防人の慟哭(どうこく) その4
そうこうしているうちに4月10日の午後になり、晴海埠頭へ入港し、荷物を降ろしていきます。
これでようやく、被災地へ向かう準備ができて、向かう事ができそうです。
ところが、14日に横須賀に戻って来て、準備が始められると思っていたのですが、出港命令が出ていないようです。
もしかしてすぐには、行けないんでしょうか?
翌15日になりましたが、出港命令が来なかったようです。
16日ですが、今日も出港命令・・・来なかったみたいです・・・。
17日、今日も・・・です・・・。
18日も、出港命令・・・出なかった・・・ようです。
何故・・・なんでしょうか・・・
早く・・・行きたいのに・・・
こんなに・・・行きたい気持ちが・・・あるのに・・・
もう行けないのかもしれないと落ち込んでいたところ、福島県に行っていた68ちゃん、74ちゃん、79ちゃん達が帰ってくると聞いたので、お出迎えに出たんです。
皆さんの無事な姿に私だけでなく、鳴潮2佐さんや八重潮2佐さん、66ちゃん達も安堵の表情になっています。
「皆さん、お疲れ様でした!」
と、鳴潮2佐さんが代表で挨拶をしていたんですが、帰って来た曳船さん達の様子が、少し変な気がします。
気のせいだと思いましたし、残っていた曳船さん達が集まって、「無事だったんだね!?」とか口々に言っていたので、私は少し離れてその様子を見ていたんです。
そしてこの夜、曳船さん達が主催で、『お帰りなさいの会』を橋立さんの所でする事になったんです。
私は橋立さんに合わせて、常装冬服で手伝いに行きます。
けれど1600頃に66ちゃんの所へ、74ちゃんが気分が悪いから参加出来ないって言ってきたそうで、68ちゃんと79ちゃんも、一人にしてほしいって言ってきたんだそうです。
橋立さんのそばにいたので、66ちゃん達の話を聞いていたんです。
私は橋立さんに提案して、2人で行くことにします。橋立さんは私に待っているように言ってくれたのですが、気になりますし心配です。
どうしてもダメなら、私一人でもと言うと、橋立さんも折れてくれて、一緒に行くことで落ち着きました。
私達はまず、1番近い79ちゃんの所に行ったのですが、「どうしてもしばらくは、誰とも会いたくないんです。ごめんなさい!」って、言われちゃいました。
74ちゃんの所にも寄りましたが、気分がよっぽど良くないのか、返答はありませんでした。
最後に68ちゃんの所に寄ったところ、「少しだけなら」と入れてくれました。
橋立さんは68ちゃんの正面に座ると、「皆さんに何があったのか、よければ教えていただけませんか?」と、少し控えめで心配したような声で聞いています。
「・・・私達が福島県の・・・小名浜に向かったのは・・・ご存知ですよね?」
小さな、力のこもっていないゆっくりした声で、私達に話かけてきます。いつもの68ちゃんなら、もっと元気で早口なんですが、全然違います。
私達は軽くうなずくと、それを見て、68ちゃんは視線を床に落とします。
その後語られたのは、曳船さん達が経験したことでした。
米軍の方から、給水用のバージ(艀)を借りて福島第一原子力発電所へ運ぶ作戦『オペレーション・アクア』に参加して、近くまで行くことになったんだそうです。
その時の自衛官さんたちは、普段見ないような格好をして乗り込んできたそうで、ビックリするしかなかったそうです。
放射線を少しでも皮膚に付着しないようにするためのつなぎ服に、身体の中に入らないようにする防毒マスク、放射線を測る線量計と言うのも着けていたそうです。
曳船さん達も途中で船体や窓にタングステンシートと言うものをつけたそうで、放射線を防ぐ事を目的として、自衛官さん達のいる船橋の辺りに、特に重点的に着けられたそうです。決定的に普段と違ったのは、陸上自衛隊の人が乗り組んでいたそうです。
そして現場まで近付いた時、見たことのない光景が広がっていたそうです。建物が壊れ、瓦礫の山が沢山あって、現実の事とは思えなかったと言っていました。更に海中には、障害物が浮かんでいたりして、それを避けながら進んでバージを接岸させたそうです。
そこまでゆっくり話をしてくれると、そこからは黙ってしまわれたんです。
「もう・・・良いでしょうか?これ以上・・・お話する事はありませんので・・・。」
しばらく沈黙が続いた後、絞り出すような声で、私達にそう告げたんですが、こんなに暗い雰囲気になる理由としては、弱い気がします。
「あの、他にも何かあったのでしょうか?」
68ちゃんは、俯いたままですが「他にも・・・とは?」と返事をしてくれます。
「いえ、あの、何となくですが、他にも何かあって・・・落ち込まれているのかと・・・。」
「私も、少し気になりましたの。もし、68さんのお気持ちが晴れるのであれば、私達にお聞かせいただけないでしょうか?もちろん、秘密に関わる様なところは、言っていただかなくても大丈夫ですわ?」
橋立さんも気になっていたようです。言っていただけるかはわかりませんが、少しでも気持ちが晴れるのなら協力させてもらいます。
「・・・白瀬1尉・・・橋立2尉。得体の知れない物に、もし、自衛官さん達が襲われていたら・・・どうすれば・・・よかったのでしょうか・・・?」
得体の知れない物ですか?それって・・・何の事でしょうか?
「68さん?あの・・・『得体の知れない物』と遭遇したのでしょうか?」
「はい・・・見た訳でも・・・感じた訳でも・・・ないんです。でも・・・『そこ』にいて、自衛官さん達に襲いかかっていた・・・と、思うんです。」
思う?『思う』って?想像が、出来ないです。何に襲われたって言うんでしょうか?
「見えなかったから・・・感じる事が・・・できなかったから・・・。わからなかったんです・・・。どこに危険があるか・・・どんな危険があるのか・・・わからなくて・・・教えることが・・・出来なくて・・・。自衛官さん達・・・見ていて・・・辛かったし・・・。本当は・・・言っちゃいけないのかも知れないけど、・・・自衛官さん達に縋って『逃げて!』って・・・でも・・・気付いてもらえなくて・・・。」
勝ち気で、いつも皆を楽しませてくれて、泣き言を言わなかった、あの68ちゃんが『逃げて』って・・・
「わからない事が・・・こんなに怖いなんて・・・思ったこともなかったです!護衛艦さん達は、『見える敵』と戦う訓練もしてますし、覚悟も・・・されていると思うんです!だけど・・・私は曳船ですよ!?最初はみんなの役に立てると思って行ったのに・・・。行った先で・・・放射線なんていう『見えない敵』と戦うことになるなんて・・・思いもしなかったんですよ!」
言葉が・・・出て来て・・・くれません・・・。
「教えて下さい・・・、白瀬1尉・・・橋立2尉・・・。どうすれば・・・私は・・・どうすれば良かったんですか!?」
私にも・・・わかりません・・・。
「答えて下さい・・・。」
68ちゃん、いつの間にか・・・泣いています。
「答えて下さい!お願いします!!」
私は橋立さんを見ますが、橋立さんも私を困った様な顔で見てきます。
「皆は口々に、『無事で良かったね』って!。でも、わからないんです!本当に、自衛官さん達が無事なのか・・・。目に見えない敵が、自衛官さん達に何かしたのかもって・・・。この怖さってご理解・・・できるんですか!?」
橋立さんも私も・・・答えを・・・持ち合わせていません。
「帰って下さい!・・・帰って!もう帰って!」
68ちゃんから、追い出される様に退船しました。
気がつくと、74ちゃんの所から、大声が聞こえます。
「いい加減にして!!見てもいないくせに、『良かったね』って!!ふざけないでよ!!どれだけ怖かったか知らないくせに!!」
「私達だって、凄く心配してたのに!何よ、その言い草は!!」
「74!落ち着いて!66も頭冷やして!」
橋立さんが走っていきます。私も走ろうとした途端、とてつもなく嫌な予感がします。何故か怖いと思ってしまっています。
でも、私も行かないと!
『駄目だよ!行ってはいけない!橋立君に任せるんだ!君は行ってはいけない!』
声の人!?何故、今なんですか!?それより橋立さんを手伝わなければ!
『お願いだ!僕の言うことを聞いて欲しい!君は行ってはいけない!68君の話を聞いていただろう?答えを持ち合わせていない君が、行ってはいけない!僕が今、君に話かけたのは、君の心が壊れかけているのが見えているからなんだ!頼む!言うことを聞いて欲しい!!』
でも、曳船の方々が喧嘩になりかけているんですよ!?放っておける訳がないです!!橋立さんが対処出来なかったらどうするんですか!!
『白瀬1尉!』
ごめんなさい声の人!無視をさせてもらいます!!
取り返しのつかないことになる前に、止めに入らないと!!
曳船のYT74に急いで乗り込むと、66ちゃんを67ちゃんが、74ちゃんを橋立さんが押さえているところでした。
「落ち着いて下さい、二人とも!何があったんですか!?」
とにかく、話を聞きながら二人を落ち着けないと!!
「うるさい!横須賀でのんびり過ごしてた白瀬1尉に、口出しされたくない!出てって!!」
「74さん!!言い過ぎですわ!!白瀬1尉に謝罪なさい!!」
のん・・・びり・・・!?
「わ、私は・・・命令を・・・まって・・・」
「命令なんて関係無い!!結局行って無いじゃないですか!!あの海に浮かんだ瓦礫とか、ご自分の目で見たんですか?!あれが私達に向かってくるかもって!動けなくなるかもって!どれだけ怖かったかご存知なんですか!?白瀬1尉も、橋立2尉も、66も、67も!!みんな・・・みんな無責任だよ!?」
無責任・・・私が・・・無責任?
「74さん、皆に謝罪なさい!!白瀬1尉は南極から帰ってきたばかり、66さんも67さんも港湾作業があったのですから、行けないじゃありませんか!!」
「私ばっかり悪者ですか?!もう出てってよ!!出てってば!!出ていけ!!!みんな、みんな、ここから出ていけ!!!」
「お、お願いします、お、落ち着きましょう?」
とにかく、74さんを落ち着けて、それから・・・
「白瀬1尉は尉官なんでしょ!?なんで、横須賀で遊んでるの!?なんで私が、あんな怖いところに行かなきゃいけなかったの?!教えてよ!?自衛官さん達に何かあったらって、毎日毎日、おびえてたんだよ!?白瀬1尉なんて・・・」
「74さん!!」
「役立たず!!」
役・・・立たず・・・?
私が・・・役立たず・・・
そう・・・見られて・・・いたなんて・・・
『駄目だよ!流されてはいけない!錨を降ろして、その場に留まりたまえ!白瀬1尉!僕の声が聞こえるかい!?しっかりしたまえ!』
声・・・の人・・・私・・・役に・・・
『まずい!白瀬1尉!緊急事態だ!繰艦を変わりたまえ、早く!!』
もう・・・がんばれ・・・ません・・・
もう・・・どうでも・・・いいです・・・
もう・・・
もう・・・
「もう、いや!!」
頭を抱え、その場に座り込む白瀬。
「私は役立たずなの!?行きたかったのに!!お手伝いしたかったのに!!・・・それなら私は!私は!!どうすれば良かったの!!」
そのまま泣きじゃくり、叫ぶように自身を責め始める。突然の事に固まった4人だが66がいち早く白瀬に駆け寄る。
「白瀬1尉!落ち着いて下さい!白瀬1尉は、役にたっています!!しっかり任務を果たされています!!だから、気をしっかり持って下さい!」
床に座った66は、頭を抱える白瀬の体を起こし、目線を合わせて説得を始める。
「でも!でも!地震が起きた時、ここにいなくて!助けて上げたかったのに!支援だって出来たはずなのに!!私に装備されてる医療機器だって、行けなかったから、怪我された人を治してあげられなかったです!!やっぱり、私は役立たずなんです!!」
「でも、あの時はオーストラリアの南にいたんですよね!?白瀬1尉は頑張られたんです!でも距離だけは、誰にもどうにもできませんよね?!橋立2尉、そうですよね?!」
白瀬を見たまま、橋立に問いかける66。
「白瀬1尉、お願いします。66さんの言うとおりですわ。ご自分を責めないで下さい。」
諭すように、柔らかい口調で白瀬に語りかける橋立。
「私は・・・尉官で・・・いては・・・」
先ほどと打って変わり、小さな声でボソボソとしゃべる白瀬。
「白瀬1尉?あの、なんて?」
66が聞き返すが、白瀬は返答せず、突然右手を振り上げ、何かを勢いよく投げる白瀬。それは出入り口向かいの窓に飛んでいき、金属製の何かの当たる音が船橋内に響く。
白瀬はうつむき、他の面々はその音のした方を見る。音のした壁から約50cm離れた所に、金色に光る何かが落ちている。
67が走って取りに行き、拾い上げると驚愕の表情をする。
「こ・・・これ・・・」
声と共に両手が震えている67。何かに気付いて、74を解放し67に駆け寄る橋立。
震える両手で67が持っている物を見ると、橋立は白瀬を見る。
ちょうど、上着を脱ごうとする白瀬の姿がある。
「74さん!66さん!白瀬1尉を止めて!早く!!」
「「えっ?」」
突然の事に、顔を見合わせる二人。
「二人とも、早く止めて!!白瀬1尉、やめて下さい!!」
二人が白瀬を見ると、上着を持った右手を先程と同じ様に振りかぶるところだった。
慌てて、白瀬の右腕を押さえる74と、白瀬の体を起こそうとする66。
「やめて下さい!お願いします!|私が言い過ぎました!ごめんなさい!!」
「もう、私には徽章をつけている資格なんか無いんです!!放して!!」
67が持っている物・・・艦艇徽章が照明により、輝いて見える。
「階級章も私には重すぎたんです!!」
手の力が抜け、重力により下に落ちる常装冬服の上着。方袖だけが、まるで腕を投げ出すように、白瀬の方へ真っ直ぐにのびた状態になっている。
その袖には太い2本の線の上に桜があしらわれた、1等海尉の甲階級章。それが、まるでその存在を白瀬に突きつけているようにも見える。
「幹部の常装も!濃紺の作業帽も!!作業着も!!!着ていちゃいけないんです!!役立たずの私が着ていちゃいけないんです!!」
叫んだ直後、突然力が抜けたような状態になる白瀬。
「「「「白瀬1尉!」」」」
4人は同時に叫び、橋立と67が駆け寄り、74と66が床に体を打ち付けないように白瀬の体を支えている。
完全に力が抜けており、誰の目にも意識を失っているのが明らかな状態だ。
「ネクタイとベルトを緩めて、胸元のボタンを外して下さい!それから、白瀬1尉をご自分の所まで運びます!手伝って下さいな!!あと、八重潮2佐にも連絡を!」
「白瀬1尉!しっかりして下さい!!わかりますか?!白瀬1尉!!」
手当てをしながら、八重潮への連絡を指示する橋立。67は白瀬の肩を叩きながら呼びかけをし、意識を取り戻させようとしている。
「了解しました!私が連絡を取ります!67、74、白瀬1尉と橋立2尉をよろしく!!」
誰の返事も聞かず飛び出していく66と、白瀬を運ぶ準備をする残った3人。八重潮達は途中で合流し、『砕氷艦しらせ』へと向かう。
白瀬を自室まで運ぶと、ベッドに寝かせる。
橋立は翌日の事を考え、曳船の3人を戻るように促すが74だけは、頑なに白瀬の側から離れようとしない。
橋立は66と67に、翌日の予定時刻の前に74を迎えに来るように伝え、二人を帰す。
目覚まし時計の秒針がたてる音だけが、白瀬の自室に響き、それ以外の音は聞こえてこない。
数時間後、74はベッドに、橋立は白瀬の右側の机で突っ伏して寝ている。
八重潮は二人に毛布を掛けた後、左の机に座って白瀬の日記帳を手に取っている。
今回の件によって本格的に白瀬に何らかのサポートをしなければならないと思い、申し訳ないと思いつつも、最近の記述から逆に読み進めていく。
(白瀬1尉・・・横須賀では皆を見ていたんですね。誰が誰のサポートで入港したとか・・・あれ?)
八重潮はたまたま開いた、4月5日の記述に目を留める。
『4月5日:やっと見えてきた横須賀。待ち遠しく思っていたのですが、ほとんどの方々がいらっしゃいません。寂しいです。横須賀からの情報で頭ではわかっていたのですが、こんな寂しい風景を見ることになるなんて、思いませんでした。辛いです。』
(こんな感情的な文、見せていただいた中では、これが初めてかもしれないですね。後は見かけた艦艇のこ・・・えっ?これは!)
八重潮は4月5日の最後の部分、ちょうどページが変わる直前の辺りに、目が釘付けになる。
『自分の血を見て、意識を失ってしまったようだった。危なく海に落ちるところで、僕が変わらなければ本当に危険だったねぇ。何度か話をしているが、白瀬1尉の心が危うい。いつか、取り返しのつかないことになりかねない。と言って、この文を彼女が見てくれるかわからないしねぇ。どうしたものやら・・・。他力本願になるけど、鳴潮・八重潮両2佐か、橋立2尉か誰かが、手を差し伸べてくれれば・・・』
(白瀬1尉の言う、『声の人』ですか!?・・・僕が変わらなければ・・・?っ!確か、99さんが・・)
白瀬が一度目に意識喪失した時の、99との会話を思い出す八重潮。
「昨日のその時はどんな口調だったんですか?」
「はい、『どうしたんだい?』と『そうなのかい?慌てん坊さんだねぇ?』って。」
こめかみの辺りに指をおき、必死に思い出す八重潮。
(思い出すんです、八重潮。他に99さんが言っていたことを。)
「特に・・・あっ、関係あるかわからないんですが、救急箱を探してました。手を怪我したからって。でも救急箱探さなくても、治療室があるんですから・・・あの・・・八重潮2佐?」
「はい、なんでしょう?」
「あの時の白瀬1尉は、本当に白瀬1尉だったんでしょうか?」
(本当にあの時の白瀬さんは、白瀬さんだったんでしょうか?・・・もしかして・・・。それに、『危うい』と『取り返しがつかないことに』というのは・・・白瀬1尉の心は『声の人』の書くとおり、今、とても危険な状態かもしれません・・・。)
日記帳を閉じ、白瀬の方を見る八重潮。
時間だけが無情にも過ぎていく。
日の出の時刻を迎えた頃、いつの間にか椅子で寝ていた八重潮も、眠りが浅かったのか眠そうに目を開ける。
それにつられたように、橋立と74も目が覚める。
「おはようございます。お二方、ひどい顔ですわよ?」
「そう言う橋立さんも、人の事を言えないですよ?」
「おはよう・・・ございます・・・。」
三者三様に朝の挨拶をする。
「白瀬さんは、まだの様ですね。」
まだ起きる気配が無い白瀬に、3人は(本当に目覚めるのか?)と思い始める。
しかしそれを口に出した時、悪い方に働くのではと思い、誰もが沈黙を続ける。
しばらくたち、起床時刻を告げる艦内放送が流れ、部屋の外では自衛官達の気配がし始める。
「八重潮2佐、橋立2尉、もう少ししたら、私がお食事をお持ちしますね。」
74はやや暗い表情のまま、八重潮の方に振り向いてから、橋立を見る。
「私もお手伝いしますわ。」
「えっ?でも・・・」
戸惑う74に、橋立は微笑みかける。
「4人分をお一人で運ぶつもりですの?」
朝食の時間になり、橋立と74とで朝食を運ぶことになった。3人は白瀬を気にしながら食べ進めるが、白瀬の様子に変化はない。
食べ終わった食器3人分を一つにまとめ、片付けに行く。机に残される、1人分の食事。
その後も、時間だけが淡々と過ぎていく。
外からは信号ラッパの練習する音が聞こえてくる。間もなくして艦内に「5分前!」と放送がかかった後、事態が動く。
「・・・ん・・・う・・・」
白瀬の口が微かに動き、何かを告げようとしているようだ。
「白瀬1尉!!わかりますか!?橋立です!!」
橋立と74は喜色満面にあふれており、安堵の表情も浮かんでいる。
「お・・・はよ・・・」
「お、おはようございます!白瀬1尉!良かったですわ!」
ベッド脇に座る橋立と74の目元には涙があふれているが、八重潮の表情には少しだけ影が見える。
この時、八重潮だけは一抹の不安が過ぎっていた。
(もしかしたら・・・いえ、考え過ぎですね。昨夜見た日記に気を取られているだけでしょう。でも・・・なぜ拭えないんでしょうか?・・・なぜ?・・・)
少し眠気の混じったような声で、挨拶をする白瀬。無邪気に喜んで、手を取り合う橋立と74。それを見ながら、嫌な予感が増幅する八重潮。
そんなやり取りを無視するように「10秒前!」と放送がかかる。
「・・・八重潮君・・・橋立君・・・74君・・・」
「えっ?」と疑問の声をあげる橋立と74。その後ろでは、俯きながら右手で顔を覆う八重潮の姿がある。
(手遅れ・・・でしたか・・・)
凍りつき、時が止まったようになる白瀬の自室。
しかし、現実には時は流れ、「時間!」の放送後、信号ラッパの君が代が吹鳴される。
このお話は、あくまでもフィクションです。
東日本大震災がテーマとなっていますが、実在の人物・団体等とは関係がありませんのでご了承下さい。




