今日は想定以上に多かったですね、熱中症の人。」


 対して佐伯は、自分の仕事はほぼ終わらせて、黒川と2曹の男性衛生員を手伝っている。


「黒川に動いてもらった午前の6人同時発症も焦ったけど、佐伯が運んできた午後の熱中症患者さんにも驚いたわよ!話聞いたら、甲板からありあけの出航とくらま撮ったりするのに夢中だった上に、朝5時の朝食から飲まず食わずだったんですって。」


 野原が定位置でパソコン作業しながらも、佐伯と話をしていると、薬品をチェックしていた2曹が、なぜか嬉しそうに割り込んでくる。


「聞きましたよ!僕も分かります!あの患者さんの気持ちが!僕も同人イベント行くとつい夢中に・・・」


 佐伯の方に向きながら、心底楽しそうな顔を向ける2曹。

 所が野原はその声に、椅子を半回転させ、ひきつった笑顔を2曹に向ける。


「三田君、手が止まって・・・いえ、止めたままで良いわ。楽しそうなそのイベント、来週だったかしら?休暇申請してたわよね?取り消して当直入れといてあげましょうか?」


 よく見ると野原は、眉間にしわを寄せ、青筋をたてているように見える。恐らく、1度や2度のやり取りではないようだ。


「い、いえ、手を動かすので、申請取り消しだけは!」


「だったら、ゴチャゴチャ言わずにさっさとやる!回れ右ぃ!!」


 野原も椅子を回すと作業の続きを始める。中断させられたイライラからなのか、キーボードを強めに叩き始める。


「はいぃ!」


 三田も慌てて薬品棚に向くと、チェックの続きを始める。


「黒川、黒川。気にすんな。夏と冬の恒例行事だ。」


 2人のやり取りに呆気にとられていると佐伯が小声で話しかけてくる。


「知らなかったです。三田2曹って、そういうの興味無さそうなイメージだったのに、逆だったなんて・・・」


 三田の背中を見つめる佐伯と黒川。

 佐伯は一瞬武者震いのように震え、先程よりもさらに小さい声で、黒川に話し掛ける。


「下手にアニメの話、特に戦車系とか魔法系の話してみろ?休憩時間つぶされたあげくに、野原衛生士に切れられるからな?気をつけろ?俺も知らなかった時、被害にあったから・・・怖かったぞ?あの時の野原衛生士。」


 黒川はそれを聞き、昨日の野原とのやり取りで佐伯がすぐに入ってこなかった理由を察する。


「そう言えば佐伯1曹?関係無い話になってすいませんが、出雲1佐と白瀬・・・さん?白瀬1尉?の姿を途中で見ていませんが、どうされたかご存知ですか?」


 黒川は出雲と白瀬の所在を、やや不安そうな顔で佐伯に問い合わせる。

 佐伯は、そう言えば、と記憶を手繰り寄せるように、腕組みし目をつぶる。


「出雲1佐はお昼頃、食堂で艦長達と一緒なのをちらっと見たが、白瀬1尉は分からないなぁ。あれから戻ったんじゃないか?何か用事でも?」


 目を開けて腕組みを解くと、両腕を下ろす。


「そうですか。私、ちょっと気になってた事があったんですが・・・ちょっと良いですか?」


 言いながら野原の方に近付く。佐伯は冷や汗を大量にかくのを感じながら恐る恐る近付く。


「野原衛生士?ちょっとよろしいでしょうか?」


 小声で話し掛けた黒川に対して、きつい目線を送る野原。


「何!・・・て、黒川か。ごめんごめん。終わったの?」


 野原の出だしの大声で、一瞬体を震わせた佐伯と三田。

 佐伯は先ほどよりも恐る恐る近づき、三田は慌てて次の段のチェックに入る。


「はい、その報告もあるんですが、ちょっと夕食後から2030まで、外出許可をいただけないでしょうか?」


「ん?急用?何かあったの?」


「はい、実は佐伯1曹にも相談しようとしてたんですが・・・」


 途中から野原の耳元でしゃべる黒川の声は、野原と佐伯の耳にしか届かないほどである。

 聞き終わった野原と佐伯はお互いを見ると肯く。


「分かったわ、それはお任せするわ。それから、出雲1佐の分もお願い。1セットは買わないと、失礼だしね?補給長の許可は、食事が終わるまでには取り付けておくから、黒川と佐伯もすぐ食べて、ここに戻ってきて。」


 佐伯と黒川を交互に見て、机の中を漁り出す。何か書類を探しているようだ。


「分かりました!ありがとうございます!」


「お、俺もですか!?」


 突然野原に指名され、焦りの表情を浮かべる佐伯。


「どうせ暇でしょ?黒川に付き合ってやってよ?こっちは2100までは大丈夫だから、それまでには戻って。出雲1佐は、私と三田で探して話しておくから。」


「はい!よろしくお願いします!」


「はい、分かりました。黒川、もう飯は食える時間だから急ごう。」


 そのまま早歩きで医務室を後にして、食堂に向かう黒川と佐伯。

 しばらくして許可が下りたのか、門をくぐり、ヴェルニー公園の遊歩道を小走りする2人の姿が見える。


○護衛艦“いずも” 医務室 2023i


「野原君?出雲君に呼ばれたのはいいんだけど、何があるんだい?」


「私も伺いたいです。野原衛生士、説明をそろそろしていただけないでしょうか?私でも、白瀬さんのペンギン話が始まってしまうと、止めるのが難しいので。」


 野原に呼ばれてから20分ほどが経ち、青い作業服姿の白瀬が、ペンギンの話を振りそうになると、出雲が阻止するというやり取りを繰り返している。

 三田はどうしているかというと、当直のため早めに休憩に入っている。


「良いじゃないかねぇ?エンペラーペンギンは良いよ?雛も可愛いんだよねぇ!歩いてるところなんかもっと可愛いよ!野原君は生で見た事あるかねぇ?」


「えっと、水族館でなら、ありますが・・・アデリーペンギンですけど。」


 白瀬の問いかけに対し、うっかりまともに答えてしまった野原。

 出雲は憐れみの目を向け、白瀬はメガネを妖しく光らせ、野原はそれらに気付かないでいる。


「野原衛生士・・・それ、触雷です。覚悟して下さい。」


 野原に耳打ちすると、さり気なく視線を反らす出雲。

 『触雷』とは機雷に触れる事の意味で、陸自風に言えば、野原は地雷を踏んでしまったのである。


「アデリーペンギンかい!?可愛いよねぇ!白瀬1尉が大好きでねぇ!昭和基地の周りには、沢山いるんだよねぇ!南極条約があるからこっちからは・・・」


 ついに始まってしまった白瀬のペンギン談義の洗礼に、助けを求めるような視線を出雲に送る野原。しかし、出雲は一度目を合わせるが、悲しげな目をした後、首を左右に2回ほどふる。

 それから15分ほど白瀬のペンギン講座が続いたとき、やっと待ち人が戻ってくる。


「遅くなって申し訳ありませんでした!」


「私のせいで申し訳ありませんでした!って、野原衛生士?なんで涙目なんですか?」


 オレンジ色の袋と、同じ大きさの水色の袋を持つ佐伯に続いて、黒川が入ってくる。


「バカァ!2人共戻るの遅いよぉー!!」


 よっぽど白瀬の話から逃げたかったのか、ようやく念願の救助船の登場に、思わず本音をぶちまける野原。


「こちらの事情は、後で私からお話しますので、白瀬さんの用事の方を・・・」


 出雲の言葉に、持っていた袋を1つ、黒川に渡す佐伯。


「黒川が言い出したんだ。おまえから渡せ。」


「はい!あの、白瀬1尉、こちらをどうぞ!」


 オレンジ色の生地に、水色のリボンが付いた袋を白瀬に渡す。

 受け取った白瀬は、興味深げに袋を観察している


「柔らかい物だねぇ?布のような・・・えっ!?」


 リボンをほどき中を見た白瀬は、驚きのあまり絶句する。

 出雲はどうしたのかと覗き込もうとすると、黒川から水色の生地にピンクのリボンの付いた袋を渡される。


「出雲1佐にもこちらをどうぞ。あの、白瀬1尉よりも数が少ないのは、そちらを気に入っていただけたら、また買いに行けるからですので、その点をご了承下さい。」


 自分にも渡されるとは思っておらず、出雲はおずおずと受け取る。


「そ、そうなんですか?ありがとうございます。一体どんな物でしょうか?軽そうですが・・・!?こ、これ、あの!?」


 出雲も驚きで、白瀬と同じように絶句する。


「黒川君・・・もう少し時間があれば良かったんだけど、僕は明日の朝、出航してしまうんだ。残念ながら、すぐには・・・見せて上げられないねぇ?」


 満面の笑みを黒川に向けると、袋を両手で愛おしそうに抱きかかえる白瀬。


「えぇ、存じ上げています。でもまた戻ってこられてから、南極へ出発されるのでしょう?その時に見せていただけたら、私達はそれで十分です。ですよね?野原衛生士、佐伯1曹?」


 黒川の言葉に反応して、野原と佐伯は肯く。


「私も・・・もらって良かったのでしょうか?あ!いや!いらないとか、迷惑とかではないんです!ただ、いただいても、見せる機会が多分なさそうなので。でも、いつかはお見せできると・・・」


 出雲の言葉に、白瀬は目を細めて反論する。


「出雲君?機会は無いんじゃなくて、作る物なのだよ?それに、君の言う『いつか』っていつなのかねぇ?その『いつか』が1分後だったら、急がないとすぐに来てしまうよ?ほら?」


 野原の机に置かれているアナログ時計を指差し、白瀬は出雲に問いかける。

その言葉に対し、返答出来ず黙りこくる出雲。


「白瀬1尉、それぐらいにして差し上げて下さいませんか?出雲1佐も、御自身が適切と考えるタイミングで大丈夫ですし、そこまで重たく考えなくても大丈夫ですよ?」


 野原は、立ち上がると白瀬と出雲を交互に見ながら落ち着かせようとする。

 白瀬はじっと野原を見て、佐伯、黒川の順に顔を向けて、頭を深々と下げる。


「野原君、佐伯君、それに・・・黒川君。本当に・・・本当に、こんな素敵なプレゼント、ありがとう!!・・・明朝、僕は出航してしまう。艦長との話で、僕も入出港時に甲板へ出る時は、制服を着なくちゃいけない。だから、その時は見せてあげられないけど、戻ってきたらすぐ見せる事を約束するよ!」


 白瀬は改めて深々と頭を下げる。


 翌朝、Y1バースでは”しらせ”の出航準備のため忙しなく、自衛官が動き回っている。

 普段だと、桟橋で挨拶をしている艦魂達の姿も、自衛官達に見られるようになったためか、1人も見えない。

 代わりに白瀬が普段使っている、観測隊員用の部屋に鞍馬、高波、大波、出雲、橋立、遠州が集まっている。

 曳船達は港湾作業のため、都合がつかず不参加となってしまった。

 それぞれが、挨拶の言葉をかけ、3種夏服姿の白瀬も、笑いながらそれに答える。

 そしていよいよ時間となり、挨拶しながら部屋から姿を消していく。


「鞍馬君、良いかねぇ?」


「どうした?」


 最後に残った鞍馬と部屋の主である白瀬は、互いに不動の姿勢で向き合う。


「これが、僕と鞍馬海上幕僚長との最後の別れになるかも知れないねぇ?」


「だろうな。お前の軽口も直接聞けなくなると思えば、さみしいな。・・・それから!今までも言ってきたが、最後までお前が階級章つけた所を見られないのは残念だ!いい加減つけろ!もう自衛官達に見られるんだ、自覚しろ!!」


 こうに言っている鞍馬の口調はきついのだが、視線はと言うと少し柔らかさが見て取れる。

 白瀬はそんな鞍馬をじっと見つめて何を思ったのか、ふっと笑うと、突然体勢を崩す。

 鞍馬は突然の事に慌てて駆け寄り、体を支えようとするが、正座をするように座り込んでしまった白瀬に、心配そうな視線を送る。


「お、おい白瀬!大丈夫か!?」


「はい・・・大丈夫・・・です。()()()、鞍馬海上幕僚長。お久しぶりですね?」


 メガネを外し左手に持ったまま、ゆっくり立ち上がって挙手敬礼をする白瀬に、慌てて立ち上がり答礼する鞍馬。

 鞍馬が一拍おいて答礼を終えると、白瀬も手を下ろす。


「元気そうだな、白瀬()()。」


 落ち着きを取り戻した鞍馬が白瀬に声をかける中、ポケットから黒と金色っぽい”何か”を取り出して肩に着ける白瀬。


「し、白瀬1尉、良いのか?」


 焦ったような顔をする鞍馬に、返事とばかりに笑みを返す白瀬。


「きちんとしませんと、最後の最後まで怒られたままですからね。」


「だが、私がここから離れたら、また外すのだろう?」


 鞍馬は苦笑いしながら、白瀬の肩を見る。


「それでも・・・私にとっては勇気のいる、大きな一歩です。それを鞍馬海上幕僚長には見届けていただいて、安心してもらって、お別れしたいんです。」


 白瀬の両肩には、今まで頑なに着けることを拒んできた、『1等海尉の乙階級章』が着けられている。


「その様子では不安だが・・・心意気は買おう。無茶はするな?白瀬1尉。」


「はい、鞍馬海上幕僚長。」


 今度は同時に挙手敬礼する2人。そして同時に手を下ろすと、また体勢を崩す『砕氷艦の白瀬』だが、今度は膝に手をおいて、持ち直す。


「いやぁ・・・ははっ!・・・ギリギリだったねぇ!いくらリハビリしているとはいえ、ちょっと負担が大きかったみたいだよ。」


「白瀬も、大丈夫か?」


 鞍馬の問いかけに答えず、不動の姿勢をとる白瀬。


「何度も敬礼させて申し訳ないねぇ。これが・・・()()だから。」


 ゆっくりと、基本の動きを確認するかのように、挙手敬礼する『南極観測船の白瀬』。


「これが、お前との・・・本当に最後の・・・敬礼だな。白瀬、安航を祈る。」


 鞍馬はいつも通りに挙手敬礼する。

 一瞬笑みを浮かべた鞍馬は、手を下ろして姿を消す。

 白瀬は左手にメガネを持ったまま微動だにせず、挙手敬礼したままでいる。


 砕氷艦“しらせ”は、一般の港を経由してから呉基地に向かうべく、母港・横須賀を後にする。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ